君に唄うは、子守唄
*後半、R15かもしれない性に触れる描写がある為、お子様はブラウザバックでお願いします。
――よ
しっている。
――しているから
わかっている。
――て、いるのに
それでも。
――を、あいして、いるのだよ
それだけで、すんでいたのなら、わたしは、いま、ここにいなかった。
言い捨てて、優しい声から背を向けた。
今までと、変わることなく。
これからも、変える気も無く。
……汚濁と怨嗟の向こう側、奇妙に静謐な彼岸とのあわいにて、微笑む気配は、ひどく、もの哀しい。
◆◆◆
血流と共に身体を巡る熱は、まだ皮膚を突き破らんと暴れだす程ではないが、微睡の妨げには十分すぎる。
ただ横になって、瞼を閉ざしていただけのリアは、異様に研がれた感覚が捉えたものに、溜息を吐きたくなった。
元々、地神の眷属であると同時に、巫覡としての適性故に、リアは、世界の血流とも言うべき、気脈や地脈の流れを多少なりとも感知できる。
だが、今のリアは、気脈や地脈に対する知覚の精度が、平素より鋭くなりすぎているのだ。
そのせいで、世界を巡る気脈を乱す、異物の動きまで把握できてしまい、リアはそれが気に触って仕方がないのである。
付け加えると、気脈や地脈を通じて、傍らの男以外の、自分に敵意を抱く存在を捉えてしまうのだから、尚更に。
――正直、自分以外の周囲全てが敵である状態はどうでも良いが、常時己への害意を感じ続けることに関しては、流石のリアとて、辟易ぐらいはする。
また、何の気紛れか、あるいはリアに伝えられない何かがあったものか、闇に潜む古竜は、今、リアの近くにはいない。
確かに、リアが、古竜に何も頼んでいなかったのは、紛れもない事実だ。
けれど、勝手にリアの護衛の真似事をしていたのなら、せめて最後までやり遂げてくれれば有難かった。
そうすれば、あんな面倒臭そうなのと、リアは顔を合わせずに済んだというのに。
近付いてくるのは、確固たる意志と強烈な怒気と、ほんの少しの恐れと畏れが入り混じる気配。
ついでに、色々と薄い気配が、二つ程くっついている。
……多分、紅姫からの情報にあった、鬱陶しい男と、『神の目』達だ。
はっきり言って、リアは、アレクサンドリアの在り方が間違っていようが、『教会』の教えが正しかろうが、その是非について心底興味がない。
そんな事をリアが口に出せば、きっと主君は、へにょへにょという擬音語が良く似合う、情けない表情で困り果てるだろうが、それがどうしたという話だ。
己の使い道を――せめてそう在りたいと思った姿を、リアは既に決めていて、それを変える気は無いし、変えたいと願いたくもないのだ。
それ故、『教会』側についたアレクサンドリアの民の声は、リアにとって雑音に過ぎず、だからといって、小うるさい羽虫を黙らせることさえも煩わしい。
アレクサンドリアが気に入らないというのなら、それを声に出して騒ぐ労力を、己の理想郷を探す方へと振り向ければ良いものを。
もっとも。
そんなものが何処にも無いから、誰も彼も、現実を自らの望みに合わせようと、リアにとっては傍迷惑な努力をするのだろうが。
――本音を言うと、主君や紅姫達を放っておいてくれさえすれば、リアはそれで十分だ。
リアが、どんなに幸せであってほしいと願っても、主君達の幸福を定めるのは、彼女ではなく、当人達だけなのだから。
……だというのに、都合の良い悪役を欲する馬鹿共が、次から次へと湧いてくるのは、一体どういうことなのか。
――災厄を招く大凶星という、非常に分かり易い悪役がいなければ、一言たりとも正義を語れぬというのなら、いっそ何もしてくれるなと、リアは思う。
皆が皆、そうなってくれるのなら、さぞかし平和になるだろう。
少なくとも、リアの周囲に関しては。
リアが横たわる寝台の横に、飽きる様子もなく座っていたヴォルケが、そろりと、病室の味気ない扉へ目を向ける。
乱暴に開けられた扉の音に、リアはいやいやながらも、閉ざしていた両目をこじ開けた。
機嫌の悪いリアの目に映ったのは、山賊顔のヴォルケより、他人の好感度を得られそうな面を、浮かべる形相によって台無しにした男だった。
礼儀知らずな男の、無駄に煌めく陽光の髪に、晴れ渡る夏空を連想させる青い瞳は、己の主君より目立つだろうなと思うものの、リアにの胸に、それ以上の感慨は浮かばない。
