その2(全4回) おだやかな皇太子も、ついに断固たる決意を示す
クリーが卒倒した日。
衛生班がクリーを医務室まで搬送した。
医務室の隣室では、アルキンがクリーの家族の死について、フミト皇太子とヤマキ中将に話す。
「――そのような事情があるのであれば、軍師殿を軍事に関わらせるのは、望ましくないのではないのか?」
そう言うフミト皇太子は、悲しそうな表情をしていた。
「あのテロリストの親玉――カー博士でしたか、その者の言うことが正しければ、軍師殿はご家族を目の前で惨殺されてショックを受け、心が病気になったということであろう?」
ヤマキ中将は、心配そうに言う。
「――となると、軍事に関われば関わるほど、軍師殿はつらい過去を思い出しやすくなる。そのたびにフラッシュバックとやらが起き、場合によっては今回のように卒倒する。いったん軍務を離れ、ゆっくり静養したほうがよいのではないか?」
「お心遣い、感謝いたします――」
アルキンがうやうやしく頭を下げながら言った。
「――ですが、今は帝国存亡の秋です。私情をさしはさんでいる場合ではありません」
「たしかにアルキン大尉の言うとおりではある――」
ヤマキ中将は、かわいい孫のことを気にするおじいちゃんのような表情で言う。
「――だが、軍師殿がいくら軍師として優秀とはいえ、まだ15歳の女の子でもある。だから、軍師殿にとって現状はあまりにも酷すぎると思うのだ」
フミト皇太子も同意するようにうなずいた。
「そこまでご心配くださり、痛み入ります。しかしながら、今回のように卒倒し、ご迷惑をおかけすることもあるでしょうが、与えられた任務を成し遂げたいというのがクリー大佐の意思です。願わくば継続して軍務に従事させていただきたく存じます」
アルキンは、きっぱり言った。
「だが、アルキン大尉……」
ヤマキ中将がそれでも反対しようとすると、フミト皇太子が口をはさんだ。
「わかった。では、軍師殿には、本人が軍務につけると言う限りにおいて、軍務についてもらう」
「ですが、殿下……」
珍しく食い下がろうとするヤマキ中将。
しかし、フミト皇太子は、その発言をさえぎる。
「アルキン大尉が言うように、今は帝国にとって危急存亡の秋だ。軍師殿の知略があれば、非常に助かる。わたしたちのために働いてもらえるのなら、ぜひとも働いてもらいたい」
そう言うフミト皇太子は、これまでにない決意に満ちた目つきをしていた。
ヤマキ中将は、まだ言いたかった。が、その目つきに気づき、口をつぐむ。
フミト皇太子の発言は続いた。
「もちろん無理はさせない。治療についても配慮する。さしあたりあのカー博士は、軍師殿の病気について知っているようだから、その治療法についても知っているかもしれない。カー博士を改めて尋問したいと思う」
フミト皇太子は、アルキンにクリーの看病を任せると、ヤマキ中将をともない、カー博士を収容している地下牢に向かった。
◆ ◆ ◆
クリーの病気をめぐるフミト皇太子たちのやりとりを知るや、カー博士は呵々と大笑いした。
ここは北部辺境守備軍・司令部にある地下牢だ。その独房には、カー博士をはじめとするテロリストたちが収容されている。
「なにがおかしい!?」
ヤマキ中将は憤慨した。
「なにが、とな?」
ニヒルな笑みを浮かべるカー博士。
「――おぬしらは無知すぎる。無知すぎて、滑稽でならん。これを笑わずにおれようか」
「むむぅ……」
ヤマキ中将は、たしかにクリーの心の病気について、なにも分かっていない。だから、なにも言いかえせない。
「ご老体が言うように、わたしたちには知らないことも多い――」
フミト皇太子は、おだやかに言う。
「――だからこそ、この件に関して知っていると言うご老体に教えを請いたい」
「ほほう。己の無知ぶりを認めるか。意外に素直じゃな。じゃが、イヤじゃ。――と言えば、どうする?」
「それは困る。なんとか教えてもらえないだろうか?」
