その3(全3回) 難攻不落の要塞でも、たやすく突破できることがある
ターレン街道に日が昇る。ほのかに明るくなってきた。
空気は澄みわたり、視界も悪くない。今日も晴れそうだ。小鳥たちも歌いだし、のどかな雰囲気がただよっている。
そんな穏やかな環境にありながら、ターレン街道を見下ろす難攻不落のターレン要塞は緊張につつまれていた。敵――フミト皇太子たちの騎兵隊が向かってきていたからだ。
要塞の偵察兵たちは、要塞の周辺にいくつも設置されている見張台や監視所、sそれに街道のどこそこに出張り、周囲に警戒の目を光らせていた。
夜はあけたけれど、いくつものサーチライトが点灯されたままになっている。
まもなく多数の騎馬が地面を蹴りつける音が聞こえてきた。空気を震わせ、大地を揺らす。それほど力強い音だった。
「来た!」
偵察兵たちは思わず震撼する。
森林地帯のなかを山から平地に向かって延びる街道の先に土煙が濛々と舞いあがっていた。多数の騎馬が疾走している証拠だ。
「敵襲っ! 信号弾っ!」
隊長が叫ぶ。
偵察兵のひとりが空に向けて発砲する。
朝の静寂を打ち破るように銃声が響きわたった。
銃弾は上空で炸裂する。遠くまでよく聞こえる大きな破裂音を出し、遠くからもよく見える赤い煙をまきちらした。敵の襲来を示す合図だ。
赤い煙は風に乗って流れ、広がっていく。
そうこうしているうちに地上では、土煙の中に1000騎を超える騎兵の集団が現れた。 隊列は乱れていて、秩序がない。
大地を蹴る蹄の音に続いて、金属のぶつかりあうような音も聞こえてきた。それは軍刀どうしがぶつかりある音だった。
連邦の騎兵と、帝国の騎兵が入り乱れていて、互いに軍刀で切りあいを展開しながら、馬を駆っている。
一方が切りかかれば、他方が軍刀をふってはじき返す。
力量は互角なようだ。ちょっとの油断が身の危険をまねくだろう。
騎兵の一団は、猛スピードで偵察兵たちの前を、駆け抜けていった。
「友軍ありっ! 信号弾っ!」
偵察兵のひとりが信号弾を撃ち上げる。今度は緑の煙だった。
その頃、敵襲の知らせを受け、ターレン要塞は緊張につつまれていた。
「砲座手、撃ち方、用意っ!」
砲座では、砲手たちが砲弾をつめ、ハンドルを回して大砲を動かし、街道の先に照準を合わせる。
「銃座手、撃ち方、用意っ!」
銃座では、守備兵たちが銃や小銃に弾丸をこめ、すぐさま構えて街道の先に狙いを定める。
砲座も、銃座も、準備万端だ。命令があれば、すぐさま撃てる。砲弾と銃弾が雨あられのように敵の頭上に降りそそぎ、大きなダメージを与えられるだろう。
要塞司令官は、司令室のイスにゆったりと腰かけ、瞑目していた。
楽勝だと思って落ちついているのか。それとも司令官として落ちついた素振りを見せているのか。その辺はよく分からないが、とにかく悠然と構えている。
まもなく続報が入った。
「友軍ありっ! 現在、帝国軍と交戦しつつ、こちらに向かっております!」
「!?」
要塞司令官は、イスから立ちがあると、望遠鏡を手にとった。
ツカツカと歩いていき、小窓から外を見ながら、望遠鏡をのぞく。
あと十数分の距離のところに、1千以上の騎兵の一団が見えた。
連邦の騎兵と、帝国の騎兵が、絶妙な剣技で軍刀をぶつけあいながら、疾走している。
「すでに射程圏内です。いかがいたしますか?」
副官は焦っていた。
「いかがするもなにも、この状態で発砲すれば友軍も巻きこむだろう!」
要塞司令官は忌々しそうに言う。
「――とりあえず待機しろ。どうするかについては、追って指示する」
しかし、のんびりと考えている余裕はない。敵はすでに目と鼻の先にいるのだ。のんびりと考えていたら、なにもしないうちに目の前を駆け抜けていくだろう。
(どうする? 友軍を犠牲にするか?)
