チャプターエンド:次の戦いの為に
『今度こそウルメに帰艦しろ、アイリス。周辺の敵機はテッカロンやライジングフォースで事足りる。機体にダメージが無くてもその武装でこれ以上、戦闘に参加するのはリスクが大きい』
ダイドウからの通信はアイリスの安否を気遣う響きを、隠しきれていなかった。これほど連続して長時間戦闘を続けた経験が、アイリスにない為、バイタルサインに乱れがないと分かっていても、心配が勝ったようだ。
イーリスと自分の状態に問題はない、とアイリスは判断していたが所有者の意向こそが、最優先だ。それに残る敵機の相手をするのに、ヘビーインパルスとギャラクシスが不向きであるのは事実であったので。
「はい。りょうかいしました。あいりすといーりす、うるめにもどります」
ウインドベルに続きリボーテまでもが撃墜され、ガスバーク一家の士気が大きく落ちているのは傍目にも明らかだった。尻込みしている敵を相手にベックが意気揚々と襲い掛かり、ガンロンは変わらない調子でビームにビームを重ねて、大笑い中だ。
被弾を恐れずに前進するゴールドサーペントの圧力に負けて、敵部隊は敗走に敗走を重ね始めている。少なくともこちらのルートからの戦闘は、ほぼ勝ちを収めた状況と言っていいだろう。
「だいどう、らいとがね、たぶん、えーえふのこっくぴっとをもっていったよ」
『なに? そうか……。ファーエデンとは別にリボーテの背後関係を探りたい連中か、探られては困る連中からの依頼だろう。傭兵部隊ブロッケンは経歴に問題はなかった。だが、より踏み込んで調べる必要が出て来たな。依頼を組合を通しているのか、いないのか次第で彼らの背後の洗い出しも進む』
依頼人と直接、仕事のやり取りを行う傭兵も世の中には居る。組合も禁じてはいないが、その代わりに組合が事前に行う調査や裏取り、報酬の交渉などは行われず、自己責任で済ませないといけない。
その代わり仲介料の支払いは発生せず、組合では通らないような非合法的な、後ろ暗い依頼も通るなど需要と供給が一定数存在している。
今回、ブロッケンは組合を通さずに依頼を受けた可能性が高い、とダイドウはほぼ確信していた。実際にはザギオン軍のある派閥からの指示なのだが、その可能性も考えてはいた。
「あのきたいも、びっくりするくらいつよいもんね。どこがつくったのかしらないけど、わたしがでーたとりをした、あのしんがたならいいしょーぶができるとおもうよ」
アイリスには告げていなかったが、テストを行わせた機体はザギオンとの戦争を好転させる為に開発の進められている機体の一つだ。
いわばファーエデンが威信を賭けて開発している機体なのだが、推定ザギオンと思われる傭兵がそれに匹敵する機体を運用しているなど、ダイドウと彼と繋がっているファーエデンの人間からすれば、由々しき事態に他ならない。
頃合いを見計らってブロッケンをだまし討ちにでもして壊滅させるべきか、とダイドウの中で選択肢の生まれた瞬間であった。
『あの機体で良い勝負か。末恐ろしい機体が開発されているものだ。もしあれがザギオンの機体であるのなら、厄介な話だ』
そしてダイドウは厄介な話になると、ほぼ確信している口調だった。
「だいどう、らいとがざぎおんじゃなくって、ほかのひとたちのなかまだったら、ざぎおんのへーたいさんなのよりも、やっかい?」
『難しいところだな。そもそもファーエデンとザギオンの戦争に於いて、暗に介入している連中はそれなりにいる。傭兵や民間企業を隠れ蓑にして、兵器の実験場にしている者達。表には出せない兵器や技術を秘密裏に提供している企業。両国の疲弊を狙う第三国といった具合にだ』
「きてほしくないおきゃくさんばっかり。ふぁーえでんはうれしくないにんきもの」
『まったくだ。だから精々、そういう連中を利用してやるくらいの気概が必要になる。いかに利益を提示して、こちらの味方につけるかもファーエデンがザギオンを相手に勝つには必要なことだ。だが、それはファーエデンの上層部の考える話だ。アイリスは、今は戻ってくることだけを考えればいい』
「はーい。おうちにかえるまでがえんぞくだもんね」
相変わらずアイリスの口調に緊張感はない。戦場でも、そうでなくとも、彼女にとっては同じなのだ。常在戦場とも違う特異な価値観、意識がアイリスにあった。
*
アイリスがウルメへと帰還し、武装の交換と小休憩を取っているころ、ウンブラもまた母艦であるファイアフラワーへと帰還を果たしていた。ファイアフラワーの傍らには、レイデンが指揮を執る軽空母ウーゾの姿もある。
