326.さようならを使いたくない
その頃、ラファエルは別れを惜しんでいた。最後の夜も双子と過ごし、朝になって大慌てで祖父母の元へ駆け込む。最短距離を教えた双子が侍従長に叱られる横で、ラファエルは準備を整えた。
「僕の所為です。すみません」
ラファエルが肩を落とす。その肩を叩いたエッカルトが「違うぞ」と笑った。
「叱ってもらえるうちが花だ。今のうちに叱られたらええ」
「そうよ、皆が呪いなんてないと理解した証拠だもの」
おほほと笑うクラーラの物騒な表現に、侍従長はぐっと唇を引き結んだ。確かに呪いが噂されていた頃は、双子王子の機嫌を損ねれば、自分達が危険だと思った。だからよほどのこと以外は口を出さない。いま安心して叱れるのは、呪いがないと知ったからだ。
詫びようとした侍従長に、ネロが先に声を掛けた。
「悪かった、次からは気を付ける」
「今日だけ見逃してくれない? 親友の出立だから」
ミロも申し訳なさそうに口を開く。王弟となった二人は、今後は違う意味で注目を集めることを知っていた。自分達の振る舞いは、王子だった頃より批判されやすい。兄の足を引っ張らないよう、注意してくれる侍従長や執事の有難さを、ようやくきちんと理解したのだ。
「わかりました。今日はここまでに致しましょう。反省なさってください」
父親より一回り年上の侍従長にお礼を言い、ネロとミロはラファエルに向き直った。その後ろで、使用人達が荷物を運び出す。積み込まれる荷物が終われば、次は人だった。
「シェンデル公爵夫人、本当にありがとう」
「公爵も、いろいろ助かった」
王族らしく振る舞う。そう心がける二人は、まずエッカルトとクラーラにお礼を口にした。軽く頭を下げるが、礼の手前で止める。この辺は、流し聞いた礼儀作法の授業が役立った。双子にもきちんと教育は施されていた。ただ、途中で放り出しただけだ。
改めて学び直すつもりのネロとミロは、知っている限りで最上級の礼を執った。
「いいえ、お役に立てて何よりですわ」
クラーラが微笑んで返す。すぐに「あなた、手を貸してくださる?」と二人で部屋を出ていった。別れの挨拶は馬車の前だ。ならば、僅かな時間を子ども達だけにしてやろう。そんな気遣いが滲んでいた。
「また、来られるように頑張るから」
ラファエルがぎこちなく笑う。無理して笑顔を作らないと、泣いてしまいそうだった。馬車に乗るまで、彼らから見えなくなるまで涙は我慢したい。それは双子も同じで、表情を取り繕いながら声を震わせた。
「俺も、ロイスナー公国へ行けるよう学ぶよ」
「僕も一緒に行くから、絶対に待っててね」
次に会う約束は曖昧で、けれど互いの心と胸に刻まれる。そう遠くないいつか……また! 小さな約束は、女神アルティナの耳に届き……彼女の微笑みに溶け込んだ。




