戦闘 2
――先手は譲ってやった。次はこちらの番だ。
少年は、そのような口振りで傭兵たちに向かって無慈悲に告げたのだった。
騎士崩れの男は、そこで自分たちの連携攻撃がまるで通用していなかったことを悟る。
黒髪の少年は、反撃出来なかったのではない。ただしなかっただけなのだと。
――まずいっ!
咄嗟に、騎士崩れの男と仲間の傭兵は、防御の姿勢を取る。
同時に、後方の仲間も素早く矢をつがえて放っていた。
だが、放たれた矢が命中したのは、宙に放り投げれた中身の無い外套である。
着ていた本人が、一体どこに消えたかと言うと――
「――まずは貴様だ」
騎士崩れの男のすぐ目の前まで少年は、迫っていたのだった。
学生服の姿の少年は、姿勢を限りなく低くして地を駆け、騎士崩れの男の懐に入り込む。
「くっ!」
慌てて下段から襲いかかる地を這うような一撃を受け止める。
だが、体重の乗ったその一撃は重く、勢いを完全には殺し切ることが出来ない。
反射的に、後ろに飛んで衝撃を受け流すことしか出来なかった。
「――ぐはっ!」
そのまま吹き飛ばされた格好で地面を転がる騎士崩れの男。
受け身を取り損ねたらしく、まともに呼吸が出来ない。
そこに追撃が来れば、間違いなく終わりだ。
「団長!」
彼と同じく前衛を務めた仲間が、慌ててフォローのため駆け寄ろうとする。
だが、「来るな!」と騎士崩れの男は倒れながらも息も絶え絶えな状況で一喝する。
それをすれば相手の思う壺だからだ。
誰かが隙を見せれば、そこを容赦なく狙ってくるだろう。
こちらを見下ろす少年の目は明らかに獲物を狩ろうとする猟犬のそれだ。
ならば、どれほど不利な状況となっても隙を見せてはいけなかった。
それに、今は再び訪れた好機でもある。
みすみす逃すつもりはない。
少年の目の前には、騎士崩れの男。
少年の後ろには、剣を構えた仲間の傭兵。
そして、少し離れた場所で少年に対して狙い定めているもう一人の仲間がいた。
弓使いの傭兵は、仲間を攻撃しないような位置取りを行っている。
よって少年を取り囲んだ形となったのだった。
迂闊には動けない状況である。
その状況を把握したからこそ、少年は騎士崩れの男に止めを刺すチャンスであったにもかかわらず、追撃を行わなかったのだ。
少年は傭兵たちに対して、期待するように小さく笑う。
――さあ、この後どうする?
まるで、そのように語りかけているようであった。
迂闊には動けないのは、傭兵たちも同じことだった。
この状況によって少年の足を止めることは出来た。
けれど、ここからの確固たる打開策が自分たちには無い。
勝負は一度きり。
同時に攻撃を行ったとして、それを凌がれれば自分たちの敗北は決定するだろう。
だが、このままの状態で時間が経てばいずれ他の追手がやってくる。
刻一刻と決断を迫られていた。
そして、先に動いたのは――
「ちっ、つまらない真似を」
突然少年が、明後日の方向に右手に持っていた剣を放り投げる。
いきなり何を、と傭兵たちは一瞬思うもすぐにその疑問は解決する。
剣が飛んでいった方向にはちょうど馬に向かって忍び足で歩いていた中年男がいたのだった。
「ひぃっ!?」
彼の足元に投げられた剣が勢いよく地面に突き刺さる。
中年男はそれを見て腰を抜かして、無様に地面に転がるのだった。
「次そこを動けば、首と胴体が離れると思え」
そう冷ややかな視線を向けて少年が、言葉を発した時だった。
騎士崩れの男が、動く。
少年同様に剣を投げつけたのだ。
訝しげな表情を浮かべながらも、少年はそれに反応してみせる。
だが、それはあくまで目眩しだった。
同時に地を駆けていた騎士崩れの男は、その時にはもう少年のすぐ目の前まで距離を詰めていた。
「もらった!」
騎士崩れの男は、予備の武器として隠し持っていた左手の短剣を突き出す。
少年は飛来した剣を叩き落とし、その直後すぐさま冷静に素早く動いて、その突き出された短剣を持った腕を空いた右手で掴んでみせる。
騎士崩れの男も負けていない。
右手で、相手の剣を持つ左手を掴み、剣での攻撃を封じることに成功する。
これで、両者身動きが取れない状況となったのだった。
そして、このままでは終わらない。
一人身動きが取れなくなったところで数の利点は覆らない。
仲間はあと二人いるのだ。
「俺ごとやれ! お前たち!!」
騎士崩れの男は、死を覚悟した表情で叫んだ。
彼は目の前の少年が、自身を犠牲するに足る相手であったと判断していた。
故に、このような命令を下すことに躊躇は無かった。
そして、そんな命令を遂行する際に尻込みするような仲間を彼は選んでは来ていない。
――俺たちの勝ちだ。
騎士崩れの男が、そう確信し、笑みを浮かべた時だった。
「――見事だ」
目の前の少年も同じく笑みを浮かべる。
それは壮絶で満面の笑みだった。
そして騎士崩れの男は、間近で初めて少年の顔を見て思う。
目の前の相手が放つ剣呑な雰囲気には相応しく無い、まるで可憐な少女のような顔つきだな、と。
そして、少年は周囲には聞こえない程度の声量で呟くようにして言ったのだった。
身の毛がよだつほどの激しい殺気を滲ませて。
「だが、淑女の体に気安く触ろうとするな、痴れ者め。恥を知れ――」
「何を、がっ!?」
しかし、その言葉を認識する直前、騎士崩れの男の意識は少年の膝蹴りによって刈り取られたのだった。




