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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第29話 五度九奪=事前の計算と要地の奪取
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その3(全3回) 奪取して、敵を退ける

 かつて異世界の名将楠木正成(くすのきまさしげ)は言った。


「良将は戦わずして勝つ」


 これは『孫子』に言われている教えそのままであり、『孫子』の流れをくむ『孫臏兵法(スンピンビンファ)』にも受け継がれている。


 だから、クリーも「戦わないで勝つ」ことを大切にしていた。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。


 とにかく人の命を大切に考える。敵であれ、味方であれ、できるだけ犠牲者を少なくしたいと思う。


「ならば、いかにすれば戦わないで勝てるのか。これから出陣するにあたり、ご教示を願えないだろうか?」


 いつになく真剣な表情でヤマキ中将がクリーに問いかける。ちょうどヤマキ中将の北部赴任(ふにん)が決まった日のことだ。


「えっと……、敵を力ずくで退けるのではなく、敵が自分から退くように仕向けたほうがよいと思う。敵地を攻略するにあたって、そのほうが損害を少なくできる」


「つまり、こりゃあ、かなわん、と。敵にそう思わせて、敵が戦うより先に尻に帆をかけて逃げだすようにすればよいわけだな?」


「はい。そんな感じ。そうするためには、9つのポイントがある――」


 第1に、食べ物を奪う。


 第2に、飲み物を奪う。


 こうしたことはフミト元帥も、すでにクリーから教えてもらっていた。


 だからフミト元帥は、連邦と戦いを決意した時点で、宣戦布告よりも先に工作員たちを連邦に送りこんでいた。


 工作員たちは、各地で民本党に合流し、その戦士たちをひきつれ、連邦軍の輸送車を襲撃することになっている。


「やり方は、さっき説明したとおりだ。てめぇら、ぬかるなよ」


 工作員の1人が言った。見るからにチンピラといった感じの若い男だ。


 その男だけでなく、そこにいる他の工作員たちもガラが悪そうに見える。体には無数の傷痕があるし、たくさんの刺青(いれずみ)もある。


 服も着くずしているし、口も悪い。どう見たってヤクザ者だ。


 しかし、民本党の戦士たちからは尊敬されているらしい。


「はい! 先生!」


 だれもが工作員のことを師と仰ぎ、すなおに従っていた。


 民本党の戦士と言っても、ふだんは農民や職人をやっている者も多い。戦いのシロウト集団みたいなものだ。


 だからシン帝国は、「襲撃のプロ」を工作員として連邦に行かせ、各地の民本党支部と連携して「戦士」たちを訓練したのだった。


「闘争の開始直前になって始めた()焼刃(やきば)のような訓練だが、しないよりマシか」


 どこの支部長も同じようなことを言って、すなおに訓練を受け入れた。もちろん事前にヨン書記長から各支部の書記長に対して「訓練を受けさせるように」との指示もきていた。


「おれらは連邦軍の輸送車を襲撃し、食べ物や飲み物を奪う。腹が減っては戦ができねぇって言うだろ。おれらの活躍が、敵を弱めることになるわけだ」


 リーダー格の工作員は戦士たちに訓示を垂れる。


 連邦の各地で、工作員たちが先頭に立って民本党の戦士たちをひきい、連邦軍の輸送車を襲撃する。それも飲食物の輸送車ばかりを狙う。


