29.ロイスナー公爵家本邸という安心
王都邸で別れた執事ブルーノや侍従達が帰ってきた。そう聞いて、ガブリエルは外へ飛び出す。後ろをラファエルが追いかけた。
「待って、姉様」
「早く! 皆が着いちゃうわ」
大急ぎで王都邸を出たため、屋敷の片づけをして荷物を運び出す侍従は最後に出発する。侍女達は世話係として同行したが、別の理由もあった。ゆっくり移動する荷馬車で女性の移動は危険と判断したのだ。ロイスナー公爵領は街道整備も行き届き、盗賊対策も行われてきた。
他の領地は対策をしているのは、王都に近い子爵領だけ。あとは荒れようが襲撃されようが放置されている。グスタフ王による通達も無視し、遊びに金をつぎ込む貴族達を忌々しく思うものの、ロイスナー公爵家の判断で処罰は出来なかった。
領地の環境改善を怠れば、生産性が落ちて流通が滞る。最後は民が逃げ出して税収が落ちるのだ。自分の首を絞める行為だと知らず、遊び惚ける貴族の領地がある。逃げ足の遅い荷馬車と女性の同行がいかに危険か、ヨーゼフは迷わなかった。
お陰で侍女は騎士とともに移動ができ、領地内まで安全に到着している。その後は歩いても安全なほど、公爵領の治安はよかった。後から続く執事ブルーノ指揮の一団が、男ばかりの大所帯なのは消去法の結果だった。
「ブルーノ!」
先頭の馬車で御者の隣に座る執事を見つけ、手を振って呼ぶ。無邪気なガブリエルの姿に、そっと目頭を押さえた。悟られぬよう、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
「お嬢様、お出迎えいただき恐縮にございます」
危ないから離れてほしい。そう伝える言葉を呑み込んで、馬車を止めた。自分だけ下りたブルーノは、ガブリエルを受け止めて手を繋ぐ。すぐに追いついたラファエルは、姉の手を取った。腕を揺らしながら、緩やかな斜面を登る。
馬車が走るため、傾斜は緩やかになっていた。何度か左右にターンしながら、丘の上に立つ公爵家に向かう。次の荷馬車にラファエルは手を振った。振り返す侍従達も元気そうだ。
「あれは、うちの馬車じゃないわ」
振り返ったガブリエルは首を傾げた。荷馬車の最後に、人が乗る馬車が続く。それなりにお金がかかっているようで、塗装も綺麗なうえ馬も二頭繋がれていた。
「あれは商人にございますよ。旦那様にご挨拶に来たのです」
「ご挨拶? ロイスナーの領地で商売をするのね!」
王城である程度学んでいるガブリエルは、領主に挨拶と聞いて事情を察した。賢いお嬢様だが、その賢さが犠牲の上にあると知るから、ブルーノは少しだけ眉尻を下げる。
「ブルーノ、頼みたいことがあるんだ」
ラファエルが元気に声を上げ、書棚の整理を口にした。部屋に置く歴史書の箱を崩してしまい、順番がわからなくなったと笑う。場を賑わすラファエルの気遣いに、ブルーノははっとした。安っぽい同情はお嬢様の努力を踏み躙るも同然。気を取り直して、二人の話に耳を傾けた。
歩く先には、ロイスナー公爵家本邸がある。ここが帰る場所であり、安心安全に守られる砦だった。もう逃げる必要もないし、傷つけられる心配も不要だ。ブルーノはやっと、深く深く息を吸い込んだ。




