その2(全3回) あらゆるものは陰になったり、陽になったりと変化する
シン帝国は、エイハイ基地を攻略し、ターレン要塞を制圧した。そのあとは連邦の首都・ダードウを目ざして進軍する予定になっている。
「はっきり言うが、帝国には金がない」
タケト宰相はキッパリ言った。
「まあ、あのとき下手に大軍を動員したオレが悪かったりもするんだが、とにかく今は大軍を遠征させるだけの余力はない」
もちろん帝国が財政難であることは、事前に分かっていたことだ。
「ダメもとで申請してみたけど、やはりダメだったよ。申し訳ない」
フミト元帥が、タケト宰相からの電信文に目をとおしながら、残念そうに言う。
ここはエイハイ基地にある会議室だ。ここに今、シン帝国の大本営が置かれていた。
「問題ありませんわ。わたくしどもは、もともと少数精鋭で進軍することになっておりました。殿下のため、初志貫徹――当初の予定どおり、やり遂げてご覧にいれます」
フワ侯爵が堂々と語る。アルキンも同意するように静かにうなずく。
フワ侯爵の率いる遠征軍は、1万の兵力でダードウを目ざすことになっている。
遠征軍には、アルキンたち百人隊も同行する。騎馬に乗っていくわけだが、ミン族の騎馬隊は「一騎当千」の強さを誇るので、たった100人でも10万人の兵力に相当する(らしい)。
馬をおりて戦うなら、ミン族の歩兵は「百人力」の強さがあるそうなので、1万人の兵力に相当する計算になる。
もちろん実際に「一騎当千」や「百人力」の力があるかどうかは分からない。しかし、百人隊が「精鋭」であることには変わりがない。
また、北のほうでは、ヤマキ中将の率いる北部辺境守備軍が1万の兵力で、北から回りこむような感じでダードウを目ざしていく。
残りの兵力は、すべてターレン要塞に残して守備軍とする。
「わずか1万の兵力で広大な連邦に攻めこんでいくわけだが、断じて行えば鬼神もこれを避けると言う。恐れることはない」
ヤマキ中将は、北部辺境守備軍の将兵を前にして訓示を垂れた。北部辺境守備軍は、連邦からは「精鋭」と思われ、恐れられている。
というわけで――。
「作戦は第3段階に入る。わが軍は既定の方針どおり、少数精鋭で連邦の首都・ダードウを目ざす」
フミト元帥は全軍に通知した。
◆ ◆ ◆
常識から考えてみると、ここで1つ疑問が生じる。
「いくら精鋭をそろえたとしても、少数だと遠征は成功しないのではないか?」
ふつう遠征するとなると、占領地に守備軍をおきながら先に進んでいくことになる。だから遠征が進めば進むほど、本隊の兵力も減っていく。
兵力が減っていけば、いずれは戦えなくなる。もとの兵力が少なければ、すぐに兵力不足におちいり、戦えなくなってしまう。
「遠征を成功させるためにも大軍を動員する必要があるし、それができないなら遠征を控えるべきではないか?」
そんな疑問も当然、出てくるだろう。
ミン族に伝わる教えにも、プラスはマイナスに勝つとある。
古人も「大軍の前に関所なし」と言っているように、大軍で遠征したほうが破竹の勢いで進軍できるので、勝利しやすくなる。
これについてクリーは、こう言っていた。
「わが一族に伝わる教えによると、プラスはマイナスに勝つけど、プラスにすべきときはプラスにしたほうがよいし、マイナスにすべきときはマイナスにしたほうがよい」
どういうことか?
