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第20話 イヴの手記 1


 私はいつものように冒険者ギルドにやって来ていた。今日もソロでダンジョンに潜ろうかと思っていると、一人の男性と目が合う。


 少し影のある印象だけど、どこか異質な雰囲気を纏っている男性。ちょっとカッコいいな、と思ったけどよく見るとそれは──私の兄に似ていた。もうずっと会っていないけど、面影はあった。


 そして私は確信があったわけではないが、思わず声が出ていた。



「──お兄様?」



 そう。彼はユーリお兄様だった。成長していたけれど、面影は確かに残っていた。


 ただ、私は別にユーリお兄様とは親しくはない。


 そもそも、私たちはほぼ他人だ。私はフィアリス家当主とそのメイドだった母の間に生まれた子ども。忌み子、とまではいかないがそれでも私の立場は良いものではない。フィアリス家の屋敷で過ごしたこともあるけど、すぐに母に連れられて出ていった。


 それから私は母と二人暮らし。別に不幸だとは思わなかった。私はありがたいことに、母からの愛情を受けて育つことができた。そんな時、私は自分にスキル適性があることが発覚した。


「イヴ」

「お母様どうしたの?」

「あなたは才能があるわ。やはり……血は争えないと言うことね」

「……?」


 言っている意味は当時は理解できなかったけど、それはフィアリス家の血統のことを言っていた。フィアリス家は名家であり、魔法もスキルもどちらの才能も色濃く受け継がれている。私にその才能があっても、不思議ではなかった。


 それから私は──その才能を活かすために冒険者になった。そして気がつけば、私の冒険者ランクはAランクになっていた。


 一人で淡々とクエストをこなしていき、お金も十分に貯まった。母に楽をさせてあげられていることがやり甲斐だった。けれど、母は私のお金をずっと貯めているらしい。何かあった時のためにと言って。私は自分に冒険者は向いているなと思って、日々を過ごしていた。


 そんな時に──私はお兄様と再会した。


 昔よりもずっと大きくなって、その……こんなこと思うのは不遜だと思うけど、普通にカッコ良くなってて驚いた。ちょっと鋭い眼光はまるで世界の全てを見透かしているようだった。


「お兄様も冒険者をしているのですか?」

「あぁ。まだ駆け出しでFランクだけどな」

「なるほど。そうなのですか」

「イヴはどうなんだ?」

「私はAランクです」

「す、凄いな……っ!」

「はい」

「……」


 私はそう話しかけられて、淡々と答える。分かってる。私はコミュケーション能力が著しく欠如していることを。今まで冒険者パーティーに参加して来なかったのもそれが理由だ。だって、私は母以外の人間とどうやって話をすればいいのか分からなかったから。お兄様とも上手く話をすることができなかった。本当はもっと楽しくお話できたらいいんだけど……。

 

「良かったら、一緒にパーティーを組んでみないか?」

「いえ、結構です。一人で大丈夫ですので。では私はこれで失礼します」

「あ、あぁ……」


 ズキンと心が痛む。ごめんなさい、お兄様。でもあなたは私なんかと関わらない方がいいと思う。きっと、私が半分血の繋がった妹だから無理をしてそう言ってくれたのだろう。


 きっともう、お兄様は私に呆れて話しかけてこない。ちょっと寂しいけど、仕方がない。私はめかけの子で、お兄様は本家の人間。私と関わることで、お兄様に迷惑はかけたくなかった。


 これからも一人でクエストをこなしていこう。私にはせっかく才能があるんだ。適材適所。人生とはそう進むべきものだと私は思っていた。好き嫌いという感情ではなく、適している道へと進むべきだと。



 翌日。私は再びお兄様に声をかけられた。渋々、私は一緒にパーティーを組むことにした。お兄様は冒険者になりたてらしい。私のレベルついてくることなんてできないし、すぐに諦めてくれる。そう思って了承したけど……私は危うく死にかけることになった。


 サラマンダーの討伐なんて慣れたものだったけど、まだ生きている個体がいた。私は咄嗟に反応するけど、間に合わない。あぁ。こんなところで死ぬんだ──そう思った時、漆黒の槍がサラマンダーの脳天を貫いた。


 え……? あり得ない。だってお兄様はFランクの冒険者。まさか──お兄様に変装した何者かが私を狙っている? 私の思考は自然とそうなった。


「──あなたは、何者ですか?」


 レイピアを突きつける。それから私は彼と戦闘になった。私はもちろん全力で戦っているのに、全てをあっさりと躱されてしまう。やっぱり、この人は偽物だ……! と確信していた私は、思わぬ攻撃を受けることになる。



「イヴ! お前の好物は甘いものでぬいぐるみがないと夜に寝付けなかったはずだ! それとおねしょをした時はそれを隠そうと頑張っていたが、結局メイドにバレていた!」

「……え!?」



 そのことは私しか知らないはずなのに……っ!! お母様にだって話したことがないのに……! 急に顔がカーッと赤くなっていくのを私は感じる。こんな気持ちになるのは、初めてだった。心の奥底から恥ずかしいという感情が溢れ出してくる。


「どうだ! これは本物しか分からない情報だろう! 他にもまだあるが──」

「う……だ、黙れえええええええええええ!」


 パニックなった私だが、お兄様はそんな私のことを落ち着かせてくれた。そっか。間違いない。本当にユーリお兄様なんだ。そう思うと、心がスッと落ち着くような気がした。昔はもっと張り詰めた感じだったけど、今は少し柔らかい印象になっている気がした。