ただ、男が纏う色彩は、古き聖女の血筋のそれには及ばずとも、神の威光の象徴として光を尊ぶ『教会』に、受けが良いものだった。
リアが呼んだ覚えの無い男の、王鞘である彼女への敵意は、知っての通り。
『教会』についた男の服装は、彼の組織に属する聖騎士のものに似ていたが、『教会』かぶれの扮装と馬鹿にして良い代物ではない。
手に届かない故の執着を薪にくべた結果とは言え、アレクサンドリアでは無縁な聖騎士の業を、独力で盗み取った才と奮闘は、評価してしかるべきだ。
「――ウェイン伯、どういう事だ」
開口一番に言い放った男には、故国の忠臣に対する敬意など、端から持ち合わせがないらしい。
相手の態度に腹を立てることさえ下らなく思え、リアは寝台から身を起こす気力も出てこない。
寝台から動かず、無言で片眉を上げたリアに、目を惹く青の瞳が、険しさを増す。
「おい、怪我人が休んでいるんだぞ」
「黙っていろ、ヴォルケ。
そこのそれにとって、私は怪我人扱いするに値しないだけだ」
面倒ごとの予感に、仕方なく起き上がったリアは、顔を顰めて割り込もうとする阿呆を、溜息交じりに制した。
ここでヴォルケに口出しされて、事態が妙な具合に絡まっても困る。
自己主張の激しい傷痕のせいで大分損をしている、ヴォルケのいかつい顔に、気遣わし気な色が過る。
「……あのなぁ、――」
「――どうして、他国の人間が、災厄の星持ちに関わっているのですか?」
『教会』の教えを奉じる男は、目の前の光景が理解しがたいと言いたげに、リアとヴォルケを見比べた。
「お前が嘴を挟むことでもないだろう、エリック・J・G・H・クラーク。
――こいつが、どう生きるもどう死ぬも、こいつの選択の結果で、全てこいつ自身が負うべきことだ」
ヴォルケへ向けて顎をしゃくるリアの言葉に、男――エリックの瞳から、すうっと、温度が抜けていく。
その光景を、醒めた目で見やったリアの視界に、開いたままの扉から、そろそろと顔を覗かせる、二人の『神の目』が入り込む。
「……ウェイン伯、貴女様は、誤解を招く言動について、もう少しお気をつけなさった方がよろしいと思いますの」
「届かない言葉を取り繕う必要がどこにある、『神の目』」
全盲の『神の目』が、おずおずと口にした台詞を、リアは鼻を鳴らして拒絶した。
傍らの男が己へと向ける、痛まし気な視線を、けれどリアは、気にもかけない。
「……ウェイン伯、貴女様が主君へ奉げた心の、一欠けらでもよろしいのです。
それが叶わなければ、せめて、その振りだけでも構いませんの。
――貴女様は、もう少し世界に期待しても、罪に問われませんのに」
相互理解の努力を初っ端からほっぽりだすリアに、穏便に事を済ませたがっているらしい女司祭は、肩を落とした。
「――期待、な」
『神の目』から差し出された、綺麗なばかりの空っぽな言葉に、思わず、リアの顔に笑みが浮かぶ。
――それは、一目見れば、一切の言葉を拭い去る程に。
傲然と。
凄愴に。
艶やかで。
……魅入られるままに手を伸ばせば、諸共奈落の底へ転がり堕ちるだけの、うつくしさ。
「どれだけ」
寝込んでいたせいで化粧っ気のない、リアの白い顔の、それでも鮮血で彩られたが如くに紅い唇が、ゆっくりと動く。
ままならぬ世界を呪う様に、――彼女の大切なものに優しくない世界を、嘆く様に。
アレクサンドリアの女王の、第一の忠臣にして、疵物の地神の、唯一の巫女姫は嗤う。
しっている。
知っていた。
彼女は、アレクサンドリアと共に在り続けた地神の一部で、紅姫もまた、彼女の一部であったから。
「――アレクサンドリアが、わたしたちが、裏切られ続けたと思っている」
光が喰らい尽くされた後の残骸めいた、引き摺り込まれそうな朔夜の瞳から、二人の『神の目』は咄嗟に顔を背ける。
アレクサンドリアは、戦争を仕掛けたことがない。
――売られた喧嘩を、ありったけの高値で買い取るぐらいだ。
アレクサンドリアは、約束を破ったことはない。
――アレクサンドリアとの約束を破るのは、いつだって、約束を交わしたはずの、相手の方だ。
「アレクサンドリアに、それだけの価値があったと?」
目の前の男の、憎悪すら孕んだ瞋恚の声に、リアの顔から笑みが消える。
「――人の自由を口にしながら、己の意に沿わぬ者を踏みにじる輩が、王の忠臣と呼ばれる国に?
