179.女神様が守ってくれたの
長剣は置いていく。代わりに短剣を咥え、下着姿で走った。川を膨らませたような形状で、湖は楕円形をしている。下流から泳いでも時間がかかるのだ。全力で走り、ガブリエルとの距離を測った。
この位置だ! アウグストは見極めた場所から飛び込む。水飛沫が上がり、全身が冷たさに震えた。この水温の中にガブリエルがどれだけいたのか。場合によっては寒さで凍えてしまう。心配に胸を痛めながら水を掻き、距離を詰めた。
「ガブリエル……これ、は?」
彼女は目を閉じていた。両手を胸の上に組み、眠っているように見える。その胸元は静かに上下しており、息があることは確認できた。さきほどまで冷たかった水温が、温もりを帯びている。風呂ほどではないが、ガブリエルの手が届く範囲は温かく感じられた。
「帰ろう」
ほかに掛ける言葉が見つからず、アウグストはガブリエルを引き寄せた。脇に抱えるような状態で、湖畔目指して進む。周囲に警戒しながら泳ぐアウグストだが、地上から襲撃されることはなかった。
浅い部分はほとんどなく、まるで壺の縁のように深い。足が立たないため、ガブリエルの服を摘まんで確保しながら、先に湖畔に腰かけた。そこから身を乗り出して、抱き上げる。途中までは驚くほど軽く、服の中にガブリエル本体があるか確認するほどだった。
横たえた直後、ずしっと重さを感じる。ほんのりと温かった水も、すっと温度が引いた。まるでガブリエルを守るために温度と軽さを操っていたように。
足の先が水に浸かっていたアウグストは、膝をついた姿勢で安堵の息を吐いた。
「ガブリエル、大丈夫か?」
「叔父様、私……女神様にお会いしたの」
そうだろうなと相槌を打ちかけて、アウグストは声を吞み込んだ。目を開いたガブリエルの赤い瞳が、不思議なほど澄んでいる。ここではない、女神の園を映しているように。ただただ美しく光を反射した。炎のように揺らぐことなく、一点を見つめている。
「連れ去られて……ここで馬から降ろされたとき……、湖の上で手招かれたのよ。こちらにおいで、と……だから従ったの」
やはり周囲の水温が温かったことや、簡単に連れ出せたことは女神アルティナの加護だったらしい。天使は女神の使徒であり、代理人でもある。大切に保護される立場だった。
女神が愛おしむ存在だが、アウグストにとっては可愛い姪だ。
「無事でよかった。迎えに来るのが遅れてすまん」
「いいえ、来てくださったもの……」
話しながら、ガブリエルは再び目を閉じた。気を失ったのかと不安になるアウグストだが、すぐに表情が和らぐ。ただ眠っただけらしい。
ここでようやく、アウグストの意識が外部へ向けられる。最悪、斬りかかられる可能性があったのに、その懸念を感じていなかった。はっと我に返って見回す周囲に、敵はいない。上流へ駆けた騎士によって、四人の実行犯が確保されていた。




