28.引退しても団長の子守は継続中
残念な脳筋集団と認識される騎士団は、実績は豊かだ。剣を振るえば敵を薙ぎ倒し、素手でも盗賊とやりあう。とにかく強さには定評があった。逆に頭脳労働が苦手で、書類などは派遣された文官が聞き取りをして作成するほどだ。
元がロイスナー公爵領から借りているため、無理を言えば帰ってしまう。グスタフ王やヤン宰相が妥協した結果、専属文官が派遣されていた。『前回』の記憶持ちだった専属文官が逃げたので、代理としてジーモンが召喚されたのだ。
「そんなに怒らず、ほら、お茶でもどうぞ」
笑顔のヴィリがお茶を差し出す。アンテス子爵領は、ロイスナー公爵領と接した小さな領地だった。公爵領より標高が低いのだが、茶の木が良く育つ斜面が領地の大半を占める。先代子爵が戦争で功績を上げたため拝領した土地だが、当時は荒れ地だった。
こつこつと開拓するアンテス前子爵を見かねて、他国から得た知識で茶の木の栽培を勧めたのがヨーゼフの父だ。そこから付き合いが続いたヴィリは、ロイスナー公爵家次男のアウグストの幼馴染みとなった。バーレ伯爵の地位を得たアウグストの補佐として、王都にも出張している。
家督を継いですぐ王都だったので、実家の茶の栽培は姉夫妻に任せた。出稼ぎと言い換えることも可能だが、本人は友情だと言い張っている。
「……ふん、お茶で懐柔されたりせんぞ」
簡単に取り込まれないと宣言しながらも、評判のお茶を拒む気はないようだ。ジーモンはふぅふぅと冷ましながら、両手でカップを包んだ。猫舌の彼の仕草を見ながら、ヴィリは掴んだ情報をカードとして使う。
「なんでも……腰をやったとか? 以前から噂がありましたからねぇ」
意味ありげに「噂」を強調するが、内容は言わない。そんな引っ掛け、気づかぬ俺だと思ったか。無視したジーモンは、ずずっと茶を啜った。行儀は悪いが、誰も指摘しない。そもそも実力重視の騎士団に、お行儀のいい連中は少ないのだ。
「その年で何人やっちゃったんですか?」
直球で下世話な話に持ち込まれ、ジーモンは茶を噴いた。周囲の騎士がわっと避けて「きたねぇ」とぼやく。笑顔のままのヴィリに、派手に噛みついた。
「やってねえ!!」
「おや、そうですか? ではやられたんですね」
「違う! うっ」
全力で否定するが、直後に痛みで撃沈した。腰を押さえて否定しても、誰も信じませんよとか……酷いセリフが続くが、ヴィリはある事実に気づいた。顔を近づけて声をひそめる。
「腰ではなく、尻? 随分と情熱的ですね」
言いふらされたくはないでしょう? 折角隠しているんですし。完全な脅迫だが、ジーモンはあっさり屈した。この年になってそんな不名誉な噂は御免だ。若い頃なら相手を投げ飛ばして黙らせるが、隠居後とあれば分が悪かった。
何より、ヴィリの緊張した雰囲気から何かあったことを感じ取っている。困って頼った後輩を、無下に切り捨てるのは無理だ。その面倒見の良さで、あれこれと世話を焼くうちに、頭脳派という名称がついたのだから。貧乏くじを引くことにかけて、ジーモンは才能に溢れていた。
パン泥棒を捕まえて尻をケガする時点で、その嫌な才能は保証済みだろう。
「……報酬は出るんだろうな」
「好きなだけ。暗殺犯の特定をお願いしたいのです。すでに一人殺されていまして……別件で団長が寝込んでいます」
「いや、団長はいつものだろ」
引退前から、少し頭を使いすぎるとパンクするアウグストを知るジーモンは、やれやれと頭を掻いた。やれる範囲は限られてるぞ、と忠告しながらも事件の概要を聞く表情は真剣そのものだった。