 武器を輸送する場合にくらべ、飲食物を輸送するときに警備は手薄だ。民間業者に輸送を委託している場合もあり、ほとんど無警戒に近い。


 だから、戦いのシロウトでも襲撃しやすかった。しかも、今回は「襲撃のプロ」が指導しているので、失敗することがない。


 だから襲撃すれば、必ず成功した。今回もそうなるだろう。


 工作員たちも、民本党の戦士たちも、馬にまたがっている。手には銃をもち、岩陰に身を隠している。「襲撃部隊」だ。


 その周囲は一面の広野になっている。目の前に幹線道路(ハイウェイ)があるほか、人工物はなにもない。はるか遠くには緑の山々も見える。ある意味、のどかではある。


 まもなくエンジン音が聞こえてきた。そちらに目をやると、遠くから輸送車の集団が一列になって幹線道路(ハイウェイ)を走ってくるのが見える。


「用意っ!」


 リーダー格の工作員が叫ぶ。だれもが小銃の安全装置をはずしながら、いつでも駆け出せる姿勢をとる。


 輸送車が近づいてきた。


「突撃っ!」


 襲撃部隊は、岩陰から飛び出し、まっすぐ輸送車に突進していく。2隊に分かれ、1隊は先頭を走る車両に襲いかかり、もう1隊は最後尾を行く車両に襲いかかる。


 工作員たちは輸送車のタイヤを狙って発砲する。それをマネするように戦士たちも発砲した。


 タイヤが破裂して、先頭の輸送車がハデにスリップする。そのまま道路を塞ぐように横倒しになった。


 後続車両は急ブレーキをふんで停車する。このときには最後尾の車両も同じように横転していた。


 輸送車の集団は、もはや進むこともできないし、退くこともできない。運転手たちは、襲撃者たちに言われるまま、両手をあげて運転席から出てくる。


 かくして襲撃部隊は、輸送車ごと飲食物を奪い、そのまま立ち去っていった。わずか数分間のできごとだ。


 こうした襲撃は、連邦の各地で、ほぼ毎日にようにくり広げられていた。


 しかも、工作員たちは「襲撃のプロ」だけあって神出鬼没だった。たとえ連邦が警察を総動員したとしても、その尻尾(しっぽ)すらつかめない。


「先生方は、ガラは悪いけど、スゴイ」


 民本党の戦士たちは、その強さをすなおに称賛した。


「だろ? おれらはプロだからな。てめぇらも、おれらの言うことを黙って聞いていれば、少しは上達するだろう。これからも精を出せよ」


 工作員たちは鼻高々にふんぞりかえって見せる。もともと馬賊や山賊なので、謙虚さというものがない。


 馬賊や山賊――?


 もともと馬賊や山賊たちは、だれかを襲撃して生活していたので、襲撃慣れしていた。まさに「襲撃のプロ」だった。


 そこでフミト元帥は、連邦各地にいる連邦軍を弱めるための「通商破壊工作」を行うにあたり、馬賊や山賊をスカウトしたのだった。


「餅は餅屋って言うだろ? だれかを襲撃したいなら、襲撃慣れした連中にやらせたほうが効率的じゃないかな?」


 そういう理由で、刑務所をおとずれ、囚人たち――元の馬賊や山賊たちに話をもちかけた。


「協力してくれるなら、罪を(ゆる)してやる。仕事も斡旋(あっせん)してやる。どうだ?」


 もちろん囚人たちは自由になりたい。このまま狭い塀のなかで一生を終えたいとは思わない。だから、だれもが喜んで協力を約束した。


「殺すな。()るな。傷つけるな」


 シン帝国は、囚人たち――工作員たちに任務(ミッション)をあたえるとき、「これだけは守れ。そうすれば、あとは好きにしていい」と厳命したうえで連邦に(もぐ)りこませた。


