その1(全4回) チームワークをかき乱せば弱くなる
「故に善き者は、険を制し、阻を量り、三軍を敦くし、屈伸を利す。」
(そこで、うまい人は、守りやすいところをおさえ、どれだけの困難があるかを正しく把握し、全軍を充実させ、進退がスムーズにいくようにする。)
『孫臏兵法』「善者」篇より
これまで連邦は、シン帝国の北部に「百万の大軍」をさしむけたり、シン帝国の首都を空中戦艦で空襲したりなど、シン帝国に対して戦争をしかけてきた。
テロ行為だってしかけてきたが、これもりっぱな戦争行為だ。
「連邦のせいで、多くの人が殺され、多くのものが破壊された」
帝国臣民は怒っていた。
それでもシン帝国は、なぜか全力で立ち向かおうとはしない。いまだに連邦に対する宣戦布告すら出されない。
「これだけの被害を受けながら、どうして帝国政府は連邦に対して弱腰なんだ?」
「どうしてガツンと反撃しないんだ?」
帝国臣民は不満だし、不思議でならかなった。
「まあ、帝国の政治家どもときたら、私利私欲の塊みたいなものだからな」
ヤオ党首は、ほくそえむ。
「ちょっと賄賂を贈れば、たやすくなびいてくる。ちょっと仲良くしてやれば、すぐに便宜をはかってくれるようになる。しょせんは非科学的で愚かな封建主義者どもにすぎない。ちょろいものさ」
帝国の要人たち――中央にいる大臣、貴族、軍人などの多くは、連邦の賄賂やコネによって、まるめこまれていた。
たとえば、帝国の政治を牛耳っているイチマツ宰相の場合は、こうして籠絡された。それはシンプルなやり口だった。
連邦は、なにかと口実をもうけては、帝都にある連邦の大使館でパーティーを開催していた。
・連邦の記念日を祝う。
・春分、夏至、秋分、冬至など、季節の節目を祝う。
・だれかの誕生日を祝う。
もちろん、新年会、暑気払い、忘年会など定番の祝宴もある。
連邦は、こうしたパーティーを開くたび、イチマツ宰相など、帝国の要人をこまめに招待していた。
パーティーの招待客は、「まるで皇帝のように」もてなされ、チヤホヤされる。帰りぎわには手土産として、連邦特産の珍品奇貨をプレゼントされた。
何度か参加して顔なじみになってくると、「大切な友人」として親愛の情をこめて接待してもらえるようにもなる。至れり尽くせりの接待と言っていいだろう。
このようなことをされると、招待客はだれだって連邦に好意をいだくようになるものだ。
(連邦のやつらって、人のいいやつばかりだ)
こんなふうに思うようになる。
結果として、連邦の「友人」から頼まれたら、断れなくなる。気もちとして「なんとかしてやりたい」と思うようになる。
「連邦としては、帝国と戦争をしたくありません。ゆきちがいで、遠征や空襲が行われてしまったにすぎません。できれば、話し合いで解決したいのです」
連邦からこう言われると、イチマツ宰相はあっけなく納得した。だから、帝国内で「連邦、討つべし!」という強硬論が出ても、おさえつけた。
「戦争をすれば、どれだけの臣民が苦しむと思っているのか!」
イチマツ宰相は怒った。
「かるがるしく開戦を口にするものではない。あくまでも戦争を避け、話し合いで解決をはかるべきである」
かくして連邦から講和をもちかけられると、喜んで同意した。イチマツ宰相を団長とする使節団が、講和会議に出席するため、連邦に向かう。
その出発の日――。
「今はフミトをやるか、それともフミトにやられるかの大事な時期だから、連邦とやりあっている暇などない――」
タケト皇子は言う。
「――だから、うまいぐあいに講和をまとめてきてくれよ」
「このイチマツ、帝国の平和と安定のため、粉骨砕身してまいる所存です」
イチマツ宰相は、うやうやしく頭を下げながら言った。
もちろん不敬罪にならないように発言には気をつけている。皇太子と皇子の権力争いにはふれない。
イチマツ宰相たち使節団は、弾丸列車に乗りこむ。特別編成のダイヤで、帝都・ヒラニプルから海港都市・ゴトーに入ると、そこから船で連邦に渡った。船は数日で連邦の海港都市・エイハイに到着する。
海港都市・エイハイの郊外には、連邦軍の基地があり、5本の繋留塔が立っていた。そのうちの3本には、それぞれ空中戦艦が1隻ずつ繋留されている。
使節団は、その基地に案内され、空中戦艦の威容を目のあたりにして驚いた。
「あんな大きなものが、どうして空に浮いているのか!?」
もちろん軍事機密だから、教えてもらえない。
「空中戦艦はトップシークレットに指定されており、本来なら他国の方々に公開できないのですが――」
連邦軍の将校がおもむろに言った。
「――しかし、ヤオ党首のほうから、使節団のみなさまは連邦の友人であられるので、特別扱いをするように申しつけられております。特別にご乗艦いただけますが、いかがいたしますか?」
「ぜひとも、お願いしたい」
イチマツ宰相は、まるで子どもがはしゃぐように興奮して言った。
