4.お泊りに恋の話はつきものです
「そうですね。わたくしはやっぱり、レグルス様ですね」
俺は平静を装いながらそう答えた。
ミモザは少しがっかりしたような顔をする。
予想通り過ぎる答えだもんな。
「そうよね。王子はやっぱりお顔も綺麗だし、王子だからお家柄もばっちりだもの。性格も大らかで寛大。純粋なところがあって本当に素敵だわ」
ミモザは頷く。
「そうそう。それに剣も上手くなってきてますし、努力家なところもあるんですよ」
「そうね、良い王になろうと努力されているとお兄様も言っていたわ」
「でも、人を疑うことを知らないから心配になるんですよね。王になるなら人の悪意にも負けないようにならなければならないでしょう? でも、いつか悪意に飲み込まれて、他人を嫌ったり、自己嫌悪に陥ることがあるかもしれない……」
そう。だから、ゲームの中のレグルスは他人を攻撃するようになったのだろう。
愛する者に裏切られた悲しみや苦しみを八つ当たりのように周囲にばら撒き、今までの自分とのギャップに自己嫌悪に陥り、いつしか自分を慕うものを試すように暴言を吐く。そして、自己嫌悪に陥り、また攻撃をする。
癒されぬ心を持ったまま、悪循環を何度も繰り返す。
そんなレグルスを見放すことをアルキオーネはできなかったのだろう。
見放すことができれば、レグルスも愛だとか信頼を諦めることができたかもしれない。
でも、アルキオーネはレグルスを支えようと、悲しみを共有しようとした。
レグルスがアルキオーネから離れられなかったのも、アルキオーネがレグルスから離れられなかったのも、そのせいだ。
共依存の関係。俺たちも、今後そうなる可能性は十分ある。
俺は暗い気持ちになった。
「でも、そんなときはお姉様がそばにいるんだもの。王子は幸せだわ」
俺の気持ちとは真逆の明るい声をミモザは上げた。
「え?」
「だってそうでしょう? お姉様は困ったときに颯爽と登場するのよ」
ミモザは首を傾げる。
困ったとき登場? 誰が?
「お兄様から聞いたわ。私が誘拐されたときも、アルファルド様が困ったときもお姉様が全部力になっていたんだって。私、納得しちゃった。だって、心細くて泣いていたとき、現れたのはお姉様だったんだもの」
ミモザは嬉しそうに頷く。
背筋がぞっと凍るような感覚がした。
誰も俺を見ていない。
そのことを突き付けられているような気がした。
いつも周りは、俺の演じている「アルキオーネ」という少女を美化して、都合のいいように捉えてくれているだけだ。
ミラにも似たようなことを言っていたが、俺は人助けをしたくてしているわけではない。
俺は目の前にあったことを、それしかないからやってきただけだ。
困っているから助けようなんて大層な人間じゃない。
皆の言う「アルキオーネ」は俺――「月島昴」ではない。
本当の「月島昴」は、皆がそうだからと簡単に進路の大学を決め、講義も楽に単位がとれるばっかりものばかりとって、バイトも時給が良くて賄いが出るからと安易に居酒屋を選ぶような男だ。
女の子は好きだけど、モテないし、交際人数も少ないし、泣いてる女の子を上手く慰められない。
唯一自信があることはシスコンだということ。妹のためなら何でもできる。でも、その妹すらここにはいない。
俺は本当に死んでしまったのだと、今更ながら気づいてしまった。
そのうち、どんどん心の中の俺と皆の見ているアルキオーネが乖離していくのだろう。
それに耐えられるのだろうか。
俺は怖くなった。
「お姉様?」
ミモザが不審がって俺の顔を覗く。
「いえ、何でもないです。そう思ってくださっていたなんて思ってもみなかったので驚いてしまって……」
今も、息を吸うように演技してる。
俺は嘘つきの才能があるようだ。
「そう……」
「それより、わたくしのことはどうでもいいのです。ミモザ様の恋のお話を聞かせてください!」
俺は思いきり明るい顔をした。
暗いのは俺らしくない。
俺はいつだって周りに流されて、明るく楽しく生きていきたいんだ。
それが、「月島昴」という男だ。
ミモザが納得していないような顔をしていたが、俺を見て、ため息を吐く。
「そうね。私の話も聞いてくれる?」
「勿論です」
「じゃあ、私の話ね。恋……というには少しだけ違うかもしれないのだけど、好きな人がいるの。それでもいいかしら?」
「ええ、世の中には友だち以上恋人未満という言葉もありますし、好きな人のお話なら!」
俺はミモザの言葉に大きく頷く。
いよいよアルファルドの話が来るな。