 こうして連邦各地で行われた「通商破壊工作」は、じわじわと効いていった。各地の連邦軍は、だんだん食糧が不足するようになり、満足な食事にありつけなくなっていく。


 腹が減っては戦ができない。


 連邦軍の兵士たちは、空腹になればなるほど、士気(やるき)を失っていった。それは今、北部辺境守備軍が対峙しているターレン要塞を守る連邦兵も同じだった。


 第3に、港を奪う。


 第4に、道を奪う。


 クリーの一族に伝わる敵を退けるための教えだ。


 連邦の重要な軍港でもあるエイハイ基地は、今やシン帝国の占領下にある。「港を奪う」ことに成功したわけだ。


 それに続いて、北部辺境守備軍に新たな命令が伝えられる。


「作戦は第1段階が成功した。これより第2段階に入る。北部辺境守備軍は、牽制(けんせい)任務を終え、攻略任務につけ」


 すなわち、ターレン街道を奪うように命令が下されたわけだ。これからターレン要塞を攻略して「道を奪う」のだ。


 ◆ ◆ ◆


 戦地では、地の利を得たほうが有利に戦える。


 だから、クリーの一族に伝わる敵を退ける方法には、こんな教えもあった。


 第5に、険しいところを奪う。そうすれば守りやすくなる。


 第6に、平らなところを奪う。そうすれば動きやすくなる。


 第7に、狭いところを奪う。そうすれば待ち伏せやすくなる。


 第8に、高いところを奪う。そうすれば勢いづきやすくなる。


 こうした有利な場所に陣取ることができれば、戦いやすくなるので勝ちやすくなる。


「だが、ターレン街道にあっては、連邦は難攻不落のターレン要塞をもっており、地の利は完全に連邦軍のほうにある――」


 ヤマキ中将は真顔で言う。


「――そこで軍師殿に教えてもらいたい。ここで勝利するためには、どうすればよいだろうか?」


「こんなときは、最後の教えが参考になる――」


 第9に、敵がとくに大切にしているところを奪う。


「――連邦軍が戦うにあたり、力点をおいていることはどこ?」


 しばしの沈黙。


 ヤマキ中将は、頭をひねるようにして思案する。


「あの空中戦艦を生み出した技術力は、あなどれない。が、わが帝国もミン族から供与された技術で、どちらかと言えば圧倒できているな?」


「はい。そう思う」


「しかし、よくよく考えてみれば、連邦はハン王国の時代から、その人口の多さにものを言わせ、人海戦術をとってくることが多かったな。それは今でも変わっておらんから、連邦は伝統的に人海戦術に力点を置いているといっても過言ではなかろう」


「それが正解だと思う」


「そうか。ふふん」


 ヤマキ中将は、まるで先生から()められた生徒のようにうれしそうだ。


「はい。連邦は、戦うときには必ず相手を上まわる兵力で戦うことを大切にしている。相手よりも少ない兵力では戦おうとしない」


 たしかに連邦は、物量作戦を重視している。かつては「百万の大軍」でシン帝国に攻めこんできたし、南部の戦いでは大量の兵員を送りこんできた。そして、今回も大量の軍艦――東洋艦隊を動員しようとした。


「だから、連邦が人海戦術をとれなくしてしまえば、ターレン要塞だってたやすく陥落する――」


 そう言ってクリーは、こんなエピソードを紹介した。例によってミン族の故地に伝わる話だ。


 かつて大国シア国のジエ(ワン)は、暴政をしき、人びとを苦しめていた。


 このとき小国シャン国のタン(ワン)は、善政をしき、困っている人がいれば率先して助けるようにする。


 その結果、ジエ(ワン)の暴政に苦しむ人々は「タン(ワン)に自分たちの王になってほしい」と願うようになった。


 だから、シャン国がシア国の攻略に乗り出すと、シア国のジエ(ワン)は人びとからソッポを向かれ、あっけなく敗北した。


 かくしてタン(ワン)は天下をとる。


 それから数百年後の話だが、シャン国はイン国となり、ジョウ(ワン)が天下を治めるようになっていた。


 ジョウ(ワン)は、知恵もあり、戦闘能力も高かったが、思いやりに欠けていた。だから、乱暴な政治を行って、人びとを苦しめる。


 しかし、だれもジョウ(ワン)には逆らえなかった。頭がよくて力も強い相手に、はたして勝てる人がいるだろうか。


 このとき西方で領主をしていたウェン(ワン)は、善政を行っていたので、人びとから慕われていた。


 その後を継いだウー(ワン)も、ウェン(ワン)の遺徳を継いで、周辺諸国から慕われる。


 だから、ウー(ワン)がジョウ(ワン)を攻めたとき、ジョウ(ワン)の兵隊は次から次にウー(ワン)に投降していく。


 戦いが始まったときはジョウ(ワン)軍のほうが大軍だったが、戦いが終わるころにはウー(ワン)軍のほうが大軍になっていた。


 かくしてジョウ(ワン)は大敗し、ウー(ワン)が天下をとる。


「――こんな感じで、人びとから慕われたほうが勝つ。フミト殿下は、連邦兵からも慕われているので、きっと敵を味方にできると思う」


「つまり、いわゆる人気取り政策によって連邦人の心をつかみ、こちらに寝返るように仕向けるというわけだな?」


 ヤマキ中将は、感心したようにポンッと手を打ちながら言う。


「――ターレン要塞にいる連邦兵が寝返れば、わが軍は戦わないでも勝てる。そういうわけだな?」


「はい」


 今回、民本党はシン帝国と同盟を組み、ともに闘うことになっている。


 ターレン要塞にいる将兵のなかにも、民本党の隠れ党員がいくらでもいた。そうした兵士たちが内応すれば、ターレン要塞もたやすく攻略できる。


 というわけで、北部辺境守備軍がターレン要塞に攻勢をかければ、それに呼応してターレン要塞では民本党員たちが反乱を起こす段取りになっていた。


 フミト元帥が信用できる人物であることは、元捕虜たちがふれまわっていたので、連邦でもよく知られている。


 ゆえにターレン要塞にいる民本党員たちも、シン帝国を信じて喜んで内応してくれるだろう。まちがいなく反乱を起こしてくれるだろう。


 ヤマキ中将は、そんなことを思いながら、馬にまたがった状態で軍刀をぬく。その切っ先は、ターレン要塞の方向を指し示している。


「前進っ!」


 ヤマキ中将は、軍刀を勢いよく前に突き出しながら馬を走らせる。


 騎兵隊の先頭を駆け、ターレン街道を走り、ターレン要塞に向かって突進していく。そのあとには、青い軍旗を高々と掲げた数千もの騎兵が続いている。


 ふつうなら、ここで怖くなるはずだ。相手が寝返ってくれなければ、敵陣からの猛烈な砲撃、容赦(ようしゃ)のない銃撃を受け、命を失いかねないのだから。


 しかし、ヤマキ中将は猛将だけあって恐れない。


南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ――すべては、なるようにしかならん。ままよ!)


