想定外の婚約者と、完璧すぎる罠(?)
息が詰まりそうだった。
純白のウェディングドレスは、見た目の美しさとは裏腹に、鉛のように重い。幾重にも重ねられた最高級のシルクと、惜しげもなく散りばめられた真珠やダイヤモンドの装飾。ウエストを限界まで締め付ける特注のコルセットは、私の肺から容赦なく酸素を奪い取っていく。
「お嬢様、どうか息を吸ってくださいませ」
「マリー、もう十分よ。これ以上ウエストを細く見せたところで、私の運命が好転するわけでもないのだから」
私の専属メイドであり、乳母の娘でもあるマリーの言葉に、私は乾いた笑いで返した。
鏡に映る自分は、まるで精巧に作られた人形のようで、見知らぬ誰かのように作り物めいて美しい。銀糸のように輝くプラチナブロンドの髪は複雑に編み込まれ、サファイアを思わせる青い瞳は、心の奥底にある不安を悟られないよう、微かに伏せられている。
ここは私の祖国・アランデル王国の国境沿いにある小さな教会。
そして、あと数時間もすれば、私はもうアランデルの人間ではなくなる。
「本当に、よろしかったのですね……」
マリーが、私のベールを整えながら、堪えきれないといった様子で涙声で呟いた。彼女の気持ちは、痛いほどによくわかる。私だって、心から望んでこの結婚を受け入れたわけではないのだ。
私、ルチア・フォン・アルバーンは、アランデル王国を支えるアルバーン公爵家の長女として生を受けた。
アランデル王国は、豊かな緑と清らかな水に恵まれた美しい国だ。しかし、資源が乏しく軍事力も決して強固とは言えない。対して、隣国であるガルディア帝国は、強大な軍事力と広大な領土、そして無尽蔵とも言える資源を持つ圧倒的な大国だった。
ここ数年、国境付近での小競り合いが絶えず、我が国は常に帝国の脅威に晒されていた。いつ国境線を越えて大軍が押し寄せてきてもおかしくない、薄氷を踏むような平和。
そこで持ち上がったのが、両国の確固たる和平の証としての「政略結婚」だった。
白羽の矢が立ったのは、王族の血を色濃く引き、年齢的にも適齢期を迎えていた私だった。
お父様もお母様も、そして国王陛下でさえも、私に頭を下げた。「どうか、国のために犠牲になってくれ」と。
私が断れば、明日にも戦争が再開され、罪のない領民たちの血が流れるかもしれない。貴族として、公爵家の娘として、私に「いいえ」という選択肢は最初から存在しなかった。
そして、私の結婚相手となるのは、ガルディア帝国の若き公爵、アレクシス・フォン・ローゼンバーグ。
噂によれば、彼は若くして辺境の猛者たちを束ねる冷酷無比な将軍であり、戦場では死神と恐れられているらしい。敵兵を容赦なく切り捨てる血も涙もない男。おまけに、過去に何人もの婚約者が、彼の本性を恐れて夜逃げ同然で逃げ出したという、真っ黒な噂まで囁かれている。
きっと、血と鉄の匂いが染み付いた、熊のように巨大で恐ろしい男に違いない。あるいは、夜な夜な怪しげな儀式を行って若い娘を痛めつけるような、残忍な好色家か。最悪の場合、私より何十歳も年上の、白髪の老人という可能性だってある。
「大丈夫よ、マリー。泣かないで。これも貴族に生まれた者の、果たすべき義務よ。お父様とお母様、そしてアランデルの民を守るためだもの。それにね……」
私は自分自身に言い聞かせるように、震える唇から言葉を紡いだ。
「初めから相手に何も期待していなければ、傷つくこともないわ。ただ息を潜めて、嵐が過ぎ去るのを待つように、静かに公爵夫人としての飾り物を演じ切るだけ。愛なんて求めないわ」
