二話 この刀、すごい物みたいです
第二話です、前回に比べて結構文も成長したなと自分でも感じてます
――ギギギッ……!
槍と龍の爪が激しくぶつかり合い、火花が飛び散る。
焦げた羽根の臭いが事務所の中に広がった。
事務所の中央で腰を抜かしていた日向は、震える身体のまま刻を見上げる。
すると、その身体は心臓を中心に藍色の光を放っていた。
まるで鼓動に合わせるように、淡く、そして力強く。
アンドラスが嘴を大きく開く。
「貴様は……! 愚鈍様の対……!」
その目に憎悪が宿る。
「許しておけぬ……ッ!!」
大きく翼を広げた瞬間、暴風が巻き起こった。
窓ガラスが軋み、壁が震える。
事務所どころか、雑居ビルそのものを吹き飛ばそうとする勢いだ。
だが――。
バシャァン!!
轟音と共に大量の水が弾け飛ぶ。
次の瞬間には、アンドラスの巨体が向かいのビルへ叩きつけられていた。
ドォォン!!
壁に深くめり込み、コンクリート片が降り注ぐ。
日向は目を見開いた。
刻の周囲を漂う藍色の光が、水のような形を取って宙に浮いている。
幾重にも渦を巻きながら、彼女の槍へ集まっていく。
「姉貴……それって……?」
震える声で尋ねる。
刻はちらりと日向を見ると、静かに口を開いた。
「闘気だ」
藍色の水が揺れる。
「人なら誰しも持っている活力。それを全身に巡らせ、具現化したものだ」
槍を構える。
「お前には出来っこない芸当だがな――」
言い終わるより早く。
ガァァン!!
龍の顎が刻へ襲いかかった。
「我を前にして、随分と余裕があるようだな」
ウァラクが低く笑う。
水を纏った槍が龍の牙を受け止める。
「貴様を砕き、その刀を持ち帰る」
「やれるものならやってみろ」
刻が吐き捨てる。
その瞬間。
――ドンッ。
鈍い衝撃。
刻の身体が大きく揺れた。
「っ……!」
気づいた時には、ウァラクが背後へ回り込んでいた。
龍の腕が刻を窓へ叩き込む。
ガシャァァン!!
窓ガラスが砕け散り、刻の身体は道路へ投げ出された。
戦場は雑居ビルの一室から、外の道路へ移る。
⸻
キィン!!
ガキィン!!
槍と牙が凄まじい速度でぶつかり合う。
火花が散り、アスファルトが抉れる。
だが刻は冷静だった。
一撃一撃を正確に捌きながら、少しずつウァラクを壁際へ追い詰めていく。
「貴様ァ!」
突然、怒号が響く。
「我を忘れるでないぞ!!」
刻の背後から暴風が吹き荒れた。
振り返る。
そこには――。
先ほど吹き飛ばしたはずのアンドラス。
ほぼ無傷のまま空中を舞っていた。
「ッ……!」
刻が舌打ちする。
「腕が鈍ったか……!」
二体同時。
それは流石の刻にも重かった。
風刃と龍牙が四方から襲いかかる。
防御に綻びが生まれる。
一撃。
二撃。
三撃。
遂に刻の膝が地面へ着いた。
「しまっ――」
その隙を逃さない。
ウァラクの龍腕が刻の喉元へ伸びる。
鋭い牙が首筋へ突き付けられた。
「見えるか?」
ウァラクが愉快そうに笑う。
「この波状の牙を」
龍の顎がゆっくり開く。
「楽に死ねると思わぬことだ」
刻の呼吸が震える。
ゆっくりと目を閉じた。
龍の牙が振り下ろされる。
⸻
キンッ……
軽い金属音。
ウァラクの眉が動く。
牙は逸れ、刻の首筋を僅かに掠めただけだった。
「……何だ?」
不機嫌そうに顔を上げる。
そして見た。
そこに立っていたのは――日向だった。
震える足。
震える手。
それでも白い刀を握り締めている。
「何の真似だ」
ウァラクが吐き捨てる。
「弱者の癖に出しゃばるとは…余程の阿呆か」
日向の肩が震える。
怖い。
今すぐ逃げ出したい。
足も手も言うことを聞かない。
それでも。
「知るかよ……!」
震えた声が漏れる。