「工場で働くときだって同じ。作業スペースが広いなら、人海戦術を選んで、たくさんの人で作業したほうが、仕事も速く終わる」
これが「プラスにすべきとき」らしい。そう言えば、「餓鬼も人数」という言葉もある。やはり人手が多いと便利だったりする。
「だけど作業スペースが狭いなら、たくさんの人が集まると、押しあい圧しあいで混雑するので作業しにくくなる。だから、作業のうまい人を選んで、少ない人数で作業したほうが、作業しやすくなる。つまり、少数精鋭でいったほうがいい」
これが「マイナスにすべきとき」だそうだ。そう言えば、「下手の大連れ」という言葉もある。人数が多いからと言って必ずしも有利だとはかぎらない。
もちろん軍事費が足りないときも「マイナスにすべきとき」になるらしい。大軍を動員したら、帝国の財政が破たんするからだ。
だから、食糧費や人件費などの費用を少なくするため、兵数を少なくしたほうがよい。少数精鋭でいけば、財政への負担も小さくなる。
そう考えれば、少数精鋭で遠征するのは合理的に思える。
「シン帝国の台所事情を考えれば、シン帝国は大軍を動員できないし、動員すべきではない」
それは理解できる。しかし、やはり疑問は残る。
「くりかえしになるが、兵力が不足していれば占領地を守れないし、そもそも連邦は戦うときには大軍を動員してくる。だから、こちらも大軍を動員しなければ勝てないのではないか?」
クリーによると、こんな教えがミン族に伝わっているらしい。
プラスになるかと思ったら、マイナスになったりする。
マイナスになるかと思ったら、プラスになったりする。
こんなふうにプラスとマイナスは互いに転換する。
まさに「塞翁が馬」の故事のような話だ。
ある老人が名馬をタダで手に入れた。
「よかったですね」
近所の人が言う。すると、老人は「よくない」と答えた。
はたして老人の息子は、馬を乗りまわしていて落馬し、骨折してしまった。
ことわざにも「長所は短所」とあるが、それと似ている。名馬を手に入れたばかりに「よくない」ことになったのだから。
「息子さんは残念なことになりましたね」
近所の人が見舞って言う。すると、老人は「悪くない」と答えた。
まもなく戦争が始まって、老人の村でも若者が徴兵されることになった。しかし、老人の息子は骨折していたので、徴兵されずにすんだ。
ことわざにも「失敗は成功のもと」とあるが、それと似ている。乗馬で失敗したおかげで徴兵されずにすんだのだから、結果として「悪くない」と言えるだろう。
こんな感じでプラスとマイナスは互いに転換する。
「これは、今回の場合も同じ。最初は少数でも、最後は大軍になる」
もちろんそこにはカラクリがあった。それが民本党との同盟だ。
民本党は今回、本部から各地の支部に指示を出していた。
「シン帝国軍が首都・ダードウを目ざして進軍を始めたら、ただちに決起せよ。官公庁を襲撃し、関係者を逮捕しろ。その後は評議会を組織して、行政にあたれ」
今回は民本党が暴動を起こして各地を占領し、そのまま守備してくれる。
だから、シン帝国軍は守備軍を出す必要がない。少数精鋭でも、もとの兵力を維持したままダードウを目ざして遠征していける。
しかも、各地で民本党の義勇軍も合流してくることになっている。だから、遠征が進めば進むほど兵力も増えていくことになる。無理して兵力を増やす必要もない。
「だから、連邦が大軍を動員してくるからと言って、シン帝国も大軍を動員して対抗する必要はないと思う」
これをミン族に伝わる教えで言えば、こうなるらしい。
相手がプラスだからといって、こちらもプラスにしないといけないということもない。
相手がマイナスだからといって、こちらもマイナスにしないといけないということもない。
「つまり、無為自然と言うけど、無理をしないで、今の自分に最適なことをするのが大切だと思う」
こういう考えもあってクリーは、フミト元帥に民本党と同盟を組むように提案していたのだった。
というわけで、少数精鋭でも、広大な連邦に遠征できる。成功の見通しも立っている。
◆ ◆ ◆
連邦では、謫兵団長が警察を使い、「裏切り者」たちの家族を片っぱしから逮捕していた。