――力ある聖女を手にしながら、誰も救わせようとしない国に――っ?!」
気がつけば、身体が勝手に動いていた。
リアの、華奢な見た目とは裏腹に凶悪な手に、呼吸を妨害され、男の顔が――相手は王鞘なぞに見せたくもなかっただろうが――わずかに苦痛に歪む。
ヴォルケが、焦った顔でリアの肩を掴んでくるが、どうでも良かった。
「――ウェイン伯っ?!」
「――おい、こら、止めろリアっ!!
お前は、まだ無理できる身体じゃないだろうがっ!!!」
リアは、周囲がうるさいと思ったが、隻腕で持ち上げたエリック何某の首を、放すつもりはなかった。
あまりの腹正しさに、強く噛み締めた奥歯が、軋んだ音をたてる。
「――だれが、聖女だ」
唸る様なリアの言葉に、苦し気な青い瞳が、虚を突かれたように見開かれる。
漆黒の双眸に、壮絶なまでの火炎を抱き、リアは首を掴んだままの男を睨み付ける。
そして、リアは腹の底から吠えた。
リアの願いを、祈りを認めない世界へ、精一杯の拒絶を叩きつけるために。
「……私は、我が君の第一の忠臣、神域の番人、――アレクサンドリアの悪鬼だっ!!!」
――リアは、言われるがままに、誰彼構わず救いを振り撒くような存在に、なったこともなければ、そんなものになる気なんぞ、さらさらない。
「それが、私が決めた、私の生だっ!
――私は、私の使い道の決定権を、誰にもくれてやった覚えはないっ!!!
例え、我が君や私の地神であってもだっっっ!!!!」
リアの、自らをも焼き尽くしかねない憤怒の叫びは、けれど、悲鳴の様な響きを伴って、白い部屋の静寂に反響し、儚く溶けて消えていく。
ふと、リアは、いつの間にか噴き出していた汗の気持ち悪さと、ひどい眩暈を感じた。
そのせいか、呆然とリアを見返す、青い瞳に浮かんでいる、奇妙な色が何かを判別するのも、億劫で。
「リア」
優しい声が、武骨な掌が、確かな温もりが、リアの強張った手を包み込んだ。
「――もう、良いじゃねぇか」
リアは良くない。
それなのに、ヴォルケが労わる様に撫でるリアの手から、力が抜けていく。
リアが掴んでいた男の首から、勝手に手が離れていって。
ああ、自分は疲れているのかと、相手の首の周りにくっきりと残った、己の手の跡を見ながら、他人事の様にリアは思う。
リアの手から逃れた男は、激しく咳き込みながらも、その瞳の光は損なわれていなかった。
「クラーク殿っ?!」
隻眼の『神の目』に支えられながらも、男は強い眼差しをリアへ向ける。
「――王鞘、貴様は、こうやって、敵を全て殺し尽くすつもりか?」
リアへ向けられた青い瞳は、けれど、見ているのは自身が抱え続けているものだ。
男の顔に過ったやりきれなさは、所詮、リアが負う必要のないもの。
「――多くを救えるくせに、その力があるくせに、誰も、何も救わないつもりかっ?!
――答えろ、アレクサンドリアの悪鬼っ!!!」
何故か、ヴォルケが、リアを抱き込む。
叫ぶ男から、リアを護る様に、庇う様に。
……そんな必要は、どこにもないのに。
「いいや?
