163.社交の言葉選び一つ
「メルテンス子爵はお元気でいらっしゃるのかしら? 以前、夫がお世話になったのよ。お見舞いに伺いたいわ」
切り出したのは、ベッカー伯爵夫人だった。夫に「子爵の様子を尋ねてくれ」と頼まれたそう。さらりと事情を話したのは、あれこれ勘繰られる危険を避けるためだった。加えて、他の貴族が「ではうちも」と続くのを避ける意味もある。
シェンデル公爵家が庇護を申し出た子爵家となれば、親しくなって損はない。加えて妙齢の未婚女性がおり、婚姻による取り入りも可能だった。乗っ取りを図れば潰されるが、親族となって距離を詰める方法は政略結婚として一般的だ。
合法の範囲ぎりぎりで、シェンデル公爵家やロイスナー公女との距離を縮めようとする。貴族らしい裏のやり取りが滲んだ。ごくりと喉を鳴らし緊張した面持ちのソフィーは、自分の手をきゅっと握る少女に気づく。ガブリエルは微笑んで、口角を持ち上げた。
私はあなたの味方です。そう示すことで、ソフィーの後押しをした。こうなれば、元から度胸のあるソフィーは落ち着く。可愛い妹のようなガブリエルを巻き込まず、恩人であるクラーラに恥をかかせない言葉を選んだ。
「父は療養中ですの。ベッカー伯爵家のお気遣いは嬉しく思います。伝えさせていただきますね」
まだすぐは会えない。自分だって明日会う予定なのだ。ソフィーはその思いを滲ませながらも、作った笑顔で乗り切った。気遣いにお礼と感謝を告げ、相手の顔を立てる。そのうえで「伝える」が「よい返事は約束できない」と返した。
この伝える相手を明言しなかったことに、クラーラは驚きながらも満足していた。この子ならば、格上の家に嫁いでも相応に社交をこなせそう。評価を一段階上げる。
「まあ、ぜひともお願いしたいわ。今後も仲良くしてくださいね」
ベッカー伯爵夫人も上手に切り上げた。深追いせず、けれど待っていると期待を散りばめる。慣れていても胃の痛くなりそうなやり取りだった。
「リーム男爵家は、珍しい品のお取り寄せに定評があると聞きました。公国で待つ弟や父母に何か贈ろうと思うの。相談に乗っていただける?」
よい流れを利用し、ガブリエルはリーム男爵夫人に声をかけた。直接の声掛けならば、直答が許される。微笑んで「お力になりたいですわ」と返す夫人に、ガブリエルは好感を持った。必要以上の言葉を重ねて売り込まない。その姿勢に心地よさを覚えた。
「男爵令嬢もご一緒にいらして。ソフィーお姉様と私達で小さなお茶会をしましょう」
身内や幼馴染みなど、親しい家のみで行われる非公開のお茶会を「小さなお茶会」と呼称する。その名称を出して誘うことで、リーム男爵家の二人は社交界でも注目される存在となった。
周囲の夫人や令嬢の羨ましそうな視線を受けながら「ありがとうございます」と鈴の鳴るような声で、男爵令嬢は笑顔を向けた。