(できるわけがない!)
(だが、このままでは逃がしかねない。よいのか?)
要塞司令官は自問自答しつつも迷う。
現状では、ターレン要塞の力を発揮できない。
友軍の活躍を猛烈な銃砲撃によって支援したいが、今回ほど友軍が邪魔だと思ったことはない。
そうこうしているうちに騎兵の集団は、ついにバリゲードのところまで到着した。
次から次にバリゲードを飛び越え、駆け抜けていく。
「とにかく友軍の健闘に期待するしかない!」
それが要塞司令官の答えだった。
「こちらからも応援を出せ!」
テキパキと指示を出す。
「取り急ぎ、騎兵隊を出陣させろ」
ターレン要塞の正門が重そうに軋みながら開き、百騎ほどの騎兵が応援部隊として猛烈な勢いで駆け出していく。
このとき混戦中の騎兵たちは、すでにターレン街道の山道を頂上に近いところまで駆けあがっていた。まもなく見えなくなる。
応援部隊は、馬を駆り、追いかけていく。山道を駆けあがり、そして、駆けくだっているところで、騎兵の一団が見えた。
「ん?」
おかしい。
さっきまで、あれだけ激しく切りあっていたのに、今は馬を並べて走っているように見える。
まあ、しかし、よく分からないことを気にしても仕方がない。
とにかく今は、友軍に追いつき、応援することが優先だ。
追いつけば、いくらでも確認できる。
応援部隊の馬は元気だ。先行の騎兵たちに対して、じわじわと距離をつめていく。
ようやく追いつきそうになるが――。
油断していた。
応援部隊の周辺で大きな爆発が起きる。応援部隊のうち少なくない人数が爆発に巻きこまれ、吹き飛ばされた。強烈な爆風にあおられ、馬が転倒して落馬した兵士もいる。
応援部隊は、いつの間にかロジン砦の射程圏内に入っており、ロジン砦からの砲撃を受けたのだった。
砲撃は続く。応援部隊の前後左右に着弾し、激しい爆発が起こる。そのせいで応援部隊の騎兵たちは、次から次に吹き飛ばされていった。
直撃弾を受けた騎兵などは、一瞬にして肉片となる。
(これ以上の追撃は、全滅の危険すらある)
応援部隊の隊長は、あわてて「退却っ!」の支持を出す。
隊長が馬首をめぐらすと、応援部隊の全員も次から次に馬を反転させた。
そのままターレン要塞方面に逃げていく。
いっぽう先を行く騎兵の一団は、ロジン砦の前方を通過したところで、ようやくスピードを落とした。
馬たちも、息づかいが荒い。かなり疲れている。あれだけ走れば、あたりまえだろう。むしろここまで走れたのが不思議なくらいだ。
連邦の軍服を着た兵士と、帝国の軍服を着た兵士はと言うと、互いに刀剣をおさめ、笑顔で話していた。
自分の乗馬をなでながら、「よくがんばったな」など言っている兵士もいる。
だれもが充実感、達成感にあふれている感じに見えた。
「いやぁ、見事にうまくいったねぇ」
笑顔で言うフミト皇太子は、連邦軍兵士の軍服をまとっていた。
「はい。うまくいって、よかった」
そいうクリーも、連邦軍兵士の軍服姿だ。ただし身の丈にあうサイズのものがなかったのだろう。その華奢な体よりも軍服が大きく、少しだぼっとして見える。