この空中戦艦が帝都を空襲し、多くの同胞を死傷させ、多くの建物を損壊させたことを忘れたのだろうか。使節団にいる他のメンバーも同じように喜んでいる。
なんとも能天気な一団である。
(われらに軍事機密を見せてくださるとは、ヤオ党首のわれらに対する友情は本物だ)
イチマツ宰相は、お人よしにも、そのように思った。だが、ヤオ党首の思わくは、もちろん別にある。
「シン帝国の野蛮人どもに、わが連邦の最先端科学を見せつけ、連邦にはかなわないと思わせてやれ」
そんなヤオ党首の思わくをよそに、無邪気にはしゃぐ使節団の一行。
3隻の空中戦艦に分乗して、そのブリッジにしつらえられた特別席に座り、ワクワクしながら出発のときをまつ。
出発の合図らしき鐘の音がカンカンと鳴り渡る。
ブリッジにいた乗組員たちが複数のレバーを操作したり、計器を指さし点検したりなど、せわしく動きはじめた。
ほどなく軽快なエンジン音も聞こえてきた。
空中戦艦は、ゆっくりと繋留塔を離れ、上昇をはじめる。
「おおっ!」
使節団の面々が一様に感嘆の声をあげた。
ブリッジの窓からは、眼下に海港都市・ハイエイの街並み全体を見下ろすことができる。まるで人がアリのように小さい。
水平線の向こうには、シン帝国とおぼしき陸地もうっすらと見えた。
「高度は1千メートルに到達しました――」
空中艦隊の提督が笑顔で説明した。まだ若い人物だが、おちついて見える。
「――詳細な数字は申し上げられませんが、通常の蒸気機関車レベルのスピードで飛行していきます」
空中戦艦は、いつの間にか前進をはじめていた。
「快適な空の旅をさせろ」
このようにヤオ党首から命じられていたので、空中戦艦は高度を高くしなかった。高度が高くなれば、酸欠で気分が悪くなる心配があるからだ。
「不快な思いをすれば、それだけ空中戦艦の魅力が低下する。ブラフとしての効果も弱くなる。やつらには“空中戦艦ってスゴイよ”って宣伝してもらわないといけないからな。ふふふ」
空中戦艦は、そのまま夕暮れまで飛行を続け、中継基地の1つに着いた。詳細な場所については「軍事機密」なので不明だ。
使節団は、そこで空中戦艦から降りる。豪華なディナーのもてなしを受けてから、そのまま特別仕様の寝台列車に乗せられた。その行き先は、もちろん連邦の首都だ。
列車にゆられて数日後。
首都にある中央駅では、ヤオ党首がみずから出迎えにきてくれていた。大統領や首相など、連邦の要人たちもつき従っている。まさに国をあげての大々的な出迎えであった。
(やつらをもちあげ、いい気にさせて、いいようにコントロールしてやる)
それがヤオ党首も思わくだったが、イチマツ宰相たちがそれに気づくわけもない。
「おお!」
イチマツ宰相は、ヤオ党首の姿を見つけるや驚く。
「宰相閣下、ご無沙汰しております。数年前、帝都でお会いして以来ですね」
ヤオ党首は、フレンドリーな口ぶりで言った。
「いやはや、まさか一国の最高実力者であられるヤオ党首殿が、じきじきに出迎えてくださるとは夢にも思っておりませんでした。恐縮の至りです」
イチマツ宰相も親しげな笑顔で言った。
「なにを言われますか。宰相閣下は、大事な友人ですし、わが連邦にとりまして重要な人物でもありますから、これくらい当然ではありませんか」
ヤオ党首は、人好きのするような笑顔を見せた。
「ご厚意に感謝いたします」
イチマツ宰相は、思わず感動し、知らず頭を下げた。
ヤオ党首は、ニヤリとしたように見えたが、だれも気づいていない。
使節団は、その夜、盛大なパーティーでもてなされた。講和会議のほうは、翌日の昼から開催される。その席上でのこと――。
「これはオフレコ扱いにしていただきたいのですが――」
ヤオ党首が、会議の途中でいきなり言った。
「――貴国の皇太子からは、とんだ恥をかかされたことがありましてね。まあ、政治家である以上は私情を政治にもちこむべきではないと分かっているのですが、やはりボクも人間ですから。やりかえしたい気持ちもありました」
「やりかえしたい……? 報復、ですか?」
「ええ、まあ、俗な言い方をすればですね」
ヤオ党首は、苦笑いしながら肩をすくめて見せた。
「となりますと、今回の攻撃の原因は、つまりわが皇太子にあると?」
神妙な面持ちで言うイチマツ宰相。
「いえ、まあ、ボクが私怨で動いたとなると、政治家として恥ずかしいですので、これくらいにしておきましょう。せっかく帝国から気のおけない友人が来てくださったので、ちょっとグチりたかったのですよ――」
そう笑顔で語るヤオ党首は、いつのまにやらフミト皇太子に戦争の責任を転嫁していた。
そもそも先に「百万の大軍」を動員し、戦争をしかけてきたのは連邦だ。
しかし、ヤオ党首の話術がたくみなので、イチマツ宰相たちはだれも反論しない。反論に値する内容であることにすら気づけない。
