第20話 ここから先は『本気』
「賭けの内容は、とてもカンタンです。
僕を信じるか、信じないか。
――どちらに賭けますか?」
灼熱の大地。
僕は、地面につっぷして身動き一つ取れない赤洛を見下ろして言った。
「お前は……あん時のクソガキ!
ここはどこじゃ!
はやくワシをさっきの場所へ戻さんかい!
ワシはあいつを、殺さなきゃならん!」
赤洛が血走った目で僕を睨みつけ、吠える。
全長2メートルを超える筋骨隆々の化け物。
そんな赤洛の咆哮にはすさまじい迫力がある。
成人男性でさえ、ちびってしまうかもしれない。
だが、そんな咆哮を喰らっても、
僕の心は少しも動じることはなかった。
「ここは見ての通り、地獄です。
四六時中、餓鬼が襲いかかってくる物騒な場所ではありますが、今は僕がいるので大丈夫です。
――ほら、言ってる側から」
視線の先、岩陰から現れた6匹の餓鬼が、ヨダレを垂らしながらこちらへ猛ダッシュで向かってくる。
僕は右手をかざし、
無詠唱で『火球』を放つ。
――ドドドドドドォォォンッ!!
餓鬼たちは悲鳴を上げる間もなく、
一瞬で消し炭となった。
「とまぁ、こんな感じです。
次に、さっきの場所へ戻してほしいとのことですが、残念ながらそれはできかねます。
自殺の後押しなんてしたくないので」
「おどれの気持ちなんて関係ねぇ!
ワシは2人の仇をとらんとあかんのじゃ!
もう逃げるわけにはいかんのじゃ!」
赤洛が地を這うように身悶えする。
彼の目には、悲痛な怒りと憎悪が渦巻いていた。
目の前で父と母を人間に奪われてから、
彼は人間への根源的な恐怖を抱き、
ただひたすらに逃げ続けてきた。
それでも、愛する真衣と梨香の仇を討つためなら、その恐怖すらも乗り越えようというのだ。
それはまぁ良いことなのだろうが、
今は冷静になるべきだ。
「それなら尚のこと、今は逃げるべきです。
その状態で戻っても、
また返り討ちに遭うだけですよ」
「じゃかあしいわ!
そんなの、やってみんと分からんやろが!」
(……ちょっとムカついてきたな)
こいつ、ぜんぜん現実が見えていない。
怒りと憎悪のせいで、前のめりになりすぎている。
自分と敵との圧倒的な実力差を測れていない。
――まるで、今までの僕みたいだ。
和風ファンタジーのことになると、
我を忘れて後先考えずに突っ込んでいく。
現実のシビアさを知らず、
ゲーム感覚で理想だけを追い求めていた、
愚かなガキ。
それが、僕。
この感情はきっと、同族嫌悪だ。
「やってみないと分からない?
じゃあ、お望み通りやってあげます」
そう言うと僕は、
――ヌギヌギ。
パンツ以外のすべての服を脱いで、
お祭り男状態になった。
「は、え……?」
困惑する赤洛。
「よし!」
そしてそのまま、
――ドスッ!!
地面に這いつくばる赤洛の顔面に、
思いっきり蹴りを入れる。
「グアァァァァァァァアッ!」
闘気もちゃんと込めたので、
容赦のないダメージが入る。
巨躯の鬼が、情けない悲鳴を上げた。
鼻血が吹き出し、赤洛の顔面が鮮血で染まる。
――ドゴッ! バキッ! グシャッ!
蹴りをいれる度に、鮮血が飛び散る。
こうなることを見越して、
僕はあらかじめ服を脱いでおいたのだ。
旅館に戻った時、ママンに「どうして血まみれなの!」と問い詰められる心配もない。
我ながら完璧なリスク管理だ。
よって僕は、遠慮せずに蹴り続ける。
――ドゴッ! バキッ! グシャッ!
「グァ、やめ……ごふっ!」
(もう十分かな?)
僕は容赦なく赤洛の髪の毛を掴み、
無理やり顔を上げさせた。
「どうです、分かりましたか?
今のあなたは4歳児にすら勝てない。
そんな状態でよく仇打ちなんて言えますね」
「おどれ……クソ……ガキめ!」
「それに、あなたは重要なことを忘れています。
あなたがあの場に戻って殺されたら、
――次は、菊千代ちゃんですよ」
「――!」
その言葉に、赤洛の動きがピタリと止まる。
彼の脳裏に、最悪の未来がよぎったのだ。
自分が殺された後、たった1人残された菊千代があの異常な男たちに捕まり、拷問の末に殺される。
そんな、絶望的な未来。
自分に残された、最後の家族。
――菊千代だけは、絶対に守る。
ようやく熱が引き、静かになった赤洛を見て、僕は服を着直した。
「では、そろそろ賭けの本題に入りましょう。
あなたには2つの選択肢があります。
1つ目は、娘と2人でどこか遠い場所へ逃げて、
ふたたび大切なものを奪われる恐怖に怯えながら、
これまでと変わらない生活を送る。
2つ目は、僕といっしょに地獄で修行を積み、
これ以上何も奪われないための力を手にいれる。
そのために、僕を信じて僕と契約を結ぶ。
どちらを選んでもいいです。
好きな方に賭けてください」
選択を突きつけられ、赤洛は顔をしかめた。
「なんやそれ……ワシを脅しとるんか?」
「はい、脅しています」
僕は即答で、はっきりと肯定した。
赤洛は驚いて目をカッと見開く。
あまりの正直っぷりに呆気にとられた。
だが、すぐに気を取り直すと、
「はっ、これだから人間は!