アルキンはと言うと、いつもの帝国軍兵士の軍服を着ていた。クリー轡を並べている。さっきまではクリーと軍刀をぶつけあっていた。
「連邦の兵士と、帝国の兵士が入り混じっていれば、ターレン要塞もわれらを砲撃も、銃撃もできない。そんなことをしたら、友軍も巻き添えになるからね」
「撃ってくる心配もあったけど、アルキンの言うとおりだった」
「はじめに断わっておくが、これはクリー大佐の功績だ。胸をはっていい――」
アルキンは、クリーにほほ笑みかけながら、さとすように言う。
「――収容区で連邦の将兵らと関わっているうち、あいつらも戦友を大切にする漢だと分かった。わたしのしたことは、それを報告しただけだ。それだけにすぎない」
「そうだよ。軍師殿、きみの手柄だ」
言われてクリーは赤くなる。
クリーは敵の要塞を突破するため、あらかじめフミト皇太子に「変服詐敵」を提案していた。これは敵の軍服を着て、敵の目をあざむくというものだ。
ミン族の故地には、こんな話があるらしい。
かつて達奚武は、敵陣の偵察を命じられたとき、敵軍の軍服に着替えた。3人の部下も着替えさせる。
それから騎馬にまたがり、巡回をしている兵士のふりをして敵陣に潜入した。
敵はだれ一人として達奚武たちが敵だとは思わない。むしろ友軍の兵士だと本気で思った。
達奚武たちは、巡回担当者らしく兵士の違法行為を摘発しながら敵陣をつぶさに見てまわる。
かくして多くの情報を得て、難なく偵察の任務を終えた。
「この手を使えば、敵の要塞を無傷で突破できると思う」
クリーは、連邦に行くことになったとき、フミト皇太子に言った。
もし逃げ帰ることになれば、ターレン要塞の前を通過するのは難しい。
だからと言って回り道をすれば、そもそも携行できる武器や兵糧には限りがあるので、途中で力尽きることになりかねない。捕虜になる可能性も高く、危険だ。
帝国に生還するためにも、やはり最短距離となるターレン街道を通りたい。ならば、邪魔なターレン要塞にどう対処すればよいか?
「友軍のうち半数に連邦兵の軍服を着せ、帝国兵との斬りあいを演じさせながら馬を走らせるといいと思う。連邦兵と帝国兵が近づきあっている状態なら、連邦軍は戦友を殺すわけにはいかないから、砲撃や銃撃を控えるはず」
「たしかに名案だね。だけど、連邦軍は目的のためなら手段を選ばないとも聞いている。友軍を平気で撃ち殺したりしないかな?」
「失礼ながら申し上げます――」
アルキンが横から口をはさむ。
「――先の大戦で捕虜となった連邦兵たちと付き合って分かったのですが、連中も戦友を大切に思っています。ですから、かりに上官から砲撃や射撃を命じても、本気では撃たないはずです」
異世界での話になるが、実際、敵と味方が入り乱れて戦っていれば、敵も味方もそこに砲撃を加えることをためらうようになる。
たとえば、味方が陸上にいるとき、敵が海上にいて、上陸しようとしているとする。このとき、どうすればよいか?
