その2(全3回) 計算して、向かうところ敵なしとなる
ここで話は少しさかのぼる。
タケト宰相が後方支援業務を一任されたあと、クリーをつかまえて話したときのことだ。
後方支援業務の大切さについて語るなかで、こんな話も出た。
「わが一族の教えにもあるけど、物資とか、兵力とか、訓練とか、そういった戦争に必要なものが不足していたら、まともに戦えない――」
クリーは説明する。
ミン族の故地で天才軍師として語り継がれているコンミンも、その国が物資に乏しく、補給を十分に行えなかったので、長期戦になると勝てなかったそうだ。
「――だから、後方支援が大事になる。後方支援が充実していれば、向かうところ敵なしの強さを発揮できるようになる。そう教えられた」
「たしかに前線で物資が足りなくなれば、物資を送り届けてやる必要があるし、兵士が不足してきたら、新たに兵士を補充してやる必要がある。もちろん新兵を行かせるなら、その前に訓練しておく必要もあるな」
タケト宰相は、納得したように言った。
「はい。後方支援の仕事は、目立たないので軽く見られがちだけど、それではいけないと思う」
そう言えば、かつて日本軍は「輜重輸卒が兵隊ならば蝶々蜻蛉も鳥のうち」と言って、後方支援の仕事をバカにしていた。その結果として、戦地では物資が不足して兵隊が苦しんでいる。
とりわけ太平洋での戦死者の多くが、食料不足による餓死者だと言われている。ことわざにも「腹が減っては戦ができない」とあるが、そのとおりだったわけだ。
後方支援の仕事のうち、とりわけ兵力、食料、兵器の補給は欠かせない。最低でもその3つがそろっていなければ、戦いたくても戦えないからだ。
「だが、兵力に関しては、問題ない――」
タケト宰相は、あっさり言う。
今回の作戦は、連邦兵の裏切りに重きをおいている。遠征先で連邦兵――民本党員が寝返って友軍となる手はずとなっている。
だから、これから雪だるま式に兵士も増えていくだろう。兵力の不足を心配する必要はない。
「――問題なのは、物資だな。食料とか、兵器とか、それらの補給をどうするか?」
国内から遠征先まで運んでいくとなれば、輸送のコストが大きくなる。それだけ出費も増えることになる。
「現地で調達できるものは、現地で調達したほうがいいと思う」
クリーはアドバイスして言う。
たしかに、そうだろう。たとえば、食料なら、国内から遠征先まで輸送するよりも、遠征先で地域住民から買い取ったほうが安くなる。
ちなみに今回の遠征では、現地人の信頼を得るため、現地での略奪や徴発が厳禁されていた。だから、現地で食料を手に入れたいなら買い取るしかなかったわけだ。
「ただ現地で調達するにしても、もし敵が焦土作戦を実行し、食料もろともすべてを焼き払ってしまうかもしれない。そうなれば食料が極端に不足して、食料の調達も難しくなるのではないか?」
「はい。そうなると思う。だから、少量で満腹になる携帯食料を用意して、兵士にもたせておくといいと思う」
ミン族に伝わる歴史書『漢書』の記録によると、かつてワンマンが全国から戦争に役立つアイデアを募集したとき、食料の代わりになる薬物を提案してきた者がいた。
その薬物を飲めば、食事をとらなくても満腹になれる。だから食料がなくても、兵士はしばらく飢えなくてすむ。
薬物は、直径1センチくらいの丸い玉の形をしている。1食につき1個を口にするだけで満腹になる。
防水のために1つずつ油紙につつんであるとはいえ、1つ1つが小さくてかさばらないので携帯しやすい。
数十個の薬物をひとまとめにして巾着袋に入れ、それを腰に下げて出征する。
クリーは、この薬物のレシピをタケト宰相に提供した。
タケト宰相は、さっそく工廠に命じて大量に生産し、遠征軍の全将兵に配布する。
「たとえ食料が手に入らなくても、すぐに将兵が飢えに苦しむことはない。食事なしでも1週間くらいは戦えるだろう」
そうして時間をかせいで、その間に帝国から遠征先まで食料を緊急輸送すればいい。
あとは兵器だが、これが問題だった。
帝国軍の兵器と、連邦軍の兵器には、互換性がない。砲弾だけをとってみても、規格がまったく違うので、連邦軍の砲弾を帝国軍の大砲で発射することはできない。
