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慣れ

 マリーとのレッスンが始まって二週間が経った。


 『夜会』まであと二週間くらいであるため、私たちはもう折り返し地点に来ていた。


 今日も私たちは『夜会』に向けてレッスンを行う。


 マリーの指導を受けながら、ふと思う。


 そういえば今日も父は、どうやら帰ってこないらしい。


 確か、帰ってきたのは今までで五日間ほどだったか。


 二、三日に一度ほどの頻度で父は帰宅し、翌日朝早くから出かけていったのだった。


 少しは休んで欲しいな、と思う。


 でも、少しでも気を抜けばヘリアン王子とサフィーア王女が危険な目に遭うかもしれないので、正直難しいところだ。


 そういえば母もあまり休みがない。


 我が家は、皆仕事に追われてばかりなので、いつか皆で旅行にでも行ってみたいなと思う。


 まあ、私たちも休みがほとんどないのだけれど。


 私と弟も、ここのところ毎日レッスンばかりでろくに休息がとれていなかった。


 そのため、心と身体共に満身創痍の状態であった。


 理由は、私たちが行なってきたレッスンだ。


 サイラスとマリーのレッスンは、どれもいつも以上に容赦がない。


 とにかく一ヶ月間である程度、私が悪役令嬢、そして弟が悪役令息として振る舞えるようになるために、毎日のレッスン内容をぎゅうぎゅうに詰め込んだからである。


 過去から今までの私たちを見てきた二人が「これなら問題なくいけるだろう」と判断して組んだスケジュールだった。


 そのため、私たちも彼らの期待に応えるため、必死にレッスンを行なってきたのだが――


「……レイン坊ちゃん、カティアお嬢様……驚きました。やはりどうしても駄目なのですね」


 サイラスが私たちを見て、驚愕の声を発する。

 マリーも、無表情のまま「ああ、今回もですか。お二方とも、お労しや……」と悲しみの声を漏らした。


 私は、現在弟と共にダンスの練習をしていた。


 『夜会』とは、若者たちが集う舞踏会だ。

 それ故に、きちんとダンスを踊れるようにならないといけなかった。


 だが、私たちは、今まで二週間練習してきたというのに、一度もまともにダンスが踊れなかったのである。

 無念……。


 釈明すると、普段の状態――つまり、私たちが入れ替わったままの状態でなら、問題なく踊れる。サイラスとマリーから、絶賛されるほど軽やかに踊れるのだ。

 けれど、元に戻った状態――つまり、私が女性として、弟が男性として踊る場合、悲しいほど踊れないのである。


 踊っていると、テンポが恐ろしくズレたり、相手の足を勢いよく踏み掛けたり、何も無いところで転んだり、とにかくいつもなら絶対に有り得ないような様々な失敗をしてしまう。


 その姿は、ダンスというより、もはや手を繋いだ酔っ払いの二人組のような感じになってしまっていた。


「……ダンスに限らず、他のレッスンもあまり順調とは言えません。どうしますか、サイラス?」

「そうですね、正直お二方ともスケジュールの再調整が余儀なくされるでしょうね……。仕方ありません、マリー、後で打ち合わせをしましょう。これはかつてないほどの一大事です」


 従者二人がこれ以上ないほど真剣な声音で、言葉を交わし合う。


 本当に申し訳ない気持ちになる。

 出来るなら、彼らの期待に応えたい。

 だが、どれだけ努力しようと、私たち二人はいつものような成果を出せずにいた。


 二週間経った今でも、私はマリーの講義に度々ついていけず、罰ゲームを量産してしまっている。


 弟も、相変わらずサイラスにボコボコにされていた。


 そもそも私たちは基礎が全く出来ていなかった。

 私は記憶術が一向に身につかないし、弟はサイラスの攻撃に一切反応出来ずにいる。


 言葉や立ち振る舞いも、お互い出来栄えがとても酷いものだった。


 おそらく幼少期から、お互い別のレッスンを受けていたからだろう。

 どれだけ他人に対して普通に話そうとしても傲慢な言動を取ってしまうように、私がいくら悪役令嬢として振る舞おうと努力しても、気がつけば悪役令息として振る舞ってしまっていた。


 弟も私と同じだった。「俺、男なのにいつの間にか女子よりも女子らしくなってしまう……!」とわなわなと震えている状態だ。


 そう、私たちは現状に完全に慣れ切ってしまっていたのだ。


 これはまずい。


 そう思った私たちは、激しく焦りを覚える。

 何しろ『夜会』まであと二週間しかない。


 このままでは、間に合わない。

 仕上がりが及第点以下では、父の要求に対して満足に応えることが出来ない。


 完全な想定外だ。

 自分は歴とした女子なのだから、マリーのレッスンを少し受けるだけで淑やかな御令嬢として振る舞えるようになると思っていた。


 だが、蓋を開けてみれば、現状私には女子としての才能が全くない、という事実が浮き彫りとなってしまったのだった。


 弟も男子なのに、男子の才能が全くない。


 今から、幼少期の頃からのようにじっくりとレッスンを積み重ねていけば、結果は違うのかもしれない。

 けれど、今は仮定の話をしても仕方がなかった。


 とにかくこのままでは、『夜会』までに仕上がらない。


 それだけは駄目だ。

 私たちが入れ替わるという願いが遠のいてしまうし、何よりヘリアン王子たちが危険な目に遭ってしまうかもしれない。


 私たちは、覚悟を決めた。


 逃げ出したい気持ちを無理やり押さえつけて、従者たちにお願いする。


 ――今の十倍レッスンを厳しくして欲しい。


 と。


 それに対して従者たちも、覚悟したようで重々しく頷いたのだった。

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