そう、これは単なる国と国との契約に過ぎない。
私に求められているのは、愛されることではない。お飾りの妻として、大人しくガルディア帝国に人質として存在していること。あわよくば、ローゼンバーグ家の跡継ぎを産むこと。
もし彼に何人も愛人がいようと、屋敷の離れで冷遇されようと、決して文句は言わない。たとえ暴力を振るわれたとしても、耐え忍ぶ。それが、敗戦国同然の立場で嫁ぐ、政略結婚の鉄則だ。
覚悟はとっくにできている。私の心は、すでに冬の湖面のように冷たく、そして固く閉ざされていた。
やがて、教会の鐘が重々しく鳴り響いた。
運命の時が来た。私は深く息を吸い込み、マリーに背中を押されるようにして、重い扉の向こうへと足を踏み出した。
祭壇の前に立つ人影を見た瞬間、私は自分の目を疑い、危うくヒールの足を捻りそうになった。
そこには、熊のような大男も、醜悪な好色家も、年老いた老人もいなかった。
長身で、均整の取れたしなやかな体躯。軍服を思わせる漆黒の礼装が、彼の洗練された美しさをこれでもかと際立たせている。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光を受けて輝くのは、滑らかな黄金色の髪。そして、私に向かって振り返った彼の瞳は、宝石よりも美しく、吸い込まれそうなほどに深いエメラルドグリーンだった。
「……?」
思わず、礼儀作法も忘れて間抜けな声が漏れそうになった。
同年、いや、おそらく私より二、三歳年上だろうか。とにかく、神が気まぐれに創り出した傑作としか思えない、息を呑むほど美しい、一幅の絵画のような青年がそこに立っていたのだ。
彼が、祭壇からゆっくりと私に向かって歩み寄ってくる。その所作には一点の隙もなく、洗練された高位貴族としての余裕と優雅さが漂っていた。
「初めまして、ルチア嬢。アレクシス・フォン・ローゼンバーグです。アランデルからの長旅、さぞお疲れになったでしょう」
ベルベットのように滑らかで、低く落ち着いた声が耳元をくすぐる。
恭しく差し出された彼の手は、大きくて、そして驚くほど温かかった。純白の手袋越しにも伝わる確かな体温に、私は思わずビクッと肩を震わせてしまった。
「は、初めまして……ルチア・フォン・アルバーンです。本日は、よ、よろしくお願いいたします」
なんとか淑女としての矜持を保ち、言葉を絞り出したが、頭の中は前代未聞の大混乱に陥っていた。
(どういうこと!? 死神って聞いていたのに! こんな眩しいほどの超絶美形なんて、事前情報と全く違うじゃないの!)
私の心臓が、恐怖とは全く別の理由で早鐘のように打ち始める。
しかし、次の瞬間、私の脳内に配備された危機管理警報がけたたましく鳴り響いた。
――待ちなさい、ルチア。目を覚ますのよ。外見に騙されてはいけないわ!
外見が天使のように美しいからといって、内面がまともとは限らない。むしろ、この圧倒的な美貌と高い身分を持ちながら、数々の黒い噂が飛び出したということは……よほど性格に致命的で凶悪な欠陥があるに違いないわ!
そうよ、絶対に裏がある。
今は教会の神父様やアランデルの使節団の手前、こうして優雅に紳士的に振る舞っているけれど、二人きりになって扉を閉めた途端、突然豹変して鞭を取り出すタイプかもしれない。あるいは、精神的に私をじわじわと追い詰めて楽しむ、生粋のサディストか。
(油断してはダメ。これは巧妙な罠よ。私の警戒心を解いて、後からどん底に突き落として絶望する顔を楽しむつもりに違いないわ!)
