162.真実は形を変えいくつも存在する
ガブリエルのテーブルには、隣にソフィーが座る。反対隣にシェンデル公爵夫人クラーラ、残る二つの席はリーム男爵夫人と令嬢に与えられた。これにより、リーム男爵家は和解済みと公言した形になる。リーム男爵家の名誉は保たれた。
同じ席にソフィーが座ることで、メルテンス子爵に関する噂も立ち消える。
噂に花を咲かせる貴族女性達も、このテーブルには持ち込まなかった。彼女らにできるのは、丁寧な挨拶と顔を繋ぐことだけ。王族や公爵家は、それだけの格式があった。
「オルフ侯爵家のお話はご存じ?」
聞き覚えのある噂に、ガブリエルが聞き耳を立てる。その様子を見て、クラーラが隣のテーブルへ話を振った。
「オルフ侯爵の不幸なら耳にしたわ。なにやら投資に失敗なさったとか」
クラーラから情報がもたらされたことで、わっと話が盛り上がる。オルフ侯爵家は鉱山開発に着手していた。宝石が出る予定だったらしく、かなりの資金をつぎ込む。まだ宝石が出ていない状態で、購入予約を取り始めたのだ。
最初に出た宝石の権利を、次の宝石の権利を……そうやって大量の確約書をばらまいた。傘下にいた下位貴族の大半が買わされたその確約書を、一手に買い受けた貴族がいる。誰も直接は名を口にしないが、シェンデル公爵家だった。
「あれは酷かったわ」
「ええ、うちも断れなくて」
伯爵家や子爵家の奥様達が、大変だったのと嘆く。爵位が上ということ、この街でそこそこ力があったこと。様々な要因が重なり、無理をして購入した家も少なくなかった。そのすべての債権を、シェンデル公爵家が集約する。家計のやり繰りに頭を悩ませた貴族夫人にしたら、救世主だった。
「シェンデル公爵夫人に被害はなかったのですか?」
「被害、というほどの額ではないと思うわ。そういった表向きは夫の仕事ですけれどね」
遠回しに裏を探るなと伝える。損を回避した家は感謝して口を噤み、それ以外の家も興味本位で掘り起こすことはない。貴族社会では、上から下へと真実が流れていくのだから。それが事実と異なろうと、上位者が「真実」と断定すれば、真実になる。
人の数だけ真実は存在し、貴族はその仕組みをよく理解していた。
「おばあ様、おじい様が損をなさったの?」
「ふふっ、実はね……得をしたの」
こっそりと教えてもらい、ガブリエルは目を丸くした。詳しい内容は帰ってからと言われたが、その後の噂でおおよその輪郭が掴める。宝石の購入権をすべて手に入れた公爵家から、解約を求められたオルフ侯爵は返金できなかった。
購入権で得た金を、採掘に回していたからだ。だが購入する権利であり、実物でない以上「ただの債権」に過ぎない。ゼークト王国の法では、求めに応じた返金義務が生じる。だから逆らえない下位貴族に売りつけたのだ。その仕組みを逆手に取ったエッカルトが、公爵家の名で返金を求めた。
下位は上位に逆らえない。屋敷も領地も鉱山そのものも、すべてを支払いに充てるしかなかった。
継ぎ合わせた噂の真実に、ガブリエルは「お気の毒ね」と心にもない言葉を口にする。ソフィーは何も言わず、ただ頷いた。




