知っているし、分かってる
ヴォルケと残念竜達の様子が、何やらおかしい。
下手に爆発されるよりはましと、リアは彼等を城から出してみたのだが、帰ってきてからこの方、妙にそわそわしっぱなしだ。
ヴォルケは、しきりにリアを窺っては、何も言わずに顔を背けるし、クロード達は、そんなヴォルケを物陰から窺いながら、拳を握ったり、腕を振り回したりしている。
リアとしては、非常にうっとうしいのだが、別に心を読める訳でもないので、ヴォルケ達が何がしたいのかが分からない。
無視しても良かったが、いつまでもやられている可能性があった為、面倒ながらも、リアは口を開いた。
「……何がしたいんだ、お前ら」
長椅子に凭れながら、リアが声をかけると、無意味に近くをうろついていたヴォルケの肩が跳ねた。
「……いや、覚悟がな……」
「いやいや、おっちゃん、頑張れよっ!」
『男も、度胸なのですっ!』
『買った時に、腹を括ったんじゃなかったんっ?!』
目を泳がせるヴォルケに、残念生物達の総ツッコミが突き刺さる。
彼等の喜劇めいたやり取りを、リアは冷め切った目で見ていた。
「覚悟などどうでもいいから、さっさと言え」
「お前……、もう少し気遣いとかな……」
リアの視線の温度の低さに、ヴォルケは肩を落とす。
そして、ヴォルケは気合を入れる様に背筋を伸ばすと、懐から包みを取り出し、リアの目の前に突き出した。
「やる」
リアは、無言でヴォルケに手を差し出す。
大きく武骨な手が、不釣合いに上品な包装の小箱を、リアの一見ほっそりとした掌にそっと置いた。
それだけでも小物として部屋に置けそうな包装を、リアは片手で無遠慮に破く。
そうして、出てきたのは、透明な六角柱の結晶に、白い花弁が封入された耳飾り。
目だけでリアが問うと、ヴォルケはがりがりと頭を掻く。
何故か、ヴォルケの耳は真っ赤だ。
「……お前に、似合うと思ったんだよ」
「そうか」
『りっちゃん、もっと違う反応を下さいっ!』
ヴォルケの言葉へ、淡白過ぎる相槌を打ったリアに、ウサギが床を叩きながら叫んだ。
リアは、別にヴォルケから子種以外を欲しいと思ったことは無いし、装飾品で身を飾る必要性を感じていないのだが。
諦観が滲む顔で、ヴォルケは大きく溜息を吐いた。
「……迷惑だったか?」
「片腕しかない私が、これを自分で身に着けられると思うのか?」
器用に持ち替えた耳飾りを、リアはヴォルケの目の前で揺らす。
片手だけで装着するには、その留め具の造りは複雑だ。
言葉を詰まらせたヴォルケに、リアは呆れの一瞥をくれてやった。
「どちらでもいい」
けれど、リアが耳飾りを着けない理由も、特にはない。
「お前が満足したければ、これを私に着けさせればいいだろう」
投げやりなリアの台詞に、ヴォルケは間抜けに口を開ける。
『うふふふふふふ、きました、きましたよっ!
ちょっと分かりづらいデレ~~~っ!!』
ウサギが、奇声をあげつつ、前脚で口元を押さえ、後脚をバタつかせながら、床を高速で転がっていく。
勢いが付き過ぎて、壁に激突していたが、リアの知ったことではない。
「おっちゃん、良かったな!」
クロードが物陰から、ヴォルケに向かって親指を立てた。
『デレがこんなに怖くないんやって、……りっちゃんは、やっぱり、レンちゃん似なんやな~』
竜モドキが前脚で目元を押さえていたが、一体誰のデレと比較しているのだろうか?
