154.大人びているのに子供のまま
窓から様子を見ていたガブリエルの腰に、ソフィーの細い腕が回っている。
「危ないです。万が一にも落ちたら」
「叔父様が受け止めてくれるわよ。それより、ソフィーお姉様もご覧になったら?」
凄いと連呼するガブリエルの無邪気な声に誘われ、ソフィーも窓際に近づく。代わりに侍女達がガブリエルの腰のベルトを掴んだ。これで落ちるまでに猶予ができる。
「見て、犬の躾みたい」
例えがどうかと思うが、見える光景は言葉のままだった。突進する砂だらけのオルフ侯爵を、掴んで投げるアウグスト。よほど頭に来たのか、冷静さを失ったオルフ侯爵は何度も突進した。
「どちらかといえば、闘牛ですね」
聞いたことのない単語を口にしたソフィーに、意味を尋ねた。興奮させた牛に赤い布を振って、襲い掛かるところを躱す競技と聞いて頷く。
「本当、そっくりだわ」
ゼークト王国とカペル共和国では、闘牛は娯楽の一つとして受け入れられていた。放牧を主産業にするロイスナー公国では、あまり流行りそうにない。大切な牛がケガをしても困るし、乳の出ない牛を養う気もないからだ。
国の違いをあれこれ話しながら、二人は窓際を離れた。侍女が丁寧に窓を閉める。外の音が遮断された中、届いたばかりの服を引っ張り出して体に当てた。鏡の前で「こんなに上質な服はもったいない」と恐縮するソフィーへ、ガブリエルは子供らしくない意見を口にする。
「これは、私とおばあ様がソフィーお姉様に選んだの。サイズも調整してもらったから、ほかの人は着られないわ。着てくれないと無駄になるでしょう? だから、もったいないと思うなら積極的に袖を通してね」
「はい」
さっそくラベンダーのワンピースに袖を通す。腰を絞らなくても着られるほど痩せたソフィーに、侍女は化粧を施した。顔色が明るく見えるよう、色を選んでいく。加えて艶の足りない髪に香油を塗って結い上げた。
「素敵!」
並んでお茶を飲む二人は、隣の部屋が少しばかり気になり始めていた。先触れを出して訪れたのは、リーム男爵家のみ。ほかは押しかけて追い返されたり、外でアウグストに転がされていたり。どちらにしても礼儀がなっていない! とエッカルトはお冠だった。
公爵夫人であるクラーラが隣室に移動したので、ガブリエルは好奇心から壁際へ近づいた。止めるソフィーを手招きし、壁に耳を当てる。
「こらっ! 何をしている。義姉上に言いつけるぞ!」
がちゃっと扉が開き、入ってきたアウグストに叱られる。
「やだっ、内緒にして」
母に言いつけられたら困ると訴えるガブリエルの様子に、ソフィーは安堵を覚えた。不思議な感覚だが、背伸びした妹が実はまだ子供だったことに安心するような……。
「叔父様、埃っぽいわ」
「ああ、野良犬と戯れたからな……さすがに着替えるか」
頷きながら追い出し、扉を閉めて寄りかかる。ガブリエルは「叔父様は単純だから、これで忘れてくれるわ」と肩を竦めた。わずかに口角を上げて、舌先をほんの少し見せて。叱られた子供のような仕草に、ソフィーは声を立てて笑った。何も悩まない心からの笑顔は、頬が痛くなるほど……幸せだった。