私はギュッとドレスの布地を握り締め、彼を鋭く見上げた。
「……どうかしましたか? 少し顔色が悪いようですが。気分が優れないなら、式の進行を遅らせましょうか?」
アレクシス様が、エメラルドの瞳を心配そうに歪めて私を覗き込んでくる。
「い、いえ! なんでもございません! ただ、少し緊張しておりまして……」
「無理もない。君にとっては急な話だった上に、故郷を離れる不安もあるだろう。今日はひどく疲れているはずだから、式が終わったらすぐに休むといい」
優しい。言葉の端々に、私への気遣いが滲み出ている。
しかし、私は騙されない。
(ほらキタ! 『休むといい』と言いつつ、私が本当に休んだら『怠惰な女だ。初日から妻としての務めを怠るとは何事か!』と責め立てる大義名分にする気ね!? その安っぽい手には乗らないわ!)
私は内心で滝のような冷や汗をかきながら、精一杯の作り笑いを浮かべた。
「お気遣い痛み入ります。ですが、公爵夫人としての務めはしっかりと果たす所存ですので、ご心配には及びません」
「……そう? ならいいのだけれど。無理はしないでほしい」
アレクシス様は少し不思議そうな、どこか寂しげな顔をした後、微かに微笑んで私の手を引いた。
その儚げな笑顔の破壊力たるや、並の令嬢なら瞬殺されてその場に崩れ落ちるレベルである。しかし、徹底的に警戒レベルを最大まで引き上げている私には、それが「獲物が罠に掛かるのを待つ肉食獣の笑み」に見えて仕方がなかった。
厳かな結婚式は滞りなく終わり、私たちは馬車に揺られて数日をかけ、ついにガルディア帝国の領地、ローゼンバーグ公爵邸へと到着した。
お城のように広大で豪華絢爛な屋敷。立ち並ぶ大勢の、隙のない使用人たち。
そして、ついに迎えた恐るべき「初夜」。
私室として与えられたのは、帝国の皇女が使うような天蓋付きの巨大なベッドが置かれた、信じられないほど豪華な部屋だった。床には分厚い絨毯が敷き詰められ、調度品はどれも一級品ばかりだ。
最高級のシルクでできた、肌が透けそうな薄手のネグリジェに着替えさせられた私は、部屋の中央にあるアンティークのソファに背筋をピンと伸ばして座っていた。
時計の針は、すでに深夜を指している。
(来る……ついに彼が本性を現す時が来るわ……)
心臓が喉から飛び出そうだった。
メイドのマリーには、出発前に「お嬢様、帝国の貴族の初夜には、特別なムチやロウソク、それに鎖などが使われることもあると、布告書で読みました!」と泣きながら脅されていた。
もし彼が凶器を持って部屋に入ってきたらどうしよう。悲鳴を上げたら私の負けだ。「アランデルの女は根性がない」と笑われる。私はアランデルの盾なのだから、どんな屈辱にも、どんな痛みにも耐え抜かなければならない。
「よし……来い、死神!」
小さな声で気合を入れたその時、コンコン、と控えめなノックの音が静寂を破った。
「ルチア、入ってもいいだろうか」
「は、はいっ! どうぞ!」
ガチャリと重い扉が開き、アレクシス様が入ってきた。
彼は威圧的な軍服を脱ぎ、ゆったりとしたシルクのナイトガウン姿だった。湯上がりなのか、少し濡れた黄金の髪が色気を醸し出しており、私の心臓がトクトクと無駄に跳ねる。
しかし、私はすぐに彼の両手を確認した。ムチも、ロウソクも、手枷も握られていなかった。
代わりに彼は、小さなワゴンを押していた。そこには、湯気を立てるティーポットと、可愛らしい陶器のカップが二つ、そして小ぶりな焼き菓子が乗っていた。
(……お茶? 深夜にお茶? いや、騙されないわ。きっとあの紅茶には自白剤か、あるいは体の自由を奪う薬、最悪の場合は痛覚を倍増させる薬が盛られているに違いない!)
