しつこく言い寄られている陽キャな美少女は陰キャで人畜無害な俺にどうやら話を聞いてほしいらしい~いや、俺、君のこと好きなんだけど、本気になっていいのか……~
友達と遊ぶよりも1人でゲームをしているのが好きだ。
他人には気を遣うし、物静かでおとなしい。
集団の中では目立ちたくないし、発言も極力避けたい。
なるほど、すべて当てはまるなと納得しながら陽翔はスマホの陰キャ診断を終えた。
高校に入学して以来1か月が経過したが、仲のいい友達はいない。
すでに教室ではいくつかのグループが形成されているが、どこにも所属してもいなかった。
ちょっと寂しい気持ちもあってスマホで友達の作り方や性格診断などをなんとなく眺めることが多くなっている。
「……彼女の作り方とかも調べてみるか……」
昼休み、屋上の階段付近で毎日1人でお弁当を食べる、そんな須藤陽翔は世間で言う陰キャなのかもしれない。
☆☆☆
「須藤君、ボールこれで全部だよ……」
「……えっ?」
体育倉庫内にその声は心地よく響いた。
なんとなくみんなと教室に戻らない理由の為に陽翔は1人片づけ役を買って出たはず、だった。
にもかかわらず、クラスメイトである日高知里はここにいる。
突然話しかけられたことと、すぐ傍の知里の髪の匂いを感じて陽翔は酷く動揺してしまう。
毛先に少しウエーブが掛かったセミロングの黒髪。
整った顔立ちの中の大きな瞳に見つめられれば大半の男子は言葉を失うだろう。
陽翔が手にしていたボールを思わずこぼしてしまったのも無理はない。
知里はそれを掴むと柔らかな笑顔を向ける。
(っ!?)
知里はクラス1目立つ子で、クラス1の美少女で、男子の話題にも毎日のように上がっていた。
話に参加していない陽翔でも知里の情報はそれなりに得ている。
黒髪が少し靡いて、優しさに溢れるような表情がこちらを向く。
話しかけられるだけで鼓動が跳ね上がるのは仕方がない。
知里がいつも和気あいあいと誰とでも親しそうにしているのを遠目から何度か見ていた。
よく相談事を持ちかけられているし、いつも明るくてコミュ力もある。
日高知里は世間で言ういわゆる陽キャなのだろう。
教室でも目立つことがない陽翔とはいわば対局の存在。
あまり女子と喋ったことがなく、今も挙動不審の様子を見れば不釣り合いな2人だと思うかもしれない。
知里は雲の上のような存在で、やりとりするのさえおこがましいとさえ思う。
そんな考えがある陽翔は一瞬呆けてしまうし、視線は彷徨って、言葉がまごついてしまうのは致し方ない。
「…………」
「……須藤君ってバスケ上手、なの?」
「……いや、その、えっと……バ、バスケの漫画見て、少しだけ練習して、少しだけ上手くなって……えっ、でも、なんで……?」
バスケ部員でもないし、授業中はあまり目立たぬよう悪く言えば手を抜いている。
今日だってそこまでの活躍は……。
「ふふーん、先週も今日もミドルシュートとレイアップを綺麗に1本ずつ。シュートブロックとリバウンドとアシストも狙ったように1回は決めていたので……それとね、先週もひとりで後片付けしてくれてたから、今日は私もって……」
「……見てたの?」
知里は人差し指を立てて、楽しそうに自分の推測を陽翔の顔を見ながら述べた。
「うん……私もバスケ好きだから。もしかしたら、実力隠してるんじゃないかなって思ったら気になっちゃって」
「……」
「あっ、知里。私、日高知里です。よろしくね、須藤陽翔君」
「っ?! ……あの、な、なんで俺の名前?」
「自己紹介の時覚えたから、だよ。次の授業始まっちゃうからそろそろ教室に戻ろっか」
見惚れしまいそうな笑顔を向けられる。
