その2(全3回) 連邦科学院のもつ科学技術は革命的だ
連邦科学院は、あらゆることを科学的に解明することを目的にした組織だ。旧ハン王国にあった王立アカデミーの流れをくんでいる。
「人類を正しく導いてくれるのは、神ではない。科学的に証明された真理こそが、人類を正しい方向へと導く」
そういう信念をもって、研究者たちは研究にいそしんでいた。それが連邦科学院という組織だった。
その研究施設の1つで爆発事故が起きたのは、今から十数年前の話だ。
「強力な装甲を破壊するため、強酸が役立つかどうかの試験をしていたとき、その事件は起きた」
関係者は、のちに語っている。
「金属製の防具は、たやすく貫通できない。そういう防具を敵が装備していたなら、戦うときに厄介だ。そこで強酸を使って金属製の防具を融かして弱めることができないかと考え、その実験は行われていた」
研究施設の一室で、研究者たちが金属製の盾に強酸を大量にかけてみた。強酸と金属が反応して、もくもくと白い煙がのぼる。
今では「金属に強酸をかければ、反応して水素が発生する」ことは、学校の授業でも習うので多くの人が知っている。だが、これは当時まだ知られていない知識であった。
水素ガスが室内に充満していく。しかし、だれも気づかない。
まもなく、だれかがアルコールランプに火をつけようとして、マッチをこすった。その瞬間、水素ガスに引火して、大爆発が起きた。
「なにが起きたのか!?」
すさまじい爆発力を目の当たりにした科学者たちは、これが兵器に応用できるのではないかと考え、すぐさま研究をはじめた。
かくして水素が発見され、それを袋に入れると袋が宙に浮くことも分かった。
「ということは、水素を使えば、われら人類は空を飛べるのではないか?」
「これまで空は、神の領域だとされていた。しかし、水素を使うことで、われらは神の領域にふみいることができる」
「水素を入れた風船をたくさん用意して、船にとりつけ、空を飛ぶ船――飛行船をつくろう。人類は神をこえるのだ」
かくして数年をつぎこんで、飛行船が開発された。もちろん国家機密に指定されたので、飛行船が一般に知られることはなかった。
そして、飛行船を兵器として利用するために建造されたのが空中戦艦だった。
「水素の存在と、その製法について知っているのは、連邦だけだ。水素を独占すれば、空を独占することができ、他国に対して圧倒的な優位に立てる」
空中戦艦が完成したとき、ヤオ党首はうれしそうに言った。ヤオ党首は、連邦の政治をとりしきっている革命党の党首であり、連邦の事実上の支配者だ。クレイジーな人物として有名でもある。
空中戦艦の「進空式」に先立ち、ヤオ党首は数人の側近をひきつれ、空中戦艦を建造する工場に足をはこんだ。
連邦科学院の技術担当官と、戦術担当官の2名がつきそい、ヤオ党首たちを案内する。
空中戦艦の工場は、巨大な格納庫だった。広大な空間のなか、大きな葉巻型のものが3つもデーンと並んでいた。空中戦艦だ。
「おおーっ!」
「スゴイッ!」
思わず驚きの声がもれる。
「こうして実際に見てみると、設計図で見てイメージしていたものよりも大きく感じるな。思わず威圧される。ふふふ」
ヤオ党首は、見上げながら満足そうに言った。側近たちも同意するようにうなずく。
「全長は130メートル、直径は18メートルとなります」
技術担当官が言う。
「艦体ですが、唐檜という木材で骨格を組み、防火のためにニスを塗っております。その骨格の上に木綿の布を貼り、防水のためにドープを塗っております。その内部に、水素を充填した気嚢をいくつもつめこみ、それが浮力となって艦を宙に浮かせます」
空中戦艦は、飛行船の分類で言えば、硬式飛行船にあたるようだ。
「たしか時速80キロで飛べるのだったよな?」
「はい。ご覧のとおり、艦体の左右には、その前後に一対ずつの内燃機関があり、プロペラがついています。これが動力となり、最大でおよそ時速80キロでの飛行を可能とします。なお、内燃機関の馬力は、いずれも250馬力となります」
「ふむ。内燃機関の馬力としては革命的なものはないが、やはり流線型の艦形が高速につながっているわけか?」
「はい。さらに艦尾についております上下2対の垂直尾翼と、左右2対の水平尾翼が、空中戦艦の操作性を高めております。これまでにないものですから、こちらは革命的なものであると自負しております」
「そうか」
ヤオ党首は、満足そうにうなずく。
「では、艦橋をご案内します」
艦体の下部には、前後にゴンドラがついていた。そこが空中戦艦のブリッジになる。ゴンドラには、前後それぞれに砲座もついており、小口径の大砲がすえつけられていた。