 それから二人で食事を取った。私は甘いものが好きなのでたくさん注文すると、お兄様がそれを指摘してくる。


「なんですか。食事なんて私の勝手でしょうに」

「いいや。兄として妹の偏食は見逃せない。肉と野菜も食べなさい」

「……はぁい」


 渋々私は返事をして、お肉と野菜も食べることに。でも、『兄として』という言葉は素直に嬉しかった。たとえ嘘だったとしても、私はやっぱり兄妹というものに特別なものを感じていたから。



 そして、お兄様はどうして実力を隠しているのか、自分の目的は何なのか説明してくれた。なるほど……帝国の脅威が迫ってきているのか。その話は自体は納得できるものだったけど……なぜお兄様はそこまで強くなっていて、そんな情報を知っているんだろうか。


 そして私は、お兄様と一時的に一緒にパーティーを組むことになった。本心を言えば、それは興味本位だった。母以外の私の家族。この人はどんな人なんだろう。今まで淡々と物事をこなしてきたけど、お兄様のことを知りたいと私は思った。


 他人ひとに興味を持ったのは、この時が初めてだった。


「ありがとう。じゃあ、明日からまたよろしくな?」


 お兄様はスッと手を差し出して、強い視線で私のこと見つめてくる。その時、ドキッと心臓が跳ねる。い、いけない。いけない。だってお兄様は半分血がつながっている。きっとこの緊張感は、私が異性に触れる機会が少ないからだ。と自分を納得させる。幸い、感情が表にあまり出ないので悟られることはないだろう。


「あ、えっと……は、はい。よろしくお願いします」


 私はお兄様の手を握って、こくりと首肯する。お兄様の手は──とても大きかった。



「はぁ……ただいま」


 自宅へ戻ってきた。現在、私は王国を拠点としていて、少し大きめの部屋を借りて母と二人で暮らしている。それは冒険者としての収入が多いおかげだった。


「お帰りなさい。今日もお疲れ様」

「うん」


 着替えてから、母の作ってくれた食事を取る。私はそして──意を決してお兄様のことを話してみることにした。


「お母様」

「ん? 何かしら?」

「ユーリお兄様のことって、覚えてる?」

「ユーリ様。えぇ、もちろん覚えているわ。少しの間だけど、お世話させてもらったし。とても聡明なお方だったわ」

「私、お兄様に誘われて一緒にパーティーを組むことになったの」


 そう伝えるとお母様は大きく目を見開いて、驚きを示した。母もきっと聞いていて気持ちいのいい話ではないと思うけど、流石に隠すわけにはいかなかった。


「そう……なるほど。ユーリ様は冒険者になっていたのね」

「うん。でも、どうして私なんかに構ってくるんだろう」

「──ユーリ様は昔からお優しい方だったわ。それに、あなたたちは半分しか血がつながっていないとはいえ、兄妹だから。そうね。ユーリ様と接してみるのは、とてもいい機会になると思うわ。私も折を見て挨拶をしたいけれど……」


 母は微かに顔を曇らせる。母は正妻ではない。フィアリス家の屋敷にいた時、母は正妻にとても酷いことを言われていたのを私は知っている。フィアリス家はとても複雑な家系だ。


 いや、私の存在だけが異質なんだろうけど……。ただ、もうあの屋敷に戻ることはない。あの家の人と会うこともない。そう思っていたから、お兄様との出会いは本当に驚いたし、なんで私になんか優しくしてくれるんだろう。


「とりあえずは、お兄様と行動してみるね」

「えぇ。粗相の無いようにね」

「うん」


 お兄様の話題はそこで打ち切られた。母もその過去は向き合いたいものでは無いのだろう。私もずっと忘れていたことだけど、自分が改めてフィアリス家の血を継いでいるのだと自覚するようになった。



 翌日の昼。私たちは約束した時間に冒険者ギルドで落ち会う。


「おはよう、イヴ」

「おはようございます。お兄様」

「今日はそうだな。イヴの戦い方をもう少し見てみたい」

「分かりました」


 そうして私たちはダンジョンへと潜っていこうとした時、背後から声が聞こえてきた。



「──へぇ。妹さんと仲がいいみたいね」



 ぞくりと背筋が凍りつくような感覚を覚える。バッと振り返るとそこにいたのは、銀色の髪をした一人の女性だった。


 私が背後に立たれるのに気が付かなかった……? 私は自分の持つスキルの影響もあって、周りの気配を即座に感知できる。


 魔物であっても、人であっても背後に立たれることはほぼない。でも彼女はまるでそこに初めからいたかのように、佇んでいた。ニコニコと笑っているが、その瞳はまるで深淵を鮮明に映しているかのようだった。


「ちょっと近くまで来たから、挨拶をしようと思ったの」

「なるほど。イヴ。俺と一緒に行動しているリアだ」

「リアです。よろしくお願いしますね」

「は、はい。イヴと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」


 粗相がないように深く頭を下げて、私はリアさんに挨拶をする。一緒に行動をしている……? でも、仮に同じパーティーメンバーだとしたら、なんで別行動をしているんだろう。色々と疑問点はあったが、流石にそれはここでは聞けなかった。


「じゃあ、私はこれで。またね」

「あぁ」

「はい……」


 そして彼女は颯爽と去っていった。私はお兄様にリアさんのことを訊いてみることにした。


「あの……リアさんとはどのような関係なのですか?」

「ん? まぁ普通に仲間って感じだな。色々と縁があってな」

「なるほど。そうですか」


 てっきり恋人だと思っていたので、私はホッとして胸を撫で下ろす。ん? なんで私は安心しているんだろう。私はまだ、この胸に宿る奇妙な感情を言語化できなかった。


「さ、行こうかイヴ」

「はい」


 私はお兄様の後についていく。その背中は心なしかとても大きく見えた。


 心にぽっかりと空いた大きな穴。


 その伽藍堂がらんどうな穴に、何かが芽生えたような──そんな気がした。

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