そういえば彼女はクラスの皆と仲良くしたいと最初に言っていた。
知里にとって誰かに手を差し伸べる。
それは何でもない日常の一部なのだろう。
でも……。
この時のやり取りは陽翔の脳裏に印象深く刻まれた。
☆☆☆
それからはそれまで以上に知里を見てしまう回数が増える。
その度に顔が熱くなり、胸がドキドキする。
何度か話しかけようとはするものの、勇気が出ずに出来ない毎日。
(話しかけても、その後どうしたらいのかもわかないしな……)
現状を何とか変えたい。でも結局は何も出来ない。
そんな日々が続き、梅雨を過ぎ本格的な夏を迎える間近な時期。
「付き合ってるやついないんだろ、ならいいかげん俺と付き合えよ」
「……それは、できないよ」
放課後、人気のない校舎裏。
そこで知里と1人の男子生徒が向かい合っていた。
知里の顔には、いつも教室で目にする明るくて快活な笑顔はなく、男子生徒の言葉を聞いて神妙な面持ち。
そこには辛さも混じっているためか、知里は体を震わせ両手を握りしめている。
陽翔がその光景を目撃したのはたまたまではなかった。
卒業生から寄贈されたラノベをチェックするため図書館に居たのだが、窓に見えた2人の姿を見つけてあとを付けて来てしまった。
男子生徒は同じクラスで、確かバスケ部で即レギュラーになったなんて話をしていたのを聞いている。
そして授業中など知里の方をよく見つめている生徒の1人だ。
「お前がうんと言うまで、何度でも俺はアタックするからな……」
「……」
そう告げて男子生徒は去っていく。
知里はそれを聞いて唖然とした顔でその場に佇んでいた。
知里が誰かに好意を持たれているというのは至極当然なことだ。
見た目も目を引くし、陽翔にしてみれば存在自体が輝いてみえる。
当たり前であるはずなのに、それでも、今しがた繰り広げられた光景に陽翔は不安と焦りを感じて、思わず唇を噛み締める。
(なんなんだ、この気持ち……)
色々な感情が沸き上がって、それを抑えるために頬を思い切りつねっても見た。
いま何か声を掛けようかとも思うけど、この場に相応しい気の利いた言葉など思いつかない。
やはり見なかったことにしようと、遠ざかろうとしたとき足元に会った木の枝を踏みつけてしまう。
「っ! 須藤君……」
知里に気づかれて、目が合ってしまう。
どうしようと視線を彷徨わすが、それでも咄嗟に軽く会釈できたのはよかった。
このまま……。
「っ! ……って、あ、あの日高さん……?」
「……」
距離を詰めて来た知里は待ってとばかりに陽翔のブレザーの袖口を掴んでいた。
だが、その顔は伏せていて何も言ってくれない。
すぐ傍に知里がいる。陽翔はそれだけで普段よりも緊張は増して言葉は簡単には出てこない。
そんな陽翔に、知里が掴んだ指先の力は徐々に緩んでいく。
(な、何か言ってあげなきゃ……)
「そ、そにょ!」
「えっ……?」
「こ、こうゆう時は、誰かに話を聞いてもらった方が、いいかもしれなくて……」
「……そうだね。うん、きっとそう!」
緊張しすぎて少し舌を噛んでしまった陽翔。
それでもくすりと知里が笑ってくれたことに、少し勇気を出してよかったと思う。
そのおかげもあって、そのまま高校から少し離れたファミレスに立ち寄る。
店内には同じ高校の制服は見当たらないことにほっとした。
これなら話をきくことくらいは、出来るだろう。
陽翔にしてみれば、家族以外の人とこんなところに来るのは初めてのこと。
しかもその相手は知里ということで、その表情はいつもよりも血色がよく、なんだか意識しただけで膝が面白いように震えている。
すでに知里の前にはフライドポテトとケーキと飲み物が並んでいた。
一方の陽翔の前には湯気の上がるカップのみ。