しかも、今回の作戦では、いろいろと奇策をくりだすため、これまでにない兵器を数多く導入することになる。木鵲しかり、毒葯烟球しかりだ。
そうした兵器は、もちろん連邦にはない。だから、遠征先で連邦軍の兵器を鹵獲して利用する、なんてわけにもいかない。
現地で兵器を調達できないなら、国内で生産して戦場に輸送するしかない。
だから、シン帝国は、すべての工廠をフル稼働し、すべての職人を総動員して、兵器を生産することになる。
そう言えば、『孫子』にも「兵器は国内から輸送するにしても、食料は現地で調達する」という教えがある。
今回の件は、それにあてはまるのではないだろうか。
◆ ◆ ◆
シン帝国は、今回の戦争のため、戦争が始まる前から全力で兵器を生産していた。戦争が始まってからも変わりなく全力で生産を続ける。
「材料が足りない? とにかく資源の豊富な南部から調達しろ」
おかげで南部の開発も促進されることになる。鉄道が整備され、道路もキレイになっていく。往来が激しくなり、人口も増えた。
住む人が増えれば、商店、学校、病院なども増えていく。電気、水道、ガスなども十分に供給されるようになる。それらを必要とする人が多いので、もうかるからだ。
こうして南部の社会資本も整っていった。
「人手が足りない? だったら賃金を増やして労働者を確保しろ」
工廠では、兵器の増産のために人手がいる。南部でも、開発や工事のために人手がいる。まさに「猫の手を借りたい」くらいに忙しい。とにかく働き手が欲しい。
だから、どこも人を雇うようになる。1人でも多く、少しでも有能な労働者を確保したいので、できるだけ給料を増やすなど、待遇をよくした。
おかげで失業も減り、臣民の収入も増えた。財布に余裕があれば、おのずと買い物も増えるものだ。だから、商売も繁盛する。
こうしてシン帝国の景気もよくなっていった。
(戦争をすれば景気がよくなるとは、よく言ったものだな――)
タケト宰相は思う。
(――ただし戦争が終われば、兵器の生産も不要になり、そのせいで仕事も少なくなるので、好景気も終わる。そのあとには不況がやってくる。この辺の対処も必要だ)
だからタケト宰相は、事あるたびに主張していた。
「戦後の不況に備え、少しでも多くの戦利品を手に入れ、今のうちに財産を蓄えておく必要がある」
ところが、である。
「は? ちょっとまて――」
タケト宰相は、大本営での定例会議の席上で、険しい顔つきをして言う。
「――エイハイ基地の捕虜を解放してやるのはよいとして、せっかく接収した兵器や物資までも手放すって言うのかよ?」
「そうだ。エイハイ基地にいた連邦兵、正確には民本党員は、わたしたちの友軍だ。友軍なのだから、その兵器や物資をとりあげるわけにはいかないだろ?」
フミト元帥は笑顔であっさり応える。
「――そんなことをすれば信義に反する。信義に反すれば同盟にも亀裂が入りかねない。そうなれば勝利も危うくなる。そうは思わないか?」
「マジかよ……」
タケト宰相は、開いた口が塞がらないといったようすだ。
「いいか。オレたちは、遠征軍だけでなく、民本党にも兵器や資金を援助してやってるんだぞ」
「まあ、友軍なんだし、助け合わないとな」
「チッ……。とにかく、そのせいで出費がかさむばかりだ。手に入れた戦利品を換金するなどして、なにか少しでも“収入”を手に入れないことには破産しかねない。それなのに戦利品をくれてやるなんて……。どんだけ、お人よしなんだよ」
まったく泣きたくなるぜ。
なのによ。あの言いぐさは、なんだ?
「まあ、いろいろと難しいところもあるかもしれないが、おまえならできる。おまえにしかできない。だから、うまくやってほしい。よろしく頼む」
フミト元帥は、人前でも気にせず、タケト宰相に頭を下げた。
こうなったら、返す言葉もねぇし。
タケト宰相は、定例会議のあと、ハナ摂政の執務室に立ち寄り、ぼやいていた。
「つまり、タケトお兄様も、そこまでフミトお兄様に信頼されて任されたから、悪い気がしなかったわけね?」
ハナ摂政は、イタズラっぽい笑みを浮かべていた。
「は? この“摂政殿下様”は、なに言ってんだ? あきれすぎて返す言葉も出なかっただけに決まってんだろうが」
言いながらタケト宰相は、顔を赤らめ、どぎまぎしていた。図星だったのか?