むしろ「皇太子のせいで、話がややこしくなったのか」と思いこんでいるようだ。だれもが申し訳なさそうな顔をしている。
ヤオ党首にしてみればシメシメだが、そんなそぶりは少しも見せない。
「――ともあれ、わが国としては、貴国との友好関係を今後とも維持したいと考えています」
「それは、わが帝国とても同じこと。連邦との友好関係を維持したい」
「おお!」
ヤオ党首は、感激して見せる。
「やはり宰相閣下は、ボクと気があいます。ともに歩んでいける。ともに平和な国際社会を実現できる。まさに同志ですよ」
「そんな大げさな……」
そう言うイチマツ宰相は、まんざらでもない表情をしている。
「大げさではありませんよ。なによりも平和を望むイチマツ宰相が、帝国のリーダーとなっていただければ、ボクとしても安心なのですが……」
「な、なにを……」
イチマツ宰相の顔が思わずひきつる。
ここでヤオ党首の言葉に同意すれば、「イチマツ宰相は、みずから皇帝になろうという野心をもっている」と見なされ、反逆罪で粛清されかねない。危険だ。
「おっと、出すぎた発言でした。申し訳ありません」
ヤオ党首は、あわてて謝罪した。
「わが帝国は、皇帝陛下がおられるこそ、これまで繁栄してまいりましたし、これからも繁栄してまいるのです」
キッとした表情でイチマツ宰相は言った。
「宰相閣下が高い才能をお持ちでありながら、帝国では十分に報われているようには思えず、友人として残念に思うあまりの発言でありました。軽率でした。お許しください」
改めて頭を下げるヤオ党首。
「いやいや、ヤオ党首殿の友情には感謝しております。わが国の帝政を否定するつもりはないことも、今の発言をいただき、理解いたしました。どうぞ頭をあげてください」
「ありがとうございます」
かくして講和会議は、友好的な雰囲気ですすんでいった。
それから3日後、講和会議の最終日。
「ところで、宰相閣下は、立憲君主制という政治制度をご存知ですか?」
会議のあいま、ヤオ党首は雑談するように言った。
「りっけんくんしゅせい……? 恥ずかしながら、承知しておりません。どのようなものですかな?」
「皇帝や国王は、君臨するけれども、統治はしない、という政治制度です」
「つまり?」
「皇帝や国王は、もちろん国のトップなのですが、政治のことは臣下たちに任せます。臣下たちは、みんなで会議して、国の政治を行います。この政治制度のもとでは、皇帝や国王による独裁はありえませんので、優秀な臣下が政治の場で思うぞんぶんに才能を発揮することができます」
「ほう」
イチマツ宰相は、興味深そうに目を輝かせている。
「興味がおありですか?」
「そのような政体であれば、皇帝陛下の元首としての地位も保たれますので、わが帝国にもなじみやすいかもしれません」
「それでしたら、資料をおゆずりしましょうか?」
「おお! それはありがたい。ぜひ勉強させていただきたい」
かくしてイチマツ宰相は、帰国時に立憲君主制に関する詳細なレポートを受け取った。
(立憲君主制は、皇帝陛下の存在を否定するものではないので、必ずしも不敬罪にあたらないだろう――)
イチマツ宰相の頭のなかには、とある「くわだて」が芽ばえていた。
(――しかも、だれが皇帝になろうとも、実際の政治は臣下が行うのであるから、優秀な臣下が活躍できる。フミトが皇帝になろうが、タケトが皇帝になろうが、しょせん“お飾り”なので関係ない。わたくしのような優秀な人間が事実上のトップになれる)
そう思うと、イチマツ宰相は、思わず顔がニヤけてしまう。
「ひとつ策を思いつきました――」
イチマツ宰相は、帝国の南部を経由して帰国するや、すぐさまタケト皇子に立憲君主制を説明する。講和会議の結果など、そっちのけといった感じだった。
「つまり、おれに皇位継承権がなくとも、おれが事実上のトップになれるというわけか?」
タケト皇子が少しキョトンとしたようすで言った。
「さようでございます。立憲君主制をしけば、すぐれた人材がトップに立てますので、だれが皇帝になろうが関係ありません」
「なるほどな。そうなれば、フミトが皇太子でも関係ない。ちょうど今、父上――陛下はご病気であり、政治が難しい状態にある。それを口実にして、立憲君主制をとるとの勅命を出すのもよいかもしれんな」
「はい。帝国のためにも、すぐれた人材による政治が求められますゆえ」
「では、さっそく立憲君主制を導入するため、必要なことを研究しろ」
「かしこまりました」
イチマツ宰相は、すぐさま密かに学者を集め、立憲君主制の導入について研究するように命じた。
いっぽうヤオ党首は、スパイを通じて、こういった動きを知り、ほくそえむ。
「これでシン帝国の政治は、さらに混乱していくだろう」
政治が混乱しきったところで攻めこめば、たやすく勝てる。
これがヤオ党首のたくらみだった。