どこの有象無象だろうと、救うことはやぶさかでないな。
――それが、我が君にとって、利になるなら、な」
聖女なんかにならないリアは、自分や主君の為以外には、誰も救う気が無いのだ。
面倒臭げなリアの答えに、男は、何かを堪える様に、唇を噛み締め、瞑目した。
この男の望みなぞ、リアは知りたいとも思わないけれど。
「――あと、私に、お前の都合なんてくだらないものを、押し付けるな。
そんな人間は、もう親父殿だけで充分なんだよ」
リアが吐き出した言葉は、知らず、苦々しさと空虚を含んでいた。
――無意識に、沈めた筈の記憶の底から、遠く離れて久しい面影が浮かび上がる。
そのひとは、大丈夫だと、いつだって変わらずに笑っていた。
多分、自分以上にリアを護るために。
……その人が逃げられなかったのは、親父殿に使われた、リアのせいであったというのに、リアに贖罪を求めることもなく。
それでも、温かに触れる手を、守ってくれる腕を、安堵をくれる笑顔を、捨てると決めたのは、リアの方。
手にした刃が肉を裂いた、初めての感触も。
まだ、その人が片手で握り潰せるほどに細かった、リアの首に触れ、けれど、彼女を傷付けないままに離れた掌も。
終わらせた後に、リアの胸のどこかに穿たれた穴も。
ぜんぶぜんぶ、リアのものだ。
自分が悪鬼になると決めたから、リアは、親父殿に、何一つとしてくれてはやらなかった。
そして、その時にもう一つ、リアは決めた。
――使われるのは、もうたくさんだ。
「――だあっ、くそっ!!
もう、いい加減にしろよっっ!!!」
いきなり怒声を上げたヴォルケが、突然リアを抱えるなり、寝台の中に押し込んだ。
「寝ろっ!!
ちゃんと休めよ馬鹿じゃねぇかっ?!」
突然、意味不明に怒り始めたヴォルケが、リアに向かって一喝してくる。
……別に、王鞘であるリアは、どんな不調を抱えようと、主君の頸を刈るまで、動き続けるだけなのだが。
さらにヴォルケは、本物の山賊も裸足で逃げ出しそうな形相を、よりによって、『教会』所属の三人組へと向けてしまっていた。
ローディオは『教会』の影響力が強く、ヴォルケはまだ将軍職に就いているというのに、それが思い出せないヴォルケも馬鹿だ。
「――あんたらもだっ!!
リアはなぁ、あの腐った竜と戦ってから、ずっと寝込んでたんだぞっ?!
――仮にでも何でも神に仕えているんだったら、その辺りの気遣いぐらい、出来ねぇのかっ!!」
そもそも、『教会』側の人間が、『アレクサンドリアの悪鬼』に気遣う必要性を感じているのだろうか?
「……だったら、いちいち怒鳴るな、ヴォルケ。
そう横で騒がれては、眠れるものも眠れないだろうが」
勝手に騒ぐヴォルケに気勢を削がれ、布団に包まったリアは身体を寝台に沈み込ませ、目を閉じる。
リアが不調を抱えているのは本当だから、休息できる内に、身体を休ませるに越したことはない。
リアが何を言おうと、自らの思惑通りに動くだろう『教会』の人員なんぞ、もう知るものか。
「――お、おう。
なあ、大丈夫か?
子守唄でも歌うか?
――俺は、これでも村じゃ、チビ共の子守唄要員で頼りにされてたんだからなっ!」
リアが頷いてすらいないのに、自動的に始まったヴォルケの子守唄は、――村で頼りにされた理由が、それはもう嫌という程良く分かる出来だった。
ヴォルケの子守唄が相手では、そりゃあ、遊びたい盛りの幼子でも、直ぐに静かになろうと言うものだ。
――寝たふりでも何でも、静かにならなければ、延々延々延々と、こんな歌を聞かされ続ける羽目になるのならば。
……この場に黒主がいなくて本当に良かったと、リアは、遠い目でこの世のナニカに感謝した。
人が奏でる楽を愛する、黒猫の殻を被った真竜は、楽を聴く耳も、相応に肥えているからにして。
――ヴォルケの音響攻撃なぞ、黒主に聴かせてみろ。
『闇夜の黒王』の二つ名を有する古竜に発狂されて、ローディオの王都が全壊するとか、実現しそうで笑えない。
そして、苦悶の表情で、男に支えられながら、這うように部屋を出ていく『神の目』には、ご愁傷様以外に贈る言葉が見つからなかった。
喪った視覚を補う様に聴覚が鋭くなった分、『神の目』には、ヴォルケの子守唄の威力が増大している模様である。
リアが、ヴォルケの方を窺えば、平民将軍は、完全に自分の世界に入り切って、子守唄を熱唱していた。
これは、確実に、音痴の自覚が皆無のやつだ。
――原曲とはかけ離れているだろう旋律が、二曲目に突入しそうなところで、リアは無言のまま、ヴォルケの鳩尾に肘鉄を食らわせた。
黒主でなくとも、それ以上聴き続けていては発狂しかねないと、リアは真剣に危惧したのだ。
「――っ、ぐえっっ?!