「そんなの……!」
涙が零れそうになる。
「わかんねぇよ…でも……!」
刀を握る手に力が入る。
「もう嫌なんだよ……!!」
声が震える。
「目の前で家族がいなくなるのは……!!」
刻の目が見開かれる。
日向は刀を突き付けた。
「お前ら、この刀のことを忌まわしいって言ってたよなぁ!?」
ウァラクが眉をひそめる。
「だったら!」
日向は叫ぶ。
「お前らにとって都合が悪いってことだろ!!」
夢の中の父親が脳裏をよぎる。
『お前がピンチになった時に役に立つはずだ』
「なぁ……!」
刀を握る。
「今なんだろ!?」
力を込める。
「こういう時を――」
刀を抜こうとする。
「ピンチって言うんだろ!?」
その瞬間。
刻の顔色が変わった。
「待て……!」
二人の悪魔も叫ぶ。
「やめろ!!」
だが遅い。
――パキン。
響いたのは、刀身が抜ける音ではなかった。
まるで何かが砕けるような、小さな音。
刀は抜けない。
ほんの少し動いただけで止まってしまう。
「……あ」
日向の顔から血の気が引く。
刻が苦しそうに声を絞り出した。
「ダメだ……」
悔しそうに首を振る。
「お前には……抜けない……」
日向は理解してしまった。
闘気。
自分にはない力。
だから抜けない。
「なんでだよ……」
刀を握る。
「なんでだよ……!」
力を込める。
抜けない。
動かない。
「頼むよ……!」
声が掠れる。
「助けてくれよ……!」
「親父!!」
アンドラスは大きく息を吐く。
「はぁ……冷や汗をかかせるわ」
嘴の端を歪めた。
「さぁ、死ぬ覚悟はできておるか?」
言い終わるより早く。
巨大な翼が日向へ振り下ろされる。
逃げられない。
そう思った、その瞬間だった。
――ピキッ。
白い刀が淡く輝く。
次第にその光は強くなり、まるで太陽のような白光を放ち始めた。
「っ……!」
日向は目を見開く。
どこか懐かしい温もり。
忘れられない感覚。
「あの光……」
夢の中で見た。
傷だらけの男。
親父。
「まさか……」
その時だった。
後ろから大きな手が重なる。
刀を握る日向の手へ。
優しく。
それでいて力強く。
振り返っても誰もいない。
だが確かに感じる。
そこにいる。
「親父……?」
声が震える。
――バキン!!
何かが砕ける音が響いた。
刀が僅かに抜ける。
だが途中で止まる。
何かが引っ掛かっているように、それ以上は抜けない。
それでも覗いた刀身は紫色の輝きを放っていた。
日向は目を細めその光を見て、ふと気付く。
「この光……」
刻の闘気。
藍色の光。
そして今、自分の刀から溢れる紫の光。
「なるほどな……」
恐怖が消えていく。
代わりに胸の奥から熱が湧き上がる。
「要するに――」
刀を握り直す。
そして笑った。
「反撃の狼煙ってワケだ!」
⸻
その光を見た瞬間。
アンドラスとウァラクの顔色が変わった。
「なっ……!」
「まさか……!」
「退くぞアンドラス!」
ウァラクが叫ぶ。
「チッ……!」
アンドラスも悔しげに顔を歪める。
「仕方あるまい!」
二体は同時に翼を広げた。
日向はゆっくり刀を構える。
その姿を見た刻の瞳が揺れた。
見覚えがある。
いや、忘れるはずがない。
その構え。
その立ち姿。
成神斬武、そのものだった。
⸻
日向は大きく息を吸う。
その僅かな間に悪魔達は空高く飛び上がる。
アンドラスが嘲笑う。
「ギャハハハハ!」
遥か上空既に刀の届く距離ではない。
「空に逃げれば貴様らに成す術はない!」
翼を広げる。
「ましてや、その程度しか抜けておらぬ刀で――」
言葉は最後まで続かなかった。
日向が刀を振ったからだ。
ただ、それだけ。
誰の目にも届くはずのない距離だった。
しかし。
――ズバッ!!