(こ、鼓動がうるさい……)
両手を握りしめ、視線を上げては下げ明らかに挙動不審の陽翔。
知里はそんな陽翔に笑顔を向けながら、よかったら食べてねとポテトに手を伸ばす。
「あ、あの……」
「あ、あのね……」
陽翔が何か言いかけた時、被せるように知里も発した。
どうぞというように陽翔は手で合図する。
「……」
「ちょ、ちょっと聞いてもらっていいかな、須藤君」
「も、もちろん……」
「さっきの人、鏑木大地君。同じクラスだし知ってるよね?」
「良くは知らないけど、名前は……」
「同じ中学でね、その、私のこと好いてくれてるみたいなんだけど……」
そこで知里は言葉を切り、陽翔の様子をうかがう。
「その、えっと……他人の俺が、とやかく言えることでもないんだけど、ちゃんと断ってもさっきみたいな感じ?」
「うん……」
話を聞いてもらうことが嬉しいのか、知里は最初よりもポテトを多くつまむ。
「そっか。よっぽど好きなんだろうな。その気持ちはわかるけど……」
「……えっ?」
「ううん、なんでもない。高校生にもなると異性のこと、それまでよりも強く意識しだすんだろうね……?」
「そうだと思うよ」
「……ちょっと俺の方も聞いてもいいかな?」
「も、もちろん」
「えっと、ひ、ひっ、日高さんって、いま誰とも付き合ったりしてないの?」
「は、はい……」
なぜか知里は背筋をピンと伸ばし、陽翔の問いに答える。
急に血色が良くなって、可愛さがさらに増したようにも思えた。
そのせいもあって、カプチーノが入ったカップを持つ手が大層ふるえてしまうが、知里の答えに陽翔は心の中でガッツポーズをしてしまう。
「「……」」
本人の口から聞けて陽翔は心底ほっとする。
だがその後の言葉を用意していたわけではなく、無言になってしまい少し目が合う。
なんだか話していると、少し緊張はほぐれて来たのかお腹が少し空いて来ていた。
少し空気を変えようかとも思い、メニュー表をさっと眺めクラブハウスサンドを注文する。
「す、須藤君は……?」
「……な、なに?」
話を聞いてる立場で質問して、あげく沈黙してしまって軽蔑されたかも。
もしくは聞き手役としてはやはり不十分だからと話を切り上げられるかも。
陽翔の脳裏にはそんな後ろ向きの考えが次々に浮かび、苦悶の表情が浮かぶ。
「その、須藤君はお付き合いしてる人っていますか?」
「…………へっ?」
それは全く予期せぬ質問だった。
その意味もわからず、変な声も漏れる。
「いやいやいや、いないよ、いるわけないし」
「そ、そうなんだ……あのポテトよかったら……」
「じゃあ、いただきます」
なぜか知里は天真爛漫な笑顔を作る。
またもポテトに手を伸ばすと、美味しそうに頬張った。
「……でも、須藤君がこうやって話を聞いてくれてよかった」
「えっ?」
「ほ、ほら、須藤君口固そうだし、人の嫌がることしないと思うから」
「まあ、自分がされて嫌なことは誰かにしないと思うし、確かに口も堅いかも」
「当たった!」
知里の笑顔を間近で見られるのは幸せで、ドキっする。
「その、ごめん。立ち聞きみたいなことしてしまって……」
「うんうん、気にしないで。こうやって今傍にいてくれてるし。私の方が付き合ってもらってごめんなさいだよ」
「そんな……ああ、でも鏑木君の今後の対策は考えておいた方がいいかもね」
「それなんだけど……えっと……おほん、しばらく、わ、私の傍にいてくれませんか?」
「あー、誰かが傍にいれば話しかけにくいしね、いい考えだと思う…………って、俺?!」
知里はまたも背筋を伸ばし、陽翔の目をじっと見つめる。
(はああああああ!?)
なんで自分なんだ?
他に適任の人がいるはずだけど?
