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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第10話 兵情篇=兵士は矢、将軍は弓、君主は射手
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その1(全1回) 皇帝は病にふせっている

()(へい)(じょう)()らんと(ほっ)すれば、弩矢(どし)その(ほう)なり。()(そつ)なり。()(しょう)なり。(はっ)する(もの)(しゅ)なり。」


(もし軍隊のありようについて知りたいなら、弓矢で考えるとよい。敵に向かい飛んでいく矢は兵士で、その矢を飛ばすのが将軍で、そのねらいを定めて射るのが君主だ。)


孫臏兵法(そんぴんへいほう)』「兵情(へいじょう)」篇より


 ハナ皇姫が幼かったころ、フミト皇太子と、タケト皇子の仲はよかった気がする。2人の兄から、よく遊んでもらったことを今でも鮮明に覚えている。


 そのころのことを思い出すと、楽しい気持ちになれる。


 でも、物心ついたころには、すでに兄弟の仲は疎遠になっていた。


 キッカケは、分からない。


 ただ現皇帝、すなわち、3人(皇太子、皇子、皇姫)の父が病床(びょうしょう)()せるようになってから、兄弟仲が悪くなっていったように思う。


「いったい、なにが、どうなったのよ!?」


 ハナ皇姫には、よく分からない。よく分からないから、もどかしいし、イライラする。


 ただ、そのころから政府では、イチマツ宰相の発言権が強くなってきたらしい。


 イチマツ宰相が、タケト皇子の不満をあおり、フミト皇太子との仲を悪くさせたのであろうことは、分かっている。でも証拠がない。


 ただ、このまま兄弟仲が悪いままで、しかも、奸臣(かんしん)がのさばったままでは、帝国が衰退してしまう。皇族の一人として、見すごせない!


「こうなったら、直談判(じかだんぱん)するしかないわ」


 ハナ皇姫は、思いついたら即行動するタイプだった。熱血漢だった。


「帝国の歴史をふりかえってみますと、女帝もいました。ですが、女子(おなご)が政治向きのことに口を出すのは感心しませんよ」


 おばあさまは、そう言った。


 だけど、このまま放っておいても、自然とよくなるわけではない。


 現状を変えるため、だれかが行動を起こさないと。


 それなら皇族のあたしが、2人の妹であるあたしが……。


「やるしかない!」


 ハナ皇姫は、宮殿をおとずれ、そのまま奥御殿(おくごてん)に向かう。


 宮殿には、表御殿(おもてごてん)奥御殿(おくごてん)があった。表御殿(おもてごてん)は、大きく、宰相や大臣などが出勤して、政治を行う場だ。


 いっぽう奥御殿(おくごてん)は、こじんまりとしていて、皇帝の私生活の場だった。宮殿内の静かな森林の中にある。木漏(こも)()心地(ここち)よく、鳥の声が美しい。


 ハナ皇姫は、皇帝の寝所に通された。寝所とは、いわゆるベッドルームだ。ベッドには皇帝が横たわっており、そばには侍医(じい)がひかえていた。


 皇帝は、ベッドの上から、くぼんだ目を皇姫に向ける。


「皇帝陛下におかれましては、ご機嫌うる――」


 ハナ皇姫のあいさつが終わらないうちに、皇帝がひしゃがれたような声を出す。


「話があるそうだな」


「はい」


「申してみよ」


「お兄様がたのことで、陛下にご相談がございます」


「なにか?」


「あたしの友人が、こんなことを申しました。兵士は矢であり、将軍は弓であり、君主は射手である、と」


「うむ」


「矢が貧弱であれば、使いものになりません。たとえ(まと)に当たっても、ポキッと折れてしまいます。やはり矢が頑強(がんきょう)であってこそ、的を貫けるというものです。これと同じように兵士も、頑強であってこそ、敵を貫き、帝国を守ることができます」


「うむ」


「しかし、いくら矢が頑強でも、弓がダメであれば、矢に勢いがつきません。やはり弓がすぐれていてこそ、勢いよく矢を飛ばせるというものです。これと同じように将軍も、すぐれていてこそ、兵士を勢いよく戦わせ、帝国にあだなすものにダメージを与えられます」


「うむ」


「しかし、いくら矢が頑強で、弓がすぐれていても、射手のねらいがおかしければ、弓を引き、矢を射ったとしても、的をはずします。これと同じように君主も、その目ざすところがおかしければ、その政治が的はずれなものになってしまいます」


「うむ」


「ですから、陛下におかれましては、しっかりと帝国の行く末を見定め、兄弟の不仲をおさめていただきたいのです。これは射手である陛下にしかできないことなのでございます」


「うむ。わかった」


 そう言われて、ハナ皇姫の顔が明るくなる。


「よきに、はからえ」


「え?」


 ハナ皇姫は、意味がわからなかった。


(よきにはからえって、おまえが自分でなんとかしろってこと? 勝手にしろってこと?)


