13話 希望でござる
鳥の鳴き声で朝、目を覚ました。納屋の天井の小さな隙間から朝日が入ってきて、部屋はすっかり明るくなっていた。
俺以外の人はみんな起きていた。それぞれ身支度を整えながら、他愛のない世間話をしているようだ。
俺は自分の重い体を起こして、強く目を擦った。疲れはかなり取れたが、右腕の痛みはまだ引かない。
「やっと起きたか、ヤス」
「ああ、おはよう」
「早くここを出るぞ。追手に気づかれる前に安全な場所に行こう」
「安全な場所?そんなところあるのか?」
「龍馬さんに当てがあるらしい」
俺は急いで荷物をまとめた。荷物と言っても、ポケットに突っ込んだままの携帯や少しの着替えしかない。俺は自分と綾の荷物とまとめて、借りた背負い籠に全て入れた。
龍馬さんは全員の準備ができたことを確認すると、俺たちを集めた。
「今から拙者とお龍は薩摩藩邸に向かうぜよ。そこなら拙者らを匿ってくれるはずぜよ」
「なるほど。ついていっても構いませんか?」
「その前に、拙者から1つ聞いてもよろしいか?」
「はい。なんでしょう」
それはあまりにも一瞬の出来事だった。龍馬さんは着物の懐から拳銃を取り出すと、俺の額に銃口を当てたのだ。俺はあまりの衝撃と恐怖で身動きが取れず、その場で固まってしまった。
「おい、何してるんだ急に!」
龍馬さんは止めに入ったタケを片手であしらうと、俺たちにその場で座るよう指示をした。俺たちは黙って指示に従う他なかった。
「拙者は其方らに命を救われた。それ故に拙者も其方らを信用しておった。だが……」
「……」
「昨夜のヤス殿とタケ殿の会話を聞いておったぜよ。其方らはただの旅人ではないのであろう?一体其方らは何者じゃ」
龍馬さんは銃口をタケに向けた。だが彼は一切動じず、黙って俺の方を向いた。俺はタケのメッセージを受け取り、黙って頷いた。彼は俺に、俺たちの素性を明かす同意を求めていたのだ。
「龍馬さん、まず銃をしまってください。話はそれからです」
タケの言葉を聞いた龍馬さんは少し戸惑いを見せたが、最終的には銃を懐に入れてくれた。俺は軽く呼吸を整え、龍馬さんに俺たちのことを話し始める。受け入れてもらえないかもしれないという恐怖で、自然と体が震える。
「俺たちは、未来から来ました」
「……未来?」
「はい。今からおよそ、150年ぐらい先の未来です」
龍馬さんの反応は、思っていたものとは大きく異なっていた。彼は大きく1回だけ頷くと、その場にあぐらを組んで座った。
「続けてくれ」
「は、はい。その未来では、あなたの名前を知らない人はいません。あなたは実際にこの国を変えることになり、歴史に名を刻むんです」
「其方らが拙者に接触した目的は、そんな有名な人に会ってみたい、それだけか?」
「最初はそうだったんです。でも今は違います」
「違う?」
彼は首を傾げた。
「俺たちは龍馬さんと共に、この国を変えたいんです」
「……」
「この国は龍馬さんのおかげで大きく変わることになります。その結果この国は急速に近代化し発展を遂げますが、同時にたくさんの悲劇が生まれました。俺はそんな未来を変えたいんです。1人でも多くの人が死なないためにも、未来から来た俺たちにはなすべきことがあるんです」
俺は随分と生意気なことを喋っていた。そんなことはもちろん百も承知だが、彼に伝わってほしいのはその中身ではない。俺やタケの熱意だ。この国を変えてやるという決意だ。その意志の強さは、龍馬さんと何も変わらないはずだ。
「つまり其方らは、歴史を変えようとしている、ということか」
「はい、いかにも」
「では具体的に、どんな国を作ろうと考えておるのだ?」
龍馬さんの視線が、俺に突き刺さる。それは期待の表れか、それとも俺を試しているのか。どちらにせよ、俺にはそれに対する明確な答えを持っている気がした。
「民主主義国家を作ります」
「民主主義国家?」
「国民が国または地域の権力を所有し、それを自ら行使する国家のことです。幕府や朝廷ではなく、国民が主権者となるのです」
初めてのタイムスリップを終え戦国時代から戻ってきた後、俺は少し政治について勉強していたのだ。その成果がこうして今、発揮されている気がする。
「……それが、未来の考えであるか」
「はい。明治維新はそうあるべきだと思います」
「……明治維新?」
「龍馬さんや色んな方々が幕府を倒しこの国を変えたことを、未来ではそう呼びます」
こんな嘘のような話を信じてくれるのだろうか。坂本龍馬という偉人が、現代においてはただの取るに足らない社会人である俺たちと共に、日本を変えようとしてくれるのだろうか。だがそんな不安は、杞憂に終わった。
「面白いぜよ。さ、ついてこい」
俺とタケは顔を見合わせた。あまりにもあっさりと、龍馬さんは俺たちを受け入れてくれたのだ。それにはもちろん驚きもあったが、同時に嬉しくもあった。やはり歴史に名を刻むような偉人ともなれば、少し感性が変わった人も多いのだろう。きっと彼もそのうちの1人だ。
「では、拙者について来い」
龍馬さんはゆっくりと納屋の扉を開けた。それと同時に室内に眩しいくらいの日光が入ってきて、俺は思わず目を細めた。俺はその瞬間、生きている実感を得ると共に、その景色にある種の希望を見出すことができた。
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