「男であれ、女であれ、大人であれ、子供であれ、全員を逮捕しろ」
謫兵団長は容赦がなかった。
各地で逮捕された「裏切り者」の家族は、そのまま貨車につめこまれ、連邦科学院の実験施設に送られる。
実験施設にある広い作業室には、100脚ほどのイスが縦横に等間隔で並べられていた。天井からはいくつも電線が吊り下げられていて、先端には電極となる細い針がついている。
ここに連行されてきた「裏切り者」の家族は、順番でイスに縛りつけられ、頭に針を刺しこまれる。だれもが麻酔をかけられているらしく、抵抗を試みる者は1人もいない。
針からは特殊な電気信号が流れる。それによって対象者は催眠術にかけられる。と言うより、洗脳されると表現したほうが正確かもしれない。
「1人あたり1分で作業が終わる。自爆兵器も大量生産の時代に入ったと言えるねぇ」
謫兵団長は、実験施設の管制室から、作業のようすを眺めながら言った。満足しているのだろう。気持ち悪いくらいニタニタしている。
こうして生産された自爆兵器は、首都を防衛するための兵士となる。全部で数万体の自爆兵器が生産されたらしいが、詳細は分からない。
「とりあえず首都だけ残れば、それでよい」
カンチ博士が言った。
「え? あの、その、えっと……、この国を放棄するということでしょうか?」
ギルド長は面食らっているようすだ。
「どのみち頼りになるのは、謫兵だけだ。だが謫兵は現時点で3万体しかない。大量に保有していると言えるが、敵と全面対決するには数が少ない。だから首都に集め、全力で決戦するのだ」
兵力は集中すれば強くなるが、分散すれば弱くなる。だから、謫兵を首都に集中させ、最終防衛ラインを死守する。そうすれば、敵に大ダメージを与えられるだろうし、一発逆転も期待できる。
カンチ博士は、そういう考えらしい。
「人工知能で計算してみたが、この決戦に勝利すれば奪われた土地も余裕で取り返せるようになる」
「しかも裏切り者どもは、自分たちの手で、その家族を殺すことになります――」
謫兵団長は、残忍な笑みを浮かべて言う。
「――それを知ったとき、裏切り者は非常なショックを受けるでしょう。ショックのあまり戦意を喪失するでしょうし、家族を助けたいがために戦いをためらうようにもなるでしょう。いや、むしろ戦いを望まなくなります」
「議会で内輪もめをしている連中も、目の前まで敵が攻めてくれば、ケンカどころではなくなる。身を守るため、一致団結して事にあたるようになるであろう。ギルド長の悩みも1つ解消されるのではないか?」
「……」
ギルド長は、今回の作戦がバクチのように思えた。しかし、余計なことを言えないので黙っているしかない。
◆ ◆ ◆
連邦の首都・ダードウは、連邦のほぼ中央に位置する。
煉瓦造りや石造りの高層建築が目立ち、とりわけ目を引くのが市街地の中心にある大聖堂だ。天にも届かんばかりの高さを誇っている。
大聖堂は、ハン王国の時代は教会の本部だった。今ではカンチ博士の研究所として利用されている。
大聖堂に隣接するような形で、旧ハン王国の王宮がある。華美な装飾の施された大建築物で、今は議事堂として利用されていた。
その周辺は官庁街となっている。革命党の党本部も官庁街にあった。ヤオ党首は今、党本部の執務室にいて、ダードウ防衛戦の指揮をとっていた。
「は? 降伏を勧告してきたって?」
ヤオ党首は、イスに腰かけたまま、神経質そうに貧乏ゆすりをしながら言った。
「はっ。軍使によると、勧告はシン帝国皇帝と民本党総書記の連名で出されており、降伏すれば赦すとあるとのことであります」
秘書官が報告する。
なお民本党総書記とは、民本党の最高指導者を意味する役職だ。ヨン書記長がその役職に就いている。
「だれが降伏するか! 寝言は寝て言え! ボケが!」
ヤオ党首は目が血走っている。
「では、軍使には会われませんか?」
「あたりまえだ! さっさと追いかえせ!」
そんなヤオ党首の剣幕に気圧されたのか、秘書官はあわてて退室していった。
今、ダードウでは、敵の大軍が目の前に出現したことから、政争も「一時休戦」状態にある。まさに「呉越同舟」の言葉どおり、政治家たちは「祖国を守るため」に結束したのだった。
カンチ博士の思わくどおりになったわけだ。
