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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第26話 将敗=将軍が敗北する理由
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その2(全4回) イグ族は再び「民族浄化」の危機をむかえる

 クリーが8歳の誕生日をむかえた日。


 イグ族の集落・チムルは連邦軍によって襲撃され、多くの住民が虐殺された。


 クリーの家族も、全員が殺されてしまう。小銃でハチの巣にされ、銃剣でめった刺しにされる。ひどい殺されようだ。それを目の当たりにしたクリーのショックは大きかった。


 だから、連邦軍が引きあげ、ミン族の援軍がやってきて、すべてが片づいたとき、クリーは緊張の糸が切れたのか、一転して放心してしまう。


「よくやったな、クリー!」


「……うん」


「おまえ、だいじょうぶか?」


「……うん」


 だれがなにを言っても、クリーの返事はそっけない。うつろな目をして、呆然(ぼうぜん)(てい)だ。その足どりは、フワフワして危なっかしい。


 クリーには休息が必要だろう。


 この頃ミン族のスン族長は、イグ族の族長から話を聞き、クリーのことに興味を示していた。


「なんと!? 連邦軍を退けたのは、8歳の少女による知略と申されるか!?」


 スン族長は驚き、ぜひクリーに会いたいと願う。


「わかりました。スン族長には、(たす)けに来ていただいた恩義がある。わが部族民クリーとの面会の場を用意いたしましょう」


 イグ族の族長は、二つ返事で快諾し、クリーをスン族長に引きあわせた。


 スン族長は、クリーを見て、改めて驚く。


(少女だとは聞いていたが、これほど可憐とは――。あれだけの戦績をあげた“策士”とは、まったく思えんな)


「わしのことは、すでに聞いて知っておるな?」


 クリーは、スン族長の目を見て、こくりとうなずく。


「ならば端的に聞くぞ。おまえの知略は、どのようにして身につけたものか?」


「領主先生から、教えてもらった……」


 クリーがつぶやくように答えた。まったく覇気が感じられない。


(目の前で家族を虐殺されたのだから、力が出ないのも無理ないか。むしろ受け答えができるだけでも不思議なくらいだろう……。なんと気丈(きじょう)な娘か)


 しかし、それでもクリーは、つらいのだろう。ぎゅっと唇をかみしめ、今にも流れだしそうな涙をこらえ、うつむく。沈黙が続く。


 つらいのも分かるが、人生とはときに理不尽なもの。その理不尽さに負けては人生を行く抜くことはできない。


 だから、スン族長は、容赦(ようしゃ)なく問いかける。


「そうか。あの男から教えられたか――。で、なにを教わったのか?」


「……困ったことがあっても、歴史をヒントにすれば、なんとかする方法が見つかる、って教えられました」


 クリーはうつむいたまま、声をしぼり出すようにして言った。


「そうか――」


 スン族長は(あご)をさすりながら言う。


「――わが一族の故地に伝わる話だが、スンウー国の名将ルーメンも、ペイソン国の名将ディチンも、若いころに歴史を学び、成長して名将となっている。おまえが名将になりたいのなら、正しい学び方をしておると言えるだろう」


 熱っぽく語るスン族長。


 クリーは、少し顔をあげた。()めたような目をして、スン族長の顔をのぞき見ている。


「……」


「名将になりたいか?」


「……分かりません」


「どうだ? わがミン族の集落に移り住まぬか? いろいろ教えてやるぞ」


 クリーは黙り、下を向く。


(なんだかんだ言っても、しょせんは8歳の少女――。やはり家族を殺されたばかりで、先のことを考える気にもなれぬか。ここで決断を迫っても、ろくな決断もできまい)


 スン族長は少し残念そうに息をはいた。


 スン族長も歴戦の勇士だ。戦いのプロだ。駆け引きというものを分かっている。ここが引きどきと直感したのか、笑顔をクリーに見せる。


「おまえは本が好きだと聞いておるから、おまえに1つ本をくれてやろう」


 そう言ってスン族長は、1冊の古めかしい本を差し出した。虫食いの目立つ古書だ。表紙には、『スンピン・ビンファ』と書いてある。


 漢字で書くと『孫臏兵法』となるが、もちろんクリーは漢字を知らない。


「ここには善く戦い、善く勝つための方法が書いてある。おまえが今後も仲間を救いたいと思うなら、きっと役立つだろう」


 その言葉を最後にして、スン族長はクリーと別れた。


 のちにスン族長は、クリーに語っている。


「あのとき虫食いだらけの兵書を渡したのは、おまえが本の失われた個所をどれだけ自力で(おぎな)えるのかを試したいと思ったのだ。兵法家としての実力のほどを試したいとな」