――ごほっ、……何すんだよ、リア、今いいところだったんだぞっ?!」
「子守唄を歌ってくれと、私は、お前に頼んだつもりはないが?」
額を押さえながら、リアは目を閉じる。
熱い。
熾火の様に、リアの身の内に燻っていた焔が、ここにきて勢いを増しつつある。
……地神の血潮というのは、リアが思っていた以上に扱いが難しいらしかった。
額に触れてくる、武骨な手の温度に、リアはふと、息を吐く。
男の、それも戦いを生業としている人間の体温は、非戦闘員である女のそれよりも高い。
しかし、口にした地神の血の影響で、このままでは内腑が焼け溶けかねないと危惧し始めたリアには、そんなものでも無いよりはましに感じる。
「――医者、呼ぶか?」
「必要ない」
医者が来たところで、リアができるのは、毒を盛られないか、死ぬ前に解剖されないかを心配するぐらいだ。
すっと、リアの手が、ヴォルケに伸びた。
こんなものでも、無いよりましだろう。
「……なあ、りあ、お前、調子悪いよな」
「だから、体調を整える為に努力するつもりだが?」
「――それで、――」
それ以上言い合うのも面倒で、リアは、寝台に押し倒した上で、馬乗りになったヴォルケの口に、自らの吐息を吹き込んだ。
人を損ねぬように調整した、それでも人にそぐわぬ、神の力。
今、自分が何をされているのか、リアの息吹を通じて、己の身の内に浸透したものが何なのか。
――何も分かっていないはずのくせに、ヴォルケは抵抗を止めた。
代わりに、節くれだった太い指が、集中に邪魔な衣類を取り払ったリアの背に、そっと触れる。
リアを愛おしむ様な、荒れた指先の感触は、別に、嫌いではない。
ヴォルケの態度が気楽で、リアは、何も言わないまま、彼女の地神から与えられた力の制御に没頭していった。
***
――『教会』はその教義から絶対に認めやしないし、時には呪術師狩りの理由にもするが、性行為も、世界の理へ干渉する為の技術の中に含まれる。
『教会』が信仰される地域では一般的ではないものの、数ある魔法技術の概念の一つに、この世の全ては陽と陰の要素で形成されているとする、陰陽という考えがある。
とりあえず、個々の感情や社会規範は横に置き、陰陽の概念に則れば、陽である男と陰である女の交合は、魔法を行使する為の仕組みとしては、理にかなっているのだ。
そして、新たな命を生み出す側面故に、魔法と呪術の境界線上に在る生殖行為は、最も原始的な、――単純であるからこそ、強力な効果を期待できる魔法技術だ。
それに、術者が一人だけでは行使できないという、欠点さえ乗り越えれば、……ある意味お手軽な魔法の技術の一つでもある。
この技術に関し、特に有名な利点を上げるとすれば、他人からの魔力の受け渡しの際に、最も効率が良いところだろうか。
……まあ、『教会』の影響力が強い地域では、魔力譲渡の為の性交も良く思われておらず、術者の魔力の枯渇への対策は、魔石や魔法薬が代替品となっているけれども。
しかしながら、決して切り離せない呪術的要素のせいで、魔法を行うための性行為に対しては、やはり基本的に悪感情が先行する国が多い。
これは、術者の羞恥やら、社会的通俗に反するやらの問題だけではない為、『教会』が、魔法を行使する為の性交を極端に厭うのも、故なきことではないのである。
確かに、時に悍ましき惨劇を招いた儀式に組込まれ、時に『教会』から邪神認定を食らった存在の、『神降ろし』の秘儀の手順の一部とされては、魔法技術としての性行為に対する印象が、どん底を突き抜けていても仕方があるまい。
ましてや、魔法を扱う技術は無数にあるのだから、いくら魔力があったとしても、性魔法なんぞキワモノ過ぎる技術を、わざわざ使用したがる者もいない。
――まともと評される社会に護られながら生活し、自らが属する集団において、正常と判断される倫理観を抱える、普通の人間ならば。
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