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(性的に)呪われた騎士を救えと言われても、テニスラケットしか持ってません!  作者: 倉本縞


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2.異世界の事情


 第一志望の大学に合格したわたしは、わかりやすく浮かれていた。

 ちょっとナンパなテニスサークルに所属し、勉強して遊んで、初めての一人暮らしを満喫する毎日。


 しかしある日、サークルの練習帰りにいきなり地面が光ったと思ったら、次の瞬間、わたしはそのまぶしい光に飲み込まれていた。


 直後、わたしは気を失っていたらしい。

 気づいた時、わたしは薄暗く、広々とした部屋にいた。


 漆喰で固められた床に、アーチ状の石造りの天井を何本もの太い円柱が支えている。

 壁には何ヵ所かランプが取り付けられているが、部屋が広すぎるため、部屋全体は薄暗い。

 ヨーロッパの古城のような部屋だった。


 床に座り込むわたしを取り囲むように、見慣れぬ格好をした数人の男性が立っている。

 正直、夢だと思った。もしくは、事故か何かで死んでしまったか。

 が、


「申し訳ございません!」

 深々とわたしに頭を下げる男性が、以下のような事情を懇々と説明してくれた。


 男性によると、わたしは異世界に召喚されたのだと言う。

 おいおい、異世界って……とわたしは半笑いになったが、男性は大真面目だった。


「この世界には邪悪な魔女がおり、その魔女との戦いの最中、私は魔女に呪いをかけられてしまったのです」

 痛恨の極み! という表情で男性は続けた。

 なんでも、この世界の魔法使いでは、その呪いを解くことができないのだそうだ。

 で、この世界の魔法使いに出来ないなら、出来る人を異世界から呼べばいいじゃない! という、非常に迷惑な結論に至ったらしい。


 その結果、わたしが召喚されてしまったのだ、と男性は言った。

「誠に申し訳ございません……」

 慙愧に堪えぬ、という様子で頭を下げる男性を、わたしはまじまじと見つめた。


 背が高く、骨格もしっかりとしていて、ちょっと見には北欧系のイケメンっぽい。

 が、服装が明らかに現代のものではない。

 コスプレというには、いかにも使い込まれた感のある剣がかえって不自然だし、上質そうなマントや長い革靴も、しっくりと男性に馴染んでいる。


 その男性以外は、みなお揃いのフード付きの黒いローブで、全身をすっぽりと覆い隠していた。フードを目深にかぶっているため、顔も見えない。

 このお揃い黒ずくめ集団が、わたしを召喚した魔法使い達だという。


「私のせいで、あなたはこの世界に召喚されてしまいました。このような事になるとわかっていれば、何としても止めたのですが……」

 男性は、呪いを受けた張本人、騎士エスターだと名乗った。

 ゆるく波打つダークブロンドは肩を越すほどの長さで、澄んだ緑の瞳をしている。端正な顔立ちをしているが、騎士というのも納得の、大柄で筋肉質の体型だ。


「……あのー」

 わたしは騎士エスターと、その後ろに控えている魔法使い達に声をかけた。


「わたしは、そこの騎士さんにかけられた呪いを解くために、異世界から呼び寄せられた、とそう仰るんですか?」

「そうです、その通りにございます!」

 魔法使い達が声をそろえて言ったが、


「いや、その……、なんか申し訳ないんですけど、わたし、魔法とかそういうの、使えないと思うんですが……」


 数人がかりで頑張ってわたしを呼びましたと言われると、わたしの意思とは別に、なんか申し訳ない気がする。

 しかし、わたしは生まれてこのかた、当たり前だが魔法を使ったことなど一度もない。

 が、わたしの主張に、いやいやいや、と魔法使い達は一斉に首を横に振った。


「何をおっしゃいますか。ここにいらっしゃるだけでも、あふれるほどの力、膨大な魔力を感知できます! あなたは間違いなく、異世界の偉大な魔法使い様! 騎士エスターの呪いを解くことのできる、ただ一人のお方です!」