「とにかく今のうちから早目に手を打っておかないと戦後不況を防げない」
「そう、ね……」
ハナ摂政は、経済のことはよく分からない。だから、タケト宰相の言わんとしていることもピンとこない。
でも、とりあえず分かったふりをした。話を先に進めるためだ。
「だけど、戦利品は使えない。信頼うんぬん言っている以上、おそらく現地で略奪とかもできないだろうな」
「もちろん、できないわね」
「だったら、どうする?」
「さあ?」
「……さあ、って? ったく、まるで他人事って感じだな。それでいいのかよ。おまえも一国を代表する“摂政殿下様”だろうが」
「よくないけど、だって分からないだもん。仕方ないじゃん。だからこそ、タケトお兄様に宰相をやってもらっているんでしょ? 宰相ってのはね、摂政をサポートするのが仕事なのよ」
ハナ摂政はムッとしながら言い放った。
「……まさかの逆ギレかよ」
「キレてなんかないわよ。それなら――」
ハナ摂政はふてくされたように言うと、一転して甘えた表情をして見せる。
「――お願い。助けて。お・に・い・ち・ゃ・ん」
いきなり妹キャラ丸出しで、エサをねだる猫のように上目づかいタケト宰相を見る。
「おまえのコントにつきあっている暇はない――」
タケト宰相は、ばっさり切り捨てた。ハナ摂政は、つまらなそうに口をとがらせる。
「――おまえにグチをこぼしたのがまちがいだった。忘れろ。とにかく1つ摂政からの許可をもらいたい。これなら、フミトの邪魔にもならないだろう」
そう前置きしてタケト宰相は、アイデアを話した。
ハナ摂政は、話を聞き終えると笑顔で言う。
「タケトお兄様の本領発揮と言ったところね。もちろん賛成よ」
◆ ◆ ◆
タケト宰相は、後方支援業務の責任者として、ちょくちょく民本党の担当者と連絡をとりあい、話しあいをしていた。
その日の話しあいのなかで、タケト宰相は問う。
「革命が成功したとして、貴殿らは資本家をどうするつもりだ?」
「もちろん全員を投獄し、その財産をすべて没収する。教育しなおして、善良な労働者として再出発させることになるだろう」
民本党の担当者が答えた。
「ならば、その財産の一部をわが国に譲ってもらいたい」
「はい?」
担当者は目を丸くした。
しかし、タケト宰相は、意に介さず、しゃあしゃあと言う。
「わが国は今回、貴殿らをサポートするため、多額の戦費をつぎこんでいる。そのことは貴殿らも理解してくれているだろう?」
「ええ、まあ……」
担当者はうなずく。
「その戦費は臣民の税金から賄われている。もし連邦に援軍を出したせいで帝国が貧しくなったとなれば、臣民の反発をまねきかねない。ひいては連邦との関係も悪くなりかねない。そうは思わないか?」
「そう言われると、そうかもしれない……」
「だからこそ、両国の友好関係を維持するためにも、戦費を資本家の財産から支払ってもらいたいわけだ。どのみち没収した財産から支払うのだから、貴殿らの腹も痛まないだろう?」
「あの、その……。とにかく現場の一存では決められないので、上層部に諮りたいと思う。よろしいか?」
「もちろんだ。これからも貴殿らをサポートしたいので、よしなにお願いしたい」
タケト宰相は笑顔だが、担当者は不快そうに見えた。
それはそうだろう。なにしろシン帝国のほうから民本党に対して同盟を申し入れておきながら、必要な戦費を支払えと要求するのは、押し売りみたいなものだ。
勝手に商品を送り付けてきて「代金を支払え」と言われたなら、だれだって「は?」となるだろう。ムッとしたり、カチンときたりするはずだ。不快になって当然だ。
しかし、民本党は、いくら不快に感じたとしても、シン帝国の要求を拒否できない。
なにしろシン帝国の支援がなければ、民本党は勝てないし、そもそも戦えない。だから、民本党はシン帝国の要求を飲むしかない。
(弱みにつけこむなんて、えげつないとは思う。だが、帝国を守るためには、どうしても金が必要になる。なりふりなんてかまっていられない)
