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勇者(笑)の責任


「で、これはなに?」

 2人きりで話がしたくて、私は渡り廊下を通り、ひとけの無い校舎裏へとカルロスを引きずってきた。

「なんであんたが学校にいるのよ」

「一秒でも長くお前のそばにいるために決まってるだろう?」

「そう言うことを聞いてるんじゃ無いっての!! 何でこんなにあっさり入学できたかが知りたいの!!」

 私の言葉に、そういうことかとおっさんは一応納得したらしい。

「言っていなかったが、俺は人を操る魔法が使えるんだ!」

「人を操るとか、凄まじくやばそうなんですけど……」

「万が一の為に習得したんだ。それに悪いことには使わないから大丈夫だ!!」

 大丈夫には思えないが、祖父やクラスメイト達の受け入れの良さの理由は分かった。

 むしろ魔法でなかったら、あんな見え透いた嘘が通用するわけが無い。

「魔法が使えるなら、私が住むところ提供する必要なかったじゃん」

「そういわれると思って隠していた、その点はすまない」

 素直に頭を下げられるとそれはそれでたじろぐが、謝られてもまだ私の心はもやもやしてしまう。

「異世界人であることを隠すため、自然と周りにとけ込むことができる魔法は常時かけてあるんだ。だから多少不自然でも問題なく過ごせる」

「なんて都合がいい……」

「都合がいいくらいでないと、お前が困るだろう?」

「それはそうだけど」

「それに昨日、おじい様から聞いた。お前は私たちのせいで、いらぬ苦労を強いられたと」

 まじめな顔で告げるカルロスから察するに、どうやら祖父は私がいじめられていたことを話してしまったらしい。

「別にあんたのせいじゃない」

「いや、実は俺のせいなんだ。本来ならば、異世界での記憶は忘れさせるべきなのに、そうしなかった」

「忘れさせるって、そんなことできたの?」

 思わず驚くと、カルロスは小さく頷く。

「正確には夢だと強く信じ込ませる魔法だが、別れが辛すぎて、俺にはかけられなかった」

 しゅんと肩を落とし、カルロスはすまなかったと謝罪の言葉を重ねた。

「お前に忘れ去られることが怖かったんだ」

「だから、あんなにリアルに覚えていたのね」

 そのせいでやらかした数々の出来事を思い出すと、正直腹は立つ。

「ほんとうにすまない……」

 でも謝り続けるカルロスは反省を通り越してひどく凹んでいるようにも見えたから、責める気にはなれなかった。

 確かに忘れていれば防げていた事かも知れないが、幼い頃の私は色々と思い込みが激しかったし、夢だと分かっていても異世界のことを吹聴していた気もする。


「まあいいよ。もうすぎたことだし」

「よくはない。だからこそ、俺はここにきたんだ」

「ここって学校に?」

「そうだ。今度こそリンネが幸せな学校生活を送れるよう、全力で支える所存だ」

「いや、そういう気遣いはいらないかな」

「そんなドライにいいきるな!」

「だって、あんたがいた方が大変そうだし」

「うぐっ」

 素直にぶっちゃけすぎたせいか、カルロスは傷ついた顔でそばの壁に手をつく。

 そんな仕草すら絵になるのが多少腹立たしいが、私の言葉に本気で一喜一憂する彼はちょっとだけおもしろくもある。

「だが、こちらの世界にきたからにはリンネを幸せにしたい」

「別にいいのに」

「よくない。だって俺は、お前を愛しているんだ」

 言うなり手を捕まれて、そのまま無駄に逞しい胸板を押しつけられる。

 見た目以上に堅い筋肉にドキッとしたけれど、きっとそれは気のせいだ。

 こんなおっさんに、胸が高鳴るなんてどうかしている。

「すぐに気持ちを返してくれとは言わない。だが、お前を幸せにする権利は欲しい」

「だから、側にいさせろっていうの?」

「お前にはなるべく迷惑はかけない」

「現在進行形でかけてるけど」

 私の言葉にカルロスは呻くが、こちらに向けられた視線は未だ力強い。どうやら、かれはそれなりの覚悟をきめているようだ。

