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第63話 【幕間②】エリオスの誕生日

◇◇


 ブランフォードの夜は、昼間の喧騒とはまるで別の顔を見せる。

 遠く鉱山の方から吹く風が、かすかに鉄の匂いを運んでくるその時間、街の片隅にぽつりと明かりを灯すのが、酒場『黒猫亭』だ。


 扉の上には小さな鉄製の看板。

 黒猫のシルエットが揺れ、かすかに笑っているようにも見える。


 カラン、と鈴が鳴った。


「いらっしゃい!」


 カウンターの向こうから顔を出したのは、女主人サラ。

 明るい茶髪を無造作に結い、腰には布巾、手にはジョッキ。どこか男勝りで、けれど笑えば太陽みたいに朗らかだった。


「まあ、マリアじゃない! うちに来るなんて珍しいじゃないの!」

「えっと……ごめんね、やっぱり場違いかな?」


 マリアはおずおずと笑いながら入ってきた。

 白い侍女服のまま、場違いな雰囲気に少し緊張している。


「いいえいいえ! ようこそ《黒猫亭》へ! それにしても可愛い子が来ると、店がちょっと華やぐわ!」


「さ、サラ! からかわないでよ!」


「で、後ろのフェリオは何? 見張り役?」


「俺はただ、付き添いを頼まれただけだ」


 低い声で答える青年フェリオは、黒髪を後ろでまとめ、鋭い目をしていた。

 寡黙で無愛想。だが、根はやさしく、面倒見がいい。そして、マリア、サラ、エリオスとは古い付き合いだ。


「あんたもそろそろ自分の彼女を作ってさ、自慢しにきたら褒めてあげるのに」


 フェリオは顔を赤くして、ぷいと横を向く。


「……うっせえ、おまえには関係ないだろ」

「はいはい、そうでしたね〜」


 チラチラとサラの顔を覗くフェリオ。

 目が合うたびに、ギクリとして顔を背けている。

 奥手のマリアでも、フェリオがサラに好意を抱いているのは、はっきりと分かった。


「まあ、他人のことを気にしている場合じゃないか……」


 ボソリとつぶやいたマリアの顔をサラが、きょとんとした目で覗き込んだ。


「で、今日はどうしたの?」

「へっ? あ……実は相談があって……」

「相談? 恋の?」

「ち、ちがっ……!」


 顔を真っ赤にして否定するマリア。

 その様子を見て、サラがニヤリと笑った。


「図星、っと。あんた、もしかしてエリオスの誕生日の件ね?」

「ど、どうしてご存じで!?」

「そりゃあ街中その話題よ。領主様の誕生日なんて、祭りみたいなもんじゃない」


 サラはジョッキを置き、カウンターに身を乗り出した。


「で、何をプレゼントするか悩んでると」

「はい……。何か、心がこもってて、でも、重すぎないものを……」

「うわー、恋する乙女のテンプレ発言出た~!」

「さ、サラっ!」

「冗談よ冗談!」


 そのやりとりを聞いていたフェリオが、カウンターの隅で小さく息をついた。


「……木彫りの品とかどうだ。素朴だが、長く使える」

「へぇ~、フェリオのくせにロマンチックじゃない」

「うるさい。俺はただ、そういうのが無難だと言ってるだけだ」


 マリアは目を輝かせた。


「木彫り……! それ、いいかも!」

「ほら、あんたにしては良い案じゃないのフェリオ!」

「別に……俺が使うわけじゃない」


 フェリオはポケットからすっと何かを取り出し、サラに手渡した。

 それは木彫りのペンダント。真ん中に真っ赤な魔晶石が埋め込まれていて、キラキラと輝いている。


「これ……。ハルモニアの職人が趣味で作ったやつを、大通りの商店で売ってるんだ」

「わあっ、綺麗!」

「気温に反応するように作られているらしくて、外が寒いと温かくなるらしい……買い物とかで外に出ることも多いだろうから、おまえにどうかって……」


 マリアがニタニタしながら声を張った。


「フェリオ。もしかして、サラにプレゼントを贈るために、私についてきたのかなぁ?」

「ばっ、バカ! おまえっ!」


 サラはペンダントを首からかけると、ニコリと太陽のような笑顔をフェリオに向けた。


「ありがと! せっかくだから貰っておくわ!」


 フェリオの顔が真っ赤に染まる。

 サラはフェリオとマリアにジョッキを差し出した。


「さあ、これは私からのプレゼント! 今日は特別に一杯だけ飲みなさい。勇気の酒!」

