1.豊穣祭の顛末
社交界のシーズンがやってきた。
俺は予定通り、王都にある屋敷に着いた。
先日の豊穣祭の後始末で一時は王都入りが遅れるかと思われたが、元スミソナイト領の農民たちに与える仕事の手配まできっちりと終えることができた。
お父様やセバスティアンに手伝ってもらってフランクにも声を掛けて……ギリギリだった。
それにしてもよかった。
元スミソナイト領の農民たちは罪に問われないことになったのだから。
情状酌量の余地があったし、当然と言えば当然なのだが、そうなったもの領民たちの協力があった。
財産を奪われた領民たちが彼らに同情して罪を問わないように直談判に来てくれたのだ。
勿論、俺が彼らの身の上を領民の皆に話したからそうなったのだが、ここまで上手くいくとは思わなかった。
彼らは奪ったものをきちんと返して、返せないものに関しては借金という形で返すことになっている。
借金を返せないなどの問題が出た場合はそれ相応の罪を償っていただくことになっているし、罪状については決着がついたと思う。
肝心の仕事の方も元農民ということを生かして、土地を提供し、そこで働いてもらうことにはなっている。
しかし、今のところ土地がどうも足りそうもないということで、最初のうちは人手が足りない農家で働いてもらったり、希望した者には鉱山で働いてもらったりすることになった。
また、当面の生活はオブシディアン家が面倒を見ることにもした。
これである程度の生活の保障はできたと思う。
でもな、急いでやったから何か抜けてないといいんだけど。
「お嬢様、お荷物はこちらに?」
「あ、ごめんなさい。荷解きはある程度は自分でやりますから、メリーナはメリーナの仕事をしてください」
「もう、お嬢様ったら! 私から仕事を奪う気ですか? 私の仕事はお嬢様の身の回りのことをすることですよ、お忘れなんですか?」
メリーナは可愛らしくぷりぷりと怒る。
そんな怒り方では、また怒られたくなってしまうのだが、メリーナは気づいていないようだ。
「いえ、そんなつもりでは……」
「ずっと座っていたからお疲れでしょう。全てを私に任せて、お嬢様はアントニスとお茶をするなり、お散歩するなり、好きなことをしてください。さあ、すとれすとやらを発散してきてくださいませ」
流石はメリーナ。
俺のことをよく分かっている。
確かに、ずっと座り続けていたせいで体を動かしたくなっている。
どうしよう。
確か、リゲルたちは王都にいるはずなんだよな。
急に行ったら迷惑だろうか。
アルファルドは豊穣祭が終わったら相変わらず音信不通でいるかもわからないし、レグルスのところはそんなに気軽に出入りできないし。
そうだ。ミラは……だめだ。
まだ、王都にいないんだった。
じゃあ、やっぱりリゲルの家に遊びに行ってみよう。
それで、忙しそうならアントニスと王都を散歩しようか。
ちょうど、体力づくりのためにランニングを始めたいと思っていたところだ。
ランニングコースに良さそうなところを下見しておくのもいいだろう。
「アントニス! 出かけます。支度を……」
「そう言うと思っていましたよ」
すでにアントニスは準備を整えていたようだ。
待っていましたとばかりに頷く。
「ありがとうございます。それでは、今日は歩いていきましょう」
俺がそう言うと、アントニスは少し嫌そうな顔をした。
***
リゲルの家までは近いとは言えない距離があった。
それでも歩いて一時間くらい。
ちょっとそこまでというわけにはいかないが、まあ歩ける許容範囲だろう。
「嗚呼、たまにはちょっとカフェに寄りたいもんですね」
アントニスが汗を拭きながら呟く。
もう歩き疲れたのかよ。
歩き始めてから二十分くらいしか経っていないのに。
でも、アントニスの言うことも一理ある。
領に帰ってからはなかなかカフェのあるところまで遠くて気軽に行けるものじゃなかったし、領に帰る前だって馬車の移動じゃそう簡単にカフェに寄って行こうなんてならない。
家でメリーナにお茶を入れてもらう方が早いし、美味しいのは確実だ。
だから、こういうときでもない限りカフェには行けない。
今まで自由に生きてきたアントニスにはこの生活はよほど禁欲的なものなのかもしれない。
そう思うと、少し可哀想だ。
「仕方ないですね。もう少し行ったら休憩しましょう。アントニスの好きなもの何でも食べていいですから」
俺はため息を吐きながら答えた。
「あ、奢ってくれるんですか? ありがとうございます」
アントニスは嬉しそうに笑う。
コイツ、俺が同情してやれば調子に乗りやがって。
でも、日頃運動にも付き合ってくれるし、メリーナに注意をされて食生活も気にしてるみたいだし、アントニスも結構引き締まった体になってきたもんな。
そのくらい大目に見て出してやらないこともないか。
「まあ、考えておきましょう」
「じゃあ、もう少し行ったところに美味しいワッフルの店があるので行きましょう!」
アントニスのテンションは上がりに上がっていた。
犬のように尻尾があれば、激しくパタパタと振っていたに違いないだろう。
「分かりました。アントニスがそこまで言うならワッフルを食べましょう」
俺は頷いた。
俺とアントニスがワッフルの店の方に向かって歩いていると、見知った金髪を見つける。
何となく不安げな表情の男だった。
嗚呼、あれはテオだ。
最後に会ったのは、レグルスの事件の日だから、かれこれ一年ぶりくらいになるが、向こうは俺のことを覚えているだろうか。
あれが最初で最後に出会った日だもの、覚えていないかもしれない。
声を掛けるべきか、そのままにするべきか迷う。
向こうが覚えていてくれるなら声を掛けた方がいいだろうけど、覚えていなかったらびっくりするよな。
仮にも王妃の弟だろ? 警戒されるかもしれない。
どうしよう。
「アルキオーネ様、どうしたんですか? ワッフルの店はもうすぐですよ」
アントニスが大きな声でそう言った。
わ、馬鹿、俺の名前をそんな大きな声で呼ぶんじゃない。
俺は慌ててアントニスの服を引っ張った。
「ち、近いのでそんな大きな声で呼ばなくてもいいじゃないですか!」
「嗚呼、すみません!」
アントニスは頭を掻く。
本当に悪いと思っているのだろうか。
俺はため息を吐いた。
「あれ? アルキオーネ様では?」
俺たちの声に気づいたようにテオがこちらに向かって駆け寄ってきた。
どうやら、向こうは覚えていてくれたらしい。
なんだ。声を掛けてもよかったみたいだな。
俺はほっとして安堵のため息を漏らした。