その4(全5回) 残念ながら、ラエン司令官は醜態をさらす
翌日、新聞各社は、連邦の各地で号外を配布した。
紙面にはヤオ党首とフミト皇太子が握手している写真がデカデカと印刷され、こんな記事が書かれている。
『敵国の名将フミト司令官が、ヤオ党首に捕虜を引き渡した。ヤオ党首は、捕虜の無事を喜び、騎士道精神にのっとり、敵将フミトに対して、丁重に謝した。ヤオ党首は、“捕虜にされた兵士諸君は、最後まで逃げずに奮闘し、連邦のために苦労されたのだから、みなが英雄である”と語った』
その日の夕方、その記事を目にしたフミト皇太子は、ヤオ党首のもちあげぶりがあまりにも大げさなので、思わずプッと吹きだした。
「ともあれ、これで捕虜たちも安心だな。捕虜を“英雄”として大々的に報じた以上、処罰したくてもできないからね」
その夜、フミト皇太子は、副官としてクリーを伴い、警護役としてアルキンを従え、祝宴に参加した。
百人隊は領主館を警戒し、警護に当たっている。騎兵隊は待機中――となっているが、実際には連邦に気取られないように細心の注意をはらいながら別任務に就いていた。
領主館の大広間は、百人くらいは余裕で収容できるほどの広さがあった。壁という壁には、黄金の彫刻が施されており、まばゆい。天井につるされたシャンデリアは、クリスタルのような輝きだ。
ヤオ党首は、人気取りのため、この機会を利用しようとしたのか、新聞記者だけでなく、多くの要人たちも招待していた。連邦の紳士・淑女たちが集まり、式場には優雅な雰囲気が漂っている。
フミト皇太子は、ヤオ党首から次から次に要人たち――大統領、首相、大臣、官僚、将官を紹介されていた。
クリーとアルキンは、その近くにいて黙って眺めている。
「連邦の大統領は、帝国の皇帝みたいなものだ。いわゆる国家元首だな」
アルキンは、小声でクリーに説明していた。
「連邦で一番エライ人ってこと?」
「制度上ではな。だが、実際は違う。一番エライのは、革命党のヤオ党首だ」
そう言ってヤオ党首を一瞥するアルキンの目には、なぜか憎しみのようなものが宿っていた。
隣にいるクリーも、心なしかキッとした目つきでヤオ党首を睨んでいるように見える。
しかし、気のせいだろう。次の瞬間には2人とも平静な表情に戻っていた。
「連邦は革命党による一党独裁だ。選挙権も革命党員にしか与えられていない。だから、革命党のトップが、事実上の連邦のトップとなる」
「だったら、あのヤオ党首が連邦の政治を動かしている?」
「形のうえではそうなるが、実はややこしい。裏には資本家がいて、金の力で革命党をあやつっているとも言われている」
「それなら資本家が一番エライ?」
「よろしいですかな?」
横合いから声がかかった。みると人好きのしそうな好々爺がグラスを手にして立っている。
「これは首相閣下ではありませんか!?」
アルキンはさっと敬礼して言う。
「――われらのような下々の者にまで、お声をかけていただき恐悦至極であります」
隣にいたクリーも丁寧に敬礼する。
「堅苦しいことを言われますな――」
言って首相は、かかかと笑う。
「――貴国と違って、わが連邦は自由で、平等で、友愛に満ちた国です。立場に上下はあっても、身分に上下はないのですよ。どうぞフランクに話しましょう」
「恐縮であります。自分は大尉のアルキン・カイグルと申します。こちらは自分の直属の上官であるクリー・ミン大佐であります――」
アルキンは首相にそう説明すると、クリーのほうに目をやる。
「――大佐、こちらは連邦の首相閣下であり、帝国で言うなら宰相にあたられる高貴な方であられます。連邦の行政を担っておられます」
「これまた大げさに紹介してくださいましたな、アルキン大尉。――しかしながら、帝国にも異民族の将校がおられたとは驚きです。それに失礼ですが、大佐にしては若すぎますな。貴族の血統ですかな?」
「えっと、……違う。ただの“平民”」
クリーは片言の連邦語で応えた。
「これは驚きました。異民族の平民でありながら、若くして将校になれるとは、帝国も意外と自由で平等なのかもしれませんな」
そのとき下品な大声が聞こえた。式場は一気に静まりかえり、だれもが大声のしたほうに注目する。
見ると、式典に参加していたラエン司令官が、酔っぱらってくだをまいていた。
最初のうちはしおらしくしていたみたいだが、酒をあびるように飲んでいるうちに地が出て態度が豹変していったらしい。
「なんだとっ!」
「おれは英雄だぞっ!」
「なめるなよっ!」
そんな暴言を吐きながら、まわりにからんでいる。
政府の高官たちは、ドン引きしていた。
新聞記者たちは、おもしろそうに見ている。熱心にメモをとっている者もいた。
(これを報道すれば、新聞社に圧力をかけてくる忌々しいヤオ党首に恥をかかせられるぞ。やったぜ)
そんなことを思っている。
(なんということだ! とんだ恥さらしじゃないか!)
ヤオ党首は、心の中で舌打ちした。
(新聞記者どもは、このことをおもしろおかしく書きたてるだろう。ボクの人気が下がっちゃうじゃないか!)
そして、思う。
(くそぅ! まんまと帝国のやつらにはめられたっ!)
それは逆恨みだと思うけど、本人はそうは思わない。思えない。
ふと見ると、フミト皇太子も、クリーとアルキンも、いつの間にかいなくなっていた。その部屋まで探しにいってみると、もぬけの空だった。
「やっぱり、最初からボクをダマす気だったんだなっ!」
ヤオ党首は地団駄を踏んで悔しがる。
「――生きて帰れると思うなよっ!」
ヤオ党首は、近くの駐屯地に伝令を走らせ、フミト皇太子の一行を逮捕するように命じた。「生死を問わない」とも付け加えていた。