人間はいつだって自分たちのことしか考えねぇ!
平気で他者を脅し、騙し、奪うことができる!
だから信用ならねぇんだ!」
憎しみのこもった目で僕を睨む。
人間たちが、鬼の仲間たちを奪った。
人間たちが、愛する妻を、義妹を奪った。
この少年だって、同じ人間だ。
何を考えているかは分からないが、どうせ俺たちから何かを奪うために近寄ってきたに違いない。
人間はみんな、信用ならない。
赤洛はそう叫んだ。
信用できる人間だって、
たしかに存在することを、
彼はすでに知っているはずなのに。
「そうですよ?
それの何が悪いんですか?
僕は、僕のために!
あなたを脅しています!」
僕も負けじと言い返した。
知らず知らずのうちに、
口調が荒くなっていく。
「はっ、話にならねぇ!
おどれにはぜったい!
賭けたりなんかし――」
「僕は、僕と少しでも関わった人々や妖怪が悲しんでいる姿をこれっぽちも見たくないんだよ!
悲しいのはフィクションだけでいいんだよ!
なんなんだよこの気持ちは!
人がせっかく楽しんでたのに、最悪だよ!」
僕は生まれて初めて、
柄にもなく大声をあげた。
僕は意外と、打たれ弱い。
自分でも驚くくらいに。
まさか、出会ってまだ1日も経っていない、しかも僕を崖から突き落として殺そうとした人の死で、あんなにも動揺するなんて。
クラスのJKが殺されそうになった時もそうだったが、僕は知り合いの死にとても敏感なようだ。
僕自身の痛みや命の危機には、
まったく何も感じないくせに。
僕は僕が思っている以上に、
他人のことを気にかけている。
今日、そのことに初めて気がついた。
……いや、目を背けていただけなのかもしれない。
思えば、前世に取り残してきたもの。
数少ない友達だったり、お母さんだったり。
僕は彼らのことを、
意識的に考えないようにしていた。
もしかしたら、彼らは僕が死んだことを今でも悲しんでいるかもしれない。そう考えると、すごく、すごく悲しい気持ちになった。
悲しい気持ちになったけど、
この世界に生まれてしまった以上、
どうすることもできない。
僕はあの世界にはもう、戻れないのだ。
だから僕は、前世から目を背けた。
悲しみから逃げるために、狂った和風ファンタジーオタクとして、この世界をゲームのように楽しもうとしていたんだ。
「いいか、よく聞け!」
「ぐふっ」
僕は赤洛の首根っこを掴んで、引き寄せた。
「お前が人間不信なのはこの際どうでもいい!
お前は僕と出会ってしまった!
つまり、お前には幸せになる義務があるんだよ!
もちろん、菊千代ちゃんもな!」
「ぐ……おどれ、ワガママすぎるぞ」
「ワガママでけっこう!
それで、どうするんですか!
僕を信じるか、信じないのか!
はよ選ばんかい!」
「……おどれ、それ。
信じないって言ったらブチギレるやつじゃろ」
「当たり前だ!
信じなくてもいいから信じるって言え!
娘のことが大切なんだろ?
だったら辛い過去を乗り越えて、
大嫌いな僕を利用して、
大切な人を守れるくらい強くなれよ!
僕もいっしょに強くなるから!
二度とこんなクソな気分を味合わないように!」
赤洛は、僕の理不尽すぎる圧力に押され、苦虫を噛み潰したような顔をした。
しばらくの間、沈黙が落ちる。
燃え盛る業火の音だけが、地獄に響いていた。
やがて、彼はゆっくりと口を開く。
「断じて信じてねぇが……信じてやらぁ」
それが、赤洛の回答だった。
このクソガキは頭もおかしいし、
ぜんぜん可愛げもない、いけすかない。
でもきっと、悪い人間ではない。
たぶん一生好きにはなれないが、
嫌いにもなれない。
そんな、不思議なやつだと。
少年を、すこしだけ信用してみようと思った。
こうして僕に、2人の仲間ができた。
赤鬼である赤洛と、
その娘である半妖の菊千代。
それぞれ異なる目的を胸に抱きながらも、
互いに切磋琢磨しあう良い仲になれそうだ。
今回の一件で、僕は考えを改めた。
この世界は、想像していた以上に残酷だ。
少しでも気を抜くと、取り返しのつかない悲劇が起こる。
もう僕は、僕の知っている誰かが悲しむ姿を見たくない。
だから、ここから先は本気で生きる。
前世で培った和風ファンタジーの知識をフルで活用して、この世界で最強の存在になってやる。
どんな不条理も鼻息で吹き飛ばせるような、
最強の主人公に、僕はなる!