「はぁ? それで教えてもらえると思っておるのか? おまえさんは世間知らずのボンボンか?」
カー博士は、あおるような口ぶりだ。
しかし、フミト皇太子は気にしない。悩ましげにも見えないこともないが、すずしい表情をしている。
ところが、ヤマキ中将は違った。みるみる顔が赤くなっていく。
「貴様っ!」
ヤマキ中将は、すごい剣幕でカー博士の胸ぐらをグイッとつかむ。
「――たかが捕虜の分際でありながら、なにを言うか! 殿下に対して失礼であろう!」
「ふん」
カー博士は、少しも動揺を見せない。余裕綽綽といった感じでニヤニヤしている。
(やはりな。すべては想定内じゃ)
そのときフミト皇太子が、カー博士の胸ぐらをつかむヤマキ中将の腕をさりげなく押さえた。ヤマキ中将の目を見て、首を左右に軽くふる。
ヤマキ中将は、小さく「むぅ」とうなりながらも、カー博士から手を離し、引き下がった。ただし鋭い目つきでカー博士をにらんでいる。
「そういうことなら、どうすれば教えてもらえるのか、それについて教えてもらいたい」
フミト皇太子は、たんたんと言う。
「まわりくどいことを言うやつじゃ――」
カー博士は、ニヒルな笑みをたたえたまま、面倒くさそうに言う。
「――捕虜が口を割らないのであれば、四の五の言わずに拷問にかければよいのではないか? それが野蛮な封建主義者どものやり口じゃろう?」
「そうか……」
そう言うフミト皇太子は、いつになく真剣な表情だ。
「そういうことなら、仕方ないか……」
ちょっと悲しそうにも見える。
カー博士のほうは、あいかわらずニヒルな笑みを浮かべている。
――が、冷や汗が流れるのを感じていた。これから受けるであろう拷問の苦しみを思うと、ぞっとしてしまう。
だが、覚悟はできている。
「煮るなり、焼くなり、好きにするがよい。だが、わしが口を割ることはないぞ」
「そこまで決意が固いなら、どうしようもない――」
フミト皇太子は残念そうに言う。
「――とりあえず出なおしてくるよ」
「はい?」
カー博士は肩透かしをくらったようにポカンとなった。ニヒルな笑みも消え去っていく。
(いやいや、話を流れからして、ここは力ずくで自白させる場面じゃろう?)
しかし、フミト皇太子は、きびすを返し、そのまま地下牢から出て行く。
「この頑固ジジイめ!」
ヤマキ中将も、捨てゼリフのように悪態をつきながら、フミト皇太子のあとに続いた。
「……?」
カー博士は、あんぐりと口をあけたまま呆然としていた。
(うーむ……。口では部下のことが心配と言いながら、しょせんは他人事というわけか? やはり封建主義者だけあって酷薄じゃな)
カー博士としては、そう考えればしっくりくるように思えないこともない。が、なにか引っかかる。どうにも納得できない。
(かりに酷薄じゃったとして、それならば、どうしてわしを拷問にかけようとしない?)
頭のなかを疑問がかけめぐる。
(それとも、これから獄吏に拷問させるつもりか? そうか、そういうことか、汚れ役は目下の者に押しつけるか)
しかし、まてど暮らせどなにもない。
ときおり巡回の牢番が心術担当官のいる独房の前をとおりすぎていく。
しかし、やはりなにもない。心術担当官は、放置されたままだった。
そうこうしているうちに1時間がすぎ、2時間がすぎ……。
今まさに3時間がすぎようとしている。
「おい。ちょっと頼みがある――」
心術担当官は、牢番が巡回してくると呼びかけた。
「――あの皇太子に伝えてくれ。治療法を教えてやると」
しばらくするとフミト皇太子が、ヤマキ中将をともなってやってきた。
ハッとするカー博士。
(ここの獄吏は賄賂なしで頼みを聞いてくれたうえ、この皇太子はと言えばバカ正直に人の話を信じるか……。こいつらのことは、よう分からん……)
自分から頼んでおきながら、フミト皇太子の来訪は意外だったらしい。
「PTSDの治療法を教えてやる前に1つ聞きたい――」