 だからこそ、少しだけ意地悪な気持ちも持ち上がる。

「それに、自分がいない方が私が幸せかもしれないとか考えたことない?」

「うぐぐっ」

「あとその年で高校生とか、おかしいと思わない?」

「そこは、あんまり」

「この世界ではおかしいことなの。うちの学校は私服だからいいけど、へたしたら学ランよ?」

「がくらん?」

「若い子だけが着れる制服のことよ。30越えのおっさんが着てたら全裸並に恥ずかしい服よ」

「……それは、いやだな」

「学ランの他にも、この世界には異世界には無い風習や物がいっぱいあるのよ? それを知らないのに、本気で高校生活送れると思ってるわけ?」

「そこはその、気合いでなんとか……」

「ならないから、ちゃんと勉強して」

 そう告げると、凹みすぎて悲壮感が漂っていたカルロスの表情に、わずかな光が射す。

「それは、勉強したらいても良いということか?」

「とことんいい方にうけとるのね」

「違うのか……」

 またここで肩を落とすカルロスを見ていると、責めすぎたことにちょっとだけ罪悪感が生まれる。

 再会は唐突だし、相手はおっさんだし、今のカルロスを受け入れろと言うのはやっぱり少し難しい。

 だって私は勇者だった過去を忘れ、一般人としていきるためにすさまじい努力をしたのだ。

 なのにいきなり、昔のようにカルロスと接することはできない。

 ……でも、彼が必死なのもわかるから、どうしても無碍にはできないのだ。

 やってることは唐突だし的を得ていないが、私のために行動してくれているのはわかる。

 その気持ちは正直重いし暑苦しささえ感じるけれど、向けられる好意が不快でないのが問題だ。

 腐ってもカルロスは初恋の人だし、おっさんだけど顔は精悍だから、そんな彼に愛を叫ばれ幸せを望まれるのは決して嫌なことではない。

 ただそれに答える覚悟のないまま、彼を側に置くのが心苦しいのだ。

「どうすれば、お前の側にいられる? お前が望むなら、下僕にだってなるぞ!!」

 けれどそんな私の心境などかまわず、どこからやってくるのか見当もつかない不屈の精神で、彼は私を口説き落とそうと必死だった。

 そういう部分を見ていると彼があきらめるとは思えないし、少なくとも今すぐ彼を遠ざけるのは気が引ける。

 もしかしたら、こっちの世界で別に好きな人ができるかもしれないし、彼の気持ちがさめるまでは、側にいてもいいのかもなんてことまで、うっかり考えてしまう。

 記憶の中の異世界よりは、美人と娯楽と平和に満ちた地球だし、彼女とまではいかなくても私以上に心を砕く何かをカルロスはここで得るかもしれない。

 むしろそうできるように手伝うことが、彼が異世界を捨てた原因としての責任かもしれないと思う。

「勉強して、まともな地球人になる覚悟があるなら側にいてもいい」

「ある! すさまじくある!」

「ちゃんとお金も稼げるようになってね。私のお小遣いにも限界あるし、おじいちゃんの年金食いつぶすわけにも行かないし」

「もちろんだ! 勉学だけでなく、ちゃんと労働にも励む!」

「あと、私のことだけじゃなくて自分のことも考えてね」

「……それは難しいな」

「難しくてもやるの。せっかく地球にきたんだし、帰れないなら尚更、人にあわせて生きてたら疲れちゃうわ」

「もしかして、俺のことを気遣ってくれているのか?」

「そりゃあ使うわよ」

 とたんに、おっさんの顔がぱぁっと明るくなる。

「気遣うのは、俺のことが好きだからか!?」

「それはちがうけど」

「否定が早い……」

「これはその、勇者としての責任みたいなものよ。自分が救った世界の住人が、地球で路頭に迷うとか寝覚めが悪いし」

「俺はもうすこし、特別な感情が欲しい」

「十分特別よ。少なくとも、私が心をかける異世界人はあなただけだし」

「俺だけか……そうか……それはいいな」

 ちょろすぎるカルロスは、そう言って悦に浸る。単純すぎて、正直心配になる。

