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転生するならチートにしてくれ!─ご令嬢はシスコン兄貴─  作者: シギノロク
四章 十四歳、田舎生活謳歌してます。
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28.櫓の上では

※軽い流血表現あります。

 櫓の上は思ったよりも広かった。

 バトミントンのコートよりも、バレーのコートよりも広い。

 大体バスケットボールのコートくらいだろうか。

 暴れるのには十分な広さだ。


 俺は牽制の意味を込めて、右から来る女に向かってナイフを放つ。

 そこから、剣を両手に持ち直し、左前から来る男に向かって剣を振った。

 男の顔面スレスレを剣が走る。男が後ろに飛び退く。


 右の女と左の男は俺の前で間合いを計っているようだ。

 じっと剣を構え、動かない。


 よく分からないけど、てめえらミモザに何してくれているんだ。


「覚悟しろよ?」

 俺は小さく呟くと、目を見開く。


「イグニス!」

 左右の男女とは別に真正面から馬鹿正直に来る女めがけて炎を放った。

 炎は狙い通り女の服の袖を焼く。


「きゃあ!」

 そこを攻撃されると思っていなかったようで女は慌てて腕を動かして炎を消そうとしている。


 女の悲鳴を合図に左右の男女が動いた。

 僅かに男の方が動きが早い。


 俺は下から上に男めがけて斬りつける。

 斬れたのは服だけのようだ。男はまた後ろに退いた。


 背後に女の気配を感じる。

 俺はくるりと体を翻し、そのままの勢いで上から下に剣を振り下ろした。

 軽くだが、剣先が女の肉を裂いていく。

 掌に僅かに抵抗感があった。これが肉を切る感覚か。

 初めての感覚に背筋がゾクゾクとした。


 女は走る勢いのまま、床に滑り込んで倒れた。

「あああああああああっ!」

 女が叫ぶ。


 自分の傷口を押さえたまま悶える女を俺は見下ろした。

 ついに人を斬ってしまった。

 罪悪感がじわりと胸に広がる。

 怖い。一歩間違ったら殺してしまうのではないかという恐怖があとから湧いてくる。


 俺は剣を握り直す。

 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 上手く手加減ができるほどの技術のない俺ができることなんてたかが知れている。