カー博士は、ちょっと早口で言う。よほど心におちつきが失われているのだろうか。
「――このわしを拷問にもかけず、どうやって情報を聞き出すつもりじゃったのか?」
「それを考えていたところで、ご老体に呼び出されたわけだから、こればかりは答えようがない」
「ふつう捕虜が自白せぬなら、拷問するものじゃぞ。そのほうが手っ取り早いじゃろうが?」
「まあ、そんな考え方もあるかもしれないが、やはり拷問はできない」
「どうしてじゃ?」
「よりによって老人を拷問にかけるなんて虐待だ。それこそ貴国で言うところの“人権”侵害だ。こう説明すれば、わかりやすいかな?」
「老を老として敬い、幼を幼として慈しむ。わが帝国の祖法の1つだ」
ヤマキ中将が付け足すように言った。
「そういうことだ。言い方は違うかもしれないが、貴国とわが帝国との価値観には似たところがあるということだ。これで少しは理解してもらえただろうか?」
フミト皇太子は、苦笑いしながら言った。
(はぁ? わしらの先進的な価値観が、おまえらの遅れた価値観と似かよっておるじゃと? ちゃんちゃらおかしいわい)
知らず身震いするカー博士。
(じゃが、こやつが人権を大切にしようとしておるのは事実じゃ。帝政に疑念すらいだかぬ封建主義者がなぜじゃ? 理解に苦しむ)
「なにをボケっとして黙っておる――」
ヤマキ中将が難詰するように言った。
「――PTSDとやらの治療法を教えてくれるのではなかったのか?」
「ふん。せっかちじゃな。まあ、理解に苦しむが、とにかく今はいい。――とりあえずPTSDの治療法を教えてやろう。何度も当時のことを思い出していれば、そのうち心が慣れて治癒するものじゃ」
「そういうことなら、軍師殿は、これまでどおり戦いの場に身をおいたほうが、治療にはよいということになるということかな?」
「そうじゃ」
「それだけか?」
ヤマキ中将が尋問するような口ぶりで言った。
「それだけじゃ」
さらりと答えるカー博士。
ヤマキ中将としては納得しかねるようだが、黙っている。なにか思うところでもあるのだろうか。考えこんでいるようにも見えた。
「ありがとう。助かったよ」
フミト皇太子は、感謝して頭を下げた。
カー博士は、「まあ啓蒙――無知な者に知識を授けてやることも、連邦の歴史的な使命であるゆえ、気にするな」みたいなことを口にする。
しかし、それは半ば自動的に出たような言葉だった。その頭のなかでは、別の考えが暴れまわっていた。
(それにしても帝国の高位高官どもは、だれもがこのような考え方をしておるのか? それとも、こやつらだけが特殊なのか? 前例にないケースじゃ。……気になる。……知りたい!)
カー博士も、やはり学者だ。好奇心はおさえられない。わきあがる知識欲をどうしようもできない。
「ときに殿下に頼みがある」
カー博士は意を決したように口を開く。
「ん?」
「わしは殿下らのことに興味がある。わしの“罪”を赦せとは言わぬが、わしを殿下らのそばにおいてはもらえぬじゃろうか? ぜひ観察したい」
「ほほう。殿下にお仕えしたいと申すか。殊勝なことだな」
ヤマキ中将は、上から目線で感心したように言う。
「断じて違う。わしは封建主義者などには仕えぬ。ただ殿下のことを観察したいだけじゃ――」
そっけなくそう言うと、カー博士は居ずまいを改め、すがるような目でフミト皇太子を見た。
「――どうじゃろうか? 殿下らのことをスパイしたり、邪魔したりする気はない。約束する。ただ純粋に学問的な観点から、観察したいだけじゃ」
「観察したいなら、好きに観察してもらってかまわない――」
フミト皇太子は、あっさり答えた。
「――軍師殿の病気については未知なことが多い。専門家が近くにいてくれたほうが、なにかと心強い。むしろ助かる」
(自分から頼んでおきながらなんじゃが、あっさりと敵を受け入れるとは、器量がでかいのか? それともバカなのか? ますます分からんやつじゃ。おもしろい!)