リボーテの出撃から数分後、レイデンがフウジャに連絡の上で、撤退をしていたのだ。ガラクで出撃していたギゲールもウーゾへと戻っており、レイデンのグループは完全にガスバーク一家から離脱していた。
ファイアフラワーの格納庫にウンブラを固定したライトことラウスは、ブリッジからの通信に応答した。戦場に合ってもハイブランドのスーツ姿を変えないサイトの顔が映し出される。どこか愉快そうな表情だ。
『まずは依頼達成、ご苦労様でした、ライト。君にとっては簡単な依頼でしたね』
一応、もう戦場を離れ、母艦内での会話だが傭兵としての偽名を通すらしい。
「御膳立てされているところに、飛び込んでいっただけだからな。俺が余計な横槍をしなくても、彼女達だけで決着のついていた状況だったんだ。そりゃあ、簡単さ」
『ンフフ、君に言う通りですが、手際の良さは素晴らしいものでしたよ。ザギオンの利になるとはいえ、武装勢力などに試作のAFを渡すなど言語道断という方からの依頼でしたが、充分な成果となったでしょう』
表情に偽りはなく、声音も楽しそうに弾んでいるサイトに対して、割り込んで来たテシカの声には不満の響きが強い。ラウスが現場の判断で持ち帰った、リボーテのコックピットブロックについて、ご不満であるらしい。
『お二人ともなにを和やかに話しているんですか。ライトさん、パイロットの救出は依頼内容に含まれていません。追加の報酬は期待できませんよ。特にリスクのない行為とはいえ、私達に相談もなしに勝手をして』
「そう怒ってくれるな、テシカ。パイロットはガスバークが調達したそうだが、リボーテの戦闘データを回収できるし、パイロットの感想も重要なデータだろう。パイロットはまず間違いなく強化人間だろうし、扱い方を間違えなければブロッケンの新戦力に転用する事だって出来る」
『素性の知れない強化人間を、そんなホイホイと部隊に組み込めるわけがないでしょう』
雑用係でもいいだろう、とラウスが言うと、余計にテシカは臍を曲げた様子で言葉を重ねてくる。ただ、あまりに軍規を乱した提案をしてくるラウスに、非があると誰もが認めるところだろう。
いくら傭兵のロールプレイをしているからといって、本当に退役して傭兵になったわけでもないというのに。だからこそ、ラウスほどのエースがこんな表ざたにできない仕事をやらされているのかもしれないが。
二人のやり取りの間に、リボーテのコックピットブロックから、気を失ったI-371が救出され、パワードスーツと暴徒鎮圧用の電気銃やショックガンで武装した屈強な兵士と医療班が囲い込む。
リボーテ用の特性パイロットスーツに身を包んだI-371は、ベッドへ厳重に拘束されたまま医療室へと運び込まれてゆく。
『まあまあ、テシカ、これ以上、この場で言い合っても良い結果にはなりません。ライトの拾って来たパイロットについては、医務室からの報告を待ちましょう。強化の度合いによっては、人格を喪失しているケースも珍しくありませんし、そうなればブロッケンで雇用しても大きな問題にはなりません』
『隊長がそうやって甘やかすから、ライトさんの言動が改まらないのですよ。これでは今の任務が終わった後、まともな軍人としてやっていけるかどうか。こんなに凄腕なのに真っ当な評価を得られないなんて、ライトさんにとっても軍にとっても損失ですよ!?』
「はっはっはっは、テシカはいつも私に辛辣な物言いだったが、俺を評価してくれているからこそか。悪いな、私は私らしくあるのを辞められそうにない。これからもこうだから、付き合いきれないと思ったら、遠慮なく異動願いを出してくれ」
実に朗らかなラウスの声音だったが、それを面と向かって言われたテシカは言葉を呑んでふるふると肩を震わせている。それを横目に見ていたギャスケルは、やれやれと溜息を零しながら、ラウスへ苦言を呈した。
『僭越ながら、ラウスさん、それは火に油を注ぐと言いますか、テシカに対して正解とは言い難い物言いですな』
*
ウルメに戻ったアイリスは、イーリスからギャクラシスとヘビーインパルスを外し、右手にリニアライフル、左手にバズーカ、右肩にレーザーキャノン、左肩に六連ミサイルポッドを装備して、再度、出撃した。
ただしイーリスが武装を交換し、機体のステータスをチェックしている間に、戦況は大きく動いていた。
カシャはクロズから派遣されたスペースクルーザーに帰艦して、再出撃は見送られていたが、レッカやベック、ローザ、ガンロンは変わらず戦い続けており、バルチャーネストの至近にまで到達していたのである。
