03.主人を見下すメイドに制裁を与える
「アビゲイル様。おはようございます」
メイドは主人の返事を待つことなく、部屋に入ってくる。
その手には冷めきった紅茶が入ったティーカップを乗せたトレイがある。トレイを片手にしながら、扉を閉める。そして、椅子に座っているアビゲイルを見て目を見開いた。
着替えが済んでいるのはいつものことだ。
しかし、地味なドレスを選ぶことが当然になっているのにもかかわらず、アビゲイルは真っ赤な派手なドレスを着ていた。
「……今すぐ、着替えてください」
「あら、どうしてかしら」
「その口調もなんですか。偉そうな口調はしないでください」
メイドは苛立った口調で言う。
その口調を注意しようとした乳母をアビゲイルは制止する。自分で制裁を加えると決めたのだ。
……どうして、メイドに怯えていたのかしら。
逆行前の自分を恥じる。
メイドの言いなりになっていた。
「ダリア」
メイド、ダリアの名を口にする。
名を呼べば不機嫌そうな顔をしてダリアはアビゲイルを見た。紅茶を雑に机の上に置く。零れたことを気にする様子もなかった。
「名前を呼ばないでください」
ダリアは拒絶をした。
アビゲイルの味方など乳母しかいないのだというかのような大きな態度をとる。乳母に権力はない。しかし、アビゲイルを幼い頃から支えてきたのは乳母だった。
「気弱令嬢がなんのつもりですか? 似合ってもない赤いドレスを着ちゃって、恥ずかしいですよ。ローザさん、すぐにいつもの地味なドレスに着替えさせてください」
ダリアはアビゲイルを見下している。
乳母、ローザに命令をするとソファーに腰をかけた。仕事をするつもりなど、ダリアには微塵もなかった。自由に仕事を休めるからこそ、使用人から見下されているアビゲイルの専属メイドに志願したのだ。
アビゲイルを慕っている使用人も少なくはない。
しかし、彼女たちは気弱令嬢と見下されているアビゲイルを主人として認めるわけにはいかなかった。バンフィールド公爵家の主人は悪でなければならないのだ。気弱な令嬢には務まらない。
ローザは動かなかった。ダリアに従う必要などなかったからだ。
「ローザさんもなんですか。フィオナお嬢様に言い付けて解雇させますよ」
ダリアはフィオナの名を出した。
フィオナはバンフィールド公爵家の養女だ。権力などない。それなのにもかかわらず、一部の使用人からはバンフィールド公爵家の後継者かのような扱いを受けいていた。ダリアもその一人だったl
「フィオナに権限はないわ」
アビゲイルは反撃を始めた。
足を組み、困った表情を浮かべる。
それに戸惑ったのはダリアだった。
「そんなはずはありません。フィオナお嬢様はバンフィールド公爵家の後継者です!」
ダリアは大声をあげた。
それはフィオナが使用人に対して頻繁に口にしていることだった。本当の後継者は自分なのだと何度も使用人に言い聞かせていた。
ダリアのように単純なメイドはそれを信じてしまっていた。
……かわいそうに。
同情をしてしまう。
嘘の情報を信じてしまったからこそ、横柄な態度をとってきたダリアの将来は台ないしになってしまう。ダリアは真面目に働けば使えるメイドだった。しかし、主人を見下すような態度をとっていては、他の貴族の屋敷で働くために必要な紹介状を書いてもらうことはできないだろう。
すべて、フィオナを信じてしまったからこその悲劇だった。
「バンフィールド公爵家の後継者はわたくしよ」
アビゲイルは告げた。
その言葉にダリアは反撃をしようとしたものの、なにも言えなかった。
「今日をもって、ダリアを解雇するわ」
「なぜですか!」
「主人を見下すようなメイドは必要ないのよ」
アビゲイルはゆっくりと足を組むのをやめて、立ち上がる。
それからダリアに近づいた。
その姿は、ダリアは肖像画でしか見たことのない前公爵夫人とよく似ていた。それを思い出し、ダリアは怯える。そして、背を向けて部屋を飛び出した。
「アビゲイルお嬢様がご乱心ですー!!」
ダリアは叫んだ。
そして、それを聞きつけた使用人たちが集まってくる。
それをアビゲイルは待っていた。多くの使用人たちの前でダリアを解雇するのだ。そうすることでアビゲイルは気弱令嬢ではないのだと再認識をさせるつもりだ。
「ご乱心はダリアでしょう?」
アビゲイルはダリアを蹴り飛ばす。
廊下に飛び出したダリアはその場で転ぶ。そして、部屋から出たアビゲイルの姿に多くの使用人たちが目を見開いた。
そこには気弱令嬢はいない。地味令嬢もいない。
前公爵夫人の面影を持ったアビゲイルが立っていた。
廊下に出たアビゲイルは尻もちをついたダリアを見下ろす。
「わたくしを見下す使用人はいりませんわ」
アビゲイルは再度告げる。
「ダリアを解雇いたします。今すぐ、公爵邸から出ていきなさい」
「そんな! 紹介状を書いてもらわなくては仕事ができません!」
「仕事をしなかったでしょう。主人を見下すような者を他家に紹介などできませんわ」
アビゲイルは縋りつこうとするダリアの手を蹴った。
横柄な態度も乱暴な態度も、公爵家の後継者ではあれば許される。公爵家の後継者は悪でなければならない。アビゲイルは悪女であることを求められていた。
理不尽な真似はしない。
しかし、制裁はしっかりと与える。
その姿を見せつけるためだけにダリアを利用した。
「誰でもいいわ。わたくしの代わりにこの者を外に追い出してくれないかしら」
アビゲイルは困ったようにそう言った。
足では蹴るものの、あまり、触りたくはない。
そう訴えるかのような仕草に大勢の使用人が手をあげた。
「私がしてきましょう」
「いえ。ここはわたしが」
「俺にお任せください!」
次から次へと名乗りをあげる。
アビゲイルが変わったことを認めたのだろう。
この日を待っていたとばかりに使用人の目は輝いていた。一方で震えている者もいた。ダリアと同じようにフィリアを支持していた者たちだ。
「誰でもいいですわ」
アビゲイルは微笑んだ。
「この者を二度と屋敷にいれないでちょうだい。不愉快だわ」
アビゲイルはそれだけを言い残し、部屋に戻る。
扉を閉め、廊下の声を聞くかのように扉に耳を当てた。ダリアを誰が追い出すか、撮り合いが起きていた。取り合いの結果、大勢でダリアを外に出すことが決まり、ダリアは成す術もなく、追い出されたのだった。