カー博士は感服してしまったようだが、本人は自覚していなかった。
そんなこんなで心術担当官は、フミト皇太子のそばにいるようになった。あたかも文化人類学者が異民族のことを知るため、その異民族と一緒に生活するかのように。
そう言えば、ミン族の故地には、こんな話があるそうだ。
宋国の時代、とある人物がスパイ容疑で逮捕され、責任者である李允則の前に引っ立てられてきた。
スパイは重罪なので、逮捕されたら拷問されて当然だ。
しかし、李允則は、そんなことをせず、反対に縄をほどいてやり、手厚く接待した。
すると――。
「私は敵のスパイです」
とある人物は白状して、手に入れた情報を李允則に伝えた。
「おまえの手に入れた情報はまちがっている」
言って李允則は、すぐさま担当の役人を呼び、帳簿を調べて数字を調べ、その文書をスパイに与える。
「これに押印して、密封していただけますでしょうか」
スパイが言うと、李允則は言われたとおりにしてやった。そのうえ、さらに大金を恵んでやって釈放する。
それからしばらくすると――。
スパイがいきなり舞い戻ってきて、李允則にもらった手紙を返してきた。密封されたままで、開封された形跡もない。
しかも、スパイは、敵国の情報を李允則に伝えた。
フミト皇太子がカー博士にとった態度も、この李允則がスパイにとった態度に似ている。だから、カー博士もフミト皇太子に対して寝返るようなことになったのかもしれない。
◆ ◆ ◆
数日後、フミト皇太子の執務室。
「連邦は帝国への攻撃をやめようとせず、ついには強力な新兵器――空中戦艦まで投入してきた。しかし、わたしたちには今のところ、この空中戦艦に対抗する術がない」
フミト皇太子は、たんたんと発言した。
ヤマキ中将は深刻そうな表情をしているが、クリーとアルキンはどちらかと言えば無表情に近かった。さほど気にしていないのだろうか。
「こういう場合、軍師殿としては、どうすればよいと思うかい?」
フミト皇太子は、おだやかな表情をクリーに向けた。
「今のところ、どうすれば勝てるのかは分からないけど、どうすれば負けないですむのかは分かる。わが一族の教えにこうある――」
敵が強大なら、チームワークが悪くなるようにしむけ、さらにコミュニケーションがとれないようにさせるといい。
そうすれば、いくら陣地が堅固でも守備力はあがらない。いくら兵器が優良でも攻撃力はあがらない。いくら兵士が精鋭でも戦闘力はあがらない。
「――だから、帝国にとっても、連邦にとっても、まずは味方どうしの連携と連絡のよしあしにポイントがあると思う」
「つまり、敵が結束できなくしてしまえばよいというわけだな?」
ヤマキ中将が確認するように言う。
「そうすれば、敵の守備力も、攻撃力も、戦闘力も抑制できるから、少しは負けにくくなると、そういうことだね?」
フミト皇太子も確かめるように言った。
「はい。それもある。でも連邦は結束している」
「ん? 結束している?」
ヤマキ中将は、首をかしげながら言う。
「――連邦では“百万の大軍”が撃破されたことから、その責任をめぐって権力争いが激化したと聞いていたが……」
「恐れながら、発言しても、よろしいでしょうか?」
アルキンが口をはさんだ。
「もちろんだよ。意見があるなら、ぜひ聞かせてほしい」
フミト皇太子はアルキンに笑顔を向けた。
「ありがとうございます。――連邦の実質的な支配者は“資本家”であり、連邦の政治家はいずれも“資本家”の駒にすぎません。“資本家”さえしっかりしていれば、いくら政治家どうしがケンカしたところで、連邦の統治体制はさほど揺るぎません」
「なんと! “資本家”と言えば、商人の集まりであろう? 連邦は商人どもが政事を牛耳っておるのか?」
ヤマキ中将は「信じられない」と言わんばかりの顔つきで言った。
「そう言えば、それを連邦では“民主主義”って呼んでいるのだったかな?」
フミト皇太子も続いて言った。
「はい。さようでございます。――“資本家”の傀儡として政治を担当しているのが革命党ですが、その現党首がヤオ党首です。そのヤオ党首が強権を発動して力ずくで反対派を排除した結果、今や連邦政府はヤオ党首のもとに結束力を強めています。ですから、連携もできていますし、連絡もとりあえています」
アルキンは、ふだんから連邦のことをあれこれ調べているので、連邦の内情にそれなりに詳しい。
「それにひきかえ帝国は――」
クリーがクールに言う。
