331.波瀾万丈な娘の土産話
アードラー王国に戻ったアデナウアー侯爵令嬢ユーディットは、父母の腕に飛び込んだ。同行した騎士の中から、エールリヒ侯爵三男スヴェンを選んだと聞く。国王陛下の心遣いは、良い方向へ働いたようだ。アデナウアー侯爵は、深く掘り下げなかった。
娘が自ら決断したなら、それを後押しするのが親だ。もし立ちはだかる邪魔があれば、排除するのも親の役割だろう。家の跡取りも決まり、娘の成長と土産話を楽しみにお茶へと誘う。応じたユーディットは、旅の危険な場面や素晴らしい出会い、他国の夜会のやり取りを語った。
波瀾万丈な話に、そわそわしながら侯爵夫妻はユーディットの声に耳を傾けた。襲われて、ロイスナー公国の一団に助けられ、けれど同行を願い出なかった。その判断を叱るより、無事に商人達と合流した部分に胸を撫で下ろす。
すぐに井戸場で襲われた話で憤慨し、増援を差し向けた先行者に感謝した。感情が忙しく揺れ動き、最後にスヴェンを見て頬を緩めるユーディットに安堵の表情を浮かべる。
「ユディが無事でよかったわ」
「本当だ。それほどひどい状態とは思わなかった。エールリヒ侯爵令息、助かったよ」
アードラー王国内は、女神アルティナの介入以来ずっと荒れている。その中で、既得権益に縋る多くの貴族が切り捨てられた。グスタフ王の英断と民は称えるも、切り捨てられた側は恨みを募らせる。だが王を狙うには難しく、手が届かなかった。
代わりに狙われるのが、アデナウアー侯爵家のような成り上がり貴族だ。新興貴族もいくつか襲撃された話が出ていた。そのため、貴族街を新たに移動している。かつての貴族街は、排除された元貴族にとって庭のような場所だ。生まれ育った街を隅々まで知り尽くしていた。
彼らと対抗するには、新しい街を作ってそこへ入るのが最善の策だ。多少金はかかるが、空いた元貴族の屋敷を有効活用することで凌ぐ。他国からの客人を迎える迎賓館として活用したり、金のある商会に売り渡したり。
ある伯爵家の屋敷は、孤児院として国が運用を始めた。そこそこの広さと、安全を確保できる庭がある。アデナウアー侯爵は、その孤児院へ多額の寄付をしていた。
様々な立て直し策で、アードラー王国は姿を変えていく。女神に見捨てられた国ではなく、民を中心とした共和制へと移行する準備を始めた。その話をしながら、侯爵は「ユーディットの代が最後の貴族かもしれんな」と笑う。
「他国との協議を考えると、既得権益なしの貴族を残してもいいと思うわ。名誉職よ」
「なるほど、斬新だ」
親子の会話に、スヴェンは微笑みながら相槌を打った。夕暮れを過ぎて、夜半に差し掛かるまで……侯爵邸の談話室の灯りは消えず、窓の外まで漏れていた。