(政敵もおとなしくなったし、ダードウの守りは鉄壁だ。そのうえ必勝の秘策もある。ここで一気に押し返し、形勢を逆転してやる)
実際、ヤオ党首が自慢に思うほど、ダードウの守りは堅固だった。
ダードウの周囲は、長大な城壁によって守られている。ところどころに砲台もあり、まるで要塞のようだ。
しかも、城壁の前には深くて広い堀もあった。城門以外から城内(市街地)に突入するのは難しいだろう。
さらに今、城壁に沿って阻塞気球が浮かべてあり、シン帝国の飛行兵器がダードウ上空に侵入できないように守っていた。
それだけではない。ダードウ上空には、完成したばかりの2隻の空中戦艦が浮いている。爆弾のかわりに多くの機関砲で武装していた。
空中戦艦は今回「爆撃機」ではく、「戦闘機」として艤装されたようだ。
このようにダードウの防空は、ほぼ鉄壁に近い。
シン帝国軍は、ヤオ党首が投降勧告を拒んだので、さっそく空襲を試みる。熱気球を浮かべ、木鵲を飛ばす。
しかし、阻塞気球に進路を塞がれ、熱気球はまずダードウ上空に侵入できない。
木鵲のうち数機は、うまく上昇気流をつかみ、無理して高度を上げ、うまく阻塞気球を乗り越えられた。
ただし数が少ない。毒葯烟球で爆撃しても、「焼け石に水」みたいなもので、成果が出ない。
しかも空中戦艦からの猛烈な銃撃を受ける。その弾幕のすさまじさときたら、尋常ではなかった。
木鵲は避けるのがやっとだ。反撃どころか、近づくことすらできない。そのせいで結果的に追いかえされてしまう。
「さすがは首都だけあって、守りが堅固ですわね」
フワ侯爵は、望遠鏡で本陣からダードウ方面を見ながらつぶやいた。
遠征軍の本陣は、ダードウ郊外の高台にある。ダードウから離れているが、ダードウを見下ろせるので指揮をとるのに都合がよい。
ダードウの周辺には、青地赤丸の軍旗が数多くはためいているのが見える。シン帝国と民本党に共通の旗印だ。
各地で合流してきた民本党の義勇軍は、今や総勢10万人をこえる規模にまで膨れあがっていた。その大軍が今、ダードウを遠巻きに包囲していた。
ほとんどが農民や職人たちであり、戦いのシロウトだ。しかし、「アリ集まって樹を揺るがす」という言葉もある。あなどれない勢力であるのには変わりがない。
なお、連邦の各地では、連邦人が民本党に煽られて暴動を起こしていた。今や連邦の全土が混乱のさなかにある。
「まさに乱世だな」
北回りでダードウを目ざしていたヤマキ中将の感想だ。
ヤマキ中将の率いる北部軍は、フワ侯爵の遠征軍に送れること2日で、ダードウ郊外に到着していた。
今はダードウを挟んでフワ侯爵の本陣とは正反対のところに布陣している。いわゆる「倚角」として、ダードウの背後を脅かしていた。
ちなみに倚角とは、牽制という意味をもつ。中国兵法の専門用語だ。
連邦のダードウ守備軍は、シン帝国の飛行兵器を撃退すると、すぐさま砲台からの砲撃を開始した。さすがは要塞砲だけあって、口径が大きく、射程も長いので、なかなか強力だった。
シン帝国軍(遠征軍と北部軍)の大砲は、いちおう射程は長いが、そのぶん口径が小さいので、威力が弱い。それでも、がんばって反撃する。
ダードウを遠巻きに囲むように掘られた塹壕――そこにいくつもある砲座から、間断なく砲弾が発射されていく。熱くなる砲身には、ずぶ濡れの布をかぶせ、少しでも冷えやすくなるように工夫していた。
チリも積もればなんとやらで、何度も同じ場所に砲弾を命中させていれば、ダードウの堅固な城壁にも崩壊するところが出てくる。
「しかし、あの城壁は固すぎる」
砲兵たちに共通した感想だ。
今回は、数は少ないが、神火飛鴉も配備している。ミン族から供与されたグライダーのように飛んでいく爆弾だ。だから、遠距離から砲台に直撃弾をたたきこむこともできた。
しかし、砲台に鎮座する砲塔の装甲は厚く、あまり効果がないように見えた。
砲撃戦は昼も夜も続いた。ダードウ守備軍も、同盟軍(遠征軍・北部軍・義勇軍)も、その陣地に甚大な被害を出していく。しかし、どちらも引かない。
翌日、戦局に変化があった。昼近くになってダードウの城門が開き、城内から多くの兵士が駆けだしてきたのだ。
突撃をしかけてきた!?