 当時、スン族長は、幼くして知略をフルに発揮して見せたクリーを有望と見こみ、スカウトしたいと思っていたそうだ。


(有能な人材がそろえばそろうほど、わがミン族も栄えるというもの。わしには族長として、ミン族の繁栄を図る必要がある)


 スン族長の考えだ。


 しかし、こう言ってはなんだが、これくらいの困難でへこたれるようでは、すぐれた兵法家にはなれない。だから、試してみよう。そう考えたらしい。


 もちろん、当時のクリーがスン族長のそうした思いに気づけるはずもなかった。


 それからクリーは、しばらくなすこともなく、呆然(ぼうぜん)として日々をやり過ごす。イグ族の集落・チムルに特設された孤児院で、日がな一日、部屋にこもってぼんやりと窓から空をながめていた。


 せっかくもらった『スンピン・ビンファ』も、クリーの荷物箱にしまわれたままだった。


 転機がおとずれたのは1年後だ。


 なにを思ったか、クリーはふと『スンピン・ビンファ』を手に取り、うつろな目のまま、パラパラとめくり始めた。


 ページをめくっているうちに、だんだんと目の色が変わっていく。ついには目を皿にして、食い入るように読みふけりはじめる。


 それから数日間、クリーは読書に没頭した。『スンピン・ビンファ』を何度もくりかえして読んでいた。よほど気に入ったのか。


 疑問点は書きとめておき、スン族長に宛てた質問状にしたためた。


 読み書きについては、領主先生から習っていた。しかし、習いはじめたばかりだったので、その文面はたどたどしい。


「たしかに(おい)はミン族の村に行くが、この手紙をスン族長に届けてほしいのか?」


 顔なじみの行商人がけげんそうに問いかけると、クリーはうなずいた。その差し出す手には質問状が握られている。


「手紙を出す場合は、けっこうな郵送料がいるんだけどなぁ……」


「ゆうそうりょう……?」


 キョトンとしているクリー。


 行商人は困った顔をして頭をかいている。


「しゃあねぇな。あんたの親父さんには世話になった。これくらいしねぇとばちが当たるかもな」


 行商人はつぶやくように言うと、クリーの手から質問状を受け取った。


「もっていってやるよ。ただし一回だけだぞ」


 人のよい行商人だったらしく、今回に限って無料(ただ)で配達してくれると言う。


「ありがとう」


 クリーはホッとしたような笑みを浮かべて言った。


 数週間後、スン族長からの返信が届く。クリーの質問に対し、いちいち丁寧に答えがしたためてあった。そして、最後に追伸として――。


『分からないことがあれば、これからも遠慮なく質問を書いてよこしなさい。必要な経費も送金しておく』


 スン族の返信には、数枚の金貨が同封してあった。9歳の少女にとって大金だ。これだけの金額があれば、何度も手紙を出せる。


 そのうちクリーは出歩く元気も出てきて、将来の自活に備えて孤児院で畑作を教えられるようになった。晴れた日は朝から晩まで畑に出て農作業を学ぶ。


「おじいちゃんや、お父さんが働いていた場所に出ると、どうしても思い出してしまうから、とても悲しくなる。さみしいし、心が苦しくなる」


 クリーの率直な感想だ。


「だけど、落ちこんでばかりいても生きてはいけないから、がんばる」


 実際、クリーは健気(けなげ)にがんばった。だから、飲みこみもはやかった。農作業の実習で教えられたことは、すぐに覚えていく。


「芯の強い娘だ」


 イグ族の住民たちは、口々に噂しあった。これほど噂になる孤児は珍しいだろう。クリーは「知略で部族を救った英雄」だったので、なにかにつけ注目を浴びていたようだ。


 ともあれ、いずれはクリーも、かつて祖父や父がそうしていたように畑を耕しながら自活していくことになるだろう。


 そして、いつの日か、祖母や母のように結婚して幸せな家庭を築く?


