休日 14
サフィーアはこの瞬間、理解する。
どうして自分が、彼女に対して何かを言わなければならない、と思ったのかを。
最初は、目の前の彼女に対して、気遣うような言葉を口に出すべきだと思っていた。
だが、それは違った。
そうではなかったのだ。
だから、上手く言葉が出てこなかった。
自分の本心は、最初からこう告げていたのだ。
――気に入らない、と。
彼女の話を聞いて抱いた感情は、同情や憐憫のようなものでは決してない。無関心でも、諦観でも無い。
それは、苛立ちだった。あるいは、怒りだった。
サフィーアは、カティアに対して激しい憤りを感じていたのだ。
その感情が、生まれて初めての経験であったから分からなかっただけで、心に段々と馴染んでいけば自ずと理解が出来てくる。
「……カティアさん、あなたのお気持ちは分かりました。私の出る幕ではないことも。――ですが、それでも、分かりました放っておきます、と頷くわけにはいきません」
サフィーアは、声を上げる。
今では、彼女を気遣う必要など無いと思っていた。
だって、そうだろう。
カティアは、サフィーアに対して言外に告げている。そしてサフィーアは、それを痛いほど感じとっていた。
カティアは言うのだ。
――助けはいらない。余計なお世話なのだと。
彼女たちの問題に、他者が介在する余地はない。
だから、関わるなとそう言っているのだ。
――ふざけるな。
思わず、叫びそうになる。
心配した。力になりたいと思った。
だが、必要無いと言う。
全て自分たちだけの問題なのだと言う。
通常ならば、そうなのかもしれない。
余計なお節介を働いて、自分が無駄に首を突っ込もうとしているだけであるのかもしれない。
だが、サフィーアは自分の場合、事情は異なると考えていた。
何故なら、目の前のカティア・メアリクスという名の少女は自分の世界を壊した張本人なのだから。
彼女は、自分に対して変わるよう促した。
それは、あくまで悪役としての役目であり、彼女自身がそう望んだものでは無かったかもしれない。
けれど、サフィーアの中では彼女と出会ったことで少なからず変化が生じた。
世界の中心は、自分ではなくなってしまった。
なのに、目の前の少女は自分こそが世界の中心であると思い込んでいるかのように振る舞うのだ。
そんな馬鹿な話があるものか。
殻に閉じこもっていた自分を外に連れ出して、なのにその相手はまるで昔の自分のように殻に閉じこもったままでいるかのようなのだから。
こちらは放っておいてもらえなかったというのに、肝心の相手は放っておいてと言うのだ。
そして、終始自己完結的な考え方。それが何より気に入らなかった。
目の前の彼女は、今日初めて自分を対等に見てくれたと思っていた。
けれど、結局彼女の目には自分は映っていなかったのだ。
だから、サフィーアは思うのだ。
――ふざけるな、と。
「……馬鹿にするのも大概にして下さい」
サフィーアは、言葉に怒気を込めた。
彼女のことを完璧な人間だと思っていた。
彼女を何者にも負けないとても強い女性だと思っていた。
だが、実際に話してみるとまるで違う。
彼女もまた、自分と同じ世間知らずのお嬢様でしか無い。
ただ他者よりも優れた能力を持つひとりの人間でしか無い。
あんなにも憧れていたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
だから、サフィーアは言うのだ。
「あなたがどれだけ拒もうと、私にとって関係ありません」
それに対してカティアは、急に様変わりしたサフィーアを見て訝しむ。
「急にどうしたというの……?」
「ただ吹っ切れただけです。私も悩んでいました」
カティア・メアリクスという少女のことを知れば、自分は強い心を持てるようになるかもしれない。
強い心を持てなくても、自分の縋る先が見つかるかもしれない。
そう思っていた。
こんな弱い自分から変わることが出来たなら、どれだけ素晴らしいことだろう。
いつも、そんなことを考えていた。
だが、彼女と話しているうちにその必要は無いと気付かされる。
弱いままでいい。
変わる必要もない。
彼女は、彼女のままでいると言っているのだ。
――なら、私も私のままでいよう。
弱いままで不自由など何も無かった。
彼女が変わらないのならば、自分も変わらない。
文句は誰にも言わせない。
「――カティアさん、知っていますか? この世界は誰かが見る夢でしかない、という説があるそうです」
「もちろん知っているけれど、それはあくまで哲学での話でしょう?」
「はい、そうですね。でも、今から私はこう信じることにします」
――この世界は、サフィーア・リィン・ロドウェールの夢であると。
「今からこの世界は、私のものです。私が中心です」
そんな大言壮語をサフィーアを至極真面目な表情で宣うのだ。
そして、カティアを見据えて言葉を続ける。瞳の中に轟々と燃える真っ赤な炎を宿して。
「――私は、かつての私の世界を壊したあなたを許さない。だから、今日から私は、あなたの世界を壊すことにしました。覚悟してください、カティアさん」
そう宣言したのだった。