「遅くなってすまない。長旅の疲れがどっと出ている頃だと思って、温かいハーブティーを淹れてもらったんだ。カモミールとラベンダーのブレンドで、安眠効果があるからね」
彼は私に向かい合うようにソファに座ると、優雅な手つきで紅茶を注ぎ、私に差し出した。
甘く、花のようないい香りが鼻腔をくすぐる。
私はカップを受け取ると、両手で包み込むように持ち、彼をじっと見つめた。
「ありがとうございます。……あの、アレクシス様は、飲まれないのですか?」
「ああ、私も一緒にいただくよ」
彼は自分のカップを口に運び、美味しそうに一口飲んでみせた。
(……毒見はクリアしたわね。でも、彼だけ事前に解毒剤を飲んでいる可能性だって十分にあるわ! 帝国の将軍なら、その程度の策は弄するはず!)
私が疑心暗鬼に駆られてお茶を口にできずに固まっていると、彼はふっと表情を和らげ、私を優しく見つめた。
「ルチア。君は、この結婚に酷く怯えているね?」
ビクッと肩が大きく揺れた。図星を突かれたからだ。
「い、いいえ! そのようなことは決して……」
「隠さなくていい。当然のことだ。遠い異国に一人で嫁ぎ、顔も性格も知らない男と生涯を共にしろと突然言われたのだから。それに、私の良くない悪評も、君の耳には入っているのだろう?」
彼の自嘲気味な笑みに、私は思わず言葉を失った。
「私は、君に無理を強いるつもりは一切ない。君がこの環境に慣れ、私のことを少しでも信用できるようになるまで、君の嫌がることは絶対にしないと、ここに誓うよ」
真摯な瞳。真っ直ぐで誠実な言葉。
それは、私が予想していた「残忍なサディスト」のセリフとは完全にかけ離れていた。
だが、私は知っている。貴族の男の甘い言葉ほど、信じられないものはないということを!
(なるほど……そういう作戦ね! 『君の嫌がることはしない』と紳士ぶって私を安心させ、自ら進んで身を捧げるように仕向ける高等テクニック! あるいは、私が油断してだらしない態度をとった瞬間に『怠慢な女だ』と断罪する気ね! なんて恐ろしく、狡猾な男なの……!)
私の脳内会議は、すでに誰にも止められないほど明後日の方向へと爆走していた。
「あ、あの……お気遣いは大変感謝いたしますが、私は妻としての義務を放棄するつもりは毛頭ありません。この結婚の意義は深く理解しておりますゆえ、そのような……猶予を与えていただく必要は……」
私が震える声でそう宣言すると、アレクシス様は驚いたように大きく目を見開いた。
「……ルチア。君は、自分の意思や感情を殺してまで、私に抱かれると言うのか?」
「それが、ここに嫁いできた私の役目ですから」
「……」
アレクシス様は深く、本当に悲しそうなため息をつき、頭を抱えた。
「すまない、私の言葉が足りなかったようだ。私は、君を『義務』や『役目』という言葉で縛り付けたくないんだ。私たちは今日、初めて言葉を交わしたばかりだ。まずは、お互いを人として知ることから始めないか? 友人として、あるいは同居人として。君が心から私を受け入れ、私を夫として認めてくれるその日まで、私はいつまででも待つよ」
そう言って、彼は私の頭に大きな手を伸ばし、優しく撫でた。
ポンポン、と迷子の子供をあやすようなその温かい仕草に、私は完全に思考が停止し、石像のように固まってしまった。
(ま、待つ!? この私が心から受け入れるまで!? ……つまり、私がいつまで経っても彼を受け入れなかったら、それを大義名分にして私を離縁する気ね!? 『妻がいつまでも心を閉ざし、拒絶し続けたから』という完璧な理由を作って、アランデル王国に責任を全て押し付ける気だわ! そうすれば、帝国は正当な理由で我が国を攻めることができる!)