「わかった。ひとまずはそれで十分だ。それ以上は、今後努力する」

 すっかり笑顔を取り戻し他と思いきや、カルロスはさらに強く私を抱きしめる。

 それが恥ずかしくてあわてて彼を遠ざけるが、気がつけば彼の顔が間近で、私を見つめていた。

「ちなみに、お前の特別は唇を奪われてもいいくらいの特別か?」

「それは、だめ」

「なら、ここならいいか?」

 額に押しつけられた柔らかな温もりはカルロスの唇に違いなく、私は驚きのあまり身動きがとれなくなる。

 優しい口づけはかつて見た夢の中で、彼がしてくれたものとなにも変わらなくて……。

 それがかつて彼に抱いていた気持ちを刺激して、私を混乱させる。

 おっさんなのに、どことなく枯れた容姿なのに、唇がかさかさじゃないなんて卑怯だなんてことを考えて気持ちは誤魔化したけれど、胸の動悸だけはなかなかおさまらない。

「そっ……そういうのは、学校でしちゃだめだから!」

「家ならいいのか?」

「い、家でもだめ!」

 どこでもだめだと言えば、カルロスはわかりやすく凹む。

 その顔にほんの少しだけキュンときたことは無視して、私は今度こそ彼の体を遠ざけた。

 おっさんにどきどきするなんて、私男に飢え過ぎなのかもしれない。そろそろ新作の乙女ゲームでも買ってイケメンを補給しなければ。

「それか、田中先輩とつき合えてたら、もうちょっと冷静になれたのかな……」

「おい、田中とは誰だ!」

 うっかり口に出た独り言のせいで騒ぐカルロス。

 しかしタイミング良く予鈴がなり、二人きりの時間を切り上げる口実ができた。 

 でもたぶん、奴はそう簡単にはあきらめないだろうから、何か適当にごまかす方法を考えなければと思いつつ、私は教室へと歩き出す。



「浮気はだめだぞ! お前は、俺の婚約者なんだ!」

「約束をしたのは10歳の頃よ? 時候よ時候」

「婚約は婚約だし、言ったことにはそれなりの責任を取れ! お前だって、本当は俺が好きなはずなんだから」

 その自信はどこから来るのかと思うが、あきらめの悪さは異世界人だからなのかもしれない。

 なにせ国を救うために、異世界から幼い少女を呼び寄せ、ドラゴンを倒させるような奴らだ。

 なりふり構わないレベルは地球人のそれを凌駕している。

 だからとりあえず、今は適当にあしらっておこう。もしかしたら、そのうちうっかり帰るかもしれないし。

「あとそうだ、順応するのももちろんだけど、帰る方法もさがしてね」

「お前も、久しぶりに俺の国にきたくなったか?」

「帰るのはあなた一人に決まってるでしょう」

「……その言葉も、いつかかえさせてやる」

 カルロスは新しい覚悟を決めたようだが、私はたぶんそうならない。

「幼い頃のように、別れたくない、一緒にいたいと泣かせてやるからな」

「多分ないけど、がんばるのは個人の自由よね」

「素っ気なく言うな!」

 だって、彼との別れが悲しくなるなんて絶対にあり得ない。

 確かに幼い頃の私はカルロスとの別れに涙したけれど、今の私はもう違うのだ。

 今度はきっと笑顔で、そして晴れやかな気持ちでバイバイと手をふれるに違いない。

 いやむしろ手を振ってやると、私は内心意気込んだ。

「くそ、絶対惚れさせてやる」

「私のことより、早くここに馴染むことを考えて」

 学校の廊下をおっさんと並んで歩きながら、私は高校生活最後の1年が波乱にみちる予感を抱く。

「相変わらずつれないな……だが恋人との学校生活か……うん、やはり悪くないな……」

 なんてことをぶつぶつ言っているカルロスは頭がお花畑過ぎるし、きっと苦労は絶えないだろう。

 来月からは新学期、それまでに少しでも彼を日常に溶け込ませなければと、私は無駄に大きなおっさんを見ながら、ひとり決意した――。




勇者(笑)は再会の責任を取らされる【終わり】

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