最大の壁
――結論から言うと、私たちは何とか『夜会』までに、父が要求した水準をクリアすることが出来た。
血の滲むようなレッスンを何度も繰り返して、私たちは意地でも『夜会』に間に合うよう何とか調整したのだった。
……といっても、二人して及第点ギリギリだったけれど……。
まさか、ここまで困難だとは思わなかった。
もう私たちは、ボロボロである。
……疲れた。休みたい。でも、まだ明日がある。
明日の本番を乗り切ったら、思う存分休むことにしよう……。
まあ、兎に角にも一時はどうなるかと思ったが、人間やればそれなりに出来るものだ。
サイラスとマリーも私たちを見て、無表情のまま感激していた。
最終的に、二人のレッスンの厳しさは当初の二十倍にまでに膨れ上がったのだった。
それに関しては仕方がない。どれだけ私たちがレッスンを行っても、一向に彼らの教えが身に付かなかったのだから。
けれど本当、良かったと思う。
何とか彼らのレッスンをクリア出来て。
正直言うと、解決出来なかった課題は幾つもある。しかし、それを改善する時間はもう残されていない。
なので、私たちは当日、そういったところに関してぼろが出ないよう上手く気をつけて行動していくしかなかった。
それにしても、と私はふと思う。
やはり、彼らの教えは一朝一夕で身に付くようなものでは到底なかった。
一ヶ月必死に努力してやっと「うーん、ええと、あの、うん、その……、まあまあかな……」くらいのレベルにまでしか私たちは到達出来なかったのだ。
そのため、二人してひどく落ち込んだのだった。
女なのに、どうしても男よりも男らしく振る舞ってしまう。
男なのに、どうしても女よりも女らしく振る舞ってしまう。
元に戻りたいのに、それが出来ない。
十年間の積み重ねを崩すのは、容易ではなかった。
逆の場合ならば、完璧なのに。
だが現実は変わらない。悲しい事実がそこにあった。
しかし、どうしよう。
今回の『夜会』は、私たちが元に戻るためのかつてないほどの大チャンスなのに。
ここに来て大きな問題が生じてしまっていた。
しかも、その問題はこの先どんな作戦を立てようと、しぶとく残り続ける類のかなり厄介な代物だ。
そう、何とか元に戻ったとしても、まともに悪役が続けられるかどうかという問題だ。
現状、私が悪役令嬢としてきちんと振る舞えるかと言われれば、答えはもちろんノーである。弟のように振る舞うことは今のところ技術的に無理だ。
もちろん、私の受けた一ヶ月程度のレッスンでは、十年間レッスンを続けてきた弟よりも劣るだろうというのは、最初から分かり切っていた。
だが、ここまで酷いとは思わなかったのだ。
生まれた時から女子なのだから、正直何とかなると思ってしまったのが敗因である。
このまま元に戻ってはまずいことになる。
何故なら、悪役令嬢として及第点ギリギリの状態では、サフィーア王女に太刀打ち出来ないからだ。
本来ならば、その程度の実力があれば悪役をこなすのに問題はなかった。
だが、弟から聞いたサフィーア王女のスペックを今の私と照らし合わせてみると、まるで敵わない。
サフィーア王女は、極めて優秀だった。
私も学園では真面目に授業を受けているので座学の成績はそれなりに良いが、それなりでは駄目なのである。
弟の方もどうやら同じ状態らしい。
無我夢中でサイラスのレッスンを受けて、悪役令息として及第点程度の実力は得たものの、残念ながらヘリアン王子には及ばなかった。彼もまたとびきり優秀なのだ。
しかも、相手の二人は、常に成長し続けている。
ヘリアン王子なんて、騎士団に混ざって一週間ほど訓練しただけで、瞬く間に上達したのだ。
今後も私たちが、同じ厳しさでレッスンを行なっていったとしても相手二人に到底追いつけそうもない。
むしろ、ぐんぐんと引き離されていくだろう。
状況は絶望的だった。
本当にどうしようと思う。
完全に予想外だ。
私たちの才能に関してもそうだが、王族二人の才能に関しても。
まさか、彼らが私たちの最大の障害となるとは。
いつもと立場が逆転してしまった。
どうすればいいだろう。
このまま元に戻るとお役目をこなせない。
しかし、今の状態のまま悪役を続けることは出来ない。
私たちは流石に、三年生の学園卒業までには、元に戻らないといけないと思っている。
しかし、もうすぐで二年生になるから、後二年ほどしかない。
強く焦燥感に煽られる。
頭の中で、様々な考えがぐるぐると回ってなかなか固まってくれない。
私たちは、この一ヶ月もの間、何度も考えた。
だが、答えは出ない。
気がつけば、本番はもうすぐそこまで迫っていた。
作戦は既に考えてある。
だが、今の状態で実行に移していいものか迷う。
一体、どうすれば……。
夕食をしっかり食べて明日への英気を養いながら、私たちは何度も意見を出し合う。
そして――
――『モウ ゼッタイ ムリ ゴリオシ シヨウ』。
――『ウン ムリ ダカラ チカラマカセ デ イコウ』。
私たちは何度も考え、最後にこう結論を出した。
ゴリ押し、力任せ――つまり、極めて強引な手段を使うことにする。
作戦は、もちろん実行に移す。
中止にしたところで、現状のままだ。意味はない。
だが、ただ実行するわけではない。
――『ソノアト キオクソウシツ ニ ナロウ』。
――『プラス レッスン ヨンジュウバイ キツクスル』。
私たちは入れ替わった後すぐに、二人とも突然記憶喪失になってしまったと、一時的にそんな振りをすることを思いついたのだった。
正直かなり苦しい言い訳だが、仕方ない。
何故ならこれで、再度従者からレッスンを受けることができるようになるはずだからだ。
悪役としてお役目を果たせるよう、従者たちは再度私たちに対してレッスンを行なってくれるに違いない。
そして、乏しい才能は、努力の量と質で補うこととする。
つまり、通常の二十倍頑張ってもヘリアン王子とサフィーア王女に敵わないのなら、その二倍の四十倍頑張れば、近いうち張り合えるようになるかもしれない。
そう、私たちは考えたのだった。
我ながら馬鹿な考えだと思う。
けれど、やるしかないし、私たちならば必ずやってのけると確信していた。
何故なら、昔から今まで私たちはどんな困難も乗り越えてみせたのだから。
双子の私たちに出来ないことはない。
だから、必ず成功させよう。
そう二人して思いながら、私たちは明日の本番に臨んだのだった。