なんという壮大で狡猾な国家レベルの策略。死神という異名は伊達ではなかった。暴力でねじ伏せるのではなく、真綿で首を絞めるように私を追い詰め、精神的に降伏させる気なのだ。
「……わかりました。アレクシス様がそう仰るなら、お言葉に甘えさせていただきます」
私は必死に表情を取り繕い、覚悟を決めてカモミールティーを口に運んだ。
温かくて、蜂蜜の優しい甘さがじんわりと強張った胃に染み渡る。……あれ、普通にすごく美味しい。舌が痺れることも、意識が遠のくこともない。
「美味しいかい?」
「はい……とても。温まります」
「よかった。今日はもう遅いから、広いベッドでゆっくり休みなさい。私はあちらのソファで寝るから」
「えっ!? そ、そんな! 公爵様を、このような硬いソファで寝かせるなど……!」
「気にしないでくれ。戦場では泥の上で野営するのが当たり前だから、屋根があって、風をしのげて、柔らかいクッションがあるだけで十分すぎるほどさ。それに、いくら夫婦とはいえ、出会ったばかりで君と同じベッドに入るわけにはいかないだろう? ……君が、私を心から信じてくれるまではね」
彼は優しく、どこか照れたように微笑むと、本当にガウンのままソファに横たわってしまった。薄い毛布一枚を被り、あっという間に規則正しい寝息を立て始める。
私は、ポツンと一人、五人は寝られそうな巨大なベッドに残された。
静寂に包まれた豪華な部屋の中で、私は混乱の極みに達していた。
(本当に寝た……? 嘘でしょ? これも罠? 私が油断して眠りに落ちた瞬間、暗闇の中で襲いかかってくるつもり?)
私は毛布を頭まですっぽりと被り、息を殺して彼の動向を窺った。
十分経過。
三十分経過。
一時間経過。
ずっと時計の針の音しか聞こえていない……な、何も起きない。
ただ、アレクシス様の静かで落ち着いた寝息が、微かに部屋に響いているだけだ。
そして、カモミールティーの確かな安眠効果と、長旅の蓄積された疲労、そして極度の緊張からの解放が相まって、私のまぶたは物理的な限界を迎えていた。
(だ、ダメよ……寝ちゃダメ……彼が、いつ本性を現すか…………)
抗いがたい強烈な睡魔に襲われ、私はふかふかの最高級の羽毛布団に沈み込むようにして、あっさりと意識を手放したのだった。
翌朝。
窓の外で鳴く小鳥のさえずりと、差し込む朝日で目を覚ました私は、自分が一人でベッドをだらしなく大の字で独占して爆睡していたことに気づいて跳ね起きた。
「しまった! 油断した!」
慌てて自分の身体を確認し、周囲を見渡すが、すでにソファにアレクシス様の姿はなかった。
綺麗に畳まれた毛布と、サイドテーブルの上に「おはよう。朝食はダイニングで待っているよ。疲れているだろうから、ゆっくりで構わない」と書かれた、流麗で美しい筆跡のメモが残されているだけだった。
本当に、何もされなかった。
手を出されなかったどころか、朝までぐっすり寝かせてくれたのだ。
「……なるほど。そういうことね。完全に理解したわ」
私はメモを強く握りしめ、一人で深く納得したように何度も頷いた。
(初夜に手を出さないことで、私の強張った警戒心を解きほぐす作戦。そして、「優しくて理解のある夫」を完璧に演じることで私の完全な油断を誘い、私が気を許した瞬間に、私の口から本音や祖国の軍事機密を引き出そうとしているんだわ! ええ、間違いない。私にトラップを仕掛け、スパイ容疑で断罪しようとしているのね!)
私の貧困な想像力の中では、アレクシス様が冷酷な笑みを浮かべながら、地下牢で私を冷徹に尋問する姿が鮮明に浮かび上がっていた。
「負けないわ……。あなたがその気なら、受けて立つわ。私は『何も知らない、ただの無邪気であなたを愛する妻』を完璧に演じ切って、あなたの罠を全て回避してみせる!」
私は両手で固くガッツポーズを作り、爽やかな朝の光に向かって、大いなる勘違いの決意を固めた。
優しすぎる完璧な夫と、彼の行動を全て「私を陥れるための高度な罠」だと読む私。
今日も今日とて、平和で穏やかすぎる公爵邸で、私一人が孤独に、敵と全力で戦い続けるのだった。