また傭兵部隊が快進撃を続けるのに合わせて、特務艦隊と戦っているガスバーク一家の戦力が後退を始め、明らかに抵抗から撤退へと方針を変えたのが分かったのだ。
「これはもうかせぎどきはおわりましたなー」
アイリスは気の抜けた声音でイーリスを進めるが、モニターに投影される戦闘の爆発や光は徐々に数を減らしており、口にした通り状況が終わりに向かっているのは明らかだった。
今頃、ベックあたりはアイリスにやり込められたのを忘れて、なんとか黒字にしようと目につく端から敵機を撃墜して回っているに違いない。
ゴールドサーペントを介して、特務艦隊の状況を把握しているダイドウがいつもよりも渋い声色でアイリスを制止した。
『アイリス、それ以上、バルチャーネストへ近づくな。特務艦隊から通信が入った。俺たちとも別口で潜入させていた工作部隊が、自爆シークエンスの起動を確認したそうだ』
「ありゃりゃ。わたしたちがかつやくしすぎて、てーこーをあきらめちゃった?」
『そう考えていいだろう。フウジャ・ガスバークは既に姿をくらませている。ファーエデン星系で再起を狙うか、それとも別の星系へ逃げたかは分からん。だがお前が十分な仕事を果たしたのは事実だ』
「だいどうにそういってもらえるのなら、がんばったかいがあったね」
イーリスが踵を返し、再びウルメへと帰還するコースを取る。ダイドウから伝えられたのと同じ内容の通信が他の傭兵達にも伝わり、それまで意気揚々とバルチャーネストを目指していた連中が、一斉に遠ざかり始める。
だいぶ距離を詰めてしまったから、バルチャーネストほどの巨大構造物が自爆するとなれば、どれだけのデブリが弾丸となってこちらに襲い掛かって来るか分かったものではない。
『まだ完全に終わりではないが、よくやった。これでお前の実力を疑う者は居なくなるだろう。次からは軍からの依頼を中心に受けて行くことになる』
「うん。ふつうにくんれんをうけたへいしさんたちがあいてになるね。これはてきのれべるがあがるよかん」
『ああ。イーリスのアップデートか、スケアクロウからの乗り換えも手配しておく。それからお前の同僚との合流も』
「どうりょう?」
『ライラックというパイロットだ。お前を確保してからしばらくの間、別行動の指示を出していたが、そろそろお前と合流してチームで依頼を受けてゆく時期だ。支援が上手い』
「ほんとうのせんぱいだね。わたしとせんぱいとでもっとかつやくするよ。そうすればだいどうののぞみも、はやくかなうよね」
『……ああ、そうだな。そうなればファーエデンの戦火がようやく鎮まる。お前達もこれ以上戦わなくて済む』
「およ? おはらいばこ?」
『違う。そういう意味ではない。戦いが終わる頃には、お前達も十分な金を稼げている。その金を使えば、傭兵以外の生き方をいくらでも選べるようになる。失った機能を取り戻す事だって出来る』
ダイドウは取り繕う事を忘れて、語る言葉には熱が籠っていた。これまで何人も強化人間を買い取り、戦力としてきた男の秘してきた本音だったろう。
「そっかぁ。でもこまったな。たたかわないわたしを、そうぞうできないよ」
『安心しろ。戦いが終わったからと無責任に放り出すつもりはない。お前達が自立して生活できるように、会社を上げて支援する』
「おお、ありがたやありがたや。だいどうはやっぱり、あまやかしやさんだ」
『違う。俺のケジメだ』
そうかなあ、という呟きをアイリスは飲み込んだ。甘いのと何が違うのかよく分からなかったが、役目を終えた道具をポイ捨てするようなオーナーでないと改めて分かったのは、良い事だ。
今回の戦いでファーエデン軍に対する実績作りを完遂できたのは確かだし、これから合流する先輩と共に、より激しさを増す戦いが自分を待っていると、アイリスは今はただそれだけを理解する。
「もっとがんばろうね、いーりす」
機械仕掛けの半身はなにも語らない。だがそれでもアイリスとイーリスは運命共同体だった。戦いの勝利も、敗北も、生きるのも、死ぬのも、常に彼女らは共に在る。
これから身を投じる事となる、星系の運命を賭けた凄絶な戦いの中でも、一人と一機は分かち難き存在なのだから。
書きたい事の取捨選択が多く、盛り込めなかった設定や会話、戦闘もありましたが、いったん、ここで区切りといたします。また書き溜めたり展開を煮詰め直したり、他の物語を書いたりと色々と取り込みたく存じます。ここまでお付きあいくださった皆様には、多大なる感謝を。ありがとうございます。