俺は緊張してミモザの言葉を待った。
「じゃあ、その人の話ね。その人、すごく鈍感みたいで、好きってアピールしても分かってないみたいなの」
「えっと……脈なしということでしょうか?」
「どうかしら? 私のこと嫌いではないと思うの。お家に行っても嫌がらないし……」
「お家に? 随分と仲がいいんですね」
おお、ミモザ、意外と積極的だな。
そうか、アルファルドの家に行ったこともあるのか。
思ったより進んでいるんだな。
「そうね。悪くないと思う、私は」
ミモザはそう言いながら下を向いた。
おいおい、泣くんじゃないぞ。
俺はミモザの顔を覗く。
ミモザは暗い顔をしていたが、特に泣き出すような様子もない。
よかった。
安堵のため息を吐く。
「お相手は違うと?」
「その人は好きな人がいるのよ。私のことなんて妹のようにしか思っていないんだわ」
「そうだったんですね……」
俺は残念そうな声を出しながら、内心驚いていた。
それは初耳だ。
アルファルドに好きな人がいるなんて。
もしかしたら、記憶がなくなる前から好きな人がいたんだろうか。
それなら俺も知らないのも頷ける。
アルファルドの奴、薄情なことに全く手紙を寄越さない。
俺だって、なかなか手紙を出したりしない。
それでも今まで三通くらい出しただろうか。
アルファルドからは一通も帰ってこない。
なかなか返事を書かないアルファルドに痺れを切らしたのか、代わりにユークレース伯爵夫人からの手紙が二通、帰ってきたくらいだ。
ユークレース伯爵夫人からの手紙を受け取った俺は自分への手紙の返事を母親に書かせるんじゃないと思った。
でも、それを手紙に書くとユークレース伯爵夫人本人に読まれてしまうかもしれない。
今度会ったとき、絶対に文句を言ってやるんだからな。
そういうわけで、俺はアルファルドの現状をほとんど知らないのだ。
アルファルドの好きな人については、文句ついでに本人に会ったときに聞いてやろう。
「ねえ、私ってそんなに魅力がないのかしら?」
ミモザは上目づかいで俺を見つめた。
ネグリジェ姿の美少女だぞ。
これで風呂上りだったら落ちない者はいないだろう。
強いて言うなら胸がなあ……
ミラやデネボラの重厚感あふれるおっぱいに比べれば、小ぶりでちょっと物足りないくらいか。
そう思ってから、自分の胸に目線を落とす。
でも、アルキオーネのおっぱいの方が控え目なんだよな。
よく分からないけど、ミモザのおっぱいは年の割には大きい方なのかもしれない。
「魅力がないなんてとんでもないことです! 胸を張ってください」
うん。そのおっぱいには自信を持ってもいいと思う。
少なくとも俺の胸よりは大きさがあるんだし。
「ありがとう。私、頑張ってみるわ」
「そうです。わたくしだってミモザ様を応援しますよ。そうだ! 何かお手伝いすることはありませんか?」
「え! そんな、私のことは大丈夫。自分で何とかするから」
ミモザは顔を真っ赤にして急に慌て始める。
「いえ、是非お手伝いをさせてください」
俺はミモザに詰め寄る。
ミモザは顔を背けた。
ぐっと何かを考えるように目を瞑ってから首を振る。
「ダメ!」
「そう言わずに、ね? わたくしをお姉様と呼んで慕ってくださるミモザ様のためなんですから」
「ダメ、絶対ダメ。これは本当にダメ」
ミモザは首が取れてしまうのではないかと思うほど首を振り回す。
バサバサとボブ丈の髪が動いた。
どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ。
「お願いします」
「本当に無理! だって、好きな人のことがお姉様にばれちゃう。そんなの無理よ。恥ずかしくて死ねる」
「そんなことでは死にません。お願いします」
「いやよ! 私はまだ死にたくないもの」
ミモザは頑なだった。
そこまで言われるとものすごく聞きたくなる。
でも、これってアルファルドのことなんだよな。
それなら、俺はもう知っているし、そんなに無理矢理聞くことでもないよな。
意地悪をするのはこのくらいにするか。
「じゃあ、仕方ないですね。ミモザ様が協力して欲しくなるまでわたくし待っていますから。いつか教えてくださいね」
ミモザは困ったような顔をして唸り声を上げる。
「気が向いたらね」
暫くしてから、ミモザは苦笑しながらそう返した。
仕方ない。表立ってアルファルドとミモザの恋を応援することは出来そうもないが、これからもそっとミモザの恋を応援しよう。
俺は決意を新たにした。