 いや、そんなこと言われても。

 わたしは、テニスラケットを抱えて途方に暮れた。サークルの練習帰りだったため、たまたまラケットを持っていたのだが、

「あなた様がお持ちの、その呪具……、そちらをお使いになれば、お分かりになるかと」

 魔法使いの一人が、おずおずとわたしに言った。


 呪具ってなに。

 と思ったら、わたしが抱え込んでいた、テニスラケットのことだった。


 そんなバカな、と思ったが、とりあえずわたしはテニスラケットをバッグから取り出した。

 いったい、ラケットでどんな魔法を使えるというんだ。


 わたしは立ち上がり、半ばヤケクソで、ぶん、とラケットを振ってみた。

 すると、


「おお!」

 魔法使い達が、驚いたような声を上げた。


 ラケットの風圧が騎士エスターに当たり、パチッと軽い音をたて、金色の火花が飛び散ったのだ。


「えええ……」

 わたしはラケットを抱え、エスターと魔法使い達を見た。


 なんだ今の火花は。

 あれが魔法だっていうのか。


「お分かりになりましたか!」

 魔法使いの一人が勢いこんで言ったが、いいえ、ちっとも分かりません。

 いったい今のは、何だったんですか。


「あれこそ呪いを解く光! 魔女の強大な呪いを跳ね返す魔法です!」

 魔法使いの一人が、うっきうきの笑顔で言ったが、こっちはいまいち実感がない。


「お願いいたします、異世界の偉大な魔法使い様! どうかもう一度、その呪具を使い、騎士エスターの呪いを解いて下さい!」

 いや、待って。まずその魔法使い様呼びをやめていただきたいんですが。


「あの、わたしの名前はユリと申します。魔法使い様呼びはちょっと」

「おお! 偉大なる魔法使い様が、自ら御名を名乗られるとは! 我らの誉れにございますありがとうございます!」

 ……話が通じない。


 とりあえず、わたし自身、さっきの火花がちょっと気になったので、もう一度ラケットを軽く振ってみた。

 ふよっとラケットの起こした風がエスターにあたると、チチッと小さな火花が弾ける。


 うーん。

 これが魔法って言われても、なんだかなー。


 考え込むわたしに、エスターが遠慮がちに声をかけた。

「あの……、よろしいでしょうか、ユリ様」

 ん? と顔を上げると、エスターが真剣な表情で言った。


「ユリ様、私をぶっていただけないでしょうか」


 うっ、とわたしは顔を引き攣らせた。


 いや、うん、わかってますよ、別に特殊性癖的お願いでないということは。

 でもでも、そのセリフ……、真剣に言われれば言われるほど、そのセリフ……、いえ、すみません何でもないです。


 まあ確かに、ラケットで起こした風を当てるより、直接ラケットを当てたほうが、何となく効果がありそうな気はする。

 わたしは気を取り直し、エスターに向き直った。

「じゃ、その……、ちょっと失礼します」

 わたしはテニスラケットで、軽くポン、とエスターの背を叩いた。


 その瞬間、手に伝わった感触に、ん? とわたしは首をひねった。

 なんか、エスターの背に触れる前に、何かに弾かれたような気がしたのだ。


「おお!」

 見守っていた魔法使い達が、驚いたように声を上げた。

 エスターの背をラケットで叩いた瞬間、埃のようにぶわっと、ピンク色の靄が舞い上がったのだ。その靄を消し去るように、金色の火花がはじける。


 わー、なんか良くわかんないけど、きれい。

 ピンクの靄に、金色の火花とか、ステキ!


 わたしがちょっと浮かれていると、エスターが真剣な表情で言った。

「ユリ様、申し訳ありませんが、その……、もう少し強く叩いていただけないでしょうか」

「………………」

 いや、うん……、わかってますけど、そのセリフ……。


「何か、その呪具が私の呪いに反発したような気がしたのです。弾かれるというか……。ですので、申し訳ないのですがもう一度、強く「あ、はい、わかりました!」

 これ以上、礼儀正しいイケメン騎士からアレなセリフを聞きたくなかったわたしは、エスターの言葉をさえぎるように言った。

「それでは、ちょっと強めに叩きますので、あの、痛かったらごめんなさい!」

 強めに叩くとか、痛かったらごめんなさいとか、なんか言ってるこっちがダメージ受けるんですけど!


 わたしはグリップを握り直し、腰を落として構えた。そして、サーブを受ける時のように上半身をひねり、強めにエスターの背を打った。……のだが、やっぱりエスターの体に触れる直前、何かに弾かれるような感じがする。


 バチバチッ、とエスターの周囲に金色の火花が散った。

 さっきより濃いピンク色の靄が、ぶわわっとエスターの体から吹き上がり、それを包み込むように金色の火花が舞い散る。金色の火花がキラキラと周囲に降りそそがれる様は、なんだか夢のように美しかった。


 メルヘンな光景にぼうっと見惚れていると、エスターがわたしを振り返った。

「ユリ様……、ありがとうございます!」

「え?」

 エスターが輝く笑顔で言った。

「呪いが解けました! ありがとうございます!」


 ……あ、そうなんですか?

 うーん、いまいち実感がないけど、あれで呪いが解けたってんなら、うん、まあ、良かったですね、って感じ。


「じゃ、呪いも解けたことですし、わたしもそろそろ元の世界に……」

 わたしの言葉に、あー、と魔法使い達が申し訳なさそうな表情になった。


「すみません、この術には大量の魔力が必要なのですが、筆頭魔法騎士様がこの召喚で倒れられてしまい……、申し訳ないのですが、帰還は明日までお待ちいただけませんでしょうか?」


 聞けば、わたしが異世界に召喚されたのと同じ時間、同じ場所に戻してくれるという。

 そういう事なら、何の問題もない。


 ていうか、わたしがしたことなんて、ちょこっとテニスラケットを振っただけだ。

 問答無用で異世界に召喚されたのはアレだけど、明日には元の世界に戻れるというし、ちょっと変わった夢を見ただけと思えばいいだろう。


 と、その時は思ったのだが。


 魔女の呪いは、そんなにヤワではなかった。

 テニスラケットを一振りしたくらいで祓えるような、そんな簡単なもんではなかったのである。



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