それに、高祖母とリアを重ねられるのは、あまり気分が良いとは言えない。
高祖母は高祖母で、リアはリアだ。
血の繋がりがあろうが、顔立ちが似ていようが、行動も思考も選択も、リア自身だけのものだから。
ヴォルケの荒れた指先が、リアの耳朶に触れる。
「いいのか?」
脆い硝子細工を扱うような口振りで、ヴォルケが問うてくる。
「好きにしろと、言っている」
同じ事を確認されることに少々うんざりしながら、リアは言い捨てた。
リアには、ころころ意見を翻すつもりはない。
そうすることで、主君への言葉すら軽んじられることが、我慢ならないのだ。
しばしの時間を経た後で、リアの両耳にほんの少しの重みがかかった。
「――私は、お前を選ばないぞ?」
与えもせず、与えるつもりもない己に、贈られたものが不可解で、リアは両膝を抱えて首を傾げる。
「知ってるよ」
ヴォルケの答えは、あっさりと帰って来た。
「――知ってるし、分かってんだよ、そんな事。
それでも、惚れちまったんだから、どうしようもないだろうがっ!」
逆ギレされた。
「女の趣味が悪い」
「俺の趣味が悪くて良かったなっ!
子種絞り放題だろ、畜生めっ!!!」
リアの感想に、ヴォルケが自棄気味に返してくる。
ヴォルケは肩で息をしながら、瞑目した。
「大事なんだろう、自分よりも」
哀れみも、忌々しさも、何もない、ただ事実だけを言う声音。
「お前の王が、お前に何をしてくれたかは知らないけどな、――いなくなるぐらいなら、自分が地獄の底にいた方がましだって、思っているんだろう?
……言いたかねぇんだよ。
そんだけ大事なものを捨てて、お前がお前だと思う証を全部放り投げて、俺を選んでくれだなんて」
――貴女が、そうする必要が、何処にあるのですかっ――?!
リアが記憶の底に打ち捨てた言葉が、泡の様に浮かんで、弾けた。
それを言った男は、最早、思い出すにも値しない。
ヴォルケと同じように、リアへの好意を告げたくせに、投げ掛けた台詞は正反対のものだった。
リアの大切なものを、蔑ろにし、リアが選んだ生を、貶めて。
それでも幸せにすると、傲慢に主張した。
……そんな人間に、くれてやるものも、掛ける労力も、何一つ在りはしない。
脳裏に形作られかけた輪郭を、リアは容赦なく振り払う。
どうでもいい男を思い出すことよりも、やるべき事が、あったから。
「私は、我が君の第一の忠臣で、神域の番人、――そして、『アレクサンドリアの悪鬼』だ」
リアは、自分に手を伸ばす男に、傲然と言い放つ。
「我が君が、我が君である限り、あの方の為に私を使うと、自分で決めた」
――貴女が貴女である限り、絶対の忠誠を誓いましょう、我が唯一無二たる主君よ。
主君に奉げたその言葉を違える気は、リアにはさらさらないのだ。
「私は我が君の為に生きるし、愛情の方は私の子供に与えると決めている。
お前にやれるものなど、何も無い。
――他を当たれ」
射抜くようなリアの眼差しに、ヴォルケは困った様に笑った。
「知ってるよ。
だが、直ぐに諦めて次を探す程、俺は器用にできてないんだ」
「阿呆」
半眼になったリアに、ヴォルケは肩を竦める。
「なあ、聞いていいか?」
ただ、本当に気になっただけの様に、何気なくヴォルケは問うてきた。
「お前の王が、お前の王でなくなったら、どうする?」
リアは目を伏せ、言葉を紡ぐ。
「殺してやるよ」
ありったけの優しさで、ありったけの愛情を籠めた声で、己の誓いを謳い上げる。
「我が君がもう、戻れないというのなら。
愛したものを、壊すことしかできなくなるというのなら。
――我が君が喪われた、次の瞬間にでも、その首を刎ねてやるさ」
それが、王鞘の忠義の果たし方で。
……それが、彼等の愛し方だった。
「そうか」
ヴォルケは、リアの返答を、恐れも厭いもしなかった。
「羨ましいな。
そこまで、お前に想われるなんて」
「知るものか」
寂しげなヴォルケの言葉に、リアは素っ気なく返した。
「……ウェインさんちって、想いが重い……」
物陰に潜んだままのクロードが、ぼそりと呟く。
『りっちゃんは、悪食男よりも、マイルドやねん……』
思いっきり目を逸らしながら、竜モドキはリアの擁護を試みていた。