「――皇子が皇位継承をねらって策動し、皇帝がそれを制止できず、皇太子は流れに身を任せて無策という感じ。これでは政治が乱れるし、国力も衰えると思う」
ヤマキ中将はギョッとした。
(軍師殿は、若いわりには、ときとしてズケズケと言いにくいことを言う――)
心配そうな目をしてクリーを見やる。
(――言っていることにまちがいはない。だが、しかし、その内容からして皇族批判ともとらえられかねない。軍師殿の将来を思えば、非常に危うい)
しかし、フミト皇太子には、気にしたようすは見られなかった。
「さすがは軍師殿と言うべきか――」
フミト皇太子は、おだやかな表情で言う。
「――必要なときに必要な諫言をしてくれる。ありがとう。その忠心に感謝したい。わたしもそれについては、つねづね問題だと考えていた」
諫言とは、いわゆる忠告やアドバイスのことで、臣下の義務みたいなものだ。
仕える主君にまちがいがあれば、まちがいだと言って教えてやる。それが臣下としての正しいあり方だろう。
もちろん、まちがいを指摘されるほうは、おもしろくない。だから、主君のなかには、臣下から諫言されると怒りだす主君もいる。
臣下としては、主君を怒らせるだけ損だ。だから、主君に対しておべっかばかりを言うようになりやすい。たとえ主君がまちがっていても、まちがっているとは言わない。
しかし、クリーは気にせず思ったことを言うし、フミト皇太子には耳の痛い言葉を聞きいれるだけの度量があった。
(さすがは、われらが自慢の殿下である)
ヤマキ中将がそんなことを考えていると、フミト皇太子がさらに言った。
「連邦は強力な新兵器をもっているうえに結束している。それにひきかえ帝国は結束すらできていない。これでは勝ち目がない。そういうことだね?」
「はい」
「ならば、わたしは“君側の奸を除き、帝国の難を靖んずる”ことにする――」
フミト皇太子が、いつになく真面目な顔つきで、きっぱりと言う。
「――陛下のご病気をよいことに帝国の政治を牛耳り、好き勝手している者たち、つまりタケト皇子、それからイチマツ宰相と、その一派を討つ」
「なんと!?」
ヤマキ中将は、あまりにも予想外の発言に思わず耳を疑う。
(こう言っては失礼だが、あのやさしすぎる殿下が、ついにご決断されたか?)
そうであるなれば、これほどうれしいことはない。
君側の奸――タケト皇子やイチマツ宰相たちのよからぬ企みのせいで、これまでどれだけ悔しい思いをしてきたことか。
辺境に追いやられ、危険な任務を押しつけられ、困るようなことばかりをされ……。思いかえしただけでイライラしてくる。
そんな不愉快なことから、ようやく解放されるかもしれない。
「さようでありますか。ついに決起されますか」
ヤマキ中将は、感慨深そうにポツリと言う。
「わたしは君側の奸を討って、帝国の国論を一つにまとめる。帝国が一致団結して事にあたれば、勝機も見えてくるはずだ。だから協力してもらえるだろうか?」
「あまりのことにびっくり仰天いたしましたが、ついにこのときがきたかという心境であります。このヤマキ、殿下のご決断とあらば、たとえ火のなか、水のなか、どこまでも殿下にお供いたします」
そう言うヤマキ中将は生き生きとして見えた。
「ありがとう」
フミト皇太子は、ヤマキ中将に笑顔を向けた。それから、おもむろにクリーとアルキンのほうをふりむく。
「軍師殿とアルキン大尉は帝国の軍人であるとはいえ、ミン族の人間でもある――」
フミト皇太子は、おだやかな表情で、ゆるやかに言う。
「――だから、わたしに義理立てして危ない橋を渡る必要はない。断りたいなら、遠慮なく断ってほしい」
「わたしは族長から皇太后陛下の命令に従うように命じられた。皇太后陛下からは殿下を助けるように命じられている。だから、殿下についていく」
クリーは、とくだんの迷いもなく、あっさり答えた。
「自分もクリー大佐に従い、殿下のために尽力する所存であります」
アルキンも、ためらうことなく言った。
「そうか……。ありがとう――」
フミト皇太子は丁寧に頭を下げる。
「――わたしのせいで危険な目にあわせることになるが、申し訳なく思う」
「それは気にしないでほしい。大丈夫だから――」
クリーが、クールに言う。
「――前にも言ったけど、わたしがいるかぎり、殿下は死なない。死なせない」
「ああ、そう言えば、そうだったね」
フミト皇太子は、クリーがそのかわいらしい容姿にも似合わず、あまりにも自信たっぷりに言うので、思わず心がほっこりした。おのずと緊張もやわらいでくる。




