3.呪われた騎士
次の日、わたしは朝早くから騎士エスターの訪問を受けた。
「ユリ様、この度は誠にお世話になりました。御礼に、私にできることでしたら、何なりとお申し付けください」
ひざまずき、頭を垂れるエスター。
うーん、騎士様にひざまずかれてお礼言われるとか、異世界を実感する。
この部屋自体、どこの宮殿? という壮麗さで、わたしは昨夜、人生初の天蓋付きベッドで眠った。壁にもタペストリーやお高そうな絵画などが飾られていて、こんな部屋に泊まれるの、最初で最後だろーなーと思いながら眠りについた。
まあ、異世界に召喚されること自体、最初で最後だろうけど。
わたしは、ひざまずく騎士様に、にこやかに言った。
「いえいえ、そんな、気になさらないで下さい。わたしはただラケットを振っただけですし、ちゃんと元の世界にも帰していただけるというお話ですから」
ていうか、こんな珍しい体験させてもらえて、かえってラッキー! という気がする。
楽しいミステリーツアー(しかも無料)を堪能させていただきましたありがとー! って感じだ。
エスターは立ち上がり、キラキラの笑顔で言った。
「寛大なお言葉、感謝いたします。ユリ様は、強大な魔力をお持ちのうえ、お優しい方なのですね」
何もかも的外れな賞賛に、わたしはハハハと乾いた笑いを返した。
社交辞令にしてもあり得ない。強大な魔力ってナニ。それに、ラケット振っただけで優しいとか。
だが、世にも稀なるイケメン騎士が、勘違いとはいえ褒めてくれているのだ。その気持ちだけは、ありがたく受け取りたい。
わたしはエスターに案内され、食堂に連れていかれた。
一階に、城勤めの文官や騎士たちが食事をする大広間があるらしい。
「大きなお城なんですね」
「王城ですから」
さらりと返された言葉に、わたしは仰天した。
まるで宮殿みたいだと思っていたが、ここは本当に、本物の宮殿らしい。
「私は呪いを受けて以降、こちらに足止めされておりました。しかし、まさか異世界からの召喚が計画されていたとは夢にも思わず……、ユリ様にはご迷惑をおかけ致しました」
わたしは隣を歩くエスターを見上げた。
最初に見た時から、特にどこか変わったようには思えないのだが。
「あの、エスターさんが受けた呪いって、一体どんな……?」
「どうぞエスターとお呼びください」
恭しくエスターが言う。
「私が受けた呪いは……、その、剣を振るうと、体に不具合が起こるというもので……」
言いづらそうにエスターが呪いについて語る。
「戦わなければ問題はないのですが、私は騎士ですし、魔女との戦いは熾烈を極めます。次に魔女が目覚めるのはおよそ一年後、それまでに何とかしてこの呪いを解かなければ、と焦っておりました。あらためて御礼を申し上げます」
足を止め、礼儀正しく頭を下げるエスター。
わたしは首を傾げた。
よくわからないが、騎士なのに戦えない呪いなんて、それはさぞ困っただろう。
「呪いが解けてよかったですね!」
まるきり他人事だが、まあ、良かった良かった。
さー、朝食たべたら帰るぞ!
と思ったのだが、
「ユリ様、王弟ラインハルト殿下がお見えです」
ふわふわの白パンの美味しさを堪能している最中、使用人らしき人物からとんでもない事を告げられ、わたしは思わずむせた。
「……え、おう……? 王弟? 殿下って。え、どうして?」
「ユリ様」
慌てるわたしに、エスターが言った。
「ラインハルト様は、ユリ様を召喚された筆頭魔法騎士ですので……」
「え、王弟殿下が?」
「はい……」
エスターが困ったような表情で説明してくれた。
なんでも、この国の王弟、ラインハルト・ロージャ様は、大陸一と称されるほど優秀な魔法騎士で、魔力量も規格外に多いのだとか。
実質、騎士エスターとラインハルトの二人でもって魔女を封印したのだが、その際、呪われてしまったエスターに、ラインハルトはいたく心を痛めたらしい。
なんとかエスターの呪いを解きたい。そう思ったラインハルトは、秘密裡に魔法使い達と異世界召喚の準備をすすめ、そして昨日、わたしを見事、召喚するのに成功した。
が、その召喚で膨大な魔力を消費したラインハルトは倒れてしまい、先ほどまで寝込んでいたらしい。
「え、じゃあその王弟殿下が、わたしを元の世界に帰してくださるんですか?」
「はい、主要な魔力はラインハルト様からいただくことになるでしょう」
当然のようにエスターは言うが、うーん、さっきまで寝込んでた人にそんな事させて大丈夫なんだろうか。わたしが不安に思っていると、
「そなたが異世界の魔法使いか」
大広間の入り口に、王弟ラインハルトらしき人物が現れ、わたしに声をかけた。
エスターが立ち上がるのにつられ、わたしも席を立った。
「殿下」
エスターが一礼する。
殿下ってことは、本当にこの方が王弟なのか!
わたしは失礼にならないよう、ラインハルトをそっと見た。
ラインハルトは……、可愛かった。
わたしの胸くらいまでの身長、肩で切りそろえられた黒髪に、吊り気味の大きな赤い瞳を持つ、美少女にしか見えない容姿をしている。
かわいい、と思わずつぶやくと、隣に立つエスターが微妙な表情になった。不敬だと思われたのかもしれない。
「異世界の魔法使いとやら」
話しかけられ、わたしは慌てて頭を下げた。
ど、どうすべきなんだろ。ひざまずいたほうがいいのかな。
ラインハルトの靴音が近づき、わたしの目の前で立ち止まった。
「頭を上げよ」
そろそろと顔を上げると、美少女顔の殿下が、じっとわたしを観察するように見ていた。
「異世界の偉大な魔法使いのはずだが、まだ年若いようだな」
いや、それあなたに言われても。
「……ともあれ、私からも礼を言う。騎士エスターは、私の身代わりとなって呪いを受けたゆえ、心苦しく思っていたのだ」
ラインハルトの言葉に、わたしは思わずエスターを見た。
身代わりって、そんなの初めて聞いた。
エスターはすっと膝を折り、ラインハルトに言った。
「騎士が主をお守りするのは、当然のこと。殿下がそのように気に病まれる必要などありませぬ」
「よい。立て」
ラインハルトがエスターの肩に手をかけた。
と、ラインハルトは動きを止め、いぶかしそうな表情になった。
「待て、エスター。これは……」
ラインハルトはエスターの肩や頭、背中などをぺたぺたと触った。可愛い。じゃなくて、
「おかしい、これは……」
「殿下?」
「呪いが、消えていない……?」
ラインハルトの言葉に、エスターは顔を強張らせた。
「まさか、そのような」
「いや、表面上は解呪できているが、根が消えていない」
ラインハルトは可愛らしい顔を歪め、言った。
「……おそらく、エスターが受けた呪いは、魔女の命と繋がっているのだ。表面上は消えたように見えても、剣をふるえば再び呪いはその身を蝕むであろう」
「なんと、それでは……」
「うむ。戦いのたびに、解呪をする魔法使いが必要となる」
二人はそろってわたしを見た。
……なんか、イヤな予感がする。
いや、その、わたし、帰りますんで。
問答無用のミステリーツアーは、ここまでということで、よろしくお願いいたします!