第二次世界大戦のとき、「砂漠のキツネ」とも言われた知将・ロンメルは、敵の上陸を阻止するため、水際作戦を主張している。
上陸しようとしている敵は、陣形が乱れているので、いつもより弱い。だから、味方としては、ここで戦えば勝てやすくなる。
そこで、海岸に沿って陣地を築き、敵が上陸しようとしてきたら、海岸で戦えばよい。これが水際作戦だ。
これは『孫子』で言われている教えでもある。
かつて本土決戦を計画した日本軍も、硫黄島や沖縄での戦いにおいて敵のアメリカ軍を大いに苦しめた縦深防御の戦い方をやめ、水際作戦の採用を決めている。
アメリカ軍は強力な艦砲射撃能力をもっている。しかし、海岸沿いで敵と味方が入り乱れて戦っていれば、さすがのアメリカ軍も艦砲射撃ができない。
このようにプロの軍人たちが判断しているように、敵と味方が入り乱れていれば、敵も味方もそこに砲撃できなくなる。
だから、帝国兵と連邦兵が入り乱れて戦っていれば、ターレン要塞だって――。
「つまり、手を抜くと?」
フミト皇太子が確認するように言った。
「さようであります」
「なるほどね。そういう状態なら、こちらが全速力で駆け抜ければ、敵前を突破するのも難しくないかもな」
「はい。そう思う」
かくしてフミト皇太子は、連邦に行くにあたり、連邦軍の軍服500着を密かに用意させた。それを500人の兵士に配り、目立たないように携行させる。
普通なら敵軍の装備品を手に入れるのは簡単ではない。しかし、北部辺境守備軍は「100万の大軍」を退けたとき、連邦軍の軍服も数多く戦利品として手に入れていた。だから、敵軍の軍服でも簡単に調達できた。
最悪の事態を想定して備えるのが、危機管理の基本だ。
もちろん孫子の兵法も、その流れを汲む孫臏の兵法も、危機管理の知恵であるという点で共通している。
だから、『孫臏兵法』を学んでいるクリーにとって、最悪の事態を想定して事前に備えるのは「あたりまえのこと」だった。
おかげでフミト皇太子たちは、窮地に追いこまれても困らずに済んだわけだ。
こうして無事にターレン要塞を突破したフミト皇太子たちは、休息をとるため、そのままロジン砦に入った。
変装して目的を達するという戦法は、兵法の定石だが、それが今回もうまくいったわけだ。
全部訳『孫ピン兵法』地葆
孫子は言いました。
およそ土地の道理としては、見晴らせる場所が「表」となり、見晴らせない場所が「裏」となります。まっすぐな場所が「主」となり、くねった場所が「従」となります。地理の主従についてわかれば、布陣するときに迷わずにすみます。まっすぐなところは、補給しやすいので有利ですが、くねったところは、補給しにくいので不利です。
およそ戦場では、日当たりが大切です。風が吹きそうなときは、その風向きを見落としてはいけません。
河を渡るとき、高所にいる敵を攻めるとき、下流から上流を攻めるとき、死地にいるとき、林のなかの敵を攻めるとき、そういったときは動きが制約されます。この5つの場合には、いずれも勝てません。
南向きの山は、布陣すると有利になる山です。東向きの山は、布陣すると不利になる山です。東に流れる水は、よい水です。北に流れる水は、悪い水です。よどんだ水は、悪い水です。
優位に立つのに役立つ5つの土地を言いますと、高い山は低い山より有利になります。低い山は高い丘より有利なります。高い丘は低い丘より有利になります。低い丘は平地よりも有利になります。
優位に立つのに役立つ5つの植物を言いますと、藩[柵の材料になる植物]、棘[マキビシの材料になる植物]、椐[棍棒の材料になる植物]、茅[わらぶき屋根の材料になる植物]、莎[薬の材料になる植物]です。
土壌の優劣は、青土より黄土が優れ、黄土より黒土が優れ、黒土より赤土が優れ、赤土より白土が優れ、白土より青土が優れています。
不利になる5つの土地を言いますと、渓流、河川、沼の多い土地、塩分の多い土地です。(訳者注:原文には、5つの土地と言いながら、4つの土地しか記されていません。)
死においやる5つの土地を言いますと、くぼんだ場所、険しい場所、草木のおいしげった場所、谷間の狭い場所、低い場所です。それらは死においやる土地であり、駐屯してはいけませんし、~してはいけません。
春夏には(雪解けや雨で増水するので)低地を避けます。秋冬には(環境が厳しくなるので)高地を避けます。
軍隊や陣地は、(世の中には右利きの人が多く、右腕に武器をもって戦うことから、敵が右腕を使いやすい位置にくると不利になるので)敵の前に出たり、敵の右に出たりしてはいけません。敵の右に向かっても、敵の左に向かってはいけません。
地葆 二百




