全滅
少し加筆しました。
賊との戦いは楽しかった。
こんなに楽しいのは久しぶりだ。
彼らは私の期待に応えて何かしでかしてくれるだろうと予想していたのだが、けれどまさか捨て身覚悟で掴みかかってくるとは思わなかった。
私は大の大人に腕を掴まれることとなる。
面白い。けれど残念ながら、私に対してそれは悪手以外の何ものでもない。
これでも私は花も恥じらう深窓の御令嬢である。故に、軽々しく触れないで欲しかった。万死に値する。
それに想像してみて欲しい。
至近距離には、息を荒げた厳つい成人男性。
その力は強く、身動きがまるで取れない。
その成人男性は、私の目を見て間近でニタリと笑うのだ。
……無いな。今まで楽しかったけれど、これは無いな。
アウトである。
抗い難い恐怖を感じた私は、反射的に膝蹴りを相手の腹部に直撃させていた。
ゆっくりと崩れ落ちる賊のリーダーらしき人物。
「団長!? 何やってるんです、団長ぉ!!」
背後からは悲鳴のような声が上がる。
まあ、決死の覚悟で私の動きを封じようとした賊のリーダーが、まさかの一瞬でのされたのだから、そんな叫び声を上げるのも仕方ない。同情もしよう。
しかし何だろう、彼らとの『遊び』はとても楽しかったけれど今やすっかり冷めてしまった。
「くそっ、団長と仲間たちの仇、ぐべっ――」
剣を構えて背後から向かってきた賊の一人を雑に倒す。
そして、次に先ほどから何度も良い仕事をしていた弓使いの賊に向かって剣の鞘を思いっきりぶん投げる。
投げた鞘は狙い通り飛んでいき、弓使いの賊の頭部にクリーンヒットするのだった。
これで、賊は全滅である。
あ、いや、もう一人いた。
私はゆっくりとした足取りで、貴族然とした中年男の元に向かう。
私の脅しにより、腰を抜かして地面にへたり込んで逃げることが出来ない様子であった。
「ひ、ひっ、金なら払う! だから見逃してく――」
中年男が何か言い終わる前に、私はその顔を蹴り上げて気絶させる。
よし、これで全滅させたかな。
周囲に潜んでいる敵は索敵した感じいなさそうだったし、多分これで任務は完了だろう。
なら、さっさとヘリアン王子を連れて帰ろう。
彼との決闘もまだ残っているのだから。
本当今日は災難な日だったと思う。
屋敷に戻ったら、ぐっすりと休みたい。
そんなことを考えながら、私は賊を一人ずつ拘束するのだった。
ちなみに、今回倒した賊は誰一人として命を奪ってはいない。
全員、気絶させただけである。
何故そのようなことをしたのかと言うと、一国の王子を誘拐すると言う大事件を引き起こしたのだから、彼らには知る限りの情報を吐いて貰わねばなるまい。
尋問を行うには、数が必要だ。
全員の証言をすり合わせ、得た情報を精査することで真実かどうか判別するのが一般的である。
高貴な身分の者が自身の名誉に賭けて誓うのならまだしも、彼らのようなどこの馬の骨とも知れぬ賊相手ではやはり数に頼るしか他ない。
というわけで、私は殺すことはしなかった。
命の取り合いで情けをかけられたという愚痴なら、王立騎士団の尋問室でたっぷりと吐いてもらうことにしよう。
後から来るであろう騎士団に賊のことは任せて、私はヘリアン王子の元に向かう。
……やばい、ちょっと彼のこと忘れてた。
先に縄を解いておくべきだったのに。失敗した。
私はその失敗を誤魔化すべく、「ふん、無様だな」と言いながらそそくさとヘリアン王子に近付いていく。
しかし、どういうわけかヘリアン王子は私の姿を見てぎょっとした顔をするのだった。
ん? 一体、どうしたというのだろう。
疑問に思っていると、ヘリアン王子は私に対して恐る恐る告げたのだった。
「大丈夫なのかそれ……? もしかして大怪我じゃ無いのかっ!?」
え、どういうこと。
私はヘリアン王子の視線を追う。
すると、どうやら私の胸部に巻いていたさらしが緩んでいたらしい。
馬に乗ったり、戦ったりと、今まで激しい動きを続けてきたので、ここに来てついに限界が訪れたみたいである。
もしかしてつい先程だろうか。気付かなかった。
そして、ヘリアン王子はそれを見て、同学年の男子学生の胸部が突然膨らみを持ったと、仰天したわけである。
「レイン・メアリクス、まさか君、大病を患っていたのか!? 運動すると心臓が飛び出す病気とか……。大変だ! 早いところ医者のところへ行かないと駄目じゃないか!!」
必死な形相で私に対して強く訴えかけてくるヘリアン王子。
……いや、ヘリアン王子。それは違う。そんな大事では無い。
……いや、ごめんなさい。今思うと、めちゃくちゃ大事でした。そういえば長年双子の姉弟が入れ替わっているなんて、普通では無かった。そうだった……。
しかし、それにしても、この状況どうしよう……。いや、どうすると言っても今からやることは最初から決まっている。
おそらく現状、その選択肢しか取れないのだから。
気は進まないが、やるしかない。
私は、覚悟を決めた。
心配そうに私を見上げるヘリアン王子を見て、良心が痛くなってくる。
私としても正直、心配してくれるのは嬉しい。とても嬉しい。
――だけど、ヘリアン王子。ごめんなさい。
ちょっと着崩れを直したいので、少しだけ眠っていて下さい。本当にごめんなさい……。
「レイン・メアリクス!? 聞いているのか!?」
「黙れ」
「へぶっ!?」
そう心の中で何度も謝りながら、私はヘリアン王子を思いっきり蹴り飛ばして気絶させるのだった。
 