 今はできることをしなければならない。


 今、ミモザを救えるのは俺しかいないのだ。

 ミモザと野盗たちを天秤にかけるなら俺はミモザをとる。

 絶対にミモザを守る。

 俺にできることはそれしかない。

 野盗たちを救うのなんて二の次だ。


 俺はくるりと男の方を振り返った。


「わたくし、剣があまり上手くないんです。もしかしたら殺してしまうかもしれません。そのときはどうか、恨むならわたくしを恨んでくださいね?」

「俺が貴様みたいなお嬢ちゃんにやられるわけないだろ!」

 男は叫んだ。


 俺は剣を横に走らせた。

 脇が空く。男はそこを突くように剣を動かす。

 俺はワイパーのように右から左に剣を回し、男の剣を受けた。

 危うく胴体が真っ二つになるところだった。

 俺は剣の刃を寝かせ、剣を膝蹴りするように腿で思い切り蹴り上げる。

 男の剣は弾かれる。

 俺みたいなご令嬢が剣を弾いたことに驚いたようだ。男は目を見開いた。

 男としっかりと目が合う。


 この距離ならいける。

 俺は確信し、唇だけで微笑んだ。


「ドルミーレ!」

 眠りの魔法を俺は放った。


 男は剣から手を離す。

 そして、膝からゆっくりと頽れていった。


 俺は落ち着いて櫓の上を見渡す。

 服の炎を消し終わったのか、酷く疲れた表情で床に座り込む女の奥には男が三人とミモザがいる。


 向こうにいる男たちは俺に気づいていないのか、気づいていてもこの三人にすぐに始末されると思い込んでいるのだろう。

 こちらに注意を払う素振りを見せない。


 俺は女に近づいた。

 女は呆けたように俺を見上げる。

 そして、一拍置いて目を開いた。


「あ! ああああああ!」

 女は手足をばたつかせ、這いずって逃げようとする。

 よほど炎が怖かったのだろうか。

 もう酷いことをするつもりなんてないのに。


 まあいい。

 この様子なら邪魔などしないだろう。


 俺は女を通り過ぎて、ミモザたちの方に向かう。


 真ん中に立つ、リーダーらしき男が何か叫んでいる。

「いいか、俺がこの女を殺すんじゃない。この国がこの女を殺すんだ!」


 男の手には剣が握られている。

 おい、その剣はなんだ。

 ミモザに何をしようとしているんだよ。


 嫌な予感とともに悪寒がぞわぞわと這い上がってくる。

 胸が痛い。

 怒りで胸が焼けつくような痛みを感じる。

 怒りが沸きあがってぐらぐらとする。

 頭まで沸騰しそうだ。


 俺は走った。


「ウェントゥス!」

 俺は風の魔法を左右の男にぶつける。

 激しい風が吹き、木の葉が舞う。

 多少の目くらましにはなるだろう。


 リーダー格の男は腕を振り上げた。

 剣が振り下ろされるであろう軌道上にミモザの首がある。


 俺はミモザと男との間に体を滑り込ませる。

 俺だってこのまま斬られるわけにはいかない。

 男の剣を受け止めるように剣を掲げた。


 剣の衝突する音がした。

 甲高く、まるで金属と金属がぶつかり合うような音。


 剣は俺たちを切り裂くことなく、上手く受け止められた。

 掌や腕が痺れる。

 思わず剣を落としそうになるが、耐える。


 負けない。

 俺はこんな奴に負けたくない。


「お、お姉様?」


「ミモザ様!」

 俺は振り返る。


「ど、うして?」

 ミモザは今にも泣きそうな顔でうわ言のように呟く。


 よほど怖い目に遭ったのだろう。

 翡翠色の瞳は潤み、涙が今にも零れ落ちそうだった。


 じくじくと胸が痛む。

 先ほどの怒りによる痛みなんて比べ物にならないくらいの、傷口を抉られ、思わず叫び声を上げたくなるような痛みがした。


 俺のせいだ。

 俺がミモザを置いて行ったからこんな目に遭わせてしまったんだ。

 この痛みは自業自得だ。


 俺はミモザを安心させようと笑顔を作った。


「どうして? 当たり前じゃないですか」

 余裕のない声が漏れる。

 ダメだ。

 こんな声じゃミモザを安心させられない。 


「勿論、わたくしがそうしたいから、です!」

 そう言って剣を弾いた。


 男が剣を構え直す。

 俺も剣を構えた。


 来る!

 俺は剣を滑らせる。


 斬撃の音がした。

 血が舞う。


 しかし、手にはあの嫌な肉を切るときの抵抗感がなかった。


 何故?

 俺は驚いて呼吸するのを忘れた。

 何が起きているんだ。


 リーダー格の男が倒れる。

 すると、後ろからリゲルとアルファルドが現れた。


「不意打ちでごめんね?」

 リゲルが剣の血糊を拭いながら笑った。


「もう聞いてないよ、馬鹿犬」

「言葉が悪いよ? アルファルド」

 リゲルは剣をしまうと、アルファルドの胸倉を掴みそうな勢いで詰め寄っている。


 櫓の上に立っていたのは、俺とリゲルとアルファルドだけだった。


 どうやら、他の敵はアルファルドが倒してしまったらしい。

 アルファルドはリゲルの言葉を無視して、剣の血糊をハンカチで拭っている。


「二人とも何故ここにいるんです?」


 俺の言葉に二人ははっとした顔をする。


「話はあとで」

「この事態を収拾しなきゃね」

 そう言ってリゲルとアルファルドは頷きあう。

 やっぱり仲良しだろ、お前ら。


 リゲルは櫓の端に立つ。

 何をする気だ。

 俺はじっとリゲルのすることを見つめた。


 リゲルは大きく息を吸う。

「こうして野盗は倒され、この領に平和が取り戻されました。めでたしめでたし!」

 そして、そう叫んだ。


 周囲から、わっと歓声が上がった。


 えーっと、つまり、最後にナレーションを入れることで演劇だということにしてごまかしたってことかな?

 俺は混乱しながら頭を抱える。


「さ、アルキオーネ、花火を出して?」

「は?」

「フィナーレは派手にした方が盛り上がるよ?」

 リゲルは笑う。


 フィナーレ?

 強引にこのまま終わらせるってことか。

 俺は掌を空に掲げる。


 掌から光の玉が飛び上がる。

 空気を振動させ、花火が上がるときの音を再現する。

 そして、光の玉を弾けさせた。


 赤い牡丹が空に広がる。


「それだけ?」

 煽るようにアルファルドが呟く。


 上等じゃねえか。

 俺はやけくそになって、両手を掲げ、操作できるだけの光の玉を作り出した。

 立て続けに三つ、赤、黄色、赤の牡丹を咲かせる。

 それから、連続四発を素早く打ち上げ、一拍置いて大きなしだれ柳を二つ同時に打ち上げた。


 これなら文句ないだろ。


 アルファルドは空を見上げてぽかんと口を開けていた。

 そして一言。

「真下からだとあまりよく分からないね」


 言うに事欠いてそれかよ!


「お姉様!」

 ミモザは叫ぶと、俺に突進して、抱きついた。

 このタイミングでくるとは気を利かせてくれたらしい。

 抱きつき癖のあるミモザならすぐにでも抱きつきたかっただろうに、ごめんな。


 俺はミモザを包むようにして抱きしめる。

 よほど怖かったのだろう。

 震える肩に俺は顔を近づけた。

「遅くなってごめんなさい」

 囁くように耳元でそう言ってやる。


「そんなことない!」

 ミモザは顔を上げた。


 嗚呼、可愛らしい顔が台無しだ。

 鼻水と涙でぐちゃぐちゃじゃないか。


「ありがとう!」

 ミモザはそう言うと、また俺の胸に顔を埋めた。

追記 ブクマ300件の御礼SSを活動報告にて公開しました。

 需要があるか分かりませんが、ミラとリゲルの豊穣祭の話です。

 暇つぶしにどうぞ。



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