 しかし、今のクリーには、そこまで考える余裕が心にない。とにかく目先の「農業実習」をこなすのみだ。


 実習に汗を流し、昼休みや夕方には、スン族長の返信を確認しながら、『スンピン・ビンファ』を熱心に読み返す。


 雨の日は、基本的に農作業が休みになるので、朝から晩まで読書にふけっていた。まさに晴耕雨読の日々だった。


「天才軍師のコンミンも、若いとき、晴れた日は畑に出て、雨の日は本を読んで勉強したらしい。スン族長の手紙に書いてあった」


 たしかクリーは、だれかにそんなことを語っていた。どうやらスン族長の手紙には、いろいろと歴史の話も書かれていたようだ。


 それから数年――クリーが13歳になった翌日に事件は起きた。


 連邦軍の大軍――ヤオ特務連隊が再び奇襲をしかけてきたのだ。


「この地上からイグ族を完全に消し去ってやる」


 軍勢を指揮するヤオ委員は、高らかに宣言していた。


「降伏しても許さない」


 その笑顔は悪魔のように冷酷に見えた。


 ◆ ◆ ◆


 イグ族は、今回のヤオ特務連隊の動きについて、事前に察知していた。


『規模は3個大隊で、およそ3千人の兵力を有している』


『狙いはイグ族の皆殺しにあるらしい』


 イグ族の役所には、次から次に情報が入ってくる。情報の送り手は、アルキンたち義勇兵だった。


 義勇兵は、数名のメンバーをスパイとして連邦に送りこみ、ヤオ委員の動向に目を光らせていた。その狙いは復讐にある。


 アルキンたち義勇兵は、だれもがヤオ委員に家族全員を殺されていた。ただ殺されたのではない。小銃でハチの巣にされたうえ、銃剣でめった刺しにされている。


 若い女性はレイプされたうえで殺され、妊婦は腹を引き裂かれて胎児を引っ張り出されていた。ひどい殺され方だ。


 だから、ヤオ委員に対する憎悪は、並大抵(なみたいてい)ではない。鬼気迫(ききせま)るものがあった。


「もはや失うものはなにもない。ヤオを()れるのなら悔いはない」


 だから、アルキンたち義勇兵は、ヤオ委員に報復するチャンスをつかむため、数名のメンバーをスパイとして連邦に潜入させていた。


 おかげでヤオ特務連隊の動きも、すぐさま察知できたわけだ。


 ちなみに、アルキンたち義勇兵は、あくまでも民間の有志が集まって組織されている自警団みたいなものにすぎない。イグ族の正規軍――戦士隊とは別組織だ。


 アルキンたち義勇兵としては、正式に戦士隊に入隊し、軍事に専念したかった。しかし、戦士隊には――イグ族の政府には、多くの人員を雇うだけの資金力がない。


 だから、アルキンたち義勇兵は、ふだんは家業に精を出し、がんばって生活費や活動資金を(かせ)ぐ必要があった。スパイを送り出す費用も、自分たちでねん出した。なかなか大変だ。


「あいつらは、がんばっている。それなのに同胞として、なにもしてやれないのは恥だ」


 戦士隊の隊長は、アルキンたち義勇兵を少しでも手伝いたいと思った。だから、アルキンたち義勇兵から「軍事訓練を受けたい」との申し入れがあると、快く引き受ける。


 それだけではない。族長も協力的だった。


「精兵になりたいから、ミン族で戦闘訓練を受けたい? わかった。話をつけてやる」


 アルキンたち義勇兵は、ミン族が「武勇の種族」として有名だったので、ミン族に稽古(けいこ)をつけてもらえば格段に強くなれると考えたのだった。


 ミン族のスン族長は、クリーの件もあり、イグ族の「戦闘力」に興味があった。だから、訓練の依頼がくると、快く引き受けた。


 おかげでアルキンたち義勇兵は、ミン族の集落で訓練を受けられるようになった。定期的に交代でミン族の集落に行き、そこで「ミン族の故地に伝わる天下無敵のシャオリン拳法」を訓練してもらう。


