その1(全4回) ヤオ委員はリベンジする
「敗多き者は、失多し。」
(敗北する要因が多い者は、それだけ敗北しやすい。)
『孫臏兵法』「将敗」篇より
およそ25年前のことだ。15歳のヤオ少年は、革命党に入党した。
革命党は、革命によってハン王国の王制を打破しようとしていた。目ざすは、理想の国づくりだ。
「みんなが自由で、だれもが平等で、お互いに助け合う友愛に満ちた社会づくりを目ざす」
それが革命党の理想であった。その理想を実現するためには、科学的に実証された真理に従って行動すればよい。それによって理想的な社会ができあがる。
かつて王立アカデミーで、「異端の高級技術官僚」と呼ばれた男の考えたことだ。その男が革命の機運を醸成し、革命を引き起こした。
革命派が「科学的に実証された真理」として掲げた「自由」「平等」「友愛」のスローガンは、暴君ジエジョウの苛政に苦しんでいたハン王国の国民にとって魅力的な理想だった。
ジエジョウは、贅沢三昧な生活にふけっていた。そのための費用を賄うため、王国政府は増税をくりかえす。
勝手に進学するな。進学するなら「就学税」を支払え。
勝手に就職するな。就職するなら「就職税」を支払え。
勝手に転居するな。転居するなら「転居税」を支払え。
勝手に結婚するな。結婚するなら「結婚税」を支払え。
ハン王国の国民は、なにをするにしても、税金を支払うように求められた。税金を支払えなければ、なにもできない。
「なんて不自由なんだ!」
国民は不満に思うが、役人――貴族は積極的に王国政府の増税策を支持した。なぜなら、役人は徴税されないし、税金を徴収すれば報奨金をもらえたからだ。
税金を徴収すればするほど、自分の財布も潤う。だから役人は、熱心に税金を徴収してまわった。役人は国民を搾取することによって優雅な生活ができる。
いっぽうで国民は税金を支払うため、借金まみれになる。そのせいで貧しくて苦しい生活を強いられる。
「なんて不平等なんだ!」
国民は不満に思うが、そもそも王国政府にたてつくことは許されない。たてつけば、ひどい虐待、すさまじい拷問がまっている。
もちろん税金を支払えない国民は、懲罰を受ける。税金を取り立てにきた役人から略奪されても、強姦されても、殺害されれも、とにかくなにをされても文句は言えない。そもそも義務――納税の義務を履行しないほうが悪いのだ。
「王族も貴族も平民も同じハン王国の国民じゃないか。政府には、国王には、同胞を愛する気持ち――友愛はないのか!」
だから、今から30年ほど前、革命党が「自由」「平等」「友愛」をスローガンにして革命を引き起こしたとき、圧倒的に多くの国民が革命を支持した。
革命の炎は、またたく間にハン王国の全土に広がっていった。王党派(王族や貴族)は、革命をつぶそうとして軍事力を行使するが、うまくいかない。
そもそも兵士の多くが平民だ。王党派の命令など聞く気にもなれない。だから、多くの兵士が逃亡し、革命軍に入る。革命軍が大きくなるにつれ、王国軍は小さくなっていく。
だから、革命が起きて5年も経つ頃には、革命の成功は確実な形勢となっていた。革命に協力すれば、将来的に高い地位に就けるだろう。高い収入も得られるだろう。
だから、野心的なヤオ少年は、革命党に入党し、革命戦士となった。
「富貴に目がくらんだ」
のちの歴史書には、そのように記されている。
ちなみに、こうした「ヤオ少年の物語」を聞いたクリーは言った。
「ヤオは負けると思う。わが一族の教えには“立身出世に走ったり、私利私欲に走ったりするなら、敗北する”とあるから」
そう言えば、ことわざにも「欲は身を失う」とある。
しかし、そういったことは、欲に心を奪われた、当時のヤオ少年にとって思いもよらないことであった。
ヤオ少年は、みずからの欲望のおもむくまま、立身出世を目ざし、私利私欲を満たそうとする。そのためなら、どんな汚れ役立って引き受けた。
「や、やめて……。わたしたち友だちでしょ……」
とある街角。あどけない少女が壁際に追いやられ、おびえていた。その見つめる先には、ナイフを手にしたヤオ少年が冷酷な笑みを浮かべている。
「は? 友だち? 汚らわしい貴族に友だちなんているわけないだろが!」
ヤオ少年は、少女の胸にナイフをつきたてる。
うっと目をひんむく少女。ヤオ少年は笑いながらナイフをぬくと、そのまま少女のノドを切り裂いた。血しぶきがあがる。
「ファン子爵家の人間を皆殺しにしたそうだな。よく殺れたな」
小太りでスーツを着こなした男が言った。満足そうな笑顔だ。
その目の前には、血まみれのヤオ少年が立っている。
「はい。革命を成功させるためなら、ボクはなんだってします!」
ヤオ少年は誇らしげに胸をはって見せた。
「そうか……、ふふ。ところで、リウ公爵は革命に協力的だが、リャン委員が言うんだよ。新しい世の中に貴族は必要ない、貴族の血はいらない、とね。失踪でもしてくれたらいいのだが……」