それから数日後、民本党の本部から、シン帝国の要望どおりに資本家の財産から戦費を支払ってもよいとの回答がくる。タケト宰相の思ったとおりだった。
ただし、実際のところは、タケト宰相が思っているのとは少し事情が違っていた。
◆ ◆ ◆
ヨン書記長は、民本党の最高指導者だが、まだ20代の青年だった。もともと連邦軍の将校だったらしいが、草食系のような見かけをしていて、か弱く見えるので、とても軍人だったとは思えない。
しかし、親分肌で面倒見もよかったことから、老若男女を問わず、すべての党員から慕われていた。それに意外に腕っぷしも強く、暴漢に襲われたときも余裕でノックダウンしている。
そんなヨン書記長の性格を一言で言うなら、熱い漢だった。熱い漢だからこそ、貧乏人を苦しめる資本家を許せなかった。だから、民本党をつくり、抵抗活動をはじめたわけだ。
「弱きを助け、強きを挫く。それが漢だ。やられたら、やり返せ。だが、してもらったなら、して返せ」
これがヨン書記長の口癖だった。だから、シン帝国から戦費の支払いについて要求されたときも――。
「フミト元帥にはよくしてもらったのだから、よくして返すのが当然だろう」
ヨン書記長は、すなおに思った。不快感など微塵にも感じなかった。
では、フミト元帥から、なにをしてもらったのだろうか?
フミト元帥は、エイハイ基地を攻略したあと、エイハイ基地にあった兵器をすべて民本党に譲り渡すことを決める。そのなかには当然「虎の子」の東洋艦隊も含まれていた。
「民本党は同盟相手とはいえ、連邦の政党であることには変わりがありません――」
総司令官は深刻そうな表情で言う。
「――連邦は仮想敵国である以上、民本党もいつ敵になるのか分かりません。したがいまして、エイハイ基地で接収した兵器をすべて民本党に引き渡すなど、野に放った虎に羽をつけるようなものです」
「たしかにそうかもしれないけれど――」
フミト元帥は苦笑いしながら言う。
「――相手に誠意を示してもらいたいなら、まずは自分から誠意を示すことが必要ではないだろうか?」
「まあ、そうではありますが……」
総司令官は、現実主義者だが、フミト元帥が「人たらしの天才」であることも知っている。それによって成果も出してきている。だから、反論できなかった。いや、反論しなかった。
かくしてエイハイ基地の兵器は、まるまる民本党のものとなった。
「シン帝国は本来なら勝者として、すべてを独占することもできたはずだ。そうすれば丸もうけできただろう――」
ヨン書記長は言う。
「――にもかかわらず、それをしなかった。われらの戦力アップに協力してくれた。われらを真に“友”と思っているからこそだろう」
シン帝国は民本党の友であり、民本党もシン帝国の友である。友が困ると言うのであれば、困らないようにしてやるのが友というものだ。
そう考えたからこそ、ヨン書記長はあっさりとタケト宰相の要求を飲んだのだった。
ある意味、タケト宰相の計算どおりにはいかなかったわけだが、結果オーライだろう。
計算どおりにいかなかったと言えば、連邦の人工知能もそうだった。事前にシン帝国の出方を計算していたにもかかわらず、結果としては敗北に終わる。
しかし、カンチ博士には落胆したようすなど見られなかった。
「新たな情報が手に入った。さらに計算の精度も増すだろう」
大敗したにもかかわらず、うれしそうだ。ニヤニヤしている。
「それはそうかもしれませんが、難攻不落のはずのエイハイ基地がとられたのですよ。どうすればよいのでしょうか?」
ギルド長は、ハンカチで冷や汗をぬぐいながら言う。
「どうにかしたいのか?」
「あたりまえではありませんか。このままでは連邦の危機です」
「そうか――」
カンチ博士は、あきれたような目をギルド長に向けながら、おもむろに手もとのインターホンのスイッチを押して言う。
「――謫兵団長を呼び出してもらいたい。おもしろい実験をすると伝えなさい」