 仲間がミン族の集落に行っている間は、残っているメンバーが(かせ)いで、仲間に仕送りする。こうやってアルキンたち義勇兵は、互いに助け合って訓練を受けた。


 その訓練は過酷であったが、アルキンたち義勇兵のだれもがよく耐えた。それを見て、スン族長も感心する。


「命もいらない。金もいらない。地位もいらない。ただ志が遂げられたなら、それでいい――。そう考える連中は強いものだな」


 ところで、アルキンたち義勇兵は、ミン族で訓練を受けているなかで、ミン族が武勇を必ずしも重んじていないことに気づく。


「情報を制すれば、天下も制しうる」


 スン族長が、あるときポツリとつぶやいた言葉だ。


 どうやらミン族は、情報に力を入れているらしい。あらかじめ敵の情報をつかんでいれば、先手を打てる。そして、先手必勝だ。だから、ミン族は強いのだ。


 アルキンたち義勇兵は、そう結論づけた。だから、自前でスパイを連邦に(もぐ)りこませ、ヤオ委員の動きを探るようにしたのだった。


 それが奏功(そうこう)して今回、ヤオ特務連隊による不意討ちを未然に防ぐことができた。


「ちっ。ナマイキなやつらだ」


 ヤオ委員は、偵察隊からイグ族の集落・チムルが守りを固めていることを知らされ、舌打ちした。


「だが、しょせんは未開の野蛮人にすぎない。ボクらの科学力の前には無力だ」


 ヤオ委員には、楽勝できる秘策があった。アウトレンジ戦法だ。


 ヤオ特務連隊は、通常よりも大きめの大砲を携行していた。それは「長射程砲」と呼ばれる新開発の大砲だった。


 今から考えれば「普通の性能の大砲」にすぎないが、当時としては「画期的な大砲」だった。これまでよりも遠くまで砲弾を飛ばすことができる。


「やつらの大砲は旧式だから、射程距離が短い。だから、ボクたちが長射程砲を使えば、やつらの射程外から砲撃できる。こうすればボクらは無傷ですむし、楽勝だろ?」


 ヤオ委員は、配下の軍人たちに自慢げに語った。


 たしかにヤオ委員の言うとおりだ。しかし、欠点もあった。


「どうやってイグ族の集落の近くまで輸送するか、それが問題です」


 軍人の1人が恐る恐る言った。


 長射程砲は、大きくて重たいので、遠征するときには分解してトラックで輸送することになる。


 しかし、イグ族の集落は、険しい山のなかにある。そこに至るまでの道は、悪路が多い。トラックを走らせるのは難しい。


 しかも、断崖沿いの道などは、重たいトラックが走れば、路肩が崩壊して転落する恐れもある。危険だらけだ。


「危ないなら、気をつけながら運べばいいじゃないか。できないと言うなら、職務怠慢だからね」


 ヤオ委員は、そう言って、まったく取り合わない。


 だから、現場の将兵たちは、長射程砲を運搬するために苦労した。とりわけ山道では、道路の状況も悪く、負傷者が続出している。


 しかし、ヤオ委員は気にしない。


「注意が足りないから、ケガをするんだよ。まったく使えない連中だ」


 こうしたヤオ委員の発言に対し、現場の将兵はムッとし、カチンとくる。しかし、文句は言えない。言えば「職務怠慢」と決めつけられ、その場で射殺されるからだ。


 最終的にヤオ特務連隊は、どうにかこうにか長射程砲の運搬をすることに成功した。イグ族の集落に近い場所――イグ族のたてこもる山城から砲撃できない場所に砲座を築き、長射程砲をすえた。


 長射程砲は、大隊1隊につき3門が配備されおり、ヤオ特務連隊は3つの大隊から編成されていたので、全部で9門となる。


 それら9門の長射程砲は、凛々(りり)しく砲座に鎮座し、イグ族の山城をにらんでいた。


「やれば、できるじゃないか」


 ヤオ委員は満足そうだ。満面の笑みを浮かべながら、完成したばかりの砲座を見てまわる。そして、本陣に戻ると、おもむろに言った。


「攻撃開始だ」


 装填手たちは大きな砲弾を台車に乗せ、そのまま砲尾から長射程砲のなかに(すべ)りこませた。砲手たちはレバーを引き、ハンドルを回すなどして、長射程砲の照準を山城に合わせる。そして、引き金を引く。


 ズドン!