小太りの男はニヤリとする。
「おそらくリウ公爵は、その一族もろとも、この地上から失踪するのではないでしょうか」
ヤオ少年もニヤリとして答えた。
それから1週間後のことだ。リウ公爵が一族皆殺しになっているのが発見される。警察が捜査しても、犯人の手がかりすら見つからなかった。
「おそらく過激派の仕業だろう」
人びとは噂しあったが、大っぴらに言えば自分が消されかねない。だから、噂もあっという間に消えていった。
革命派のなかには、穏健派もいれば、過激派もいた。
「この地上から王族、貴族をすべて消し去ってこそ、革命が成就する」
過激派の考えだ。だから、穏健派の「国民の権利が保障されるなら、王族や貴族がいてもかまわない」という考えを過激派は決して容認できなかった。
しかし、過激派は少数派で、多数派の穏健派に対して劣勢であった。だから、暗殺という手段で政敵を排除して、革命の主導権を握ろうと画策する。
そんな過激派の幹部たちにとって、ヤオ少年のようにみずからすすんで汚れ役を引き受けてくれる人材は、重宝する人材だった。
だからヤオ少年は、過激派が穏健派を圧倒していくなかで順調に出世していく。
「リャン委員がきみのことを高く評価していてね。きみを委員に推薦してくれたそうだ。と言っても集落委員だが、これからも“狩り”に精を出してくれたなら、地方委員への道も開かれるだろう。よかったな」
小太りの男が笑顔で言う。このときヤオ少年は、背も伸びて青年へと成長していた。
委員になれば、党会議に出席できる。党会議は、その管轄区域の行政を指導する組織であるので、相当な権力があった。
党会議には、集落党会議、その上の地方党会議、その上の全国党会議という3つのレベルがある。ヤオ青年が就任した集落委員は、集落党会議の委員であり、委員としては最下位だ。
しかし、最高の権力をもつ全国党会議の委員となるためには、地方党会議の委員として経歴が必要だ。そして、地方党会議の委員となるためには、集落党会議の委員としての経歴が求められる。
だから、集落委員になれたということは、ヤオ委員が出世の階段を登り始めることができた証拠だ。
「ボクはエリートだ。ただの国民とは訳が違う。格も違う」
ヤオ委員は、最下位の委員であるとはいえ、委員になれたことで高慢になった。集落委員は、その管轄する集落にいる役人や警官、軍人などの上に立つことになる。
そうした部下に対して、ことあるたびに口癖のように言っていた。
「きみらは、ボクの手足なんだよ。黙ってボクの命令に従って動けばいいんだ。口答えなんて許さないからね」
ヤオ委員は、集落委員になると、これまで以上に「王族狩り」「貴族狩り」に力を入れるようになった。かつての王族や貴族を殺せば殺すほど、革命党内での評価は高まる。
多くの旧王族や旧貴族を粛清することによって、ヤオ委員は順調に出世していき、史上最年少で地方党会議の委員になることができた。
「ボクは、そこらの党員とは違う。委員とも違う。まちがいなく有能だから、このまま最年少の全国委員になり、ゆくゆくは最年少の党首になる」
ヤオ党首の野望はとどまるところを知らない。
しかし、ことわざにも「高慢は破滅に先立つ」とある。
クリーによると、ミン族には「思いあがったり、おごり高ぶったりするなら、敗北する」という教えもあるらしい。
ともあれ、飛ぶ鳥を落とす勢いで出世街道を行くヤオ委員にも、ついにしくじるときがきた。
それは、とある辺境伯を“狩り”に出たときのことだ。その辺境伯は、少数民族イグ族のもとに亡命し、「領主先生」と呼ばれていた、旧ハン王国でも高名な辺境伯だった。
旧王族や旧貴族を“狩る”ときも、その対象が高名であればあるほど、“狩り”の結果が高く評価される仕組みだった。
「これでさらに点数を稼げる。ボクの成績も上がるし、全国委員への道も開けていく」
ヤオ委員は期待に胸を膨らませながら、イグ族の集落を襲い、多くの住民を虐殺して「領主先生」を“狩る”ことに成功した。
ところが、である。「チムルの魔女」のせいで、まさかの敗退。しかもヤオ委員は、軍人たちに背かれ、煮え湯を飲まされることになる。そのキャリアにも瑕がついてしまった。
「ヤオくん、きみも少しは部下の気もちを考えないといけないな」
上司から言われ、同じ地方委員でも、辺地の地方委員に左遷された。
「許さない――」
ヤオ委員は、心に憎悪の炎を燃やす。
「――絶対に許さない……。イグ族は皆殺しにしてやる……。“チムルの魔女”を捕まえて、なぶり殺しにしてやる」
そして今、数年の「自己批判」を経て、「名誉回復」を果たしたヤオ委員は、軍勢をひきいてイグ族の集落を包囲していた。
「連邦の脅威となる“チムルの魔女”を討伐する」
これが今回の遠征の名目であり、大義名分だった。もちろん、ヤオ委員の真の狙いが復讐にあることは言うまでもないだろう。
ときは奇しくもクリーが13歳の誕生日をむかえた日のことだった。