アンドラスの翼が根元から切断され、血飛沫が空へ散った。
「ギャアアアアア!!?」
アンドラスが絶叫する。
身体が制御を失う。
「何故だ!!」
墜落しながら叫ぶ。
「何故届く!?何故この我がァ!!」
轟音と共に地面へ激突した。
⸻
ウァラクは凍り付いていた。
ほんの一瞬だけ見えた。
日向の刀から伸びた紫色の刃。
あり得ないほど巨大な闘気の刃。
(見えた……)
龍の瞳が震える。
(奴の刀が気を纏い……ここまで伸びた……!)
理解できない。
先程まで腰を抜かしていた青年だ。
戦士ですらない。
そんな存在が。
(何故扱える……!?)
⸻
当の日向も呆然としていた。
「え……」
空を見上げる。
「今の……」
手元を見る。
「俺がやったのか……?」
⸻
ウァラクは我に返る。
そして即座に判断した。
勝てない。
「クッ……!」
悔しさに顔を歪める。
「屈辱だが……!」
翼を激しく羽ばたかせる。
「ここは退くしかあるまい!」
全力で逃走を開始した。
その速度は先程までより遥かに速い。
数秒もすれば肉眼で見えなくなる。
「あんなん…今の攻撃でも届かねぇだろ……!」
その時。
倒れていた刻が声を絞り出した。
「その刀は……」
息が荒い。
それでも言葉を続ける。
「悪魔の力を吸う……」
日向が振り返る。
「は?」
「今の梟野郎の翼も……使える……」
刻は震える指を向けた。
「追え……!」
「いやいやいや!」
日向は思わず叫ぶ。
「そんなのどうやって――」
言いかけて止まる。
頭の中にアンドラスの姿が浮かんだ。
その瞬間。
背中に激痛が走る。
「いっ……!?」
服が裂ける。
次の瞬間。
巨大な梟の翼が背中から生えていた。
「生えたぁぁぁぁぁ!?!?」
思わず叫ぶ
だが。
翼を一度羽ばたかせた瞬間。
身体が浮いた。
「お、おお!?」
もう一度。
さらに高く。
「飛べる!!」
日向は目を輝かせる。
「これなら追いつける!」
次の瞬間。
空へ飛び出した。
⸻
遥か前方。
ウァラクは歯を食いしばっていた。
「済まない……アンドラス……」
拳を握る。
「私には助けられなかった……」
その時。
背後から声が聞こえた。
「感傷に浸ってるとこ悪いけどさ」
ウァラクの顔が凍り付く。
振り返る。
そこには。
翼を羽ばたかせる日向。
「なっ…その翼は……!」
日向は刀を構える。
そして笑った。
「さぁ――」
切っ先を向ける。
「決着、つけようぜ」
⸻
ウァラクは吠えた。
「私こそが!」
殺気が噴き上がる。
「ゴエティアの地獄大総裁!」
双頭の龍が咆哮する。
「ウァラクである!!」
龍の口から灼熱の炎が吐き出された。
だが。
日向は笑う。
「なら俺は…」
炎の中を駆け抜ける。
「そうだな――」
刀を振り上げる。
「最強のフリーター!」
紫の光が空を裂く。
「成神日向だ!!」
斬撃が走る。
龍の腕が宙を舞う。
翼が切り裂かれる。
そして。
最後の一撃。
ウァラクの身体が地面へ叩き落とされた。
⸻
「まさ……か……」
ウァラクは地面に伏す。
「この……私……まで……」
身体が崩れる。
灰となり。
風に散った。
そのまま跡形もなく消えていく。
⸻
日向は慌てて刻の元へ駆け戻った。
「姉貴!」
膝をつく。
「姉貴!大丈夫か!?」
焦りで声が裏返る。
「今救急車――」
その手を刻が掴んだ。
力強く。
「……舐めんな…こんなの……擦り傷だ」
息を吐く。
「仲間も……もう来る」
そして。
安心させるように笑った。
「だから……寝てろ」
「は……?」
日向が首を傾げる。
だが次の瞬間。
強烈な眠気が襲った。
「な……んだこれ……」
視界が揺れる。
「すっげぇ……眠……」
立っていられない。
そのまま前へ倒れ込む。
意識が沈む。
遠くから声が聞こえた。
誰かが話している。
誰かが自分を持ち上げている。
どうやら刻の言っていた仲間が来たらしい。
薄れていく意識の中。
日向はぼんやりと思った。
――どうやらこの戦い、まだ終わってないみたいです。
いかがだったでしょうか、感想など書いて頂けると励みになります