 重々しい砲音が轟き、砲口から火が噴き出した。砲弾は勢いよく飛び出し、ひゅーんと空気を切り裂きながら飛んでいく。


 まもなく着弾。イグ族の山城では、大きな爆発音と共に各所で柵が吹き飛ばされた。いくつかの(やぐら)も傾いてしまう。


 もちろんイグ族もすぐさま大砲で反撃した。しかし、高いところから撃っているとはいえ、まったくヤオ特務連隊の陣地に届かない。砲弾は、なにもないところに着弾し、むなしく炸裂する。


 このように砲撃戦が始まると、双方の技術力の差が歴然とした。


 ◆ ◆ ◆


「さすがは大国――連邦だけあって強いな。よい兵器をもっている」


 戦士隊の隊長が、物陰に身を隠し、飛んでくる砲弾を避けながら、つぶやく。


「だが、今のおれたちは、昔のおれたちとは違う」


 アルキンの言葉だ。


「シェン、フイ、フェイ、ヤー!」


 アルキンが号令をかけると、義勇兵たちが十数台の台車を引っぱってきた。台車の上には、竹でつくられた長いレールが梯子(はしご)車の梯子(はしご)のような形で載せられている。


 レールは、梯子(はしご)車の梯子(はしご)と同じく、上下に角度を変えられるようになっていた。ただし左右には旋回(せんかい)しない。旋回したいときは、台車ごと方向を変えることになる。


 レールの付け根の上には、大きな鳥の模型が載せられていた。頭から尾までの長さは50センチくらい、左右に延びた翼もそれぞれ胴体から50センチくらいだ。


 胴体の下部には、4本の火薬ロケットがついている。


「用意!」


 アルキンの号令一下、義勇兵たちは台車を動かして、レールの先を敵陣のほうに向けた。それからハンドルをグルグルと回すと、レールが上向きに傾いていく。


「用意、よろしっ!」


 機械を操作していた義勇兵たちから次々と報告の声があがる。


「発射!」


 アルキンが号令をかけると、義勇兵たちが火薬ロケットの導火線に火をつけた。


 火薬ロケットが噴射する。その勢いで鳥の模型がレール上を滑走し、そのまま天に向かって飛び立った。


 数十もの鳥の模型が尾部(しり)から火を吹きながら、ヤオ特務連隊の陣地のほうへと飛んでいく。なんとも奇妙な光景だ。


 しばらくすると火薬ロケットの火も消えた。しかし、鳥の模型は風に乗って滑空し、敵陣に向かって降下していく。その線上には、ヤオ委員ご自慢の長射程砲の砲座があった。


「なんだ!?」


 ヤオ特務連隊の将兵らは、イグ族の山城から変な「鳥」が飛んでくるのを見て、思わずあっけにとられる。


「とにかく撃ち落とせ!」


 現場指揮官の命令で、将兵らが小銃を空に向け、次から次に発砲する。無数の銃弾が弾幕を張った。しかし、不慣れなのか、命中率が悪い。


 鳥の模型は、いくつか撃ち落とされたものの、大半がヤオ特務連隊の陣地内に落ちてきた。そして、着地するやいなや――。


 ドッカーン!


 すさまじい轟音(ごうおん)と共に爆発した。爆風はそうでもないが、爆炎が大きい。どうやら鳥の模型のなかには、発火性の爆薬が仕込まれているようだ。


 神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)――ミン族の技術供与を受け、アルキンたちが作成した長距離攻撃用の兵器だ。ミン族の故地で使われていた兵器らしい。


 これは、鳥の形をした小さなグライダーのなかに爆弾をつめ、4本の火薬ロケットを推進力にして飛ばすというものだ。


 オリジナルの神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)は、火薬ロケットが燃え尽きるのと同時に爆弾に点火される仕組みになっていた。しかし、ミン族による改良版では、時限装置で点火される仕組みになっている。遠いところにある目標を狙うためだ。


 鳥の模型は、火薬ロケットの火が消えても、しばらくは風に乗って飛んでいく。だから、高く飛ばし、追い風に乗せれば、それだけ遠くの目標を狙える。


 飛ばす前に目標までの距離を測定し、神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)が到達するまでにかかる時間を計算し、あらかじめ時限装置を設定しておく。すると、着地とほぼ同時に爆発し、遠距離にある目標にダメージを与えることができる。


 時限装置と言っても、仕組みは簡単だった。内部にある爆弾の導火線として、線香を利用するだけだ。線香の長さを調節し、着地する時間にあわせて線香の火が爆薬に到達するようにしておくだけでいい。


「わが軍の大砲が旧式で、射程が短くても問題ない。神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)さえあれば、どんなに敵陣が遠かろうとも、それが視界にある限り必ず攻撃できる」


 アルキンたち義勇兵は、多くの神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)を用意していたらしく、次から次にレールに載せて射出していく。


 ヤオ特務連隊の陣地では、各所で爆炎があがる。奇想天外な反撃を受けて将兵が混乱しているのか、長射程砲による砲撃も勢いが弱まってきた。


 そして、ついに――。


 ドッドーン!