「えっ!? あ、あの、わたしお酒弱くて……」

「大丈夫よ、蜂蜜酒だから! 甘くて美味しいわ」


 マリアは恐る恐る口をつけ、ぱっと顔をほころばせた。


「おいしい……!」

「でしょ? その笑顔、絶対エリオスも好きよ」

「や、やめてよ、サラ!」

「ははは!」


 フェリオも、つい笑いをこらえきれずに口元をゆるめた。


 「……確かにそうかもな」


 マリアはぷくっと頬を膨らませた。


 「何言ってんのよ、あんたが好きなのはサラの笑顔のくせに!」


 笑い声が重なり、夜が静かに更けていった。

 やがてマリアは満足そうに黒猫亭をあとにする。


 その様子を、通りの影から見つめている人物がひとりいた。

 ルチアだ。

 青い外套を翻し、口元に薄い笑みを浮かべる。


「ふふ。可愛い侍女さんね。でも、私だって譲る気はないの」


 夜風が吹き抜ける。ルチアのイヤリングが小さく揺れた。


 三日後。


 執務室の扉が叩かれた。


「エリオス様、少々お時間を」


 執事ハロルドが丁寧に頭を下げる。


「どうした、ハロルド?」

「大広間に……見ていただきたいものがございます」


 エリオスは小首をかしげた。


「見せたいもの?」

「ええ、まあ……百聞は一見にしかず、でございます」


 そう言って半ば強引に廊下へ引っ張り出され、大広間の扉を開けた瞬間。


「お誕生日おめでとうございます、エリオス様ーー!!!」


 ぱんっ! と紙吹雪。

 クラッカーが一斉に鳴り響き、部屋いっぱいに明かりが灯る。


 目を丸くするエリオス。


「これは……」

「サプライズです!」


 満面の笑みでマリアが叫んだ。


 周囲にはサラ、フェリオ、クロエ、カイル、ハロルドまで勢ぞろい。

 テーブルの上には料理と酒がずらりと並んでいる。


「まさか……俺のために?」

「もちろんです! エリオス様のお誕生日ですから!」


 場のあちこちから拍手が起き、音楽が流れ出す。

 エリオスは少し照れたように頭を掻いた。


「……ありがとう。まったく、こんなことをするとは」

「いいじゃないですか!」


 サラが笑う。


「ブランフォードの街が元気なのは、エリオスのおかげなんだから!」


 しばらくして、マリアが小箱を手にしてエリオスの前へ出た。


 「えっと……これ、わたしからの……その、プレゼントです」


 箱を開けると、中には木彫りのペン立て。

 中央には小さな魔晶石。夜になるとほんのり光るらしい。

 少し不格好だが、温かみのある出来栄えだった。


「これ……マリアが作ったのか?」

「はい。すこし下手ですけど……」

「いや、そんなことはない。……とても、いい出来だ」


 エリオスは優しく微笑んだ。


「大切にするよ。ありがとう、マリア」


 マリアの頬が真っ赤になり、言葉にならない声を漏らした。


 その空気をわざとらしく破ったのは、ルチアだった。


「まあまあ、可愛らしい贈り物ね」


 にこやかに現れた彼女は、上品な笑みを浮かべつつ包みを差し出す。


「私からも、エリオス様にプレゼントを」

「ああ、ありがとう」


 エリオスが包みを開けると、中には小瓶が一つ。

 淡い紅色の液体がとろりと揺れる。


「これは……?」

「クロエ所長にお願いして作ってもらった特製の“活力剤”ですわ。

もっとも……用途はお任せしますけど?」


 ルチアが耳元に顔を寄せ、甘い声で囁いた。


「今晩、私相手に使っても……いいんですよ?」


 エリオスは、凍ったような笑みを浮かべた。


「いや、それは遠慮しておく……そうだな、遠征中に疲れたときにでも使わせてもらおうか」

「うふふ、それは残念」


 周囲の空気が一瞬で変わり、クロエが遠くから頭を抱える。

 カイルは真っ赤になり、サラは腹を抱えて笑い、フェリオはため息をついた。


「……まったく、落ち着かん誕生日だな」


 そう言いながらも、エリオスの顔にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


 夜はゆっくりと更けていく。

 グラスが触れ合い、笑い声が響き、荒れ果てた辺境の地ブランフォードに、久しぶりに穏やかな灯りがともっていた。

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