その3(全3回) 今のところ打つ手がない
空中戦艦による帝都空襲の報せを受けたとき、北部辺境守備軍の幹部たちは最初、だれもが耳を疑った。
「そんな空想小説のような話があるはずない」
しかし、帝都から次々と伝わってくる続報が、空中戦艦の話は夢物語ではないことを雄弁にものがたる。否定したくても、否定できない。
それに、よくよく考えれば、連邦に空中戦艦が存在する可能性については、すでに情報をつかんでいた。
「連邦では、制空権を手にするため、空中戦艦を建造しておる」
捕虜にしたテロリストのリーダーは、こう言っていた。
「あの話は本当だったのか……。となると、帝国にとって、とんでもない脅威が出現したことになる」
フミト皇太子は、たんたんと感想を述べるように言った。とくだんの驚きも感じられなければ、恐れも感じられない。
あえて動揺を隠そうとしているのだろうか。非常時にリーダーが動揺すれば、他のみんなにも動揺が伝わってしまう。みんなが動揺すれば、危機に対処できなくなるものだ。
「まったくであります」
そう言うヤマキ中将は、キツネにつままれたような表情をしていた。
帝都からの報せでは、帝国軍がいくら砲撃や銃撃を加えても、空中戦艦はびくともしなかったと伝えられている。
「ふつうに攻撃しても太刀打ちできないなんて、まいったな――」
フミト皇太子は、苦笑いしながら言う。
「――ときに軍師殿は、これについて、どう思う?」
「強敵だと思う」
ちなみに、このときクリーは、西部での「3賊=海賊・馬賊・山賊」の討伐が終わって、北部に帰還したばかりだった。
「軍師殿の一族に伝わる教えには、こんな場合の対策などもあるのではないか?」
ヤマキ中将が期待のまなざしをクリーに向ける。
「強敵を撃破する教えとして“略甲”がある。しかし、すでに失われてしまっているので、よく分からない」
クリーは、クールに答えた。
「そうか……」
ちょっとガックリするヤマキ中将。その動きは好々爺そのもので、こういうときに不謹慎な言い方だが、その場の緊張をある程度なごませてくれる。
「それとは別に“兵力が上なら囲み、兵力が同じなら戦い、兵力が下なら逃げる”という教えがある――」
クリーが言っているのは、『孫臏兵法』ではなく、『孫子』の兵法にある教えのようだ。そのことを本人が知っているのかどうかは不明だが。
「――だから、もし敵と対等に戦えるようになりたいなら、敵と同じ兵力をもつ必要がある。そのためにも、まずは空中戦艦について知る必要があると思う」
「うむ。まあ、それは道理だな」
ヤマキ中将がうなずきながら言う。
「わたしたちは、これまで“空中戦艦”のことを現実味がないとして、知ろうとしなさすぎたところがある。テロリストの尋問を改めて行う必要があるね」
「こうなりますと、中央がテロリストの処理について、なにも返事をくれなかったことが幸運に思えますな」
北部辺境守備軍は、取り調べの結果、テロリストの正体が連邦の人間であると判明すると、どのように対処すべきかについて、中央に問い合わせていた。
しかし、例によって中央からの返事は来ないままだった。わずらわしい問題をそのままにさせて、北部辺境守備軍を困らせようとしたのだろう。
それが今回、幸いしたかたちだ。空中戦艦について知る手がかりになる。
「というわけだから、頼む」
フミト皇太子は、憲兵隊長に笑顔を向ける。
「はっ」
憲兵隊長は、さっと敬礼して答えた。
しかしながら、改めてテロリストを尋問してみたものの、空中戦艦のことを知っているのは、占い師の老人――テロリストのリーダーだけだった。
「連邦科学院の情報セキュリティーは万全じゃからな――」
老人はたんたんと語る。
その老人は、名をカー・シュエシェンと言い、テロリストたちからは「博士」と呼ばれていた。
「――同じ建物のなかにいても、隣の部門でなにをやっているのか、まず分からん」
ここは北部辺境守備軍の地下牢。逮捕したテロリストたちを収容している。
フミト皇太子は、じかに話を聞くため、地下牢に足をはこんでいた。ヤマキ中将、クリー、アルキンも同行している。
「その割には、貴様は空中戦艦のことを知っていたではないか」
ヤマキ中将が、詰問するように言った。
「隣室におれば、それなりに話が聞こえてくるもんじゃ」
「隣室……?」
「だから何度も言ったじゃろうが。わしの正体は、心術担当官じゃと」
「は?」
ヤマキ中将は、カー博士がなにを言いたいのか、イマイチ分からなかった。
「つまりは、ご老体は連邦科学院にいたということか?」
フミト皇太子が、おだやかに問うた。
「そうじゃ」
カー博士によると、連邦科学院には催眠術などの心理戦について研究する部門である「心理部門」があり、そこで勤務している研究者が「心術担当官」だそうだ。
その事務室と研究室は、空中戦艦の建造を担当した「技術部門」の隣にあったらしい。
「情報セキュリティーうんぬんと言う割には、情報がダダもれとは、ずぼらだな」
ヤマキ中将がイヤミを言うと、カー博士はキッとなって言う。
