第14話 動き出すは『国家権力』
【Tips】
この世界の日本(東陽)は大戦に勝利しています。
つまり、現在もガチガチの軍国主義国家です。
パンピー(一般人)は国家権力に逆らえません。
「部屋を用意しろと言われましても……。
本日はすでに全部屋埋まっておりまして」
ロビーの受付に立つ従業員さんが、泣きそうな顔で頭を下げていた。
対するは、5人の男たち。
彼らは一様に、黒い詰襟の軍服をはおっていた。
その身から放たれるのは、圧倒的な霊力と闘気。
並の術士ではない。
「んー、それは困りましたね」
先頭に立つ男。
この集団のリーダーと思しき男が、
冷ややかな目を向ける。
「部屋がないということは、
私たちの作戦拠点がないということですよね?
それはとても、『非協力的』ですね。
私たちはずっと、あなた方『帝国臣民』のために身を粉にして働いているというのに。
これは明確な『職務妨害』ですよ?」
(なるほど、話が通じないタイプね!)
ソファでくつろぐフリをしながら聞き耳を立てていた僕は、心の中でツッコミを入れた。
満室だからどうしようもないのに、
非協力的と断じて『職務妨害』と脅しをかける。
あきらかな権利の濫用。
ロジックの通じない、権威を笠に着た狂人だ。
ぜったいに関わりたくないヤツ。
僕も、今すぐここから離れた方がいい。
のだが、好奇心がわずかに勝った。
もう少しだけ、様子見しよう。
「す、すぐに上司に確認をとって参ります!
少々お待ちください!」
恐怖に耐えかねた従業員さんが奥へと走り去る。
「早くしてくださいね。
私たちの時間は有限なのですから」
男は懐中時計を眺め、不敵に笑う。
特に、アイツの霊力と闘気は尋常じゃない。
なんというか、とても禍々しい。
エネルギーというよりは、怨念って感じ。
これは、ただのカスハラではない。
ワンチャン、死人が出てもおかしくない。
(ど、どうしよう。
パパンを呼んできた方がいいかな?)
警官であるパパンがいれば、この場を収めてくれるかもしれない。国家権力には国家権力だ。
いや、待て。
今のパパンは泥酔して畳と一体化している。
あんな酔っぱらいをここに連れてきたら、より面倒なことに発展する可能性もある。
(ちくしょう、僕はどうすれば!)
悶々と悩んでいるうちに、
奥から旅館の支配人が現れた。
「本日は当旅館に足を運んでいただき、
誠にありがとうございます」
支配人は深々と頭を下げる。
だが、男は感謝の言葉など微塵も興味がない様子で言い放った。
「それで、私たちの部屋はどこですか?」
「はい。客室はあいにく満室ですが、宴会場を一つ、丸ごとご提供させていただきます。そちらで手を打ってはいただけないでしょうか?」
支配人の提案は、苦肉の策だが賢明だった。
宴会場なら客室から離れている。
この物騒な連中を一般の客から隔離できる。
「……まぁ、よしとしましょう。
『ご協力』感謝します」
男が無表情に頷く。
(ほっ、なんとか話がまとまったな)
関係ないはずの僕まで、思わず「ほうっ」と胸をなでおろした。
「いえ、こちらこそ融通いただきありがとうございます。では、こちらへ……」
「待ちなさい。
次に、いくつか『要望』をさせてもらいます。
これは任務遂行にあたって不可欠なことです」
支配人の足が止まる。
男は長い指を一本ずつ立てていった。
「一つ、宴会場には誰も近づけないでください。
近づいた者の命の保証はできません」
(命の保証って……物騒やな)
「二つ、大きなブルーシートを用意してください。
これは、部屋を汚しても構わなければ不要です」
(ブルーシート……?
部屋を汚す……?)
「そして、最後。
この旅館の従業員に『田村梨香』という女性がいるはずです。彼女を部屋に連れてきてください。
聞きたいことがあります」
1、2、3。
3つの要望、ならぬ3つの強要を言い終える。
「田村梨香、ですか?
たしかに彼女はここの従業員ですが……」
「部屋へ連れてきてください」
「わ、わかりました……。
それでは、宴会場へご案内させていただきます」
「よろしく頼みます。
鴉羽、ゲームの時間は終わりですよ」
(ん、アゲハ?)
どうやらもう1人、仲間がいたようだ。
ロビーの一角に設置された小さなゲームコーナーで、クレーンゲームに勤しむ少女。
だぼだぼのパーカーのフードを深く被り、目の下には濃い隈がある。中学生くらいだろうか。ダウナーな雰囲気をまとった彼女は、クレーンゲームのレバーを握りしめていた。
彼女は振り返ることなく、
「ダメ……(まだ)取ってない」
クレーンゲームに100円玉を投入する。
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。
「まったく、あなたという子は。
では、準備ができたら呼びにきます。
それまでに取っておいてくださいね」
「はー(い)……」
男たちは、少女を残して宴会場へと消えていった。
(それにしても、あいつらは一体なんなんだ。
なにが目的なんだ?
なぜこの場所に――)
僕はここでようやく、気がついた。
言動から察するに、彼らは国の公的機関――それも、相当な権限を与えられた実力ある術士の一団に違いない。
つまり、彼らは国の命令で動いている。
では、国はなぜ、これほどの実力者たちを、こんな山奥の温泉旅館に派遣したのだろうか?
ここにあるのは、見渡す限りの木々と、身も心も温まる湯、それに、古くから伝わる鬼伝説くらいだ。
そう。
彼らの目的など、一つしか考えられない。
『鬼』だ。
(そういえば、連中は従業員の女性を探していた。
名前は、田村梨香。
おそらく、あの人で間違いない。
……いや、間違いであってほしい)
僕に鬼伝説の秘話を語ってくれた、あの仲居さん。
確証はないが、あの人が田村梨香なのだろう。
せめて、名前くらい聞いておくべきだった。
(もし僕の推理が正しければ、これから起こる出来事は、あの鬼の親子にとって破滅的なものになるはず)
どうすればいい。奴らの陣取っている宴会場へ行き、聞き耳でも立ててみるか?
いや、もし見つかればタダでは済まない。
彼らも命の保証はないと言っていた。
(杞憂であれば、それでいい。僕の予想が合っているのか、それとも見当違いなのか。
誰か、僕に答えを――あ)
◆
(こんなしょぼくれたゲームコーナーに、
まさか伝説のぬいぐるみ。
サンピヨの大人気キャラクター。
オヤシキブタがいるとは!
絶対にわたしのモノにしないと!)
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
――チッ。
(このアーム、弱すぎ。
弱いなら弱いで、はやく天井来てよ)
――ウィーン。
――ガチャン。
――スカッ。
――プッチン。
少女はおもむろに、拳に闘気を集める。
無表情のまま、無言のまま、
ガラスを粉砕しようと拳を振りかぶった。
(もう、これで終わってもいい。
だから今は、ありったけを――)
「ちょっと待って、ストップ!」
背後から、必死な声が飛んできた。
振り返ると、そこには見知らぬ少年が、冷や汗を流しながら立っていた。
「さすがにそれはヤバいですよ!
僕が代わりにとります!」