自分じゃ傍にいたってなにも……。
そうは思うものの、そんな申し出をされて断れる陽翔ではなかった。
「はい……」
この日、陽翔は知里と今までで一番話をした。
そして、知里の前で少しだけ緊張が薄らいだのを感じたし、理由はどうであれ大役を任されたことを感謝し、彼女のことがより気になりだして……。
☆☆☆
翌日の朝、陽翔は駅の側の小さな公園にいた。
この時間は駅への通勤客と学生が多い。
緊張しながらも近づいてくる人の中から知里を捜す。
「おまたせ~」
「お、おう……」
先に来ていることが遠目でわかったのか、まだ待ち合わせの時間よりもだいぶ早かったのだが、知里は駆け足でやって来た。
「あの、それじゃあ……」
「い、いこっか」
(えらいことになってしまった……)
傍にいる。
知里にとってそれは登下校を共にすることも含まれていたようで……。
『明日は何時にどこで待ち合わせしようか?』
昨夜そんなメッセージが届いて部屋の中で大きな声を出してしまった。
ファミレスの帰り際連絡先を聞かれてのはそういうことだったのか。
すぐ隣の日高千里がいる。
今日は昨日と違って、ポニーテールになっていた。
なんだか特別感があるなと思う。
「おはようございます」
学校までの道のり、開店準備をしているカフェや花屋のお姉さんに明るく挨拶する知里。
気さくで、陽翔ですらやり取りが出来る。
おまけに……。
「そうだ須藤君、私、『一目ぼれした君と仲良くなる方法』のアニメ見たよ」
「……ま、マジで!」
そのタイトルは陽翔が好きなラノベで、教室でも休み時間に読んだりもしていた。
話の感じからして、どうやら知里はそれを知っているようだ。
「うん、ヒロインの子可愛いね。それからボーイミーツガールっていうのかな? すごく印象に残って1巻はつい時間を忘れて読みふけっちゃった」
「そう、なんだ……」
「ライバルキャラの子も芯が通ってていいなあって」
「そうなんだよ!」
陽翔としては自分の推しのアニメを見てくれて、話題にしてくれたことが嬉しい。
知里の人と成りがこの短い時間でも改めてわかり、胸が熱くなり、鞄を持つ手に自然と力が入る。
だから2人きりでも話が中断されることはなく、教室前へとやって来ることが出来た。
知里と一緒の陽翔に男子生徒に怪訝そうな目を向けられ、ふと我に返る。
「……その、大した話できなくてごめん。ほんとすぐそばを歩いてただけで……」
「うんうん、ありがとう。楽しかったよ」
知里はクラスメイトの目を気にせずに陽翔にそう告げて、自分の席に移動した。
気を遣ってくれて本当にいい子だな。
知里の傍にいてほしい、それは登下校だけの話ではなかった。
休み時間になると彼女はいつものグループに顔を出しながらも、頻繁に陽翔のもとへとやって来る。
その行為自体は緊張もするけど嬉しい陽翔。
だが周囲の視線を浴び、それが気になりもした。
その中で一層敵意を感じるまなざしを送っているのが鏑木だった。
午後の授業の前、お昼を食べ終わった知里が教室を出る前に陽翔に目配せする。
それをみて陽翔は自然と立ち上がった。
こういうときどこのグループにも属していないのは好都合だ。
誰かに何かを聞かれる心配がない。
もしかしてそれで知里は自分を適任だと考えたのかと陽翔は思う。
その後も教室以外では知里を1人にはせず、帰りも一緒に帰る。
そんな数日が過ぎると、教室内では陽翔と知里がいつも一緒にいると噂されるようになってしまった。
当然そのことは鏑木の耳にも届いたようで……。
知里が教室にいることを確認し図書館に本を返しに行こうとした昼休みのことだ。
陽翔が廊下に出て階段前に来た時、
「お前、日高と最近仲がいいみたいだな」
「……あー、登下校は一緒だね。でも、それが?」
向こうからコンタクトを取って来てくれたのは好都合だった。