「ふん。現在、技術部門が防音設備を研究中じゃ。それも帝国の野蛮人どもが思いつかないほどリッパなものをな。隣室の声が聞こえなくなるのも時間の問題じゃて」
「だが、今は情報がダダもれであることには変わりあるまい」
「なんじゃと」
だんだん話が、おかしな方向に脱線していく。
「ところで、ご老体にうかがいたい。空中戦艦とは、どのようなものなのか?」
フミト皇太子が話をさえぎるようにして言った。
「まあ、空中戦艦が姿を見せたということは、威嚇の段階に入ったということじゃから、特別に教えてやるわい――」
カー博士は気をとりなおして言う。
「――知れば、おまえらも怖くなって、戦意を失うじゃろうからな。連邦の戦略目的の達成に貢献できるというもんじゃ。ふふふ」
と、ドヤ顔で言う割には、カー博士は大した情報をもっていなかった。
「――話をまとめると、“空中戦艦は、特殊なガスを使って浮かびあがり、高度3千メートルを時速80キロで飛行し、敵地にのりこんで空襲する”ということでいいかな?」
フミト皇太子が確認した。
「そうじゃ。恐れ入ったか。かっ、かっ、かっ」
カー博士は、まるで鬼の首でもとったかのようにうれしそうに笑う。
そんなカー博士をよそ目に、フミト皇太子はクリーのほうを見た。
「軍師殿は、なにか聞きたいことはあるかな?」
「えっと……。ない」
「なんと!?」
いきなりカー博士が目を丸くして言った。
「侍女殿かと思いきや、軍師とな!?」
「……」
「おい貴様、れっきとした軍人を侍女よばわりとは失礼であろう――」
ヤマキ中将がなじるように言う。
「――そもそも軍服を着ておるのだから、その時点で軍人であることくらい分かるというものであろう。それとも本気で侍女だと思いこんでおったのか? となれば、とんだ勘違い野郎だということになる」
しかし、カー博士は、ヤマキ中将の言うことなど無視して、興味津々にクリーのことを見ていた。
「イグ族でありながら、その若さにして軍師となれば、年ごろからして、もしや“チムルの魔女”か?」
言われてクリーは、ピクッと身震いし、少し息苦しそうになる。
「貴様と言うやつは、かえすがえすとんだ勘違い野郎であるな。軍師殿は、ミン族の出身だ」
「は? もしかしてイグ族に会ったことがないのか?」
カー博士は、クリーから目をそらさず、あきれたような口ぶりで言う。
「――軍人のくせにして見聞が狭いな。この顔だちは、どう見てもイグ族のものではないか。どうかな? 侍女殿、……もとい軍師殿?」
クリーは黙っている。
顔が引きつり、青ざめ、冷や汗もにじんできている。
「大丈夫かい?」
フミト皇太子は、クリーの異変に気づき、心配そうに言った。
「どうした!? 調子でも悪いのか!?」
ヤマキ中将は、まるで病気になったわが子に対するような感じで問いかける。
しかし、クリーからの返事はない。うつろな目をしたクリーは、その場に立ちすくんだままで、ますます息づかいが荒くなっていく。
「失礼いたします」
アルキンは、フミト皇太子に一礼するや、クリーを連れ出そうとする。
「ほう、軍師殿は、PTSDか?」
カー博士は、珍しいものでも見るかのような目つきで言った。
PTSDとは、たとえば災害などに巻きこまれて、心に強いショックを受けると、ふいに災害のことを思いだし、まるで今、災害にあっているかのように感じて苦しくなり、気が動転したりする症状のことだ。心的外傷後ストレス障害とも言う。
「まあ、あれだけの惨事だったのじゃから、PTSDになるのも無理ないか」
カー博士は、訳知り顔でつぶやきながら、クリーを見ている。
アルキンに支えられながら立ち去ろうとしていたクリーだったが、いきなり唸り、頭をかかえ、その場にうずくまった。ガクガクと全身が震えている。
そして、苦しそうに悶えながら、なにやら意味不明の言葉をつぶやいたかと思うと、そのまま卒倒した。
全文訳『孫ピン兵法』略甲
完全武装の兵士を攻略する方法としては、敵兵が方陣~無~
~これを攻撃したくても、その勢いとしてできないとします。その場合は、これを~下し~
~これを~するには階級章を使い~狂ったように戦いたがっているとします。その場合は、布陣を少なくし~
~反~その場合には、まず一般の兵士を使って攻撃し、それから精鋭を使って奇襲し、必ず~しよう~
~精鋭を使って奇襲し、必ず~
~左右からの側面攻撃をすることで互いに走ります。これを「畟釣撃」と言います~
~の気は心にしまわれ、全軍の兵士は~これに従~すを知~
~将軍は(その)軍を分けることでその~を修め、人手や兵士が少しで人民~
~威~その困難を~は、将軍の~です。その兵隊を分け、その~を乱し~
~布陣は鼓舞されません。ですから、死は~せず~
~これを遠くに引き出し、敵はやる気をなくすことで~遠~
~治~その将軍を孤立させ、その心を動揺させ~撃~
~その将軍が勇ましく、その兵士が多く~
~あちら~兵士を多くするのは、将軍の~
~兵士の道理~




