12話 この国を変える男でござる
納屋の重い扉を開けると、たくさんの荷物が置かれているその奥に龍馬さんがいた。彼は手を斬られたのか激しく出血していたが、隣にいた女性が彼に処置を施していた。
「龍馬さん、大丈夫ですか?」
「拙者はこの通り、無事ぜよ。其方らは?」
「いや、1人やられました」
「そうか。それは無念」
マサは呆気なく殺されてしまったが、彼は今頃、現代に戻って愛する奥さんと再会しているだろう。そう思うと、取り残されたのはまるで俺たちの方みたいだ。
俺は納屋に置いてあった、少し背の高い樽に腰掛けた。右腕の傷が今になって痛みを増すのは、緊張状態から脱してアドレナリンが減ってきたからなのかもしれない。
「大丈夫?ヤス」
「いや、結構痛い」
俺の隣に座った綾は、ゆっくりと俺の着物の袖をめくった。刀で斬られたその傷はかなり深く、血が絶え間なく出ている状態だった。綾は思わず目を背けた。
「お主、まだ止血をしていないのか?」
「はい。痛みもすぐに引いたので、問題ないかと……」
「お龍、其奴に布を巻いてやれ」
龍馬さんの隣にいた女性が、お龍という女性らしい。彼女は俺の右腕に布を巻いて、かなりきつく縛った。俺はあまりの痛みに顔をしかめた。綾はそんな俺を見て、背中を優しくさすってくれた。
「ハハハ。仲のいい夫婦ぜよ」
俺と綾を見て龍馬さんはそう言った。俺たちはお互いを見つめあって苦笑した。言われ慣れていない褒め言葉には、どんな反応をすればいいか分からず困ってしまう。
「お主、そう言えば名前を聞いておらんかった。名前をなんと申す」
「ヤスです。そしてこちらが妻の綾です」
「なぜあの宿に?」
「……あ、えっと、旅人なんです。江戸から来ました」
「ほほう、そうかそうか。彼は?」
「筋肉自慢の友人です。タケって言います」
タケは壁に寄りかかって腕を組んでいたが、俺の言葉を聞くと、鍛え上げられた上腕二頭筋を龍馬さんに見せつけた。それには流石の龍馬さんも驚いた様子で、しばらくその筋肉に見惚れていた。
「いやはや、立派な筋肉ぜよ」
「肩にジープ乗せてますから」
タケは江戸時代の人がわかるはずもない、くだらないボケをかました。案の定、龍馬さんはポカンと口を開けて戸惑っていた。
「あ、あの。私はお龍です。この人の家内です」
そんな静寂の中、声を発したのはお龍さんだった。彼女は龍馬さんの奥さんだった。喋り方もハキハキとしていて、俺の怪我の手当てもしてくれた、しっかりした人という印象を受けた。
「では、最後は拙者ですな」
龍馬さんはゆっくりと立ち上がった。背が取り立てて高いわけでもないのに、彼の存在感やオーラには凄まじいものがあった。
「拙者は坂本龍馬。この国を変える男ぜよ」
彼の口から発せられたその言葉は、今まで感じたことのない巨大な自信と熱意に溢れ、こちらが辟易してしまうほどの重みを含んでいた。
彼が普通の人間ではないということは、頭の中では理解しているつもりだった。だが本物の彼は次元が違う。彼の圧倒的な存在感と輝きに、俺はもはや感動の域を超えた衝撃を覚えたのだ。俺はしばらくその余韻に浸っていた。
納屋の中で一泊することになった。一泊といっても、俺たちが納屋についた時点で既に夜が明けかけていた。軽く睡眠をとって、溜まった疲労を取る。
しかし、俺はなかなか寝付けなかった。全身に疲れを感じるし、寝た方がいいことはわかる。それでも、頭のモヤモヤが晴れず眠れなかった。
みんなはもう寝たのだろうか。音と立てぬようゆっくり起き上がって、狭い部屋を見渡した。すると部屋の隅で1人、静かにスクワットをしているタケがいた。
「タケ?起きてるのか?」
「ああ。どうしたヤス。寝れないのか?」
「……うん」
タケは静かにスクワットを続ける。暗い室内でも彼の汗が滴り落ちるのが見える。
「お前こそ何してんだ?」
「見たらわかるだろ。筋トレだ」
「なんでそんなことしてるんだ?」
「ジムに通えてないんだ。仕方ない」
彼はそう言うと、次はうつ伏せになって腕立て伏せを始めた。俺は彼の元に近寄って、その様子を少し見ていた。
「……なあヤス。どうするんだ?これから」
「どうするって?龍馬さんと写真撮って、未来に戻るんじゃないのか?」
「そうか。お前はそうするのか」
「なんだよそれ。そういう計画だったろ」
彼は腕立て伏せを終えると、その場であぐらを組んで座った。額の汗を拭うと、俺のことを真剣な眼差しで見つめてきた。
「なあ、ヤス。俺はやっぱり、この時代をもう少し生きてみたい」
タケのその言葉に、俺は何も言い返すことが出来なかった。なぜなら、俺も同じ気持ちだったからだ。そして何を隠そう、龍馬さんの存在が俺たちにそう思わせているに違いないのだ。
「……この国を変える男、坂本龍馬、か」
頭から離れない龍馬さんの言葉を、つい口にしてしまう。そんなことを堂々と言える彼に、強い憧れを抱いた。
「タケ、俺も同じ気持ちだ。一緒に龍馬さんの栄光を見届けよう」
「俺はそんなつもりで言ったわけじゃないぞ、ヤス」
「ど、どういう意味だ?」
「この国を変える男は、坂本龍馬だけじゃない。俺たちもだ」
その言葉の意味を飲み込むのに、どれほどの時間を費やしたのだろうか。だがしかし、俺はようやく思い出すことができたのだ。ほんの数年前、戦国時代にタイムスリップして必死に日本を平和にしようとした過去の自分を。
そこはまさに、戦争や暴力が正当化される時代だった。しかし、俺は感じた。時代が違えば命の価値も違うのだろうか。いや、決してそんなことはない。誰の命であろうと、等しく平等に大切で、守られるべきものなのだ。そんな考えを胸に、俺は武力を一切使わずに全国統一を成し遂げようと、必死に頑張った。
そして今、俺は龍馬さんやタケの言葉を聞いて、失っていた思いを取り戻した。誰の血も流さずして、1人でも多くの人を幸せにする。それが俺のたった1つの願いで、俺がもう1度タイムスリップしてきた理由に違いないのだ。これこそが俺の使命なのだ。
「俺にも、できるのかな……」
「何言ってんだ。お前は歴史に名を刻む男だ。自信を持て」
「……わかった。俺たちでこの国を変えよう。俺たちがこの国を平和にして、最高の日本を作ろう」
俺はそう言った。すると、タケは柄にもない笑顔を見せた。
「それでこそヤスだ。いい目をしてる」
時代は江戸末期。俺がこの国を変えるのには、絶好のチャンスだ。
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