連邦兵は、大きなリュックを背負っているが、その動きは俊敏だった。たくみに砲弾をよけ、銃弾の雨をかいくぐりながら、遠征軍(本陣)のほうを目がけて全力で走っていく。
「一気に敵の頭をつぶしてしまえば、敵も瓦解する」
ダードウ守備軍の思わくだ。だから同盟軍のうち、遠征軍(本陣)に狙いを定めて突撃を敢行したのだった。
同盟軍がいくら砲撃しても、銃撃しても、突撃してくる連邦兵になかなか命中しない。
遠征軍の射撃は、至近距離になって、ようやく命中するようになった。しかし、ここまで近づかれたら、すべてを撃ち倒す余裕はない。
多くの連邦兵が遠征軍の陣地――砲座に飛びこんできた。そして――。
ズッドーンッ!
リュックが大爆発した。耳をつんざくような爆音が轟く。すさまじい爆風が周辺のものを吹き飛ばし、たくさんの土が上空に舞い上がる。自爆兵器だ。
その場にいた兵士は、全員がただの肉片と化していた。その場にあった大砲は、あっけなく破壊されている。
そして、近くにあった砲弾や火薬に火がまわり、さらなる大爆発が起きた。
こうした爆発は、遠征軍の陣地のあちこちで起きていく。これによって遠征軍の防衛ラインは、ところどころで破たんした。連邦軍が突入しやすくなる。
しかも、多くの砲座が破壊されたので、遠征軍の砲撃も弱まっていく。
「防衛線を1つ後退させなさい」
フワ侯爵が命じたのと同時に、ダードウ守備軍の陣地では謫兵団長も命令を出していた。
「狂戦士を行かせろ」
そのニヤけた顔つきは、不気味そのものだ。
「ウォーッ!」
まるで猛獣のような雄叫びをあげながら、多くの連邦人がダードウの城門から飛び出してきた。
兵士もいれば、市民もいる。男もいれば、女もいる。老人もいれば、子供もいる。
その目は血走っているとはいえ、どう見てもほとんどが戦い慣れていないシロウトにしか見えない。
(一般人を動員しなければならないほど、ダードウでは兵力が不足しているのか?)
遠征軍の将兵は最初、だれもがそう思う。
しかし、突撃してくるシロウト集団は、その見かけに反して異常に強い。その強さときたら、遠征軍の兵士が10人がかりで戦って、ようやく1人を倒せるくらいだ。
「ここは自分らが食い止める。侯爵閣下にあっては、全軍の後退を全力で指揮してもらいたい」
アルキンが真顔で言う。
「助かります」
フワ侯爵は緊張した面持ちで応じた。
アルキンたち百人隊は、疾風のように走り、狂戦士たちが暴れまわる前線に駆けつける。
アルキンは、しなやかな身のこなしで、狂戦士がくりだす力任せのパンチをかわした。
かわすやいなや、ざっと足をふみこみ、その急所をねらって強烈な一撃を加える。
「ウグォ!」
狂戦士は苦しそうに顔をゆがめ、片足をつく。
アルキンは、そのスキに急所を連打して、とどめをさした。
こうした感じで、アルキンたち百人隊は、少林拳法を駆使して、次から次に狂戦士たちを打ち倒していく。
(しかし、今回は戦いにくい)
アルキンたち百人隊は、だれもが思う。
なにしろ相手は兵士だけではない。老人もいれば、子供もいるし、女性もいる。
もちろんアルキンたちもプロだから、相手がだれであれ、敵対してくる以上は手をぬかない。全力で戦う。
しかし、良心が痛む。
(連邦のやつらは、あいかわらず非道なことをする。決して許すわけにはいかない)
