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逆行した悪女公爵は復讐を誓う  作者: 佐倉海斗
第一話 気弱令嬢は逆行し、悪女に変わる
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02.悪夢を回避するために猫を被るのを止める

 アビゲイルは飛び起きた。

 目が覚めた場所は見慣れたアビゲイルの部屋だった。馬車ではない。


「……どうしてですの……」


 なにが起きたのか、よくわからない。


 しかし、生きていることだけは確かだった。


 アビゲイルはメイドが来る前にベッドから降り、何気なく、カレンダーを確認する。日付は三年前の誕生日だった。15歳の誕生日に戻ってきたのだ。


 ……逆行?


 逆行を可能にする魔法が存在しているのは知っている。しかし、代償が大きいため、禁忌魔法に認定をされており、その存在は秘匿されている。


 アビゲイルが知っているのは、禁忌魔法を封印する役割を担っているバンフィールド公爵家の後継者だからだ。


 ……どうして、わたくしが。


 誰かが逆行魔法を使ったのだろう。


 その誰かとは恐らく父親であるチャーリーだ。禁忌を犯してまでアビゲイルを蘇らせようとしたのだろう。そうでなければ、逆行魔法の存在を知る者はいないはずだ。


「アビゲイルお嬢様」


 懐かしい声に振り返る。


 そこには逆行前には追放されていた乳母の姿があった。


「今日はお目覚めがお早いのですね」


「ばあや」


「はい。なんでしょう」


 乳母は返事をする。


 それがなによりも嬉しく、アビゲイルは乳母に抱き着いた。


「わたくし、変わるわ」


 アビゲイルは泣きながら宣言をした。


 乳母を手放したくなかった。


 二度と守れないのはごめんだった。


「ばあや、ずっと、傍にいてちょうだいね」


「ずっとは無理ですね」


「どうして」


 アビゲイルは涙を流しながら問いかける。


 それに対して乳母は優しく笑った。


「四十も離れておりますもの。お嬢様をおいて、ばあやは天国にいってしまいますよ」


 乳母はそういうとアビゲイルは泣きながら笑った。


 当然のことだった。


 年の差は埋めることができない。順調にいけばアビゲイルよりも先に乳母は亡くなるだろう。


「そうよね。ばあや。ばあやは正しいわ」


「どうされたのですか。お嬢様。また辛いことでもございましたか?」


「ううん、違うの。悪夢を見ただけよ」


 アビゲイルは涙を拭う。


 それから乳母を抱きしめるのをやめて、笑ってみせた。


「わたくし、猫を被るのはやめにしますわ」


 アビゲイルの宣言に対し、乳母は嬉しそうに笑った。


「目が覚めましたのね、お嬢様」


「うん。そうよ。気弱令嬢なんて二度と言わせないわ」


 アビゲイルは笑う。


 そして、豪快にベッドに座り直した。


 ……変わるのよ。


 猫を被るのは終わりだ。


 これからは好きなように生きるのだ。


 ……あのような死に方をしてたまるものですか。


 馬車が崩壊することはありえない。誰かが細工をしたのだろう。


 アビゲイルをこの世から消すために細工をされていた。


 それが許せなかった。


「ばあや。赤色のドレスにするわ。お母様の形見のドレスよ」


「ええ。奥様も喜ばれるでしょう」


「それからデザイナーも呼んでちょうだい。地味なドレスは全部捨てるわ」


 アビゲイルは地味な服装ばかりをさせられていた。


 フィオナの引き立て役に使われたのだ。


 ……わたくしは、お母様譲りの美人ですもの。


 自分自身に言い聞かせる。

 自信はなかった。しかし、フィオナの引き立て役は二度としたくはない。


「そうしましょうか」


 乳母は衣装室に向かった。


 そして、慣れた手つきで母親の遺品である赤い派手なドレスを手にして戻ってくる。大事に保管をしていたのだろう。汚れの一つもなかった。


 形見のドレスに着替える。


 着替えを手伝っていた乳母の目には涙が溜まっていた。


 派手なドレスは不思議なくらいにアビゲイルに似合っていた。


「ばあや。わたくしは悪女になるわ」


 着替えの最中、アビゲイルは宣言をする。


「バンフィールド公爵家の後継者にふさわしい悪女になってみせるわ」


「公爵様も喜ばれるでしょう」


「そうね。父上は喜んでくださるはずよ」


 アビゲイルは笑う。

 その綺麗な笑顔を見たのは何年ぶりだろうか。


 無表情を貫いてきた。気弱な令嬢を演じるのに感情的になるわけにはいかなかった。いつのまにか、感情表現が苦手になっていた気がする。


 アビゲイルの言葉に乳母は感激した。


 バンフィールド公爵家は悪役を担ってきた。軍国主義に染まりつつあるオルコット帝国を支えるためには必要な悪だった。それがバンフィールド公爵家の役割だ。戦場で活躍し、皇帝に勝利を捧げるためならば手段を選ばない。


「ドレスがお似合いですよ、お嬢様」


 乳母は笑顔で告げた。


 亡き母親とそっくりに育ったアビゲイルは胸を張る。姿勢を良くする。舌を向いて過ごしてきた日々は終わりだ。


「当然でしょう? お母様と――、いえ、母上と父上の娘だもの」


 アビゲイルは言い直す。


 幼い頃、使っていた母の呼び方を捨てる。


「母上の誇りでなければならないわ」


 アビゲイルは強くなければならない。


 そのためには美しいだけの過去の思い出に縋っている日々は終わりだ。


 前を向かなければならない。そのために過去を捨てるのだ。


「まずは手伝いもしないメイドの教育からね」


 アビゲイルは椅子に座る。


 その横に乳母は立つ。


 本来ならば手伝いに来なければならないメイドは、遅刻をしても責められないと思っているのだろう。歳のいった乳母がいればなにもしなくても良いと思っている。


 それはアビゲイルを主人として認めていない証拠だった。


 逆行前はなにも言えなかった。


 そのおかげで自分でドレスを着れるようになってしまった。貴族の令嬢としてはありえないことだった。


 扉が三回叩かれる。


 礼儀作法だけはしっかりと守るのは、周囲の目を気にしている証拠だ。アビゲイルの起床時間が遅いかのように装ってきたのだろう。


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