なお前が航行用、後が戦闘用という使い分けがなされているらしい。
ヤオ党首たちは、まず前のゴンドラに入る。
室内は舵輪や、いくつかのレバーや伝声管、それに気圧計や高度計などの計器がいくつかあるくらいで、さっぱりしていた。意外に広く感じる。
「この艦には、高度4000メートルまで上昇する性能があります――」
技術担当官が説明する。
「――しかしながら、上空に行けば行くほど、気圧も下がりますし、気温も低くなります。ところが、気圧の低下に対処するための技術がまだ開発されておりませんので、上昇できるのは高度2000メートルから、3000メートルあたりまでが限界となります」
「限界があるのか?」
ヤオ党首は、ちょっと不満げな顔つきになる。
「はい。申し訳ございません。気圧の低下が搭乗員の健康に害を及ぼしますので、あまり高く飛ぶわけにはいきません。ただし、気温の低下に関しましては、窓にはガラスをはめ、室内には暖炉をそなえつけておりますので、十分に対処できます」
「しかし、限界があるのはよくない。できるだけ早く技術を開発しろ」
「はい。かしこまりました」
それから一行は、後のゴンドラに移動した。
前後のゴンドラは、艦体内部にある小さな連絡通路でつながっている。なお連絡通路の両脇には、搭乗員のための仮眠場所などもあった。
後のゴンドラの大きさは、前のゴンドラと同じだ。しかし、窓が少なく、室内には多くの計器やスイッチが所狭しと並んでいる。窮屈な印象を受ける。
「こちらでは、砲撃や射撃の指揮をとります」
戦術担当官が説明する。
「現在、空中戦艦はどの国も保有しておりません。また、どの国にも空を攻撃するための兵器がありません。したがいまして、空中戦艦があれば、どこの制空権もわれらが独占できます。安全なところから好きなように敵を攻撃できます」
「地上から砲撃や銃撃をうけたら、どうなる?」
「われわれの実験では、現在の銃砲の性能では、銃砲弾は高度1500メートルから、2000メートルくらいまでしか届きません。さらに命中率も1パーセントに満ちません」
「つまり、十分な高度をとり、そこから爆撃すれば無敵というわけか?」
「はい」
「それは頼もしい! だれもが空中戦艦に対して手も足も出せない。空中戦艦が空に浮かんでいるだけで脅威になるな?」
「はい。空中戦艦を見れば、だれもが度肝をぬかれ、恐れおののくでありましょう」
「うむ。考えただけでも痛快だな」
ヤオ党首は、にこやかだ。
「そこで空中戦艦をもって帝国本土を爆撃すれば、帝国の士気を大きく損なうことができます。なお、今回の作戦では、空中戦艦3隻それぞれに500キロ爆弾4発、50キロ爆弾50発、10キロ焼夷弾100発を搭載して、帝国の首都を奇襲します」
それらの爆弾は、前後のゴンドラの間にある多くのフックに引っかけられて運搬されるらしい。ゴンドラ内のスイッチを押せば、ロックが解除され、爆弾が投下されるカラクリになっているとのことだった。
「ん? それだと1隻あたりの爆弾搭載量が6トンに満たないのではないか? たしか最大積載量は10トンではなかったか?」
「カタログ上のスペックは、そのようになっております」
技術担当官が答えた。
「今回は処女飛行であるため、航行性能を向上させるため、軽めに設定した次第です。事前の説明が不十分であり、まことに申し訳ございません」
戦術担当官は恐縮し、ヤオ党首に頭を下げた。
「そうか。では、次回からは満載でいくわけだな?」
「はい。今回のデータ次第となりますが、その予定であります」
数日後の夜、空中戦艦の「進空式」が、盛大かつ極秘裏にとり行われた。機密保持のため、式典は闇夜を選んで開催された。
3隻の空中戦艦は、それぞれ数台のトラックに牽引されて、格納庫から出てきた。いくつものライトが、その巨体を照らす。
「その威容を前にして、参加者の多くが言葉を失った」
のちの歴史書は、このときの参加者のようすをこのように伝えている。
空中戦艦はロープで広場に繋留された。それから艦内にある多くの気嚢に対して、水素の充填もはじまる。
まもなくすると、エンジンが大きな爆発音をあげて始動した。エンジンはすぐに安定し、リズミカルな音を発するようになる。
「発進っ!」
司会進行役のヤオ党首が、誇らしげに言うと、空中戦艦をつなぐロープがはずされた。
空中戦艦の巨体がゆっくりと空に浮かびあがっていく。
「「「おおっ」」」
感動の声が会場に広がった。
空中戦艦の艦体下部には、すでに多くの爆弾や焼夷弾が装備されていた。このままシン帝国を爆撃にいくのだろうか。
空中戦艦3隻は、艦首を東に向け、真っ暗な空のかなたへと消えていった。