 先頭を行く指揮官に恐れがなければ、あとに続く将兵たちも安心する。


(中将閣下は、どんなピンチに見舞われようが、これまで連戦連勝されてきた。あれだけ自信たっぷりに見えるから、今回も勝てるだろう)


 そんなふうに考えていた。だから、だれもが勇ましかった。恐れる者は1人もいない。


 まもなくターレン要塞の砲台が見えてきた。


 ウーン! という警報が鳴り響く。


 どの砲台でも、むっくりと大砲が起きあがっていく。それにあわせて、ゆっくりと砲塔も回りはじめた。


 その狙う先は――。


「どうして砲台が指令部を狙っているのか!?」


 ターレン要塞の指令室では、司令官があせっていた。


 周辺の砲台がすべて反転し、大砲の照準を指令室に合わせていたのだ。一斉に砲撃されたら、分厚い装甲で守られているとはいえ、指令室も無傷ではすまない。


 知らず司令官の顔に冷や汗が流れる。


 そうこうしているうちに、ターレン要塞のあちこちから威勢のいい(とき)の声もあがる。民本党に所属する兵士たちが反乱を起こしたのだ。


 ターレン要塞の正門は大きく開け放たれ、ヤマキ中将たちの騎兵隊が突入していく。


 かくして難攻不落を誇ったターレン要塞も、内部から切り崩され、あっけなく陥落した。これでシン帝国は、北部にも橋頭堡(きょうとうほ)を獲得できたことになる。


 この勝報は、すぐさま大本営にもたらされた。


「海の要地に続いて、今度は陸の要地と、立て続けに要地をとられたなら、さすがに連邦政府も威信を失うだろうね」


 フミト元帥がそう言うと、総司令官が応じる。


「はい。そうなりますれば、今の連邦政府に不満をもつ者たちも、今こそ政府を打倒するチャンスだと思い、たやすく民本党に扇動されて反乱を起こしやすくなることでしょう」


「その混乱に乗じ、一気に連邦の首都を制圧すれば、この戦いも早期に集結できる、と」


「もちろん予断は許されませんが、先行きは明るいと言えましょう」


 翌日、フミト元帥は大本営をゴトーに移動させた。その数日後には、さらにエイハイ基地へと移動させることになる。


 ◆ ◆ ◆


 そのころエイハイ基地では、東洋艦隊のうち、動ける軍艦がすべて出航していた。


 パッと見だが、戦艦6隻、巡洋艦10隻、駆逐艦16隻くらいはいるだろうか。もしかすると、もっと多いのかもしれない。さらに輸送船など多くの補助艦艇も加わる。


 その数の多さには、思わず圧倒されてしまう。


「連邦の中部にあるトンカン軍港を強襲して占領し、連邦政府の喉元(のどもと)に刃をつきつけてやろうと思います。そうすれば、あなたがた遠征軍の進攻もやりやすくなるのではないでしょうか?」


 レン隊長の提案だ。


 もちろん民本党の行動について、シン帝国が表立って口出しをするわけにはいかない。民本党とシン帝国は、対等な関係にあるのだから。


「貴殿が本部の了承のもとに行うと言うのであれば、わたくしどもといたしましては異存ありません」


 フワ侯爵は笑顔で応じた。


「もちろんヨン書記長の同意も得ております。現場のスタンドプレイではありませんので、ご安心ください」


 かくして東洋艦隊が出航したのだった。


 東洋艦隊は、数日の航海のあと、トンカン軍港の沖合に到達する。まずはすべての戦艦と巡洋艦が、トンカン軍港を守る砲台に対して艦砲射撃を行う構えをとった。


 どの軍艦も砲塔をまわし、大砲の照準をトンカン軍港の砲台に合わせていく。


 猛烈な艦砲射撃で砲台を沈黙させたあとは、上陸部隊が一斉に上陸を開始する予定になっている。


 そんな東洋艦隊のようすをトンカン軍港から見つめている男がいた。謫兵(たくへい)団長だ。まもなく艦砲射撃も始まるだろうというとき、身を守るものがとぼしい港に立つなんて無防備すぎる。


