175.浮かれて足元を踏み外す
ロイスナー公国のバーレ侯爵家から、ゼークト王国メルテンス子爵家に婚約の打診があったのは……数日後のことだった。エッカルトの仲介で、取り急ぎ婚約を決める。相手は二人の息子のどちらでも構わないので、帰国後に顔を合わせて決めてもらう。
そう、ソフィーはガブリエルの話し相手として雇われた。回復しつつある父の勧めもあり、ソフィーはその役目を引き受ける。公女や王女は、貴族令嬢の中から側近を選ぶ慣習があった。それを利用した形だ。ロイスナー公国の貴族令嬢を呼びに行くわけにもいかず、苦肉の策でもあった。
「俺の気が利かなくてすまん」
アウグストは、事前に手配するべきだったと詫びる。ガブリエルは首を横に振って、否定した。
「叔父様が悪いわけじゃないわ。お父様達も指摘しなかったし、ロイスナー公国の貴族令嬢とは交流もないんだもの」
いきなり「他国へ行くからついてこい」と言われて、快く引き受けるご令嬢は少ない。ガブリエルと友人関係ならあり得るが、それもなかった。アードラー王国の王太子妃教育のため、常に王都にいたのだ。領地の友人は顔を合わせて挨拶するくらいで、親しさはなかった。
「きっと呼ばれても嫌な顔をされたと思う」
親に言われれば従う。でも不満なら態度や表情に出てしまう。それが長く馬車で一緒に過ごす相手なら、こっちの気が滅入るわ。ガブリエルの言い分に、アウグストは苦笑いした。親しい俺にこんな気遣いは不要なんだが……泣いて文句を言ってもいい案件だぞ? その言葉は呑み込んだ。
「私は幸運だったと思います」
ソフィーが笑顔で纏め、顔を見合わせた二人が笑う。一緒にルイス王国まで旅ができる。その間は離れることがないのだと、ガブリエルは嬉しく思った。覚えていないけれど『前回』も女性の友人なんていなかったはず。
アードラー王国での日々を思い出せば、常に勉強やダンス、作法が授業として組まれていた。友人を作る暇も、街へ出かける余裕もない。あの日々が前回も同じだったなら、家族以外に頼る人はいなかっただろう。
でも、今はソフィーがお姉様であり友人だ。かけがえのない存在を手に入れ、少しばかり浮かれていた。だからだろうか、足元が疎かになったのは……。
翌朝、メルテンス子爵の見舞いに向かうソフィーを見送ったガブリエルは、何者かに連れ去られた。玄関だからと、騎士が二名同行しただけ。アウグストが離れた隙を狙うように、馬車を乗り付けての誘拐だった。




