埋められないブランク
足払いをされて強制的に転ばされたヘリアン王子は文句を言いたそうな表情だった。
けれど、最終的に「詳しい日時と場所は追って連絡する。また明日学園で会おう、それでは」と言ってきたので了解する。
そして、私たちはそのまま解散したのだった。
それと私たちがサフィーア王女たちを遠くから見守ることについては、一応、護衛に着く騎士団に話を通しておく予定らしい。
私とヘリアン王子は、当日の予定として、どうやらサフィーア王女とレインを見守りながら、その傍らで自分たちも王都巡りを楽しむという、感じになりそうだった。
ちなみに、このことをサイラスに話したら、あっさりとオーケーをもらった。
「そうですね、問題ありません。自分から特別言いたいことはないですね。それに、たまには息抜きも必要だと思いますので、どうぞ楽しんできてください」
突然、そんな優しいことを言ってくる。
けれど、彼が一ヶ月間も、泣く子も黙る地獄のレッスンを私に強いていたことを忘れてはいない。
何か企んでいるのか……?
現時点では分からない。単に私に対して優しくしたい気分になっただけかもしれないし、要警戒だ。
私は気を引き締める。
それと今回、サイラスもついてくるかと誘ってみたのだが、「申し訳ありませんが、自分がいてはお邪魔になってしまいますので」と断られてしまった。
しかし、なぜ邪魔になるのだろうか。
こちらとしては、不測の事態が起きた時に有能な従者であるサイラスが居てくれたらこれ以上ないほどに心強いのだけれど。
まあ、行かないというのなら仕方がない。
また次回誘うことにする。
さて、次にすべきことは情報収集だろう。
私は、帰りの馬車の中で弟に尋ねようとする。
けれど、先に弟の方からその話を切り出されたのだった。
――『アソビ イク オウジョ ト』。
――『ヘエ スゴイジャン ヤッタネ』。
パチパチと瞬きで伝えてくる弟。
それに対して、私もパチパチと相槌を打つ。
――『ネエ ドウシテ オウジョ ト?』。
――『ワカラナイ サッパリパリ』。
えっ、分からないの?
思わず驚きの表情を浮かべそうになる。
サフィーア王女曰く、「何だかそんな気分だった」らしい。
……本当なのだろうか、それ。
そんな思い付きのような気軽な理由で、箱入りお姫様が箱入りお嬢様を遊びに誘うものなのだろうか。
まあ、どうなのか分からないけれど、凄い行動力だなと思う。
そんなことを考えながら私は、弟へ自分がヘリアン王子に遊びに誘われたことと、サフィーア王女と弟の様子を見守ることになったことを伝える。
別に隠し通す意味はない。
こそこそとしていて二人に不審がられても嫌だし。
それにもちろん、気配は完全に消すつもりなので多分二人には分からないとは思うが、別に後ろめたいことをしているわけではないので、弟にはきちんと話そうと思っていた。
そういえばヘリアン王子は、どうするのだろう。
サフィーア王女には、きちんと告げるのだろうか。
後でどうしたか訊いておこう。
――『ゴエイ フタリ フエタダケ ト オモッテ』。
――『オケマル』。
弟は、普通に了承してくれた。
まあ、結局二人には護衛が着くのだから、その中に私とヘリアン王子が混ざっているだけと考えてくれたようだ。
それに、何だか私の話を聞いて弟は、ホッとした表情になったように見える。
そして、次に弟はかなり真剣な表情で、こちらを見つめてきた。
――『ソウダン アル』。
――『ナニナニ?』。
――『フク モッテナイ』。
あー。そういえば、そうか。
王都の街中――たとえば中央通りとかには、平民の人たちが大勢いるだろう。
そんな中に、貴族然としたドレスで行くと目立ってしまうことになる。
明らかに身分が高いとバレてしまうわけなので、いらないトラブルが舞い込む元になってしまうかもしれなかった。
何かしらのトラブルに巻き込まれたら、遊ぶどころではなくなる。
やはり、無難な服装にした方が良いだろう。
たとえば今回の場合、町娘のような格好だとか。
そして、弟はそのような服を持っていなかった。
平民用の衣服なんて着る機会はそうそう無いだろうし、当然といえば当然ではあるのだが。
オーダーメイドで作るには、少し時間が足りないだろうし、服屋のレディメイドの商品を買うことになるだろう。
なのでこれから弟は、当日に向けて着ていく服を選ぶことになるのだが、どうやら自分の衣服のセンスに自信がないようだった。
故に、弟は私に意見を求めて来たのだ。
女であるこの私に、「目立ち過ぎず、けれどおしゃれ」な女性用衣服とはどんなデザインなのかを教えて欲しい、と。
なるほど。理解した。
思わずフッと笑えば、おおっ、と弟が期待の眼差しで見つめてくる。
そんな目で見ないで欲しい、弟よ。
これは自信ではない。自嘲なのだから――
――『ゴメン ワカンニャイ』。
私は「マリーに聞いて。お願い……」と早々に匙を投げたのだった。
私には無理である。だって、十年以上男子として振る舞ってきたし……。
むしろ、自信がないというけれど、私と比べたら絶対弟の方が遥かに詳しいと思う。
仮に私が弟の服を頑張って選んでも、事故にしかならない気がずっとしてならないのだ。
くっ、やはり何度考えても駄目だ。私ではこの戦いについていけない……。弟よ、私を置いていってくれ……無念……。
長年のブランクを鑑みて、私は自らに対して泣く泣く戦力外通告を送るしかなかった。