一緒にいることで浮かれてしまうこともあるけど、それは鏑木対策だということを陽翔は忘れてはいない。
もっといえば、鏑木に知里を諦めさせる。それが目的だった。
「……」
「日高さんは嘘をつく子じゃないのはわかってると思う。そして彼女は優しいし、気も使うだろう。本心を告げてもしつこくされてもね……」
「須藤、お前、知って……」
「酷なことは言いたくはない。日高さんを困らせたくないと思ってるなら……」
「納得いかねえ!」
「……いや、理不尽でも何でもないだろ。片思いなんてよくあることだし」
「なんで日高は俺じゃなくお前を選ぶ。どこに惚れられた?」
「……それは、わからない」
それはないと言いたかったけど、あまりの鏑木の剣幕にそんなことを言えば元も子もないと冷静になっていた。
「俺と勝負しろ!」
「しょうぶ……? い、いやだよ。なんで勝負する必要があるのかわからない」
「せめて俺に須藤陽翔って男を魅せろ。そしたら……」
「…………めんどくさいなあ、勝負ってなにするのさ?」
思っていたよりも随分と熱血漢というか、体育会系というか……。
気持ちにケリをつけたい、その気持ちはわからないでもない。
何度も諦めきれずに言い寄ってたのは、裏を返せばそれだけ好きだってこと。
そう思えば……だから勝負の内容をつい聞いてしまっていた。
次の体育の授業。
男子はこのところもっぱらバスケだった。
試合前の準備運動などは全員で行うけど、進学校ということもあって競技こそきめられているが指導などあまりなく試合などは自由だ。
「なになに、鏑木君と須藤君試合するの?」
「えっ、須藤君って運動できるの?」
「バスケ部相手にどこまでやれるかお手並み拝見」
男子だけではなく、バレーをしている女子たちからも声が上がる。
女子の声は興味深々、同性からの目は何となく冷たく感じた。
陽翔が知里と妙に仲がいいので、鏑木以外にも面白く思っていない男子はいるのかもしれない。
陽翔と鏑木のワンオンワン。
相手は入部していきなりレギュラーの鏑木。陽翔にとっては相当に分が悪い。
勝てば認めるってわけでもないのが相当にめんどくさい。
(たくっ、バスケ部レギュラー、男を魅せるってなんだよ……)
女子の中には知里の視線もあり、間違っても手は抜けないと思う。
彼女は祈るように陽翔を見ていた。
まずは腰を落として相手の目を見る。
「ほう。須藤、お前バスケ部だったのか?」
「いや、見よう見まねでちょっとかじっただけだ」
「素人には見えねえな。行くぜ」
「……」
思ったよりもドリブルが鋭くて抜かれずに追いつきなんとか粘ったけど、右手から左手に持ち換えられてレイアップを決められた。
「……あぶねえ。良いブロックするなあ。バスケ部に入ったらどうだ?」
「……生憎協調性がなくてね、団体競技は負けず嫌いな自分には合わないんだ」
そんな会話をしつつ、今度は陽翔のオフェンス。
マジにやっても止められなかったことで、気落ちしそうだったが知里が両手を握りしめて励ましてくれているような姿を目にすれば途端にその気になった。
「……俺はな、日高が好きなんだよ。中学の時怪我して荒んでたとき、あいつは励ましてくれて……」
「鏑木がどれだけ彼女を好きかは俺にこの勝負を吹っかけて来た時点でわかってる……でもな、こっちにも負けられない理由があるんだよ」
フェイントでは抜けず、シュートフェイクも混ぜて何とか1本返す。
額からは大粒の汗が流れ、早くも限界寸前だった。
「お前、運動不足だな……」
「ほっとけ……」
鏑木のオフェンス時には足がつり始め、今度は簡単に抜かれシュートを決められる。
「どうする?」
「……まだこっちのオフェンスが残ってるだろ」
足を引きずりながらも陽翔はギブアップはしない。
相手がバスケ部だろうと、陽翔は勝負事で負けるのが嫌いだった。
