小説よりも奇なり
――壁に突き刺さる・のめり込む。
そんな表現を耳にしたのはいくらかあれど、実際にその光景を目にしたのは、ヴォルケは初めてだった。
まあ、そんな光景を作り出せる人間はそういないし、できたとしても、無為に物を壊したがる人間も、そういない。
また、飾られていた絵画ごと、身をもって壁をぶち抜き、元気に足をバタつかせている人間もそういないだろう。
ぽすぽすという足音に目を向ければ、気が抜ける見た目の着ぐるみ二体が、壁を垂直に歩いていた。
察するに、着ぐるみ達は、壁に突き刺さった青年を救出しようとしているのだろう。
普通の人間には生み出せない光景は、益々残念な方向に現実離れしてしまっている。
そして、人間を壁にのめり込ませた当人は、バタつく両脚を瞬きもせずに睨みあげていた。
普段、胸回りを気にしている様子はなかったが、平均的な膨らみを貧乳扱いされては、膝蹴りや拳の一発や二発、お見舞いしたくなるのも仕方があるまい。
ほんの少し紅潮した、白い肌。
深々とした黒瞳は、僅かに潤んでいる。
二重三重に猫を被った状態ではなく、素で乙女的反応をリアが示すのは、これが初めてである。
……可愛い。
物凄く可愛い。
偶々リアの様子を目撃したウサギが、張り付いている壁を叩いて悶絶していたが、気持ちが分かるほど可愛い。
前にウサギが力説していたギャップ萌えなる言葉は、この為にあるのだと理解した。
あんまりにも可愛かったので、ヴォルケは少々心のままに振舞ってしまったが、後悔はしていない。
……が、後で、副官に医者を呼ばれた。
解せぬ。
◆◆◆
恋の病とは、恐ろしい。
溺れる程の恋を知らないジャネタは、素直にそう思った。
壁に人が突き刺さるやら、脱力系魔道人形が壁を歩くやら、事態は益々ジャネタの常識とはかけ離れつつあった。
「――ぶっ」
厳つい顔に、大きな傷のある男が、噴き出した。
今、笑うところなのか?! と、内心突っ込みを入れるジャネタの前で、三十路は過ぎている男は、大笑いしながら隻腕の娘の頭をかき回す。
「――ははっ、おまっ、本当に可愛いなっ!!」
――どこがだっ?!
その感想は、絶対にジャネタだけのものではなかったはずだ。
男に頭をかき回されている娘は、無言のまま、男を睨みあげていた。
その眼光は、到底、可愛いと表現していい代物ではない。
寧ろ、凶相の括りに入るだろう。
そもそも、悪鬼と評される程素行が悪く、ついさっき、胸回りを指摘されて人を壁にのめり込ませた人物の、どの辺りに可愛げが存在しているのだ。
「――しょ、将軍が、違法魔法の餌食にっ?!」
「……それはないと思いますの。 ウェイン伯爵家の能力は、迫撃での戦闘に特化しておりまして、逆に、精神系を含めた魔法に関する才はございませんもの。 それに、ウェイン女伯爵様は、美人局には向いていらっしゃいませんし。 ……恐らく、蓼食う虫も好き好きの類ではないかと……」
『神の目』の指摘に、ジャネタは深く納得した。
ジャネタの近くに、実例が存在していたので。
具体的に言うと、隣にいる、振り切れるととにかくヤバい男の妻である。
――魔物の血やら中身やらを全身に被った状態の夫が、自分のところへ真っ直ぐ戻ってきたのが嬉しかったらしいが、ジャネタには理解不能だ。
ジャネタの故郷には、魔力が凝る竜穴があり、年に数回、濃縮された魔素により魔物が狂乱する『沸き』が発生する。
面倒なことに、数年に一度は『沸き』により、人の領域まで魔物が押し寄せるのである。
その為、人々は力を合わせ、都市の防衛にあたるのだが、ヴィルはその戦闘能力の高さ故に、激戦区に投入されたのだ。
ヴィルはそこで、倒した魔物で栄養補給しながら戦い続けるという、離れ業を行ったらしい。
そして、軽傷ですんだヴィルの姿は、最終的に、イロイロなモノに塗れて、実の弟妹すら腰を抜かす有様になっていた。
家族が心配だったことは分かる。
だが、家族の無事を確かめる前に、ヴィルは身体を清めるべきだった。
その手間を惜しんで、なりふり構わず戻ってきたことを、彼の妻は喜んだ訳だが。
痘痕も靨とは、あれの事であろう。
ジャネタは共感しかねるが、似たような人間は、何処にでもいるらしい。
今まで見た中で一、二を争う程、女の趣味が悪い男を見て、ジャネタは軽く引いた。