 長射程砲の砲座のうち、その1つが大爆発を起こした。


 どうやら神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)の爆炎が、長射程砲の脇に置いてあった爆薬に引火したらしい。


 そうこうしているうちに、こうした爆発が各所で起きる。自慢の長射程砲も、その多くが見る見るうちに使いものにならなくされてしまった。


 ヤオ委員は切歯扼腕(せっしやくわん)して(くや)しがるが、どうしようもない。


「ひるむな! 突撃を敢行しろ!」


 ヤオ委員がそう言った瞬間、ヤオ委員のいる本陣にも数発の神火飛鴉(しぇんふいふぇいやー)が飛びこんできた。目の前にいくつもの大きな火柱が立ち、爆風がその身を襲う。


 気づいたときには、ヤオ委員は後方にある兵站基地の医務テントにいて、ベッドの上に横たわっていた。いくらか火傷(やけど)を負ったらしく、体のあちこちに痛みがある。


 しばらくは意識がもうろうとして、状況をつめなかった。しかし、そうこうしているうちに意識も鮮明になってくる。そして、秘書からの報告を受け、すべてを理解した。


(想定外の反撃によって手痛いダメージを受け、いったん後退した?)


 ヤオ委員は、全身の力がぬけ、思わず呆然(ぼうぜん)となった。しかし、すぐさま脱力感に代わり、怒りがこみあげてくる。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 ヤオ委員は、ベッドを激しく打ちすえる。しかし、八つ当たりをしたところで事態が好転するわけではない。しかも、火傷したところが痛い。


 しかし、体の痛みよりも、問題は心の痛みだった。


 ◆ ◆ ◆


 ヤオ委員は、不意をつくつもりが、かえって不意をつかれてしまった。


 だから、緒戦はイグ族の勝利に終わる。イグ族の山城では、ほうほうの(てい)で後退していくヤオ特務連隊の将兵たちをながめながら、住民たちが大喜びしていた。


「だが、長期戦を戦い抜くことはできない」


 イグ族の族長は、役場での会議において深刻そうな顔つきで言った。


 たしかに言うとおりだ。籠城軍には、基本的に外からの補給がない。だから、戦いが長引けば、いずれは武器、弾薬、食料などが底をつくだろう。


 そうなれば、戦いたくても戦えなくなる。


 しかも、ヤオ委員が不退転の決意で攻めこんできているという情報もある。これが事実なら、ヤオ特務連隊は意地でも退却しないだろう。


 こうなると、いつものような持久戦にもちこみ、敵があきらめて退却するのをまつという手は通用しない。


「だから、ミン族に援軍を依頼した。内外が呼応して連邦軍――ヤオ特務連隊に攻撃をしかければ、われらの物資が尽きる前に撃退できるだろう」


 ところが、である。


「あいつらは緒戦の勝利に酔い()れ、悠々と援軍の到来をまっているだろうな――」


 ヤオ委員は、ベッドの上でニヤニヤしている。


「――だが、援軍は来ない。やつらがそれを知って絶望する顔を思い浮かべると楽しくて仕方ない」


 負け惜しみに聞こえなくもないが、これはヤオ委員の必勝の策でもあった。


 ヤオ特務連隊は、幹線道路も、間道も、旧道も、廃道も、とにかくイグ族の集落と外部を連絡するすべての道路を事前に調べあげていた。そして、すべての道路に部隊をさしむけ、完全に封鎖する。


 通りがかる人間は、その全員が捕らわれ、その場で射殺された。もちろん間道をつたってミン族の集落へと急いでいたイグ族の使者も、連邦兵に捕らわれ、問答無用で射殺される。


 だから、ミン族はイグ族のピンチを知らない。知らないから、援軍に出ることもない。もちろん、いずれは独自の情報網でイグ族のピンチを知るだろうが、そのときにはイグ族は地上から消滅しているだろう。


「ふふん。(いき)がっていられるのも今のうちだ。やつらに使者が殺されたことを教えてやれ」


 まもなくイグ族の山城、その大手門の前に数体の死体が遺棄された。イグ族の使者たちの死体だった。


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