アルキンたち百人隊は、心に憤りを感じながらも、とにかく心を鬼にして戦った。傷だらけになりながらも戦い、狂戦士の突撃を阻止する。
フワ侯爵は、本陣を出て矢面に立ち、将兵を後退させるために陣頭指揮をとった。
連邦の猛攻を受けてパニック寸前だった遠征軍の将兵たちも、最高指揮官が現場に姿をあらわしたことで少し安心したようだ。おかげで潰走しないですんだ。
フワ侯爵は軍刀を手にして指揮をとりながら、風向きを読む。本陣からダードウに向けて空気が流れている。
「工兵隊に命じて、毒龍噴火神筒を出させなさい!」
フワ侯爵は、傍らにいた兵士に命じる。
兵士はさっと敬礼し、本陣の方向に向かって走っていった。
まもなく工兵隊が駆けつけてきた。100人くらいだろうか。手には長い竿のような棒をもっている。棒の先には斜めに円筒がついていた。
工兵隊は最前線の近くにまで走っていくと、ずらりと横に並び、狂戦士の暴れているほうに向けて棒を構えた。1人の工兵につき、3人の兵士がつき、大きな盾で壁を作って守りを固めている。
ブオーッ!
ほら貝の音が響きわたる。
アルキンたち百人隊は、その音を聞くや、すばやく狂戦士を突き飛ばし、蹴り飛ばして距離をとった。すばやくマスクをかぶる。
再び狂戦士が襲いかかってくるまでの間――わずか十数秒のできごとだった。
アルキンたち百人隊と狂戦士が死闘を再開してまもなく、その周辺を煙がつつみこむ。
その煙は、工兵隊のもつ棒の先――円筒から出ていた。
煙につつまれた狂戦士は激しく咳きこみ、目をおさえ、呻きだす。苦しくて戦いどころではないらしい。その場にうずくまり、嘔吐する狂戦士もいた。
アルキンたち百人隊は、狂戦士たちが戦闘不能におちいっていくなか、警戒しながら退却を始める。
そう。煙は毒ガスだった。
そして、工兵隊が手にしていた棒――毒龍噴火神筒は、毒ガスを噴射する道具だった。ミン族の故地に伝わる城を攻めるための兵器だ。
ダードウを攻略するために使う予定だったが、急場をしのぐため、この場面で使ったわけだ。
ちなみにアルキンたち百人隊のかぶったマスクは、防毒マスクになる。
かくして遠征軍は、無事に防衛ラインを1つ下げ、態勢を立て直すことに成功した。
アルキンたち百人隊は傷だらけだが、幸い戦死者はいない。しかし、天下無敵の少林拳法の使い手が傷だらけになるくらい、狂戦士の集団は強い。
「今は同盟軍が優勢だが、戦いが長引けば、どうなるか分からない」
アルキンのすなおな感想だ。
ところで、今回の奇襲――毒ガス攻撃で、連邦軍の突撃も止んだ。
その代わり――。
『おまえらが今日、戦った相手は、おまえらの家族だ』
ダードウの城壁の上から、拡声器をつうじて声が聞こえてくる。
『これからも祖国に反逆するなら、おまえらはおまえら自身の手で大事な家族を死に追いやることになる』
声の主は、謫兵団長だった。
しかし、ここで声の主が変わり、今日の戦いで死んだ自爆兵器や狂戦士の名前が延々と読みあげはじめた。
民本党の義勇兵のうち、家族の名前が出てきた者は、呆然自失となった。ショックのあまり、その場にへたれこむ。
「やつらは大事な家族を殺され、そして人質にとられ、それがために士気を失い、戦意も失うだろう。やつらは戦えない。連邦の勝利だ」
謫兵団長は、ほくそみながら独り言ちる。
「あの男が何者かは知りませんが、男のくせになんと卑怯なことをいたしますの」
フワ侯爵は憤るが、どうしようもなかった。