 しかし、当人に恐れるようすはない。冷ややかな笑みを浮かべている。


 まもなくトンカン軍港の沿岸に設置されていた複数の魚雷発射装置から、多くの魚雷が次々に発射された。


 総数で数十本はあるだろうか。魚雷は、白い航跡を残しながら、まっすぐ東洋艦隊を目ざして海中を走っていく。


「これだけの距離から魚雷を放って命中するとでも思っているのか?」


 東洋艦隊では、上は提督から、下は水兵まで、だれもがムダな攻撃をあざ笑う。魚雷というものは、それほど命中率が高くない。


 カン! カン! カン!


 東洋艦隊のすべての軍艦は、警鐘を鳴らしながら、さっそく回避行動に入る。増速しながら大きく舵をきる。


 魚雷はまっすぐにしか進まない。だから、その射線上から逃げれば、たやすく魚雷を回避できる。


「魚雷をやり過ごしたら、ただちに砲撃を開始せよ」


 提督の命令だ。


 どの軍艦も大きく弧を描くように動きつつ、それに連動するように砲塔を動かし、トンカン軍港の砲台に照準を合わせ続ける。練度は低いはずだが、なかなか器用だ。


 ただちに砲撃をしないのは、砲撃と同時に大砲から大量の煙が出て、視界が効かなくなる。そうなると魚雷の航跡が見えにくくなり、魚雷をよけにくくなるからだ。


 ともあれ余裕だし、楽勝だ。


 東洋艦隊では、だれもがそう考えていた。


 ところが、である。


 東洋艦隊の動きに合わせるかのように、魚雷もカーブした。軍艦が右に動いても、左に動いても、それに合わせて魚雷も動いて、まっすぐに軍艦を狙ってくる。


 まるで現代の誘導魚雷のようだ。逃げても、逃げきれない?


「噂には聞いていたが、まさか有人魚雷が実在したのか?」


 提督は青ざめている。


「そうだ。どちらに逃げようが、どこまでも追いかけていくぞ。すごいだろう。ふふふ」


 謫兵団長は、うれしそうに(ひと)()ちる。かなり興奮しているのだろう。顔を紅潮させ、鼻息も荒くなっている。


 今回の魚雷は、人が乗って操縦していた。だから、軍艦がどちらに逃げても、魚雷は軍艦を狙って方向を変えてくる。


 有人魚雷の操縦士(パイロット)は、いずれも催眠術をかけられているので、死を恐れない。しかも、常人よりも操縦が巧みだ。冷静に魚雷を操縦して、確実に軍艦を狙っていく。


 まもなく数十本の魚雷は、次から次に東洋艦隊の軍艦に命中していった。あちこちで激しい爆発が起き、まばゆい爆炎があがり、大きな水柱が立つ。ほとんどの軍艦が、一度に数発の魚雷を受け、あっけなく轟沈(ごうちん)していく。


「我らは自爆兵器を大量に保有している。それを惜しみなく使えばよい。死をも恐れずに襲いかかってくる兵士を目の当たりにすれば、敵も肝をつぶして戦意を喪失していくであろう」


 異端の高級技術官僚(マッドテクノクラート)ことカンチ博士の言葉だ。


全文訳『孫臏兵法』五度九奪


 ~援軍が到着しても、これまた失敗します。ですから、軍事の原則としては、自軍と友軍の距離が五十里(約20キロメートル)であれば互いに助け合えなくなります。ましてや~に近く~数百里(40キロメートル以上)~以上は軍隊が駆けつけられる距離の限度です。

 ですから、兵法に、こうあるのです。物資が不足しているなら、敵と持久戦をしてはいけません。兵力が不足しているなら、敵と交戦してはいけません。(~なら、してはいけません。~なら)敵と競い合ってはいけません。訓練が不足しているなら、敵の長所に挑戦してはいけません。

 五度[以上の5つの計算]がわかっているなら、軍隊は向かうところ敵なしです。

 ですから、兵~

~敵をあわてて逃げさせるコツは、こうです。第一に、食べ物を奪います。第二に、飲み水を奪います。第三に、港を奪います。第四に、道を奪います。第五に、険しいところを奪います。第六に、平らなところを奪います。第七に、狭いところを奪います。第八に、高いところを奪います。第九に、敵がとくに大切にしているところを奪います。

 およそ九奪[以上の九つの奪取]は、敵をあわてて逃げさせる方法です。


以上、四百二字



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