それでも気持ちだけではどうにもならないことはある。
相手は強豪部で1年からレギュラー。陽翔のオフェンスはもうちょっとのところで止められ敗北した。
「すごいじゃん、須藤君」
「運動神経良いんだ」
「なんか私母性本能くすぐられちゃった」
いつの間にかギャラリーの数は増えていて、勝負が終わると大きな拍手が木霊する。
柄にもないことをしてしまったと途端に恥ずかしくなったが、それでも悪い気はしなかった。
知里の方ををみれば頬を赤く染め興奮している様子。
目が合うとありがとうと言うように、頷いてくれた。
「……楽しかった。またやろうぜ」
「それだけなら、分が悪い勝負を受けた意味がないんだけど……あと、俺、勝とうとしてたから」
「10年はええ……日高を悲しませたら許さねえからな」
誤解と勘違いがあるようだけど、訂正する気にはとてもなれない。
これで目的は達したし、お役御免。
そう思うとずきっとなぜか胸が苦しくなる。
教室内での陽翔の立ち位置も短期間で変わってしまった。
知里とは休み時間になると話をするようになったし、他のクラスメイトともゲームの話などでちょっともりあがったりもして……。
以前のような独りぼっちでもない。
知里が傍にいるだけで陽翔はクラスでもなじめるようになった。
いや、陽翔自身がそのままでいられるように知里が雰囲気を作ってくれたのかもしれない。
学校に来ることが楽しくなった。
(感謝しかないよな……)
☆☆☆
放課後、日直だった知里の仕事が終わるのを待って一緒に下校する。
「……」
「……」
一緒に帰るのはこれで最後だ。
だからなのか、お互いに口が重い。
「……そ、その、ありがとう」
「えっ……」
「対策とはいえ、楽しかった、です」
「わたしも……」
知里は一瞬目を大きくして期待を込めたように陽翔を見つめる。
だが思っていたことと違ったのか知里の表情は険しくなった。
(だああ、違うだろ!)
陽翔が本当に言いたいのはお礼じゃない。
それがわかっているから、両の手に力が入りそれは拳になり震える。
ここを逃したらもう……。
そう思うと、鼓動は増してちらちらと知里の方を見つめる陽翔。
「こ、こんなこと言うのは迷惑かもしれないけど、明日も明後日も、その先もずっと俺はこうしてずっと一緒に居たい。いや違う……」
「はい……って、違うの?」
「いや、違わないんだけど、そうしたいのは、俺が日高さんのこと…………ううっ、ダメだ。と、とにかく俺この時間をもっと大切にしたくて」
「うん、私も同じ。まずはデートしてみよっか?」
恥ずかしそうに陽翔を見て知里は提案する。
「そ、それはレベルが高そうだから、まずはどこか二人で遊びに……」
「……須藤君、そういうのデートっていうんだけどなあ」
「っ!? でも友達でも出かけたりするし……あの、日高さん、その、なんで俺なの……?」
「んっ、私はみんなの知らない素敵な須藤君のこと知ってるから」
「……それってどういう?」
「……デートの時に話してあげるね」
「う、うん……」
知里が魅せている笑顔は今までで一番輝いているように見える。
友達を作るのも彼女を作るのも、勇気が必要なのだと陽翔は体現した。
坂道を下る陽翔の顔は恥ずかしそうに真っ赤で、ちらっと隣を見れば知里も同じで……。
「ではさっそくなんだけど……ど、土曜日予定大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
早くも週末なにを着て行けばと頭を悩ませ始める陰キャが薄らいできた陽翔であった。
最後までお読みくださりありがとうございました。
休息のつもりで久しぶりに短編を書きました。
今日中にもう1つ短編を投稿する予定です。
今後の執筆の励みになるので、もしよければ下の☆☆☆☆☆を塗りつぶして評価してくだされば嬉しいです。