203.女神の振るう力の片鱗
神々が振るう力は大きく、人の身では想像も追いつかない。何度も大きく大地が揺れ、そのたびに小さな悲鳴が上がった。その声に重なるように、祈りが捧げられる。神職に就く者だけではなく、身分に関係なく国民が女神の名を繰り返した。
『海の偉大なる女神テアリス様、我らをお守りください』
多くの祈りを受け取る女神が、その声を力に変えた。ひときわ大きな音と振動に、人々は頭を抱えて蹲る。左右上下に揺られる状況にも、ガブリエルは不安を覚えなかった。女神アルティナ様への祈りと感謝を捧げながら、目を閉じて静けさを待つ。
誰もが目を閉じて手を組む空間で、一人の声が凛とした空気を引き裂いた。
「光よ!」
女性の声に導かれるように顔を上げ、お社前の海へ差し込む光に気づいた。曇った空の一角から、斜めに差す光は眩しく美しい。先ほどまでの嵐に似た暗闇を引き裂くように、海の一部を青く照らした。
「終わったようだ、参ろうか」
国王陛下の声に導かれ、人々が立ち上がる。女神が創った新たな国を見る民の目は輝いていた。海辺の海底が隆起したようで、遠浅の砂浜が広がる。入り江の向こうには深い青を湛える海の波が揺れ、全体に国が大きくなったように感じられた。
「すごい……」
ガブリエルの口をついて出たのは、その一言だけ。何も損なわれていなかった。あれほど轟音と振動に襲われたのに、街はほぼ無傷だ。安全を宣言する巫女の声に、民が家に向かって移動を始める。もう安全なのだから、家に帰るのは当然だろう。この平和な光景が不思議と目に沁みた。
「変ね、泣けてきてしまうの」
「……同じです」
ソフィーが同意し、互いに涙を湛えた目で笑い合う。ぎゅっと抱き合って、無事を確かめるように腕を背に回した。アウグストは終始無言で、けれど力を入れていた肩がわずかに下がる。警戒を解いた男の斜め後ろで、シェンデル公爵夫妻は寄り添った。
エッカルトの肩にもたれる形で寄りかかるクラーラが「無事で何よりね」と呟く。
「素晴らしい神託を頂いた。さて、女神テアリス様の偉業を確認せねばならん」
国王陛下は意気揚々と飛び出し、山のほうを確認して感嘆の声を上げた。
「これは! なんと立派な……」
声につられて、ルイス王国の王族達が続く。お社を出てすぐの岩場に集まり、後ろの山を見上げた。アードリアンは膝をついて祈り始める。その表情や声は明るく、良い方向での変化だと知れた。
「私も見たいわ。行きましょう、ソフィーお姉様」
手を繋いだ二人を守るように、アウグストが後ろに従う。岩場で振り返った三人の目に、変貌した山の姿が映った。巨大な岩山だった山脈に、立派な街道が生まれている。切り立った崖ではなく、緩やかな両側の壁は圧迫感も少ない。
山を切り裂く形ではなく、全体に作り替えたような姿だった。




