第22話 異世界の魔物
「待て! ゼイン! 何かいる」
シオンは、優秀な戦士が持つ鋭い感覚によってそれに気づいて声を上げた。
ゼインはシオンの声に従って歩みを止め、シオンの近くへ戻る。
「姿を現せ! 隠れているのは分かっている!」
シオンがそう叫ぶ。だが、反応はない。
「ふむ、確かに、何かいそうだな」
“治療師”もそう告げた。
そして、広間をざっと見渡してから、向かって右隅の角を指さす。
「あの辺が怪しいように思うが、精霊剣士殿はどう思う?」
その場所にも魔道具の光は及んでいる。だが、何の姿も見えない。
しかし、シオンは“治療師”と同意見だった。
「ええ、私もそう思います。あの辺りから、姿を消した何かが、こちらを見ています」
「そうか。では、少し勿体ないが、これを使ってみるか。これなら、部屋の構造に被害を及ぼすことはない」
と、そう言って携帯していた魔法の荷物袋から、青色の淡い光を放つ結晶石を取り出した。
そして、それを怪しいと感じた部屋の隅に向けて放る。
それが床に落ちると、その周辺で即座に激烈な冷風が吹き荒れた。それが、この魔道具の効果なのだ。
「ぐぉぉぉ!」
そんな巨大な呻き声が上がる。そして、その場所に巨体が姿を現した。ダメージを負った事でその魔物が透明化を解いたのだ。
その魔物は、漆黒の体毛を持つ巨大な犬の身体をしている。だが、身体に生えた首は三つ。それは、ケルベロスだった。
ケルベロスもまた、デーモンやヘルハウンドと同じ異世界からこの世界に召喚される異世界の魔物だ。
「ただのケルベロスではないぞ。明らかに特殊個体だ」
“治療師”がそう告げる。確かに、一般的なケルベロスには、透明化の能力などない。その時点で、これが特別な個体である事は明らかだった。
「通路に戻れ! 俺が踏みとどまるから、離れて援護を!」
シオンがそう指示を出す。
ゼインと“治療師”は、指示に従って速やかに通路へと動いた。
シオンもバスタード・ソードを引き抜きつつそれに続く。
ケルベロスは、姿を見せたからには逃がしてはならないと考えたのか、シオン達に向かって猛然と突っ込んで来る。
それを、通路に入って少し進んだところで踏みとどまったシオンが迎え撃つ。
通路はケルベロスが入り込めるほど広い。だが、流石にシオンを飛び越えるほどの余裕はない。つまり、シオンが踏みとどまれば、後方のゼインと“治療師”の安全は確保できる。
シオンは、通路という限定さえた空間でケルベロスと戦うため、回避がままならず、攻撃を受けやすい。しかし、それはお互い様であり、ケルベロスもまたシオンの攻撃を避ける事は難しい。
そうなれば、後方の“治療師”から援護を受けることが出来る分、シオンの方が有利である。
これが、シオンが咄嗟に考えた作戦だった。
実際の状況も、概ね作戦通りに推移した。
このケルベロスは、確かに特殊な個体で、通常のケルベロスよりも強い。
だが、熟達した剣士であり精霊術師でもあるシオンは、この状況でその特殊なケルベロスを相手に互角に戦うだけの技量がある。
特に今は、バスタード・ソードを右手だけで持ち、左手にはいつもは使っていないバックラーを持って守りを固めていた。
小柄なバックラーでも、シオンの技量ならば巨獣の牙をいなすのに使える。
それでも当然に無傷では済まない。しかし、安全を確保した“治療師”が、後方から霊薬球を用いてシオンを援護する。
更にシオン自身も多様な精霊術も駆使する。“治療師”もシオンも特に回復には気を使い、傷をたちどころに治す。何をして来るか分からない未知の敵と戦う際には、生命力を十分に確保しておくことが重要だ。
戦況は明らかにシオン達が優位だった。
そんな優位な戦況の中、ゼインは1人悔しさに歯噛みしていた。
シオンの作戦が、自分を戦力として全くあてにしていない事が分かったからだ。
本来なら、ゼインも近接戦闘を行えるのだから、シオンと2人でケルベロスを挟み撃ちにするように動くべきだ。それが、多対一で戦う場合の定石と言えるだろう。
だが挟み撃ちが有効なのは、ゼインもある程度強い場合だけの話である。
ゼインの技量が大きく劣れば、シオンはゼインを援護しなければならなくなり、むしろ不利になってしまう。要するに、ゼインが足手まといになってしまうのだ。
シオンはそう判断したからこそ、挟み撃ちの作戦を採用しなかったのだろう。
そして、シオンの判断は正しかったと認めざるを得ない。
ゼインもまた、自らの武器であるバスタード・ソードを引き抜いて両手に構えていた。だが、シオンとケルベロスの戦いは、到底ゼインが割って入ることなど出来ないものだったのである。
もしも、挟み撃ちの作戦を狙ったなら、確実に足手まといになってしまっていた。
ゼインがその事が悔しくてならなかった。
「くそっ!」
思わず、そんな声が漏れる。
それでもゼインは、自分に出来る事があればと考え、シオンとケルベロスの戦いに集中し続けた。