「余は眠い。もう終わりにするぞ」


 皇帝がそう言って目をとじた。


 ハナ皇姫は、呆然(ぼうぜん)となり、脱力感に襲われた。


「姫様、申し訳ございませんが……」


 侍医が悩ましいような顔で、上目づかいにハナ皇姫を見つめる。


「……はい。陛下に(さち)多からんことを」


 ハナ皇姫は、深々と頭を下げると、退室した。


 心は無力感に襲われ、全身の力がもれてぬけていくようだ。心がモヤモヤするし、足どりが重い。


 そのまま、まるで夢遊病者のように、ふわふわと渡り廊下を歩き、表御殿に入ったところで、イチマツ宰相に出くわした。


 イチマツ宰相は、うやうやしく深々と頭を下げる。


 ハナ皇姫は、イチマツ宰相を見ただけで、心に憎悪感、嫌悪感がわいてきた。しかも、そのお辞儀があまりにも大げさすぎるように見えたので、さらに不快にもなる。


慇懃無礼(いんぎんぶれい)とは、このことね)


「姫様におかれましては、ご機嫌うるわしゅうございます」


「うるわしそうに見えるの?」


「いやはや、これは手厳(てきび)しゅうございますね――」


 イチマツ宰相は、ハンカチで冷や汗をぬぐう。


「――しかしながら、お言葉ではございますが、こいねがわくば姫様におかれましては、あまり陛下にご心労をおかけになられませんように希望いたします」


「どういう意味かしら?」


「はい。言葉どおりの意味でございます」


「父上に――陛下に近づくなと言いたいわけ?」


「いえ。そのようなことはございません。わたくしめは、ただただ陛下のお体のことが心配でならないのでございます」


「だったら、余計な画策なんてやめてよ」


「と、申しますと?」


「兄弟の仲をさくようなことは、やめてって言ってるのよ!」


 ハナ皇姫は、イチマツ宰相をにらみつける。知らず目がうるんでいる。


「タケトお兄様をあおって、フミトお兄様と仲たがいさせるようなマネは、あたしが許さないんだから」


 すると、イチマツ宰相は、大げさに驚く。そして、ハナ皇姫の足もとにひれふす。


「姫様、これは異なことを申されます。わたくしめは小心者の小者(こもの)でございます。そのような大それたマネなど、できようはずがございません」


 イチマツ宰相は、土下座して、頭を床にするつける。


「それに第一、わたくしめのような愚物が、(おそ)れおおくも皇太子さま、皇子さまをほんろうするなど、できようはずなどございません」


 イチマツ宰相は、土下座したまま動かない。


「くっ、もういいわよっ!」


 ハナ皇姫は、吐き捨てるように言い、足早に立ち去っていった。


 イチマツ宰相は、ハナ皇姫の足音が聞こえなくなってから、おもむろに立ち上がる。


 ひざについた汚れを軽く手ではたいた。


「じゃじゃ馬が――。いずれ調教してやらんとな」


 イチマツ宰相は、いまいましそうに独りごちた。


 それから数日後。


 ハナ皇姫は、おしのびで、北に向かう武器商人に同行する。


 北部辺境守備軍司令官・フミト皇太子のもとを目ざして。


全文訳『孫ピン兵法』兵情


 孫子は言いました。

 もし軍事の実情を知りたいなら、弩矢を例にして考えるのがその方法です。 矢は、兵士です。弩は、将軍です。ねらいを定めて発射するのは、君主です。

 矢は、先頭に金属がつき、後尾に羽がついているので、強くて、よく飛んでいきます。(兵士も)先鋒が重厚で、後衛が軽快なので、整然として、命令どおりに動かせます。現在、兵士の管理はと言いますと、後衛が重厚で、先鋒が軽快になっています。そんな兵士を布陣させるとテキパキと動けますが、そんな兵士を敵に向かわせると命令どおりに動きません。兵士の管理が、矢を手本とできていません。

 弩は、将軍です。弩に付いている弓の張りや弩の中心にある棒がきちんとしておらず、一方が強かったり、一方が弱かったりして、調和していなければ、矢を飛ばすたびに矢が違った方向に飛んでいくようになります。矢の軽さと重さの配分がちょうどよく、矢の先頭と後尾のつくりが適切でも、やはり(マトに)命中しないようなものです。~将軍が不和に心を配り~でき~やはり敵に勝たないようなものです。

 矢の軽さと重さの配分がちょうどよく、矢の先頭と後尾のつくりが適切であって、弩についている弓の張りがきちんとしており、矢をまっすぐに飛ばせても、ねらいを定めて発射する人が下手なら、やはりマトに命中しません。

 兵士の軽快と重厚の配分がちょうどよく、先鋒と後衛のつくりが適切であって、将軍はただ~において~

 ~兵~やはり敵に勝ちません。ですから、こう言われるのです。弩の中心軸が以上の4つ条件にかなっていれば、

軍隊は功績をあげ~

 ~将軍であり、兵士であり、~です。ですから、こう言われるのです。軍隊が敵に勝つのは、弩がマトに命中するのと違いがありません。以上が軍隊の道理です。


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